ケンドリック・ラマーは新作に収録され最も物議を呼んでいる「Auntie Diaries」で何を歌っているのか

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ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)が、2022年5月13日に発売した5年ぶりの新作アルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』。様々なレビューサイトで今年最高得点をたたき出し、全米チャート初登場1位も確実となっている。

この作品に収録された楽曲の中で最も物議をよんでいる「Auntie Diaries」について、ライター/翻訳家の池城美菜子さんに寄稿いただきました。

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『士気を高める者と成り上がり』、もしくは『鼓舞する者と成り上がり』

ケンドリック・ラマーの5作目『Mr. Morale & The Big Stepper』に邦題をつけるとしたら、こんなところだろうか。アルバム全体を逆の曲順に聴いてやっとストーリーがわかる、壮大な仕かけを施した『DAMN.』から5年。この前作で彼は、ヒップホップどころかポップ・ミュージック初のピューリッツァー賞の音楽部門を受賞した。ジャーナリズム、文学、戯曲、音楽において「アメリカ人の生活を描写した卓越した文章」を記した人に贈られる、つまり「言葉」をめぐる賞だ。

最初は驚いたけれど、ラップ・ミュージックはどのジャンルより質でも量でも「言葉」に重きを置いた音楽である以上、妥当かもしれない。とにかく、グラミー賞よりはピューリッツァー賞の選考委員会のほうがケンドリック・ラマーの本質を理解している事実がわかった授与だった。

5月13日にドロップされた新作は、またしても「アメリカ人の生活を描写した卓越した文章」の宝庫であり、さらに黒人社会に巣食うトラウマにも焦点を当てている。「ザ・ビッグ・ステッパー」と「ミスター・モーラール」に分けて9曲ずつを収録、アルバムの体では2枚組になる。1曲目「United in Grief」の冒頭の宣言が強烈だ。

One-thousand eight-hundred and fifty-five days
I’ve been goin’ through somethin’
Be afraid
1855日
いろんな変化を経験したんだ
覚悟してくれ

1855日間は『DAMN.』の発売日から数えた日数であり、評価がさらに上がったり父親になったりとポジティヴなできごとがあった一方で、ブラック・ライヴズ・マターの盛り上がりやコロナ禍、それらにともなうストレスのマイナス面も大きかったようで、そのすべてをライムに落とし込んでいる。

アルバムの立役者

サウンドウェイヴやDJダヒ、ボーイ・ワンダ、J.LBS、デュヴァル・ティモシー、ビーチノイズら売れっ子から尖っている系までプロデューサーを集め、ソングライターとしてサム・デューが寄りそったチームと一緒に作ったサウンドは、いつになく聴きやすい。だが、「ミスター・モーラール」の後半で取り上げているトピックはかなり重く、難しく、自分で消化するにはたしかに「覚悟」が必要だ。

『Mr. Morale & The Big Stepper』には、ケンドリックのほかに数名の立役者がいる。ラッパーとして登場回数が多いのがいとこのベイビー・キームとコダック・ブラック、ナレーションとして声を入れている高校時代からの彼女で子どもたちの母親でもあるホィットニー・アルフォード、それから大ベストセラー作家のエックルハート・トーレだ。

トーレは『The Power of Now』(邦題『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』)と、『ニュー・アース』の2作で精神の持ちようを説いたスピリチュアル・リーダーであり、ケンドリックはドイツ出身カナダ在住である彼の考えをリリックに取り入れ、またナレーターとして起用している。

 

「Auntie Diaries」の内容

本稿のテーマは、「ミスター・モーラール」の6曲目、全体の15曲目である「Auntie Diaries」の解説であり、そのための基本情報を並べてみた。イントロで「頭で解決できないときは心が決めるんだ」と説くイントロを「こうやって人間を概念化するのだ」と締めているのがエックルハート・トーレだ。

この曲は女性から男性に性転換した伯母/伯父さんと、女性として生きる決意をしたいとこの話である(*ベイビー・キームとは別の人物)。その表現方法について物議をかもしており、さらにこの2曲あとに黒人社会における近親相姦とレイプのトラウマも取り上げているのだから、発信者のケンドリックが私たちに「覚悟」を求めるのもむべなるかな。日本語だと「伯母日記」になる曲の内容を見ていこう。

My auntie is a man now
I think I’m old enough to understand now
Drinking Paul Masson with her hat turned backwards
Motorola pager, Off-White Guess jacket
Blue Air Max’s, gold chains and curl kits
93’ Nissan wax job the earliest

俺の伯母さんは男性になった
やっと理解できる年になった気がする
うしろ前にキャップを被ってポールマッソンのワインを飲んでいた
モトローラのページャーにオフ・ホワイトのゲスのGジャン
青のエアーマックスに金の鎖 ナチュラルなアフロ
きちんとワックスをかけた93年の日産の新型車

ケンドリックはその人(といとこ)の変化によってshe/heを書き分けているのだが、混乱するのでこの文中では「その人」と「いとこ」で統一する。90年代前半、性別が女性だったときから最新のファッションに身を包み、社交的で人気もお金もあったその人と、ケンドリック少年はなかよしだった。その人がラップを書いているのを生まれて初めて目撃して、人生が変わったほどに。

だが、彼が自然に受け入れていたその人の特性を、小学校の同級生たちは好奇の目で見た。小学校2年生だったケンドリックの友だちへの説明は、「彼女はゲイじゃない 女とヤっているだけだ」といういかにも子どもらしいもの。この曲全体でトランジェンダーの人にたいする自分なりの理解と成長を伝えているのだが、その過程ででてくる言葉が問題視されている。

Back when it was comedic relief to say “Faggot”
昔は「ファゴット」というのは笑うネタだった

と説明したあと、このFワードをくり返していることに不快感を表す人が出たのだ。「罵り言葉」という訳語だけではとても説明できないほど、アメリカ社会におけるカースワードは複雑である。たとえば「ビッチ」も「ファック」も悪い言葉ではあるが、現実として街に出れば耳にする単語だ。

一方、黒人を指す蔑称の「ニガー(以下、Nワード)」と同性愛者への蔑称「ファゴット(歌詞以外は、以下Fワード)」は、より強い意味を持つ。前者は黒人同士で呼び合うケースも多いので誤解を生みやすいが、どちらも当事者以外が職場で使うと懲戒や解雇の対象になるような、その場が凍りつくこと必至のNGワードである。たとえば、これらを使って誰かを蔑んでいる場面を目の当たりにしたら、私はその発言者を軽蔑し、知り合いであればつきあい方を見直すだろう。それくらい、ひどい言葉だ。

My favorite cousin said he’s returning the favor
And following my auntie with the same behavior

He didn’t laugh as hard when the kids start joking
“Faggot, faggot, faggot” We ain’t know no better
Middle school kids with no filter, however
I had to be very mindful of my good cousin
I knew exactly who he was but I still loved him

大好きないとこは「お返しをするよ」と言った
伯母さんのふるまいを見習ったんだ

彼はほかの子どもたちほどそのジョークに笑わなかった
「ファゴット ファゴット ファゴット」 俺たちもよくわかっているわけじゃないけど
中学生の子どもたちは容赦ない
大事ないとこだからすごく気になった
彼が何者かよくわかっていた それでも大好きだったんだ

ふたつめのヴァースの最後から「デミトリアスからメリーアンになった」いとこの話になる。ケンドリックには親戚にふたりのLGBTQ+の人がいるのだ。彼以上に信心深かったいとこは手術を受け、教会の牧師に説教中に糾弾されることになる。ここで、LGBTQ+の人々を迫害しがちな教会を相手に、ケンドリックは疑問を呈する。トラックの盛り上がりとともに、ケンドリックの心情の変化と決意が語られる。

I said “Mr. Preacher man, should we love thy neighbor?
The laws of the land or the heart, what’s greater?
I recognize the study she was taught since birth
But that don’t justify the feelings that my cousin preserved”
The building was thinking out loud, bad angel
That’s when you looked at me and smiled, said “Thank you”
The day I chose humanity over religion
The family got closer, it was all forgiven
I said them F-bombs, I ain’t know any better

俺はこう言ったんだ「牧師さん、隣人を愛するべきなんですよね
神の国の法律と心の掟、どちらが大事なんでしょう?
いとこが生まれてからずっと、受けてきた教えはわかっています
でもそれがいとこの秘めた気持ちと合致しないんです」
教会中から心の声が漏れた 悪い天使が混ざっている
その時 君が俺をみて微笑み「ありがとう」って
その日 俺は宗教より人間性を選んだ
家族は打ち解け すべて赦された
俺もFワードを使っていたんだから 人よりましなわけじゃないけれど

ケンドリックは再三、「自分は人よりわかってるわけではない」とラップしている。曲が進むごとに彼の理解が深まり、その人やいとこへの呼び方も配慮されている。それでも、Fワードをくり返していることと、トランスジェンダーの人にたいして以前の名前(デッドネーム)を出している点で、当事者のなかで批判の声が上がった。

その批判にたいして「曲をよく聞いていない」という反論もあるし、いとこの名前は出してその人の名前を伏せているのは、本人たちに相談した結果だとすると見当違いの批判かもしれない。ケンドリックのすべてが正しいとは思わないが、批判も辞さないで作った勇気はすごいと思う。最後にNワードにかんする考察もでてくる。

Reminded me about a show I did out the city
That time I brung a fan on stage to rap
But disapproved the word that she couldn’t say with me
You said “Kendrick, ain’t no room for contradiction
To truly understand love, switch position
‘Faggot, faggot, faggot,’ we can say it together
But only if you let a white girl say ‘Nigga'”

郊外のコンサートでのできごとを思い出すよ
ステージにファンを上げてラップをさせたんだ
彼女にその言葉を言ってはいけないって伝えた
「ケンドリック、矛盾しているじゃない」って言われたけれど
でも本当に愛を理解するなら 立場を入れ替えてみて
「ファゴット ファゴット ファゴット」みんなで言ってみようか
もし白人の女の子が「ニガー」って言ってもいいのであれば

これは、以前にファンをステージに上げて一緒にラップした際、ルール通りにNワードを消してラップしたアジア系の男性にたいし、そのままラップした白人女性を止めたときの話である。彼女はきちんと謝罪しつつ、「あなたのラップしている通りに声を合わせるのに慣れているから」と言った。ケンドリックは当事者以外はこれらのカースワードは使ってはいけない、との立場で締めている。実は、「当事者ならいい」も論点であり、「黒人を含めてNワードは使うべきではない」という立場の人と、「アフリカ大陸出身」という語源から考えて正しい文脈であればいいはず、という立場の人がいる。

カースワードは、日本に住んでいるとわかりづらい面もあるかもしれない。だが、それにあたる日本語の使い方をいま一度考えてみるいい機会だろう。

ケンドリックの曲で考えさせられても 彼は救世主じゃないよ
Kendrick made you think about it, but he is not your savior

と1曲前の「Savior」で言っているケンドリック・ラマー。救世主でなくても、彼がこの1曲だけでさまざまな視点を教えてくれる貴重で稀有なアーティストであるのはまちがいない。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら



ケンドリック・ラマー『Mr. Morale & the Big Steppers』
2022年5月13日発売
Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

Disc 1: Big Steppers
1. United In Grief
2. N95
3. Worldwide Steppers
4. Die Hard ft. Blxst & Amanda Reifer
5. Father Time ft. Sampha
6. Rich (Interlude)
7. Rich Spirit
8. We Cry Together ft. Taylour Paige
9. Purple Hearts ft. Summer Walker & Ghostface Killah

Disc 2: Mr. Morale
1. Count Me Out
2. Crown
3. Silent Hill ft. Kodak Black
4. Savior (Interlude)
5. Savior ft. Baby Keem & Sam Dew
6. Auntie Diaries
7. Mr. Morale ft. Tanna Leone
8. Mother I Sober ft. Beth Gibbons of Portishead
9. Mirror



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