イマジン・ドラゴンズ「Enemy」が大ヒットになった理由: アルバムが商業的に“失敗”してからの復活劇

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Imagine Dragons - Photo: Eric Ray Davidson

2021年9月3日に発売されたイマジン・ドラゴンズ(Imagine Dragons)5枚目のアルバム『Mercury – Act 1』。この1か月後に発売されたとラッパーのJ.I.Dとのコラボ楽曲「Enemy」が今ロングヒットを記録している。

この楽曲について、音楽ライター/ジャーナリストとして活躍されている粉川しのさんに寄稿いただきました。

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大ヒット&ロングヒットとなった新曲

イマジン・ドラゴンズのシングル、「Enemy」が驚異的な粘りでロング・ヒットを記録している。昨年10月にリリースされた同曲は既に2億5千万回以上の再生回数を達成しており、米ビルボード100でもジワジワと順位を上げて5位まで昇った。5月7日付時点で23週連続チャートイン、ピークポジションの5位もキープし続けているのだから凄い。

「Enemy」はNetflixのアニメシリーズ、『アーケイン』の主題歌としてイマジン・ドラゴンズが書き下ろしたナンバー。『アーケイン』は超人気オンライン・ゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』の前日譚として描かれた初のアニメ作品で、Netflixのランキングであの『イカゲーム』を蹴落として首位に立つなど爆発的なヒットを記録中、第49回アニー賞ではTV部門総なめの9冠に輝いている。

ラッパーのJ.I.D.とタッグを組んだ「Enemy」は彼らの十八番と呼ぶべきハードでハイファイなミクスチャー・ポップ曲で、正義と悪に引き裂かれた姉妹の宿命的な戦いを描いた『アーケイン』ダークSFな世界と見事にマッチしている。

ダン・レイノルズ他メンバーやJ.I.D.がアニメ・キャラクター化され、サイバー・パンクな地下都市ゾウンに入り込む同曲のミュージック・ビデオも隙のない完成度だ。『アーケイン』とイマジン・ドラゴンズのタッグはまさに相乗効果、両者にとって望みうる最高のコラボだったのではないか。ちなみに彼らは2014年のシングル「Warriors」でも『リーグ・オブ・レジェンド』とタイアップしており、相性の良さは折り紙つきだったと言える。

 

ロングヒット化している最近のチャートとTikTok

史上最長のスリーパー・ヒットとなったグラス・アニマルズの「Heat Waves」にも象徴されるように、ポップ・ソングの「寿命」が急速に伸びているのが2020年代の顕著な現象だ。「Enemy」が23週チャート・インを記録した前述の最新ビルボード・チャートでも、その傾向は明らかだ。

何しろ67週(!)チャート・インしている「Heat Waves」は別格としても、キッド・ラロイ&ジャスティン・ビーバーの「Stay」(42週)、ドージャ・キャットの「Woman」(39週)、リル・ナズ・Xの「Thats What I Want」(32週)など、トップ10のうち実に8曲が半年以上チャート・インし続けている長寿曲なのだ。先週まで首位を独走していたハリー・スタイルズの「As It Was」も、おそらく今後延々とチャート・インし続けることになるはずだ。

ちなみに、近年のスリーパー・ヒット急増の要因の一つとして挙げられるのがTikTokだ。TikTokでのトレンド化を介したヒットはリリースのタイミングに縛られないもので、「新曲」と「旧曲」の境を越えたバズの広がりを可能にした。「Enemy」も『アーケイン』のキャラクターのコスプレで同曲をリップシンクする動画などが盛んにバズっており、同曲のブレイクにTikTokが一役買ったのは間違いない。

@.ayoitslani This song is living in my head rent free, everybody stand for the anthem of Arcane ✋ #enemy #arcane #arcanecosplay #vi #vicosplay ♬ Enemy – from the series Arcane League of Legends – Imagine Dragons & JID & Arcane & League Of Legends

そんな2010年代後半以降のTikTokヒットの潮流から取り残されたのが、いわゆるロックと呼ばれるジャンルであり、ロック・ナンバーがUS/UKシングル・チャートに食い込むのはもはや不可能と言ってもいい壊滅的な状況だ。そして思えば、その壊滅的な状況の中でほぼ唯一の爪痕を残してきたのが、イマジン・ドラゴンズではなかったか。

例えば彼らの「Believer」、「Radioactive」といった大ヒット曲は、ビルボード100のトップ5に食い込んだ超レアなロック・シングルであり、まさにスリーパー・ヒットのお手本のような売れ方をしたナンバーだった。

ロック・バンドとは無縁のポップ系プロデューサーと思われてきたマットマン&ロビンといち早くタッグを組み、エレクトロポップやヒップホップを大胆にクロスオーバーさせながら最新ポップ・ロックの雛形を作り上げた「Believer」にも象徴的だが、イマジン・ドラゴンズはストリーミング時代が本格的に到来し、TikTokが生まれた2010年代の「ポップ」に率先して適応していった、恐ろしくプロフェッショナルで自覚的なグループだったからだ。

 

商業的に“最大の失敗作”となったアルバム

しかし、イマジン・ドラゴンズの現時点での最新アルバム『Mercury – Act 1』は、彼らが10年近くかけて磨き上げてきたそのプロフェッショナリズムを、最新ポップ・トレンドに最適化した「勝てるロック」の秘伝のレシピを、敢えて放棄したアルバムだったように思う。

何故なら『Mercury – Act 1』とは、ウェルメイドなポップ・ロックを作ることよりも優先されるべきテーマを秘めたアルバムであり、切羽詰まった彼らのギリギリの精神状態を反映したフラジャイルな一作だったからだ。同作のテーマとはつまり、死の淵まで追い詰められたダン・レイノルズ個人の喪失であり、悲劇だった。そして、そこから再び立ち上がる様を刻んだ苦闘の物語でもあった。同作が彼らの新境地作である理由については、こちらのコラムに詳しく書いたのでご一読いただけると幸いだ。

結果として、『Mercury – Act 1』は商業的には彼らの最大の失敗作となってしまった(*編註:過去全てのアルバムが全米1位か2位の中、本作は9位)。それでも、同作はどうしても作る必要があるアルバムだった。あのタイミングで彼らが自分たちの内なる葛藤を見なかったことにして、いつものようなアルバムを作っていたとしたら(プロフェッショナルな彼らにはもちろんそれも可能だったはずだ)、自己矛盾を抱えたまますり減り、バンドは近い将来にダメになっていただろう。

『Mercury – Act 1』は痛みを伴いながらも彼らの未来への道を切り開いたアルバムであり、同作である種の禊を済ませたからこそ、イマジン・ドラゴンズはもう一度「Enemy」のように強力なポップ・チューンと堂々向き合うことができたのだから。

「みんな俺の敵になりたがる」と歌う「Enemy」は、『アーケイン』の引き裂かれた世界についての歌だが、そこにはダン自身のかつての葛藤やパラノイアが重なるものもあったのかもしれない。

 

続編『Mercury – Act 2』と「Bones」

7月にはニュー・アルバム『Mercury – Act 2』のリリースを控えているイマジン・ドラゴンズ。タイトルにも明らかなように同作は前作の続編となる作品であり、2作をコンパイルした『Mercury – Act 1&2』というパッケージでのリリースになるという。つまりコンセプトや歌詞の面では地続きの作品であるのは確かだが、サウンド的には前作から大きく変化し、ヒップホップの影響を強く受けたものになったとダンは語っている。

その変化の片鱗は先行シングルの「Bones」にも明らかだ。「Bones」は大人気ドラマ・シリーズ『ザ・ボーイズ』最新シーズンの予告編動画のフィーチャー曲として抜擢されており、これまた「Enemy」に勝るとも劣らないポップ・チューンだ。

特に分厚いラウド・ギターの迫力、その荒れ狂うギターの手綱をがっつり握るステディなビートメイク、そしてパンチとフックの波状攻撃からなる猛烈にキャッチーなメロディと、イマジン・ドラゴンズの勝利の黄金パターンが完全に復活している。

マイケル・ジャクソンの「Thriller」を彷彿させるゾンビダンスも怖楽しいMVも最高だ。このMVの中でダンたちはゾンビ化(死と復活)を経験するが、「死神から逃れることができないのなら、数え切れないくらいの命を生きてやる」と歌う「Bones」のテーマもまさに死と復活であり、彼らが内なる悪魔との戦い(『Mercury – Act 1』)を経てたどり着いた自己肯定の境地がそこにはある。

イマジン・ドラゴンズは、しぶとい。エンタテイメントの戦場で彼らは何度だって立ち上がってみせるのだということを、「Enemy」と「Bones」での復活劇は証明したのではないだろうか。

Written by 粉川しの



イマジン・ドラゴンズ「Enemy」
2021年10月28日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music


イマジン・ドラゴンズ『Mercury – Act 1』
2021年9月3日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music




 

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