『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』第1幕レビュー:新しすぎたラッパーの生々しい誕生譚

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Kanye West, Coodie, Chike - Photo: Johnny Nunez/Getty Images for Netflix

約21年間に渡ってカニエ・ウェストを撮影した3部構成となるドキュメンタリー映画『jeen-yuhs: A Kanye Trilogy(邦題:jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作)』がNETFLIXにて2022年2月16日から3週にわたって1部ずつが公開される(視聴はこちらから)。

この3部作の第1幕「ビジョン」について、ライター/翻訳家であり、第1幕の舞台である当時のニューヨークに在住されていた池城美菜子さんにレビュー寄稿いただきました。

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『Donda 2』を前にまた暴走

カニエ“イェ”ウェストが(また)騒々しい。2022年2月前半のヘッドラインを書き出そう。

  1. ビリー・アイリッシュに的外れな口撃を仕かける。ステージ上から観客の異変に気づいて対応したビリーを、昨年の惨事のときのトラヴィス・スコットと比べる声がネットで噴出。カニエはともに4月のコーチェラでヘッドライナーを務める予定のビリー本人になぜか謝罪を要求。大ひんしゅくを買う。
  2. 離婚調停中の元妻キム・カーダシアンのデート相手、コメディアンのピート・デヴィッドソンをSNSで攻撃。
  3. 自身はバレンタインデー前にデートをしていたモデル、ジュリア・フォックスと破局。
  4. 息子ふたりとスーパーボウル観戦(これはいいニュース)。
  5. バレンタインデーに元妻キム・カーダシアンにSNSで匂わせラブコール。
  6. ピート・デヴィッドソンとキッド・カディが友人であるため、『Donda 2』に参加させないと発信。カディは「お前みたいな恐竜のアルバム、こちらから願い下げだ」と答えたものの、騒動が広がるにつれて精神状態の不安定を示す内容をポスト。カニエは一転して「ずっと友だちだよ」と励ます‥。

すべて約1週間の出来事である。以前であれば、カニエが騒ぎを起こすたびに「新作のプロモーションのためでは?」との憶測が飛び交った。今回も2月16日にNETFLIXのドキュメンタリー『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』の公開が、22日には『Donda 2』のリリースが控えていたタイミングではある。だが、カニエは炎上商法がいらない位置にいる。本人も周囲もむしろマイナスに働くのがわかっているはずだ。それでも止められない止まらないカニエ・ウェストの感情的な暴走。多くは「またか」と思い、ファンはただただ心配をするだけ。

 

生々しい誕生譚

本稿は『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』のレビューである。トリロジーに合わせ、3回のミニ連載だ。レビューには「おもしろいから観たほうがいいですよ」と勧める目的と、「観ましたよね? これ知っているともう少し深く理解できますよ」と補足する目的があると思う。本稿は、後者が強めだ。一応、「観たほうがいいですよ」の理由を記す。

「天才 (ジーニアス;genius)」をヒップホップ流儀でスペルを変えた「ジーニュース」をタイトルにもつ本作は、最近増えた一歩まちがえるとほめ殺しになりそうな、アーティストをひたすらもち上げるドキュメンタリーとは一線を画しているのだ。

理由はシンプル。昔の映像をあちこちから集めたのではなく、監督のクーディー(Coodie)がデビュー前からカニエと行動をともにして撮り溜めた映像なのである。編集されているとはいえ、荒めの映像は徹頭徹尾、生々しい。天才の誕生譚としてはこれ以上は望めないし、結果的に20年以上前のニューヨーク〜シカゴのヒップホップ・シーンの記録になっている。だから、NETFLIXに入っている人はすぐに、そうでない人はどうにか都合をつけて鑑賞して、それから戻ってきてもらえるとうれしい。.‥はい、ここからはネタバレを気にしないで書き飛ばします。

***

ひとつのエピソードが約1時間半、合計で4時間半。ひとりのアーティストのドキュメンタリーとしては長い。だが、相手は過剰を善とするマキシマリストの元カニエ・ウェストである。紆余曲折が多すぎて短いくらいだが、1週間ごとにリリースしてくれるのは親切。初回「ビジョン」は1998年から2002年までの話だ。大学を辞めてニューヨークに単身乗り込んだカニエが、プロデューサーとしては順調に成功しながらも、本来の夢であるアーティスト契約を取りつけてラッパーとしてデビューするまで苦労する姿を追う。

冒頭でスタンダップ・コメディアンだったクーディーが、自らを売り出すためにシカゴのパブリック・アクセスのテレビ番組「チャンネル・ゼロ」を始めたと明かされる。パブリック・アクセスはケーブルテレビの公共ローカル局を意味し、自分で番組さえ作れば安価で放映できた。たとえばブルックリンならイスラム教徒の教義を伝える番組のあとで地元のお店紹介の番組が流れるなど、手作り感満載でおもしろかった。

チャンネル・ゼロの映像としてスヌープ・ドッグやNBAのコービー・ブライアントが出てくるが、出待ちなどをして突撃して撮影したはずだ。地元シカゴのヒップホップ・シーンを撮影しているうちに、クーディーたちはカニエと出会う。そして、アーティストとしては無名だった彼を追ってニューヨークに引っ越し、20年以上経ってこの奇跡のようなドキュメンタリーに結実したのだ。

 

偉大な母親、ドンダさん

ここでヒップホップ・クイズを。次の単語のうち、いくつわかるか試しに読み流してほしい。

メイス&ハーレムワールド。ジャーメイン・デュプリ。クルーシャル・コンフリクト。ライムフェスト。ダ・ブラット。コモン。コンシークェンス。ノーI.D.。モス・デフ&タリブ・クウェリ=ブラック・スター。ロウカス。デーモン・ダッシュ。ロッカフェラ・レコーズ。ジェイ・Z。ジャスト・ブレイズ。ヒット・ファクトリー。メンフィス・ブリーク。ヤング・グールー。アーヴィング・プラザ。デフ・ジャム。スカーフェイス。ファレル・ウィリアムス。ビヨンセ。

ひとつめのエピソードに出てくる、成人するかしないかの年齢だったカニエが行った場所、出会った人々だ。全部わかる人は年季の入ったヒップホップ・オタクのはず。

その時々の流行りのファッションに身を包んだカニエ・ウェストの初々しさに、まずやられる。歯の矯正器具をつけたままで、自分の未来を予言する発言をするのだ。一方、「自己中心的」「自信家」「ナルシシスティック」「傲慢」「”イェ”と呼んでくれ」「神様」といった、現在でも彼にかんして有効なキーワードもすでに出てくる。

インディーながら破竹の勢いがあったロウカスやキャピトル・レコーズとのデビューの話が進んでいたものの、最終的には契約に漕ぎつけられなかった場面。売り込むためにロッカフェラの社員たちの前でラップをいきなりかます場面。いまの成功を知っているからこそ微笑ましいが、地元で少し名前が売れただけでこの段階を突破できずに終わったラッパーも多かったはずだ。

なんとかMTVの新人紹介の番組『You Hear It First』への出演が決まり、地元シカゴのイベントに戻ったカニエはしかし、師匠筋のプロデュ−サー、ダグ・インフィニットにラジオでディスられる。XXL誌のインタビューでプロデュース方法を習った話でノーIDしか言及しなかった、との理由だ。ヒップホップ・コミュニティでは顔を立てる、潰すといった話は深刻になりやすい。カニエは本人とも話し、地元のラジオのヒップホップ専門局でも説明するはめになる。ここで「ダグとは仲がいい」と弁明しつつも、最終的に「母さん以外の人間に借りはない」と本音をいうのだ。

その足で母親のドンダさんに会いに行く、50分過ぎからの7分間がハイライトだ。カニエを慰め、励ます彼女の言葉が深い。「あなたはトラックの世界のマイケル・ジョーダンよ」。「巨人は自分を鏡に映せない」。大学でも教えていた彼女は、偉大すぎる母親である。ドンダさんの死後、カニエが激しく調子を崩した理由がこの数分で完全に理解できてしまう。

機嫌を直した彼がジェイ・Zに「IZZO」のトラックを聴かせてレコーディングしたときの話を、かなり似ているものまねを交えて母親にする場面がすてきな分、泣けてしかたがなかった。この映像をいまのカニエはどんな思いで見るのだろう。そう思った。「IZZO」のフックが決まった瞬間、「We’re about blow up!」と言い合ったくだりの字幕がなぜか「キレちまうぞ」になっているが、「これは大ヒットするぞ!」という意味だ。

 

カニエ・ウェストという名の、新しすぎたラッパー

インタビューでの苦労話を語るくだりや、「Jesus Walk」の制作風景などほかにも見どころは多い。このエピソードに関しての解説はこれくらいにしておこう。この先は、少し感傷的な文章を書く。

ちょうど『DONDA』日本盤 (3月25日発売)の歌詞対訳が終わったタイミングだったのもあり(31曲!)、威勢はいいのに部分的にとても脆いカニエという人間が少しだけわかったような気がしていた。それだけにこのドキュメンタリーを観ているあいだ、辛かったのだ。母親を亡くした云々で感情移入をしたのではない。私は、同じ時期に同じ場所にいた。前述のクイズに出てくる場所のほとんどに出入りしていたし、知った顔の裏方も数人見つけた。そして、このドキュメンタリーに出てくる多くの業界人同様、カニエ・ウェストの名前を耳にした2002〜2004年頃、プロデューサーとしては優秀だが、ラッパーとしてはたぶん大成しないだろうと思っていたのだ。『bmr(ブラック・ミュージック・リヴュー)』のコラム「Oh, My Bad」の文章にもそれが滲み出ていたはず。

私が翻訳を担当した書籍『カニエ・ウェスト論』のあとがきに書いたので目撃談はくり返さないが、懺悔の念とともにつけ加えたいのは、彼がなかなかデビューできなかった理由はドキュメンタリーで説明するように「プロデューサー上がりだから」だけではなかったということ。カニエ・ウェストというラッパーは、新しすぎたのだ。サグ(チンピラ上がり)ではなく、知性で武装したコンシャス・ラッパーでもない。強いていえばネイティヴ・タンの系譜だが、彼らはアフロセントリックであったり、ジャズへの強い思いがあったりで賢かったし、なによりも落ち着いていた。

カニエは変わった視点のおもしろいリリックを書くのだが、風刺が強くて冷笑的、そのくせ自分のこととなると妙に感情的で、居心地の悪さを与えた。新しすぎる、異質なものは警戒される。彼のラップをすぐに評価できなった理由を、滑舌や鼻にかかった声のせいに長年してきたが、たんに自分の凡庸さのせいだったといまになって思う。そのくせ、ずっと聴いてきたから、とさも理解者のような文章を書いているのだから、とんだ偽善者だ。これだけ成功して、広く作品を聴いてもらってカニエはなにが不満なんだろう、なんでいつも怒っているのだろう、と常々思っていた。でも、『jeen-yuhs カニエ・ウェスト 3部作』の初回を観ながら、取り巻く偽善に敏感に反応し続けているからだと、お前みたいな人間のせいだよ、と自分に突っ込んだ。なんかごめんなさい。エピソード2もエピソード3も懲りずにレビューを書くけど。次は交通事故の回になるらしい。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら

『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』第2幕レビュー
『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』第3幕レビュー

*編註:以下の「Through The Wire」のビデオは本ドキュメンタリーの監督であるクーディーとチーケー(Chike)が監督したカニエ・ウェストのデビュー・シングルのミュージック・ビデオ。



最新アルバム
カニエ・ウェスト『DONDA (Deluxe)』
2021年11月14日発売
国内盤CD 2022年3月25日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



 

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