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形而上学的なテーマを扱った当時32歳のウェイン・ショーターの傑作『The All Seeing Eye』

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1965年10月15日、ニュージャージー州出身のジャズ・サキソフォニスト、ウェイン・ショーターはアルバム『The All Seeing Eye』をレコーディングした。これは、ショーターがブルー・ノート・レーベルとの契約下で残した諸作にあってもとりわけ先鋭的なアルバムに数えられる1枚だった。当時ショーターは32歳。この前の年、彼は革新的なトランペット・プレイヤー、マイルス・デイヴィスのクインテットに加入し、その中心メンバーとなっていた。そしてその活動と平行して、ブルーノートでソロ・アルバムのレコーディングに着手していたのだった。

ブルーノートは、アルフレッド・ライオンとフランク・ウルフが運営していた伝説的なジャズ・レーベルだった。このレーベルでショーターがリリースした最初のアルバム『Night Dreamer』は1964年4月にレコーディングされた作品だった。そしてそれから数カ月後には、第2弾となるアルバム『Juju』をレコーディング。そして『The All Seeing Eye』の録音のため、ルディ・ヴァン・ゲルダーがニュージャージー州に構えるスタジオに入ったころ、ショーターは既にブルーノートで6枚ものアルバムを吹き込んでいた。そのあいだにわずか1年半しか経っていないことを考えると、驚くほど旺盛な創作意欲だった。

『The All Seeing Eye』は、『The Soothsayer』と『Etcetera』のあとに録音されている。この2枚は1965年に録音されていたが、ブルーノートの判断で発売は保留になっていた(前者は1979年、後者は1980年になってようやく発表された)。実際に発表された順番で言えば、『The All Seeing Eye』は『Speak No Evil』の次の作品に当たる。しかしこのアルバムは、メロディ、ハーモニー、コンセプトの面で前作とは驚くほど異なっていた。

 

■「より幅広い色彩と質感」

当時ショーターは作曲家としての名声を上げつつあった。この『The All Seeing Eye』では、それまでのアルバムよりもずっと大がかりな7人編成で録音に臨んでいる。参加メンバーは、同じくマイルス・デイヴィス・グループに所属するふたりのハービー・ハンコック (ピアノ) とロン・カーター (ベース)に加え、フレディ・ハバード (トランペット/フリューゲルホーン) 、ジェームス・スポールディング (アルト・サックス) 、グレイシャン・モンカー3世 (トロンボーン) 、ジョー・チェンバース (ドラムス) という顔ぶれだった。さらにアルバム最後の曲では、ショーターの兄アランがフリューゲルホーンで加わり、8人編成となっている。

ショーターは、以前アート・ブレイキーの「ハード・バップ・アカデミー」ことジャズ・メッセンジャーズで修行を積んでいた (1959~64年) 。とはいえ『The All Seeing Eye』 (この題名は「全知全能の神」を表している) は、いわゆる正統派ジャズからはかけ離れているように思えた。ショーター本人によれば、このアルバムは「生命と宇宙と神」がテーマであり、それを「より幅広い色彩と質感」を使って表現したものだという。曲は大胆で、妥協がなく、実験的。それは、ジョン・コルトレーンのモード奏法やオーネット・コールマンの実験的フリー・ジャズのほうに近かった。とはいえ、つまるところこの唯一無二の音世界は、ウェイン・ショーターの頭の中からしか生まれないものだった。

長大なアルバム・タイトル曲は、堂々たる4パートのブラス・ファンファーレで始まる。これは、神が自らの創造物を調べている様子をショーターが音楽で表現したものだ。やがてジョー・チェンバースの轟くようなドラムスが曲のテンポを速めていく。そこにロン・カーターのウォーキング・ベースが加わり、このふたりが奏でる幻惑的なスウィング・リズムに乗って、長大なソロが次々に展開していく。

The All Seeing Eye (Remastered)

The All Seeing Eye (Remastered)

 

不吉なピアノの低音で始まる「Genesis」は神の創造を音で表現した曲で、さまざまな雰囲気、リズム、質感の移り変わりで構成されている。これは、徐々に、継続的に何かが変化していることを暗示している。「いくつもの始まり、何種類もの生命体が存在する」と1965年にショーターは評論家のナット・ヘントフに語っている。「僕は”Genesis”で、無制限な感じを出そうとした。創造のプロセスは、いったん始まると絶えず続くものだからね」。

リズミカルな「Chaos」は、テンポの速い激しい曲だ。この曲を後押しするカーターとチェンバースのリズム・セクションは、曲に内在するテンションを維持しながら曲の流れを保っている。この渦を巻くような伴奏に乗せて、ショーターは暴力的なソロをぶちまけている。この曲を、彼はのちにこう解説している。「”Chaos”は、神の創造物に対して人間がしてきたことをある程度表現した作品。この曲に反映されているのは、対立や戦争や意見の不一致。つまり、人間の相互理解の中にある難しさだ」。

 

■「悪魔の行動は予測不可能だ」

「Chaos」の混乱のあとには、「Face Of The Deep」の平穏さが来る。ショーターは、この曲を「自分の創造物について考えを巡らす神」を描いたものだと説明している。それゆえ、これは優雅なブラス・インタープレイで構成された静かで整然とした瞑想的な曲になっている。

アルバムを締めくくる「Mephistopheles」は、寒々しいといっていいくらい張り詰めた雰囲気の反復リズムの曲。こちらは前曲よりもずっと不気味だ。これは悪魔を音楽で表現したもので、ショーターの兄アランが作曲者となっている。「これは非対称的だ」とショーターはアルバムのオリジナル・ライナーノーツで述べている。「メロディは予測不可能なかたちで動き回っている。なぜなら悪魔の行動は予測不可能だからだ」。

1966年の発表当時、『The All Seeing Eye』の宇宙観と過激なフリー・バップの美学は注目を集めた。これは、ブルーノート在籍時にウェイン・ショーターがリリースしたアルバムの中でもとりわけ難解な作品の一つと見做されているが、それでも改めて聴き直す価値があることは間違いない。このアルバムは『Speak No Evil』のような人気作の陰に隠れがちだが、長年のあいだに評価はかなり高まってきた。そして今聴いても、制作当時と同じくらい新鮮でモダンに聞こえる。

ウェイン・ショーターが形而上学的なテーマを音楽で表現したのはこれが初めてのことだった。しかしそうした挑戦はこれが最後ではなかった。それは、アメリカン・コミックスにヒントを受けた2018年のアルバム『Emanon』を聴けばはっきりとわかる。言うまでもなく、かつて若き獅子だったショーターも年齢を重ね、今では巨匠となっている。しかし『The All Seeing Eye』で示した興味関心やビジョンは、今も彼の作品の中で確かに脈打っている。

Written By Charles Waring


ウェイン・ショーター『The All Seeing Eye』

 


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