Join us

Columns

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の音楽:友情を乗せて宇宙を駆けるビートルズの曲

Published on

2026年3月20日に公開され、現時点で米批評サイトRotten Tomatoesでは批評家レビュー95%、一般レビュー97%を記録するなど、批評家や映画ファンから大絶賛されている映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。その評判に加え、興行収入も好調となっている。日本では公開初日に1億6996万5100円、動員数9万8291人を記録し、実写・アニメを含め2026年洋画No.1のスタートを切った。さらに全米では約128億1282万円(約8058万ドル)を叩き出し週末ランキングで1位を獲得、全世界でも約224億1642万円(約1億4098万ドル)を突破し、2026年公開映画のNo.1オープニング記録を樹立している。

世界中で高い評価を受けている本作で使用されている音楽、特に原作小説や劇中にも登場するザ・ビートルズについて、ライターの粉川しのさんに解説いただきました。

<関連記事>
ザ・ビートルズ特集記事一覧
リンゴ・スターの新作『Look Up』はカントリー・アルバム
ポールの新ドキュメンタリー『マン・オン・ザ・ラン』のサントラ発売


 

「ホープ・コアの新たな傑作」

3月20日に世界同時公開された『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が、大旋風を巻き起こしている。地球を救うために宇宙へ旅立つ科学教師のグレース(ライアン・ゴズリング)が、未知の生命体との遭遇を果たし、友情を育みながら互いの星を救うべく奮闘する同作はSF超大作であり、最高のバディ・ムービーであり、「信じること」、「諦めないこと」、「希望を持ち続けること」を燃料にして宇宙を直走る、とことんオプティミスティックなヒューマン・ストーリーでもある。

地球は凍え、人類滅亡の危機が間近に迫っているという設定で、ここまで楽観主義を貫けるSF作品は新鮮だ。物語の推進力として人類の叡智や、技術革新、逆境でも忘れないユーモア、違いを超えた理解と共鳴……といった「正」のエネルギーしか使われていないのも凄い。

アポカリプスSFでは人間の道徳的グレーゾーンが描かれて然るべき、という先入観がバッタバッタ薙ぎ倒されていくし、大国の権力者の思いつきで戦争が始まり、国際社会がそれを止められない現実に疲弊し、AIに知的労働の全てを乗っ取られる危機感の中で生きている我々の目には、本作の楽観主義というか「人間への信頼」は、もはやラディカルにすら映る。

「僕らはこれをSFだとは思っていない。関係性の物語、友情の物語なんだ」と監督のフィル・ロード&クリストファー・ミラーも語るように、そのラディカルさは意図的なものだろうし、本作が海外で「ホープ・コア(Hope Core)の新たな傑作」と呼ばれているのも頷ける。「ホープ・コア」とは近年のSNS発祥で、長年続いたサッド・カルチャーを反転し、人生に愛や希望を見出していこうというトレンドだ。

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』日本語吹替版予告 3月20日(金・祝)公開

 

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の音楽

その他、科学とスピリチュアルが融合した映像のブッ飛んだ素晴らしさや、ユニークなカメラワーク、CGIではなく手作りされたロッキーの愛らしさなど、語り始めたらキリがない本作だが、本コラムでは『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の音楽にフォーカスして紐解いていきたい。

本作のスコアを手がけたのはダニエル・ペンバートン。アカデミー歌曲賞を受賞した『シカゴ7裁判』(2020)や、『スパイダーマン:アクロス・ザ・ユニバース』(2023)でも知られるペンバートンは、様々な楽器に加えて足踏みや手拍子、子供達の声、蛇口を捻る音etc.を重ね、オーガニックでハンドメイドな質感を常に意識した音を作り出しており、無音の宇宙にヒューマニックな温かみを与えることに成功している。

Daniel Pemberton – Finding Rocky Voice | Project Hail Mary (Original Motion Picture Score)

 

原作にはないカラオケのシーンと選曲

そんなペンバートンの劇伴に加え、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』では複数のポップ・ミュージックが挿入曲としてフィーチャーされているのも特徴だ。ちなみに予告編の段階ではハリー・スタイルズの「Sign of the Times」、プリンスの「I Would Die 4 U」、そしてオアシスの「Champagne Supernova」がフィーチャーされていた。どの曲も物語に即したドンピシャな歌詞を持つことから「これらが主題歌候補なのか?!」と大きな話題になったのも記憶に新しい。

例えば、残念ながら本編では使われなかった「Champagne Supernova」には、「弾丸より速いスピードでゆっくり歩く」という意味不明な一節があるが、これもヘイル・メアリー号の相対性理論メタファーとしてはピッタリだった。

ここからはロード&ミラーが自ら選曲した実際の挿入曲について、特に『プロジェクト・ヘイル・メアリー』とザ・ビートルズの、切っても切れない関係性について取り上げていく。核心部のネタバレは避けるが、ストーリーの要所には触れていくので、未見で一切の情報を入れたくないという方はご注意いただきたい

 

 

 

 

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』には、クリス・クリストファーソンの「Sunday Mornin’ Comin’ Down」から、エンディングのアイク&ティナ・ターナーの「Glory, Glory」までいつくかの挿入曲が用いられている。そして物語のハイライトを飾るのがザ・ビートルズの「Two Of Us」なのだが、まずは中盤でユニークな使われ方をしているハリー・スタイルズの「Sign of the Times」について触れておこう。

同曲はサンドラ・ヒュラーが演じる「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の全責任者、ストラットがカラオケで歌うナンバーとしてフィーチャーされている。もちろん原作にはないシーンだが、いかなる犠牲を払ってでも計画を遂行する、時に冷酷な司令官でもあるストラットの人類の可能性を信じ続ける強さ、そして内に秘めた優しさとが一瞬で明らかになる、非常に上手いシーンだったと思う。何故なら「Sign of the Times」はこんな歌だからだ。

もう泣かないで、これが新しい時代の兆しなんだ
僕らはここから抜け出さなきゃいけない
離れなきゃいけないんだ
泣かないで、きっと大丈夫だから
「もう終わりが近い」って彼らが言ったんだ
僕らはここから逃げ出さなきゃいけない

泣くのはやめて、人生最高の時間を過ごそう
大気圏を突き抜けて
ここからなら、景色も悪くない
全てはうまくいくって覚えていて
またどこかで会えるから
ここからずっと遠く離れた場所で

カラオケの直前にストラットとグレースが交わした会話を思えば、これがグレースに言えなかった想いを託した曲であり、ヘイル・メアリー計画に携わる全ての人々に向けた感謝と激励、そして未来への鼓舞だったのは間違いない。突然のカラオケに最初は笑えるが、曲が進むにつれてその意図が明らかになり、劇場で涙してしまった人も多いのではないか。

Harry Styles – Sign of the Times (Official Video)

 

原作でも登場するザ・ビートルズの完璧な一曲

そんな「Sign of the Times」がサプライズ的な名場面を生んだとしたら、本作のファンなら誰もが期待していたのがザ・ビートルズのフィーチャーだろう。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の中で、「ビートルズ」はヘイル・メアリー号の先端に設置された小型ロケットの名前として登場し、内部の4つのポッドはそれぞれジョン、ポール、ジョージ、リンゴと名付けられている。

ヘイル・メアリー号は片道分の燃料しか積めない。だから無人で自動飛行する「ビートルズ」は、グレースの代わりにアストロファージの調査結果を地球に持ち帰るという、重要な任務を担う。つまり、同作の世界においてビートルズは、人類の希望を託された存在として描かれているのだ。原作者のアンディ・ウィアーが本作の序文にて「ジョン、ポール、ジョージ、リンゴへ」捧げたのも納得だろう。

ビートルズの楽曲を商業映画のサントラとして使用するハードルは、権利関係的にも金額的にも非常に高い。それでも『プロジェクト・ヘイル・メアリー』にビートルズは必須であり、ファンは必ず使われることを信じていたはずだ。注目は「どの曲が?」「どんな場面で?」という点だったわけだが、「Two Of Us」は選曲的にも、使われる場面的にもこれ以外はない、完璧な一曲だったと思う。

「Two Of Us」は『Let It Be』に収録されたポール・マッカートニー作のナンバー。ポールとジョンがアコギを弾きながらツインボーカルで歌う佳曲で、その歌詞は同曲のレコーディングの6週間後に結婚した、リンダについて歌ったものだと言われている。

たち二人 車であてどなく
誰かが必死に稼いだお金を使いながら
君と僕 日曜日にドライブ
まだ辿り着かない 家への帰り道

僕らは家に帰るところ
僕らは家に帰るところ
僕らは家へ

(中略)

君と僕には思い出がある
目の前に伸びている道よりずっと長い思い出が

僕たち二人 レインコートを着て日差しの中にぽつんと立つ
君と僕 紙切れを追いかける
どこにも行けずに 家への帰り道

僕らは家に帰るところ
僕らは家に帰るところ
僕らは家へ

こうした歌詞の内容から、「Two Of Us」はポールとジョンが長年分かち合ってきた思い出を想起させるナンバーでもある。映画『ザ・ビートルズ : Get Back』のリハ映像の中で、二人が昔のように向き合い、ふざけ合いながら歌う姿にも、ファンがポールとジョンの絆を投影したくなるのも頷ける。

アルバム・バージョンの「Two of Us」は、ビートルズのルーフ・トップ・コンサート(1969年1月30日)の翌日にレコーディングされている。メンバー間の緊張がピークに達し、解散の瀬戸際で行われた「ゲット・バック・セッション」の締めくくりに、彼らがバンド初期の楽しげなスキッフル調を想起させる同曲をやったという意味でも、センチメンタルな友情を感じずにはいられないナンバーだ。

Two Of Us (Remastered 2009)

 

「Two Of Us」は二人の友情を乗せて宇宙を駆ける

そんな「Two Of Us」が使われているのは、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のまさにクライマックスのシーン。ミッションを成功裡に収めたかに思えたグレースとロッキーに、まさかの危機が訪れる。その時、同曲の軽やかなアルペジオが流れ始めるのだ。

ちなみにロード&ミラー曰く、「Don’t Let Me Down」も最後まで候補に上がっていたという。しかし「僕を見捨てないでくれ、一人にしないでくれ」と歌う同曲だと、若干グレースの気持ちに寄りすぎている感も否めない。あのシーンではグレースとロッキーの二人にとってのテーマ曲が流れるべきで、やはり「Two Of Us」が、ポールとジョンの声が重なり合って一つになる同曲こそが相応しいだろう。

「ビートルズ」は人類の希望を乗せて、「Two Of Us」はグレースとロッキーの友情を乗せて宇宙を駆ける。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は何度も観たくなる映画だろう。次に観る際には「Two Of Us」他、下記の挿入曲にもぜひ注目してみていただきたい。そのどれもが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のホープ・コアの精神を体現していることに気づくはずだ。

デニス・ウィルソン「Rainbow」
スコーピオンズ「Winds Of Change」
ハリー・スタイルズ「Sign of the Times」
ニール・ダイアモンド 「Stargazer」
アイク&ティナ・ターナー「Glory, Glory」

Written by 粉川しの


ザ・ビートルズ「Two of Us」
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

ザ・ビートルズ『Let It Be』(スペシャル・エディション)
2021年10月15日発売
5CD+1Blu-ray / 2CD / 1CD / 4LP+EP 1LP / 1LPピクチャーディスク



 

 

 

Share this story
Share
日本版uDiscoverSNSをフォローして最新情報をGET!!

uDiscover store

Click to comment

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Don't Miss