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“詠時感”と書いて何と読む? 日本の現役大臣もセッションに参加したスーパー・グループとは?

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Courtesy of Dark Horse Records

1980年代から20年以上にわたって東芝EMIの洋楽ディレクターを務め、2025年には『東芝EMI洋楽部の輝ける日々』という書籍も発売した森 俊一郎さんが、“吉野家七味”として音楽出版社フジパシフィックミュージックの公式noteにて連載を執筆中。

今回はとあるバンドについて。他の連載はこちら

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さて、1980年代に生まれた進化系プログレッシブ・ロックのお話し…。

7月3日に在日アメリカ大使館が主催し、都内・お台場で行われたアメリカ建国250周年を記念したイベント。今の駐日大使が誰だか皆さん知ってますか?「グラス」駐日大使。筆者は知りませんでした、すみません、不勉強でした。

George Glass氏、2025年4月8日に米国議会上院で駐日米国大使として承認され、同年4月18日に来日していたそうだ。イベントには日本側からは小泉防衛大臣や小池東京都知事らも臨席したが、林芳正総務大臣がステージに上り、エイジア、カンサス、REOスピードワゴン、サバイバーなどのメンバーによるステージで、ギターとコーラスで参加した動画が話題になっている。

Asia – Heat Of The Moment

「エイジア」……1982年の大ヒット曲「Heat Of The Moment」でA面1曲目が始まるファースト・アルバム『詠時感~時へのロマン~(原題:Asia)』は全米1位を9週間獲得し、年間アルバム・チャートも1位、という怪物ぶりだった。しかし当時の発売元だったソニーさん、つけましたねえ、アルバムの邦題!

「詠」は「エイ」ですね
「時」も「ジ」……
「感」???「ア」にはどうやっても読めないんだけど、力技の雰囲気もので一気に読まされたのですね「エイジア」。

ちなみに「にょろ(=~)」の後のサブタイトル「時へのロマン」は、セカンド・シングル「Only Time Will Tell」の邦題で、今回林大臣がギターを弾いて参加していた曲。これもいい曲ですよ。他にも“ヴ”の点が多い「孤独のサヴァイヴァー(Sole Survivor)」や「この夢の果てまで(Wildest Dreams)」など今聴いても名曲揃い。後にエイジアのゲフィン時代のカタログはワーナー・パイオニア(当時)から現在はユニバーサルへと変遷していくが、この邦題はやはり継承されている。

Asia – Only Time Will Tell

エイジアと言えばジョン・ウェットン、ベーシストにしてシンガーだが、やたらとプログレッシブ・ロック・バンドを中心に所属バンドを変えて生きてきたために「プログレ渡り鳥」と(一部で)呼ばれる「バキバキの大音量ベース」と「高音もしっかり伸びるヴォーカル」の人。主なバンドだけでもキング・クリムゾン、ロキシー・ミュージック、ブライアン・フェリー(ソロ)、UK、エイジアで曲作りにも深く関わり数々の名曲を残している。

Easy Money – King Crimson | The Midnight Special

スティーヴ・ハウ、ギタリストだが別の文脈のプログレ・バンド「イエス」の中心メンバー。ジェフ・ダウンズ、元々はバグルスとしてシングル「ラジオスターの悲劇(Video Killed the Radio Star)」をヒットさせた1970年代終盤から活躍する鍵盤弾き、エイジアでは今も残る唯一のオリジナル・メンバー。

The Buggles – Video Killed The Radio Star (Official Music Video)

そして、カール・パーマー、特に1970年代日本でも大人気だったこれまた別軸のプログレ3人組「EL&P」のドラマーとして、音楽専門誌の人気投票でも1位を獲得したほどだった……と言っても今の音楽ファンにどこまで伝わるのか???

Emerson, Lake & Palmer – Fanfare For The Common Man (Live at Olympic Stadium, Montreal, 1977)

そんな4人が結成した、「プログレをベースにしているけど、プログレらしい長い曲やら組曲もなく、ひたすらポップ・ラジオ局を狙ったような作り」の曲満載のアルバムをヒットさせた「エイジア」のご紹介でした。いや、当時を知らないと実感はないでしょうけれど、筆者がちょうど東芝EMI(当時)に入社した年にライバル社から出た大ヒット、印象に強く残っている。

メンバー・チェンジが多すぎてもはやファミリー・ツリーをこのバンドだけで作ろうにも途中でイヤになるほどの履歴。しかし、核になってきたのは間違いなくジェフリー・ダウンズと、亡くなったのが残念でならないジョン・ウェットン(2017年逝去)。この二人の曲作りの才能が一気に開花した1982年、素晴らしい時代の幕開けだったと言えよう。

最後偉そうに終わったけど、林大臣もその時代にファンになってギターでコピーしてきた(在日大使のグラスさんも同じぐらいの世代でロック好きらしい)のが今回のステージにつながった……好きこそものの上手なれ。

Asia – Don't Cry

おあとがよろしいようで。吉野家七味でした、バイバイ、またね!

Written by 吉野家七味 (連載はこちら



 

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