The 1975と社会問題:ジェンダー、環境、ペットボトル削減、ペーパーレスなど世界を変える行動とは

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2020年5月22日に4枚目のアルバム『Notes On A Conditional Form』が発売された英・ロックバンドThe 1975。彼らはその音楽だけではなく、自身が発信するメッセージにも注目が集まっています。彼らが伝えようとしていることや、実際に行動していることについて、『rockin’ on』5代目編集長、現在は音楽ライター/ジャーナリストとして活躍されている粉川しのさんに解説いただきました。

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The 1975の待望のニュー・アルバム、『Notes On A Conditional Form(邦題:仮定形に関する注釈)』のリリースがついに5月22日で決定した。当初は2月のリリース予定が4月に延期となり、そこからさらなる延期を経てやっと決まったリリースだが、何しろ全22曲&トータルタイム80分にも及ぶ大作だ。彼らがじっくり時間をかけて仕上げたかったのも理解できるし、時間の余裕を生かして5曲ものシングルが先に公開されたことで、5月に向けて徐々に期待が昂まっていく最高の助走期間になったと言えるかもしれない。

5曲目の最新シングル「Jesus Christ 2005 God Bless America」は4月3日にリリースだ。この「Jesus Christ 2005 God Bless America」のミュージック・ビデオのためかどうかは定かではないが、The 1975は新曲のMVのためにファンから映像や素材を募っている。「クリエイティヴな映像」や「笑わせてくれる映像」といった定番のものから、「最近経験したこと」を語ったものや、「今の状況を示す3つの感情」を投稿としてほしいというのだ。

マシュー・ヒーリーは2月にも同じように「みんなが今までにツイートや書き込まれた言葉で一番傷つけられたものを音読し、録音して送ってほしい」と呼びかけている。

つまり、彼らはファンのよりパーソナルな「今の気分」を知りたいのだろう。ミレニアル世代、Z世代が今感じている物事の集積によってこの時代そのものを理解し、作品に反映していきたいのだろう。実際、前作『A Brief Inquiry into Online Relationships(邦題:ネット上の人間関係についての簡単な調査)』は、まさに彼らがそうしてネット社会、デジタルエイジの世界を覆う憂鬱や不安を描写したアルバムでもあった。

しかしThe 1975は今、時代の「描写」に止まらない次のフェーズに大胆に移行しつつある。端的に言うならば、時代を変える具体的な「行動」を起こし始めているのだ。『A Brief Inquiry into Online Relationships』と『Notes On A Conditional Form』が連作の関係にあるように、彼らはこの2連作に「描写」から「行動」へと歩を進める自分たちの成長を託しているのかもしれない。ここではThe 1975が実際にどんなアクションを起こしてきたのか、彼らがファンと共にどんな世界を目指しているのかについて、改めてまとめてみることにしよう。

 

マシュー・ヒーリーが体現するジェンダー・イクオリティ

今年2月、マットは「今後自分たちは出演者のジェンダーの均衡が取れていないフェスティヴァルには出演しない」ことを示唆した。そもそものきっかけは、今年8月に開催されるレディング・フェスティヴァルのラインナップに女性、ノンバイナリー(*男と女など既存の性別にも当てはまらない第三の性)のアーティストが極少数しか含まれておらず、大きな議論となったことだった。

問題となったレディングのラインナップはこちら。女性、ノンバイナリーのアーティストを抽出してみると右のポスターの有様に。

この惨状を訴えた女性ジャーナリストに対し、マットは「レイジのヘッドライナーはドープだけど、確かに君の言うととおりだね」と返信。「ジェンダーの均衡が取れているフェス、女性やノンバイナリーのアーティストの出演比率ができれば50%のフェスにしか出演しないという条件を足してほしい」と呼びかけるジャーナリストに対し、既にブッキングが終わっているフェスについては変更は難しいものの、「これからはそうする、それが男性アーティストが真の意味でアライ(性的マイノリティの支持者)になるってことだから」約束した

この決意について、マシューは「口だけじゃなくて行動すべき時がきたんだ」ともツイートしている。そう、まさに「行動」に移す時だと宣言しているのだ。

ジェンダー・イクオリティの問題について、マットが実際に行動していることはこのフェスのラインナップだけじゃない。例えば彼は、時々スカートやワンピースを着てステージやカメラの前に立つ。その着こなしはごくごく普通で、別に「女装」をしているわけでもないのだ。マットはスカートとデニムパンツを同じ感覚で履いていて、そこにはファッションも性差によって決められるべきではないという信念、ジェンダーの固定概念を突き崩していこうとする行動が宿っていると言っていいだろう。

「Frail State Of Mind」のMVでも、お気に入りらしいロングスカート姿で登場。

マットのこのいわゆる「クロス・ドレッシング」は、かつてデヴィッド・ボウイというジェンダー超越の先駆者を生み出した英国のポップ・アイコンの系譜を受け継ぐものでもある。ちなみに彼はノースフェイスのダウンにスカートを合わせたチャーミングなスタイリングで、米人気TV番組「The Late Show with Stephen Colbert」にも出演。彼のメッセージがアメリカのお茶の間に届いた意味は非常に大きいと思う。

この他にも、The 1975のジェンダー・イクオリティ運動への積極的なコミットと行動は多岐にわたる。2018年にはロンドンのLGBTQセンターの開設にあたって寄付をしており、昨年のブリット・アウォーズのスピーチでは音楽業界にはびこる女性蔑視の風潮について批判。「これはみんなが考えるべきこと」だとした上で、「男性の女性嫌悪の振る舞いはそのニュアンスが理解され、アーティストとして擁護してもらえるのに、女性がそれを指摘するとヒステリーだとみなされる」問題点を指摘した。

近年、エンタメ業界の(白人)男性支配の現実がグラミー賞やアカデミー賞で表面化するたびに炎上を繰り返す中で、The 1975のように若く影響力のあるグループが声をあげることの意味は極めて大きいし、彼らはその影響力とあらゆるメディアを巧みに駆使してメッセージを発信することを厭わないバンドでもある。また、昨年5月に米アラバマ州で中絶禁止法が成立した際には、ライブのMCで「あれは生活を守る法案なんかじゃない、女性たちを支配しようとしているだけだ」と激しく非難するマットの姿があった。

宗教によって弾圧されたジェンダーやセクシュアリティについても果敢に声をあげ続けているアライ、それがThe 1975だ。同性愛禁止法が敷かれたアラブ首長国連邦のドバイ公演では男性オーディエンスとマットがキスを交わして大問題となったが、マシューは「ありがとうドバイ、最高だったよ。“あの行い”のせいでもう戻ってこれないかもしれないけれど、君たちのことを愛してるんだって知ってほしい。それにもう一度機会があったら、また僕は同じことをするから」とツイートしている。

また、イランでヒジャブを被っていなかったために16年の懲役刑が課せられた10代の少女への連帯を表明。

 

グレタ・トゥーンベリと共鳴、「未来を諦めない」ための環境問題への果敢な取り組み

ジェンダー・イクオリティと共にThe 1975が今積極的に取り組んでいるのが、地球温暖化に代表される気候クライシスの問題だ。若い世代の未来を根こそぎ奪いかねない気候クライシスが、彼らの代弁者であろうとするThe 1975にとっても真正面から向き合い、行動せざるを得ない問題であるのは想像に難くない。そういう意味で、『Notes On A Conditional Form』のオープニングを飾る「The 1975」でグレタ・トゥーンベリとの共演を果たしたのは必然だったのかもしれない。

気候クライシスへのプロテストを牽引する活動家であり、若い世代の象徴でもあるグレタ・トゥーンベリについてマットは「今までに出会った人物の中で最もパンクな人」だと讃え、「ほかのビッグなアーティストたちがこれまで彼女に機会を与えてこなかったのはおかしい」と発言。地球の危機を訴え、「今こそ反逆の時」だと告げるグレタの朗読を全面的にフィーチャーした“The 1975”は、まさに彼女に機会を与えたいという彼らの熱意の産物だ。

 

バンドは「The 1975」の収益を全額「エクスティンクション・レベリオン」に寄付するとしている。「エクスティンクション・レベリオン」はグレタとも共闘する環境プロテスト集団で、マットは彼らや他団体の主催したものも含めて、実際に複数のデモにも参加している。

ちなみに『Notes On A Conditional Form』では、そんなオープニングの「The 1975」から雪崩れ込むように2曲目の「People」が始まる。「子供たちをバカにするな」と歌う「People」は、地球のために、未来のために立ち上がったグレタのような子供たちに対するエールの歌だと捉えるべきだろう。

もちろん彼ら自身も、The 1975の活動をあらゆる側面からエコ・フレンドリーであるべく見直し始めていて、特に『Notes On A Conditional Form』前後のツアーやプロモーションにおいて、それは大きなテーマになっているようだ。例えば、過去に販売されたバンドTシャツの上から新たに『Notes On A Conditional Form』のロゴをプリントし、ツアーのマーチャンダイズをリサイクルするというアイデアは、買い替え&使い捨てのファスト・ファッション文化に一石を投じるアクションとして、各方面から賞賛を集めた。

このアイデアがさらにナイスなのは、The 1975のTシャツに限らずどんなバンドTでもOKだということ。その結果、ジョイ・ディヴィジョンとThe 1975のコラボ(?)も可能に。

世界中を飛行機で飛び回ることで化石燃料を大量に消費するライブ・ツアーの環境負荷をいかに減らし、カーボン・ニュートラルでサスティナブルな活動を継続するのかは近年のアーティストたちにとっての大きな課題で、例えばコールドプレイのように新作のツアー自体を自粛する動きも出てきている。そんな中でThe 1975が凄かったのは、チケットの販売枚数に応じて植樹をするという、より能動的に攻めたアプローチに出たことだ。

この他にも最新ツアーのマーチャンダイズにウォーターボトルを加えてペットボトルの削減を訴え、『Notes On A Conditional Form』のパッケージをリサイクル・プラスティックと再生古紙で統一、ビニールシュリンクを廃止したりと、細かいところまで徹底的に見直している。

 

The 1975は今年7月、ロンドンのフィンズベリー・パークで大規模なライブを行うことが予定されている(新型コロナウィルスの影響で、開催できるか雲行きが怪しくなっているのがもどかしいが……)。チャーリーXCXやペール・ウェーヴス、フィービー・ブリジャーズら、サポート・アクトの過半数を女性アーティストが占める、まさに前述のジェンダー・イクオリティを有言実行したラインナップのプチ・フェスと呼ぶべきイベントなのだが、さらにこのフィンズベリー・パークは、彼らが模索してきたエコ・フレンドリーな活動を集大成したライブにもなっている。例えば公演で使用する電源は全て水素化植物油でまかない、これによってカーボン・フットプリントを90%削減。また、チケットやポスター他全てにおいてペーパーレスが徹底された公演になるという。植樹団体の「Trees for Cities」と協力して、パークの周辺に1975本もの樹を実際に植えることも計画されている。

ニュー・アルバム『Notes On A Conditional Form』は、「Music For Cars」と称されるThe 1975のある「時代」のフィナーレとなるアルバムだ。「Music For Cars」とはどんな時代だったのか?との筆者の問いに、マットは「僕たちが本物のバンドになった時代」だと答えた。「The 1975がこれだけ多くの若い人たちにとって重要な存在になったのを見て、さらに進化しなきゃいけない時期だった」のだと。そんな彼の言葉を裏付けるように、The 1975は自分たちの音楽の持てる力の全てを使って今、世界を変える行動を続けている。

Written By 粉川しの


The 1975『Notes On A Conditional Form』
2020年5月22日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music / Tシャツ




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