『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』第3幕レビュー: 力を持ちすぎ精神の均衡を崩すという“予言”

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Courtesy of Netflix

約21年間に渡ってカニエ・ウェストを撮影した3部構成となるドキュメンタリー映画『jeen-yuhs: A Kanye Trilogy(邦題:jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作)』がNETFLIXにて2022年2月16日から3週にわたって公開となった(視聴はこちらから)。

この3部作の第3幕「目覚め」について、ライター/翻訳家の池城美菜子さんにレビュー寄稿いただきました。

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自らを予言した「Power」の歌詞

No one man should have all that power
ひとりの男にそこまでの力を持たせてはいけない

カニエ“イェ“ウェストの2010年「Power」のリリックである。2022年3月2日、彼のドキュメンタリー、NETFLIX『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』の最終章「目覚め(Awake)」を観ながらこのラインを思い出した。折りしも、ロシアで力を持ちすぎた男が世界中が止めるのも聞かずに、ウクライナに侵略している。優れたポップスの歌詞はときに現実の出来事を予言したり、シンクロニシティを起こしたりする。

「Power」はキング・クリムゾンの「21世紀のスキッツォイド・マン(精神異常者)」をサンプリングしている。また、このラインの元ネタは1960年代のブラック・リーダー、マルコム・Xの演説を見た警察官がマスコミに漏らした有名な感想を用いた、という説もある。カニエは最高傑作『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』をリリースした2010年の時点で、来たる2010年代に自分が力を持ちすぎて精神のバランスを崩すのを自ら予言してしまったのだ。

トリロジー『jeen-yuhs / ジーニュース(genius / 天才、ジーニアスの言い換え)』は、第1幕「ビジョン」が生まれ育ったシカゴを離れてニューヨークでラッパーとして契約するまで、第2幕「使命」がロッカフェラ・レコーズに冷遇されてなかなかデビュー・アルバムが出なかった逆境をひっくり返し、2004年にグラミー賞の大量ノミネート、および2つ受賞するまでの軌跡を描いていた。ここまでは「天才カニエができるまで」とタイトルをつけたくなる成長譚であり、さわやかな青春物語、サクセス・ストーリーだった。

 

成功後、乱気流のような生き様

撮影したのは、同郷シカゴの映像クリエイター、クーディーとニューヨークにでてきてから手伝った元MTVのチケ・オザ。ナレーションを含めたスクリプトはクーディーとやはり同郷の詩人、J・アイビーだ。仲間たちに素の顔を見せるカニエは若く、エゴの塊の片鱗を見せてはいても共感しやすかった。第2幕「使命」の最後のほうでクーディーたちと距離ができる前兆が顕れていた。私たちはその後の乱気流のような彼の生き様をすでに知っているので、最終章をどう着地させるのか楽しみよりも心配が上回りながら、「使命」回を観終えた人も多かったはずだ。少なくとも、私はそうだった。

セカンド・アルバム『Late Registration』で最優秀アルバムを逃すものの、最優秀ラップ・アルバムを受賞したグラミー賞のアフター・パーティーで、カニエが酔っ払ってクーディーの名前をまちがえる場面が、「目覚め(Awake)」回の展開を象徴している。

自分から言い出したドキュメンタリーの企画を反故にしたのはあんまりであり、ダイハードなカニエ・ウェスト・ファンである私でも、彼のアメリカ大統領出馬を応援できないのは、「約束を守るつもりさえない」という性格が大きな理由だ。いつか大きな嘘をつくのが政治家だとしても、約束を守る姿勢くらいは持っていてほしい。売れてメディアに十分露出されるようになった彼は、映像クリエイターとしてほかの仕事を受注するようになっていたクーディーたちと袂を分つ。前回までは被写体であるカニエとの物理的、心理的な距離の近さがこのドキュメンタリーの魅力だったが、最終回はテレビを通した映像も増えてくる。

それでも、カニエの周囲の人たちからの注文で、クーディーたちは貴重な記録をまばらながらも撮り続ける。大学教授だった母親、ドンダさんが息子と一緒にメディアに出るようになり、大物テレビ・ホストのオプラ・ウィンフリーの番組で「Hey Mama」を披露したり、キッチンで一緒にラップしたりするシーンは胸を突かれる。そのぶん、彼女が亡くなったあとのカニエの変容はきつい。クーディーとも6年ほど疎遠になり、テイラー・スウィフトのMTVアワーズの受賞スピーチ乱入事件などはコラージュで見せている。

 

カニエと疎遠になる監督

高性能のカメラがついたスマホがある今とは異なり、当時は高画質の映像に日常を収めるのは簡単ではなかった点は指摘しておきたい。このドキュメンタリーを観ながら、思い出したことがあった。2009年、R&Bシンガーのライアン・レスリーにインタビューを一方的に撮影されたのだ。「日本の雑誌にインタビューされている俺」を写したかったらしいが、説明もなければこちらの許可を取る様子もなく、取材中はあきらかにカメラに向かって話していて戸惑った。19才でハーバード大を卒業した秀才で音楽の才能にも恵まれていたせいか、カニエ並みのナルシシストだったのだと思う。

『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』に写っているような00年代映像がたくさん残っているのは、撮られている側のカニエのナルシシズムと、クーディーたちの忠誠心の賜物なのだ。さらに方々に許可を取ってこのドキュメンタリーにまとめた仕事ぶりには、深く感謝したい。

6年間のブランクのあと、クーディーが「自分でも彼に会いたいのかわからなくなった」と吐露する場面も辛い。ここでふたりを再び引き合わせたのが、カニエの兄貴分にあたるコモンであるのに安心したファンは多いのではないか。第1幕でちらっと映るだけで、シカゴ出身の彼があまり出てこないのが気になっていた。なにしろ、コモンの2005年『Be』と2007年『Finding Forever』という、名盤中の名盤のメイン・プロデューサーがカニエであり、どちらにもJ-ディラも深く関わっていた。J-ディラが亡くなった後にリリースされた『Finding Forever』は、カニエがディラに追悼の意を込めて彼のプロデュース方法を取り入れたため、ヒップホップ史においても重要な転換点になっている。

 

スターと一般男性の違い

『jeen-yuhs』の最終章は、遡って2002年5月から2021年のサンデー・サーヴィスまでを網羅している。売れてからのカニエの軌跡を記録しつつ、7つ上の一般的な黒人男性としてのクーディーの人生と、スーパースターとしてのカニエの人生を交差させることで奥行きが出ている。

年齢相応に父親として地に足がついた生活をおくるクーディーと、家族を持ちながら激しさを増していくカニエの差が意図していないぶん、強烈に伝わるのだ。華やかな『The Life of Pablo』のマディソン・スクエア・ガーデンでのリスニング・イベントでは、エイサップ・ロッキー、ビッグ・ショーン、プッシャ・Tなどが顔を出すなか、「Father Stretch My Hand Pt.1」でキッド・カディと飛び跳ねるカニエはほんとうに幸せそうで、つかのま癒された。

キッド・カディとの『Kids See Ghosts』のレコーディング中に、精神の安定について本音で交わす会話は淡々としながらも衝撃的だ。撮影スタッフとしてではなく、自ら「ブラザー(兄弟のような友だち)」と言っているクーディーのカメラだからこそ捉えられた瞬間は多い。ファッション・デザイナーとしてのカニエ・ウェストに興味がある人にとっては、この回がもっとも興味深いかもしれない。YEEZYのスニーカーのデザインを決めるときに、精神安定剤の服用のせいで体重が増えてしまったのを気にして、すっきり見せるために流線型のデザインを取り入れたのは驚いた。東京で村上たかしのオフィスを訪ね、手描きのデザインを伝えるシーンも貴重である。

 

彼自身がもっとも救いを必要としている

ブラック・カルチャー特有の言い回しと、字幕のニュアンスが少しズレるときがあるのが惜しい(字幕を担当した人を責めているのではない。僭越ながら池城かそのニュアンスを知っている人間に聞いてほしかった)。たとえば、車中で今後の方向性について話し合っている場面。「I‘m straight」が「俺はまともだ」になっているが、これは「俺は大丈夫だ」という意味であり、「何かいる?」と聞かれたときに「いらない」という答えにも使う。

トランプ元大統領に近づいたときの騒動も、クーディーの目線で語られるので救いがある。神への帰依、サンデー・サーヴィス(日曜礼拝)と銘打った移動型コンサート、『JESUS IS KING』でゴスペルを作り出すまでの流れ。「世の中をよくしたい」というカニエだが、その彼自身がもっとも救いを必要としているように見えるシーンも多い。そして、その救いの訪れをクーディーを含めた制作陣が強く祈っているのがわかるため、見る側の胸に迫るドキュメンタリーに仕上がっている。

主役のイェことカニエ・ウェストが乱気流ライフが続いているため、『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』はオープン・エンディングになっている。このドキュメンタリーの好評ぶりを反映して、ストリーミング・サービスでカニエ作品の再生回数が伸びているそうだ。乱気流を起こしながらも、ビジネスマンとしてもかなり有能なカニエは、世間での受け入れられ方がまた変わったことを実感しているはず。願わくば、クーディーたちとの友情が続き、この続編が作られることを期待したい。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら

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最新アルバム
カニエ・ウェスト『DONDA (Deluxe)』
2021年11月14日発売
国内盤CD 2022年3月25日発売
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