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カニエ・ウェスト『Donda』デラックス版解説:ストリーミング時代を象徴した“欠点のある傑作”

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Photo: Jerritt Clark/Getty Images for Roc Nation

2021年8月29日にリリースされたカニエ・ウェスト(Kanye West)の新作アルバム『Donda』。このアルバムの曲順を変更し、新曲5曲を追加したデラックス版が11月14日に配信となった。このアルバムについて、オリジナル版の解説に続いて、ライター/翻訳家である池城美菜子さんに寄稿いただきました。

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5曲増えた以上に変わっているデラックス版

ひょっとして、「カニエ・ウェスト」は三つ子なのではないか‥.なんて荒唐無稽な疑念が沸いてくるほど、2021年8月29日に10作目となるアルバム『Donda』をリリースしてからのカニエは八面六臂に活動し、あいかわらず話題をふりまいて偏在ぶりを見せている。

だが、その動きの多くがどっちつかず。本名をYeに改名してもアーティスト名は(いまのところ)カニエ・ウェストのままだし、離婚調停中のキム・カーダシアンと復縁を望んでいると公言しているのに23歳のモデル、ヴィネトリアとこれみよがしにデート。キムが超モテ男のコメディアン、ピート・デヴィッドソンとデートし始めて母親の家に招いたら子どもを盾に公に不快感を現したり、14年前に契約したビッグ・ショーンが自分のレーベルから離れたらポッドキャストでディスり、一方で宿敵ドレイクとまさかの電撃仲直りをしたり。そう。ざっくり言うと、激しめの通常運転モードなのだ。

音楽面では10月に『Donda』の収録曲のステム・データ(楽器ごとのデータ)が入ったステムプレーヤーを発売し、11月には5曲を加えたデラックス版をリリース。その長さたるや、2時間11分。マキシマリスト(ミニマリストの逆)、カニエ・ウェストの真骨頂を見せる出来映えなのだ。

本稿では、デラックス版の聴きどころを解説する。追加されたのは「Up From The Ashes」「Never Abandon Your Family」「Keep My Spirit Alive (pt 2)」「Remote Control (pt 2)」「Life Of The Party」の5曲。また、「Come To Life」には新たにバッキング・ボーカルとしてタイラー・ザ・クリエイターの名前が入った。

前作『Jesus Is King』に収録されるはずだった「Up From The Ashes」はキリストの復活と自分の再生を重ねたより宗教色の強い曲で、サンデー・クワイヤーをバックにカニエが丸々歌っている。

「Never Abandon Your Family」は、「家族は絶対に見捨てるな」との母方の祖父の教えがテーマだ。イントロとアウトロはカニエの母、ドンダさんが行った講演の言葉の抜粋だが、彼女自身もカニエの父親と別れているし、キムの母親でおそらくアメリカでもっとも有名なママジャー(momager:ママ+マネージャー)であるクリスさんも2回離婚しており、キム自身も離婚歴がある。そういった環境でもカニエは諦めず、祖父の「教え」を強迫観念のようにくり返す。その背景と現状を知っていると、「Never Abandon Your Family」は正直キツい曲だ。

10月9日、キム・カーダシアン・ウェストは長寿コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』のホストを務め、自虐ネタのあとに「最高のラッパー、本物の天才と結婚して4人の子どもを授かり、私は幸せ者です。彼はこの国でもっともリッチな黒人男性でもあり‥それでも離婚するとなったら理由は一つですよね。彼の性格です」で締めたのだ。ライターが書いた内容にしても痛烈だった。

Never Abandon Your Family

 

パート2は実質、最初の曲

「Keep My Spirit Alive (pt 2)」の変遷はより複雑で、ストリーミング時代とカニエの人間性を象徴している。デラックス版に収録されているパート2は新たに追加されたのではなく、8月29日に元々リリースされたバージョンなのだ。約1ヶ月後の9月29日にカニエは『Donda』にミキシングし直すなど手を加え、「Keep My Spirit Alive」からラッパー/シンガーのキーシー(KayCee)の、「New Again」からクリス・ブラウンのコーラスをそれぞれ抜いて、自分で歌い直した分に差し替えた。

クリスはアルバムのリリース直後に自分が歌った分が短くされたことにSNSで文句を言い、すぐに削除したものの火種が残ってしまった。差し替えた後はさらに拗れ、クリスはインスタで婉曲に蟹江西先輩をディスり、また削除した。「New Again」は手を加えた後では曲全体の印象が変わっており、どちらのバージョンもそれぞれ良さがある。

Kanye West – New Again ft. Chris Brown (Original Version)

元の曲では性格はともかく、歌唱力は抜群のクリス・ブラウンの歌声がバランスを崩す手前まで目立っていたので、抜いたのはクリエイティヴな理由も大きいかもしれない。カニエとクリスはいまのところ冷戦状態だが、似た者同士なのでそのうち仲直りするだろう。

「Keep My Spirit Alive (pt 2)」に話を戻すと、つまり一度差し替えた曲の元のバージョンをデラックスに入れ直したのだ。このややこしさにカニエの完璧主義が現れている。キーシーの鼻にかかったコーラスと、声質が似ているウェストサイド・ガンのバースが続くところがおもしろい曲なので、これはパート2がずっといい。

Kanye West – Keep My Spirit Alive (Audio)

「ストリーミング時代を象徴」と記したのは、1度リリースしたら、簡単に手を加えられないフィジカルとは違い、公開した後でも変化を遂げているのが『Donda』であり、「時間が経つにつれ、同じ曲だけれど少しずつ変わる」アルバムなのだ。ドレイクの『Certified Lover Boy』も同様のマイナーチェンジを施しているので、今後これがスタンダードになるかもしれないし、最初が気に入っていたらすぐダウンロードして購入したほうが良さそうだ。

 

キッド・カディのバースを戻した「Remote Control (pt 2)」

デラックス版で話題が集中したのは2曲。キッド・カディのバースが入った「Remote Control (pt 2)」と、オリジナルに収録しなかったことで議論があちこちで起こったアウトキャストのアンドレ3000が参加した「Life Of The Party」である。

まず、「Remote Control (pt 2)」を解説すると、実はパート2がリスニング・セッションで最初に公開されたバージョンだから、カニエはカディのバースを戻したわけだ。カディは「Moon」でも得意の囁き系ラップと歌を披露、『Kids See Ghost』で聴かせたメランコリックな祈りがここでも聴ける。

In the evening, it’s the time, and it’s right, hey
Takin’ it solo, lose the bag, it’s disco, hey
Just a-just a doin’ damage plus some damage, you know, it’s a thing
夜になるとその時がやってくる  別にいいんだ  ヘイ
一人で摂る  一袋空にして  ディスコみたいだ  ヘイ
少しだけね  悪いことをしている  それでもっと悪いことする  うん癖だね

ここはドラッグを指しているのと、カニエが禁じているカースワードを一部で使っているのでカットしたのだと察する。だが、曲の出来としては、新作『Punk』で新境地を拓いたヤング・サグの細やかなラップと、カディのメロウなフローの相乗効果が出ているパート2がずっと優れている。

アウトロでショート・アニメ『Strawinsky and the Mysterious House』のキャラクター、グロブグロガブガラブのセリフが出てくる。インディー系の摩訶不思議な作品で、「本に夢中になると現実に戻ってこられない」という教えがカニエに響いたのだと察する。本はネットを含んだ仮想世界のメタファーだろう。この30分ほどのアニメはAmazonプライムで観られるので気になった人はぜひ。

Amazon.co.jp: Strawinsky and the mysterious house | Prime Video

Remote Control pt 2

 

「Life Of The Party」: 巻き込まれ事故に遭ったアンドレ3000

こうやって解析を進めると、必ずしも手を加えて改善されるわけではないのが興味深い。そろそろ、問題の「Life Of The Party」の話を。ドレイクがリークしたことで、収録されなかったのに大きな話題を集めた曲だ。経緯にかんしては、アンドレ3000がツィートした説明が流れと心情がよくわかるので抜粋せずに訳してみる。

「数週間前、カニエからアルバム『Donda』に参加してほしいと連絡があった。彼のお母さんを音楽的にトリビュートするアイディアにまず、触発された。それで、2013年に亡くなった俺の母親の話をして、『Donda』のコンセプトをサポートするのいいように思った。俺たちは同じ喪失感を抱えているからね。クリーンなアルバムにするのはすてきな選択だけれど、残念ながらその計画を知ったのは、バースを書いてレコーディングを終えたあとだったんだ。自分としては、クリーンなフォーマットに落とし込んだバースだとオリジナルにある生々しさが消えるのはよくわかっていた。それで、残念だけどオリジナル・アルバムには収録されないことになった。最初に受け取ったトラックには(ドレイクへの)ディスはなかった。アルバム『Donda』からもっと焦点が合った内容を届けたかったけれど、物事は起こるべくして起こるんだろうね。大好きなふたりのアーティストがいがみ合う形で(この曲が)リリースされたのは遺憾だ。俺は『Certified Lover Boy』にだって参加したかったよ。俺はインスパイアーしてくれる人たちと組みたいだけなんだ。ケンドリック(・ラマー)のアルバムに参加できるといいな。リル・ベイビーやタイラー(・ザ・クリエイター)、ジェイ・Zとも曲を作りたい。彼らは全員リスペクトしているからね」

アメリカのメディアもこの発言を抜粋したり曲解したりして、「アンドレ3000はカニエよりケンドリック・ラマーやジェイ・Zを組みたがっている」などと伝えたが、そんなに短絡的な話ではなく、クリスチャンとして「ファック」や「シット」などのカースワードを入れない方針を曲げられなかったカニエと、自分から湧き出てきた言葉の力を信じるアンドレ3000のアーティスティックな攻防だったのだ。

ここ数年、カニエがクリーン・バージョンにこだわっていたのは有名な話で、依頼した時にカニエ側が念を押さなかったのはアンドレも知っているだろう、との驕りがあったのかもしれない。結局、カニエはこの曲にかなり手を加えたうえにカースワードをぼかしてデラックス版に入れた。また、ぼかしてないバージョンをシングルとしてリリースする気遣いも見せた。

アンドレとビッグ・ボーイのヒップホップ・デュオ、アウトキャストの最盛期は00年代前半であり、その後、2014年に一瞬だけ活動した以外は休止している。若いヒップホップ・ファンのために端的に説明すると、ふたりとも弩級のレジェンド・ラッパーであり、アイコンである。

アンドレ3000の寡作ぶりを考えると、カニエとは比較的よく仕事をしている。遡ること2010年にクリス・ブラウンの復帰を決定づけた大ヒット曲「Deuces」のリミックスではこのふたりのほか、ドレイク(!)、リック・ロス、ファボラス、T.I.がバースを重ねている。おまけにこのリミックスにはドレイクとアンドレ、カニエだけのバージョンもあるのだ。

Deuces Remix – (Dirty Version) Chris Brown, Drake, Kanye West and Andre 3000

また、カニエのプロデュースしたビヨンセ『4』(2011年)収録の「Party」ではアンドレとカニエがゲストでラップしている。カニエの『The Life of Pablo』のボートラ「30 Hours」ではアンドレがバックコーラスをつけているうえ、ドレイクがソング・ライティングに参加しているし、『Kids See Ghost』の「Fire」でアンドレが珍しくコ・プロデュースしている。この原稿を書くまで私も気がつかなかったが、アンドレがカニエと仕事をする際、ドレイクがゆるく絡んでいるケースが割とあったのだ。だからと言って、舌戦に巻き込んで良いわけではないが。

 

足し算をくり返すマキシマリスト、カニエ・ウェスト

『Donda』と『Certified Lover Boy』が続けてリリースされた前後の8月から9月にかけて、ドレイクとカニエのビーフはヒートアップした。ドレイクのトロントの住所をカニエがSNSで公開したり、そのトロントに『Donda』の巨大看板を出したり。それを受けて、ドレイクが未収録となった「Life of The Party」をサイラス・ラジオでリークしたのが大体の流れだ。

巻き込まれ事故に遭ったアンドレ3000が出したのが、先に訳出した声明になる。意図しない形でのリークは迷惑だったはずだが、カニエより2才だけ年上の彼の率直で大人な対応と、バースが素晴らしかったことでさらに株を上げる結果にはなった。一部、抜粋しよう。

Hey, miss Donda
If you run into my mama, please tell her I said, “Say something”
I’m starting to believe ain’t no such thing as heaven’s trumpets
No after-over, this is it, done
If there’s a heaven you would think they’d let ya’ speak to your son
Maybe she has in the form of a baby’s laugh
I heard passing by in a stroller remindin’ me, “Hey, keep rolling on”
こんにちは ドンダさん
母さんにバッタリ会ったら「何か言ってあげて」って伝えてくれないかな
天国での迎えのトランペットとか実在しないような気がしてきたんだ
死後の世界はない、今生だけ 終わりってね
だって天国にいるなら そこから母さんは息子に語りかけてくれるはずだから
でも 赤ちゃんの笑い声を通して声をかけてくれているのかも
ストローラーとすれ違う時「ほら 前に進みなさい」って言われた気がしたから

この後も母親に禁煙させようと大げさに咳をしたり、従順に教会に行ったのは女の子目当てだったと白状したりと、本人が言った通り、母親の名前を冠したアルバムにふさわしいライムである。ヒップホップ「らしさ」のいち要素であるカースワード(罵り言葉)を巡る議論を解説すると長くなるので割愛するが、このアンドレ3000のバースにかぎっては少々入れることで気取っていない彼を感じられるし、全体に漂う追憶と悲しみの深さを緩和させる作用もある。

私は『Donda』を「欠点のある傑作」とたびたび指摘しているが、その欠点の一つにせっかくゲストが寄り添ってくれたコンセプトに、カニエが自らぶち壊すケースがある、とつけ加えたい。この曲を仕立て直すにあたり、カニエはひたすら足し算をくり返すマキシマリストぶりを盛大に見せつける。

Just like Puff told Christopher, we gon’ win big (C’mon)
Put the whole family on, look at what my Kim did
Just like Puff told Christopher, we gon’ win big (Uh)
We gon’ win big (What?)
パフがクリストファーに言ったように 俺たちは大勝ちするんだ(カモン)
家族ごと売り出した キムの功績を見てみろよ
パフがクリストファーに言ったように 俺たちは大勝ちするんだ(オー)
俺たちは大勝ちするんだ(なんだって?)

90年代、ショーン“パフィ“コムズはクリストファー・ウォレス(ビギー・スモールズことノトーリアス・B.I.G.)を売り出すにあたり、それまでのドラッグ・ディーラーの生活を止めるように説得した話は広く知られている。次のラインでは、キムがレイ・Jとのセックステープの流出から一気に有名になり、リアリティ番組の女王として家族ごとトップに上り詰めたことを指している。

「カモン」「オー」「なんだって?」の声はビギーの名曲「Hypnotize」から。曲のタイトル「Life of the Party」は「パーティーの主役」の意味で、どこに行っても中心にいるタイプの人を指す。ドンダさんの人柄を指しているのかと思いきや、結局はカニエ本人の話だ。

The paparazzi never really got what my angle is
They treat my married life like some type of entanglement
My neighbor still dissin’, wonderin’ why I ain’t sayin’ it
I can smell the setup, that’s that 2Pac in Vegas hit
パパラッチは絶対に俺の真意がわからないんだ
人の結婚生活を巻き込み事故みたいに取り扱いやがって
近所の奴はまだ悪口を言っているし なんで俺がやり返さないか不思議に思っているみたい
罠の匂いがする 2パックがラスベガスで撃たれたように

「アングル」には写真の構図と、真意(意図)のダブル・ミーニングだ。「自分は主役キャラだからどこへ行っても目立つけれど、そのために命を落とすかもね」が一番言いたいことだろう。「近所の人」は以前もドレイクを指して使った表現でおそらく彼のことだが、最初のバージョンよりずっとトーンダウンしている。

最後の1行は1996年にラスベガスの狙撃事件で亡くなった2パックのこと。2パックとビギーは親友からライバルに変わった関係なので、遠回しに自分とドレイクの関係をなぞらえたとも取れる。アウトロは故DMXと家族とのやり取りだ。つまり、5分強でカニエとアンドレ3000、故人であるビギーとDMXがバーチャル共演し、さらに2パックとドレイクを遠景に置くことで、「これでもか!」とばかりにヒップホップ・ヒストリーを詰め込んだ曲なのである。

Life Of The Party

結果的にアンドレの顔を立てたし、ドレイクとは仲直りしたようだし、ここまでなら豪華でちょっとお腹いっぱいな曲という感想で終わるのだが、実はこの曲には致命的に残念なラインがある。それも、日本人にとって。

Straight from Shibuya, on some zen
渋谷からみたいに 禅の心ではっきり言うよ

‥‥‥カニエさんよ、せっかく思い出してくれた渋谷の雑踏は日本でもっとも「禅の心」から遠い場所です。欧米の文化における「Zen(禅)」の雑な扱いがモロに出てしまったわけで、19人も名を重ねているライター全員がその点に気がつかなかったのが残念でならない。このラインが出てくるたびに私は萎えてしまうし、親日家ぶりを発揮してくれただけに惜しい。

それはそれとして、「Life of The Party」1曲の解説にまた4500字以上を費やしてしまった事実に驚いている。マキシマリスト、カニエ・ウェストの解析にはそれくらいのエネルギーと文量が必要なのだと再認識しつつ、この原稿が『Donda』デラックス・バージョンの消化作業に少しでも役に立つといいな、と思っている次第だ。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら


カニエ・ウェスト『DONDA (Deluxe)』
2021年11月14日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




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