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日系アメリカ人メイ・シモネスが語る今までのステップ:自身2作目/Verve移籍作『Howl』27年1月発売

さる9月末、メイ・シモネス(Mei Semones)が今年創立70周年を迎えたVerve に移籍し、来年1月にセカンド・アルバム『Howl』を発表すると世界中の音楽メディアが一斉に報じ、表題曲が公開された。
「私はジャズが好きでジャズばかり聴いていて好きなアルバムもVerveの作品が多いから、本当に特別なことだと思います」と率直に喜びを表すこのジャパニーズ・アメリカンのシンガー・ソングライター兼ギタリストにとって、確かに落ち着くべき場所に落ち着いたような納得感のある展開であり、さらなる飛躍をもたらす転機が訪れたことになる。
その移籍第一弾アルバムの全貌にはのちのち触れるとして、まずはここに至るまでのステップを、彼女自身の言葉を交えて辿ってみよう。もっとも、母親の故郷であるここ日本にいる少なからぬ数のファンには、説明は無用かもしれない。
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ギターとジャズに導かれた音楽家への道
そう、ミシガン州アナーバーで生まれ育ったメイは日本人の母と米国人の父を持ち、幼い頃から母を通じて日本語や日本のカルチャーに親しみ、日本を頻繁に訪れていたことから、完全なバイリンガル。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をきっかけにギターを手にしたというのは広く知られたエピソードのひとつだ。
チャック・ベリーの「Johnny B. Goode」を弾く主人公マーティの姿にインスパイアされて11歳の時にギターを弾き始め、高校時代にジャズにのめり込み、バークリー音楽大学に進学。ジャズ・ギターを中心に専門的な教育を受けながら在学中の2020年からオリジナル曲をリリースし、卒業後はブルックリンに移り住んで、日本人向けの幼稚園で働きながら音楽活動を行なっていた。
「最初は仕事もしながら音楽をやっていて、それが一番辛かったですね。フルタイムで働いて、仕事が終わったあとにリハーサルをして、レコーディングをして、ライヴをして……。そのバランスを取るのが大変でした。ミュージシャンはみんな、できれば音楽だけをやりたいと思っているけれど、そういう風になれるまで時間がかかりますから。ただ、それがキャリアで一番辛かったことであれば、私はそんなに大変な生活はしていないのかも(笑)」
英語と日本語を自由に行き来する歌
そういう意味では、大好きな映像作家、新保拓人を監督に起用して東京で撮影したシングル「Howl」MVで、昼はコンビニで働き、夜はギター弾きの人狼に変身するメイの姿は下積み時代の彼女に重なる部分があるのかもしれない。
その後ブルックリン発のインディ・レーベル、バヨネット・レコーズから送り出した2024年のEP『Kabutomushi』でメディアの称賛を浴びるのだが、“kabutomushi”というローマ字表記の単語が示唆する通り、彼女が英語と日本語を切れ目なく織り交ぜて作詞をすることも周知の通りだ。多様な言語のポップソングが支持を得ているとはいえ、メイの手法は米国のインディ・シーンでは圧倒的に異彩を放っている。
「私は音楽そのものがみんなが分かる言語だと思っていて、歌詞が理解できなくても音楽の気持ちは伝わる。それもいいかなって思っていますが、色んな場所の文化や言語に触れたほうが、人ってオープンマインデッドになれますよね。それに英語と日本語の歌詞を両方入れることで、ほかのアーティストとはちょっと違うというか、ユニークに聞こえる。そのことでエンパワーされてるかなって思います。違うことができるというのはとても大事だから」
ジャンルの境界を越える『Animaru』
越境しているのは言語だけでない。音楽性においてもジャズに加えてボサノヴァを軸に、デリケートで多様なギター・プレイを介してサウンドの境界も軽やかに越えて、マス・ロックやグランジやJ-POPを自分なりに消化していく。どのジャンルからもはみ出ていて、ノスタルジックで親しみやすくもあり、何度聴いても新しいレイヤーを掘り起こせる意外性を含んだそんな表現を、メイは昨年5月に登場したファースト・アルバム『Animaru』で世に問い、大きな反響を得た。
「私は音楽を作る時にコンセプトを決めたり、“こういうメッセージを伝えたい”とか前もって決めるのではなく、1曲1曲自分がいいと思う音楽を作りたいという気持ちでいます。だから“『Animaru』はこういうアルバムでした”とまとめるのは難しいけれど、好きな音楽を作れたし、『Animaru』のおかげで色んなところにツアーが出来て色んな人の前でライヴが出来たので、本当に良かったなって思っています」
日本で実感したファンとの特別なつながり
そう語るように昨年のツアーではヨーロッパなどにも足を延ばし、2024年のソロ来日に続いて、フジ・ロック・フェスティバルで日本では初のフルバンド編成でのパフォーマンスを披露。さらに今年1月から2月にかけて広島や沖縄を含む日本6都市で単独公演を行ない、ほぼ全日程をソールドアウトにしている。
「日本でバンドと一緒にツアーできることは夢みたいなことだから、あのツアーは自分の中ではとてもうれしかったですね。日本のファンはすごく集中して静かに聴いてくれて、ライヴのあとでサイン会をやるとすごくたくさんの人が会いに来てくれる。好きなものに対するサポートの気持ちがすごく強いって感じます。それに、ほとんどの人は英語の歌詞しか分からないアメリカやヨーロッパと違って日本語が伝わるから、曲の違う一面を分かってもらえるというのもうれしいですね」
独りの夜から生まれた「Howl」
その傍らで「音楽は毎日作らなきゃいけないもの」との信条に基づいて、昨夏新作に着手していたメイは、早くも『Howl』を完成させた。聞けば、ボーナストラックを含めて全12曲の中でも最初に書き上げたのが、アルバムのオープニング・トラックでもある表題曲だという。
「あれは去年の独立記念日で、みんなどこかにパーティーに行ったり、花火に行ったりする日なんですが、なぜか私は予定が無くて(笑)。独りで自分の部屋でギターを練習していました。でも寂しくないなって思ったんです。それで“何で寂しくないのかしら?”と考えてみたら、“ああ、ギターが弾けるからだ”と気付きました。友達がいなくても予定がなくても、いつも音楽があるから大丈夫なんだって」
音楽にすべてを捧げる決意表明
このような気付きが出発点となった「Howl」は、ボサノヴァのスタイルでふわりと始まるが、歌詞によくよく耳を傾けると冒頭から、“Even if I give my everything it’s not enough/ I don’t mind I’ll do this everyday until I turn to dust(自分の全てを捧げたとしても足りない/私が塵と化すまでやり続けることも厭わない)”と、力強く、淀みなく宣言している。それがアルバムの幕開けでもある。
自分がこよなく愛するウェス・モンゴメリーやチャーリー・パーカー、或いはジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビンによる数々の名盤をリリースしてきたVerveで新たなスタートを切るにあたって、ひとりのミュージシャンとしての覚悟を映した、これ以上に頼もしい決意表明はない。
Written By 新谷 洋子

メイ・シモネス『Howl』
2027年1月15日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
- メイ・シモネス アーティストページ
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