なぜ、ザ・キラーズは日本でブレイクできないのか? 15年以上にわたる悩ましい問題と最新アルバム

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Photo: Olivia Bee courtesy of Island Records

2020年8月21日に6枚目のアルバム『Imploding the Mirage』の発売が決定した米・ロックバンドのザ・キラーズ(The Killers)

ザ・キラーズは今まで5枚のアルバム全てが全英1位&全米トップ10入りし、トータルセールスは2,200万枚越え、そしてコーチェラ、ロラパルーザやボナルー、ワイト島フェス、グラストンベリーといった有名音楽フェスのヘッドライナーをほとんど務めるなど、世界中で大人気バンドとなっていますが、そんな世界の状況に比べると、どうしても日本での盛り上がりは見劣りしてしまう状況となっています。

世界にくらべて、なぜ彼らが日本でブレイクできなかったのか? そして新作アルバムへの期待について、『rockin’ on』5代目編集長、現在は音楽ライター/ジャーナリストとして活躍されている粉川しのさんに寄稿いただきました。

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約3年ぶりとなるザ・キラーズのニュー・アルバム『Imploding the Mirage』が8月21日にリリースされる。先行シングル「Caution」はキラーズの原点にあるキャッチーなシンセ・サウンドと、『Sam’s Town』以降に確立されたアメリカン・ロックのエピックなスケール感が融合、前作『Wonderful Wonderful』からの先行シングル「The Man」が少し変化球気味のディスコファンク・チューンだったのと比較しても直球ど真ん中の一曲で、『Imploding the Mirage』が彼らのエッセンシャルな一作となっていることを予感させる最高のティーザーだった。ちなみに「Caution」でリード・ギターを担当しているのはフリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムで、豪華コラボが実現している。

そう、「Caution」が予感させるように、『Imploding the Mirage』はキラーズのキラーズらしさが前面に押し出された傑作になる可能性が高い。そしてだからこそ今改めて問い直すべきなのかもしれない。なぜキラーズはここ日本でブレイクできないのか、という15年以上にわたる悩ましい問題についてだ。

日本の音楽シーンは良くも悪くもいわゆる「洋楽」に対してガラパゴス化した距離感を持っている。その結果、古くはデビュー当時のクイーンがそうだったように、本国より先になぜか日本でブレイクする「ビッグ・イン・ジャパン」現象がしばしば生じてきた。その逆パターンとして、海外ではアリーナ、スタジアム・ツアーをやっているビッグ・バンドが日本において状況が追いつかず、結果的にツアー規模の折り合いが合わずに来日が難しくなってしまうケースもある。しかも来日の機会が遠ざかれば遠ざかるほど、日本国内でのセールス規模もさらにシュリンクしていくという悪循環に陥ってしまう。キラーズが後者の例であることは残念ながら否めないだろうし、キラーズと日本の関係を振り返った時、どこかでボタンの掛け違いがあった気がしてならないのだ。

 

全世界で1,000万枚以上を売り上げたデビュー・アルバム『Hot Fuss』、その時日本は…

2004年にリリースされたキラーズのデビュー・アルバム『Hot Fuss』は、世界で1,000万枚以上を売り上げたメガヒット・アルバムだ。デビュー当時、彼らはここ日本でいわゆるニューウェイヴ・リヴァイヴァル、ポスト・パンク・リヴァイヴァルの一派としてカテゴライズされていたバンドだった。実際ザ・キュアーU2、ザ・スミス、デペッシュ・モードといったバンドたちから多大な影響を受けていた彼らの出発点が、それらのリヴァイヴァル的サウンドだったことも事実だ。しかし『Hot Fuss』を聴けばわかるとおり、キラーズの大ブレイクの最大の要因はニューウェイヴ云々とは無関係の、恐ろしくキャッチーでフレンドリーなポップ・ソングとしての強度自体にあった。

つまり、キラーズのシンセ・ロック・サウンドはニューウェイヴ、ポスト・パンクに象徴される「オルタナティヴ」ではなく、デビュー時点ですでに「メインストリーム」の領域に到達していたわけだが、これによって帰って彼らは果たしてオルタナティヴ・ロック・バンドなのか? それともポップ・バンドなのか? という認識のゆらぎが生じ、最初のボタンの掛け違いに繋がってしまったのではないだろうか。

実際それはどちらでもよかったはずなのだが、プロモーションの時点でズバッと本質を突くアプローチがし難かったのは否めない。例えば彼らとほぼ同時期にデビューしたフランツ・フェルディナンドが、キラーズを凌ぐセールスを日本で記録(世界的にはキラーズの圧勝にもかかわらず)したのは、その由緒正しきオルタナティヴとしてのニューウェイヴ、ポスト・パンクの血統が明快で、プロモーションしやすかったというのはあるだろう。これはキラーズのカテゴライズに迷ったレーベル、及び当時メディアに関わっていた者として自省すべき点でもある。

 

東京でMVを撮影、相思相愛になれたはずの「Read My Mind」

キラーズはセカンド・アルバム『Sam’s Town』(2006)でニューウェイヴ、ポスト・パンク・リヴァイヴァル的なサウンドからよりオーセンティックなロックンロール、ブルースへ、ブルース・スプリングスティーンとも比較されるエモーショナルなアメリカン・ロックへと舵を切った。

本国アメリカより先にイギリスでブレイクした彼らが本作によって本国でも人気が爆発した(全米2位、全英1位)のは、『Sam’s Town』によってキラーズがデビュー当時のカテゴライズから外れ、より普遍的なバンドとしての道を歩み始めたからだろう。『Sam’s Town』は例えるならU2にとっての『The Joshua Tree』のような一作だったと言っていい。

そんな『Sam’s Town』収録の「Read My Mind」のミュージック・ビデオは東京で撮影されたことでよく知られている。新宿歌舞伎町やゲームセンター、カプセルホテル……と、いかにも東京らしい記号がちりばめられた風景の中で4人が楽しげに過ごしている同MVは、インバウンドが大挙押し寄せた2010年代後半を10年先取りしたかのような作品で、世界中のキラーズのファンの間でも名作MVとして評価が高い。

日本の有名なエルヴィスのそっくりさんやガチャピンも登場するその内容は、もちろん日本のファンにとっても嬉しく親近感を覚えるものだった。彼らが日本でもブレイクするチャンスがあったとしたらまさにこの「Read My Mind」のタイミングだったと思うのだが、残念ながら完全に突き抜けるには至らなかった。それでも翌年には東名阪ツアーが実現、東京の会場はZepp Tokyoで、前回の恵比寿リキッドルームよりはるかにスケールアップしていた。この勢いがそのまま続いていたら、彼らの日本でのキャリアはかなり違ったものになっていたかもしれない。しかしそれ以降、キラーズと日本のファンは不運としか言いようがない状況に陥ってしまったのだ。

日本のフェス・カルチャーの成熟期、痛手だったキャンセルの連鎖

キラーズと日本のファンが見舞われた不運としか言いようがない状況、それは「来日がことごとくキャンセルになってしまう」という怪現象(?)だった。2008年のサード・アルバム『Day & Age』は彼らが再び『Hot Fuss』時代を思い起こさせる超絶キャッチーなシンセ・ポップに回帰した作品で、「Human」や「Spaceman」といったヒットシングルも連発。これらの曲がアンセムとなって彼らのツアーは世界各地で一大シンガロング・ショウとなっていった。

しかし、その波はついに日本に到達しなかった。2009年のフジロックのキャンセル皮切りに、2010年の単独までキャンセルとなり、結局『Day & Age』を引っさげての来日は叶わなかったからだ。ちなみにキラーズの直近10年の来日(未遂)歴は以下のようになっている。

2009年:フジロック→キャンセル
2010年:単独来日→キャンセル
2013年:単独来日→当日日程変更
2018年:単独来日→大阪公演キャンセル

ここまでくると一度お祓いでもしたほうがいいのではないか?と思ってしまう。2013年の来日時のインタビューでデイヴ(guitar)が「僕らは日本以外では人気があるんだけどね…」と自虐していたが、これに関しては日本のファンとしても一言言いたくなるのではないか。あの数年間の空白は、あまりにも大きかったのだと。2000年代後半から2010年代前半にかけてはフジロック、サマーソニックがそれぞれ10周年を迎え、日本のフェス・カルチャーが成熟期に差し掛かっていた時期で、多くのバンドがフェス出演を足がかりに日本でブレイクを果たしていった。そこにコミットできなかったことも、キラーズにとっては痛手だったのは否めない。

そして2020年、今こそキラーズを聴こう!

『Day & Age』以降はバンドとしての活動ペースもスローになり、4作目『Battle & Born』(2012)まで4年、そして前作『Wonderful Wonderful』(2017)までは5年のブランクを要した。また、マーク(bass)とデイヴが相次いで休養に入り、『Wonderful Wonderful』のツアーは2人が不在で続けられた。それでも、『Battle & Born』ツアーの2013年新木場スタジオコースト公演は、ステージ上の彼らも感動のあまりMCで言葉に詰まるほど過去最高のライブとなったし、2018年には悲願の武道館公演も実現した。あの日、武道館は満員にはならなかったけれど、それでもステージ上の彼らも会場のオーディエンスも完全燃焼で、客電が灯され昼間のように明るい武道館で大合唱と共に高らかに鳴り響いた「Mr. Brightside」の光景は、今なお忘れることができない。

ザ・キラーズ 武道館公演 (C) rob loud

ラスベガス出身でショーマンシップのDNAに誇りを持つキラーズにとって、ライブはまさにバンドの真骨頂の場なのだということを、彼らにふさわしい規模の会場で初めて確認できた武道館公演の意義は大きかったし、「5年ぶりの日本だよ。5年……5年は長すぎるよ! 次来るときは5年も待たせないからね」とブランドンもステージで言っていたように、キラーズと日本にまつわるネガティヴなジンクスを断ち切るきっかけとなる一夜だったと思う。

それに加えて前作『Wonderful Wonderful』から約3年ぶり、過去数作に比べてもショート・スパンでリリースされる新作『Imploding the Mirage』は、初の全米全英ダブル1位を獲得した前作の勢いに乗って、再びシーンのど真ん中にリーチする勝負作となることは間違いない。ようやく、ようやく、機は熟したと言えるんじゃないだろうか。

Written By 粉川しの



ザ・キラーズ『Imploding The Mirage』
2020年8月21日発売
CD / iTunes/ Apple Music / Spotify




 

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