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エイミー・ワインハウス『Back To Black』:発売20周年を迎えた名盤をその歌詞から紐解く

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エイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)の代表アルバム『Back To Black』が2026年10月27日に発売20周年を迎えた。このアルバムがなぜ名盤と呼ばれているのか? 音楽ライターで翻訳家の池城美菜子さんに解説いただきました。

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嗤うか共感できるか、試される作品

文学の名作は、読み返す年齢によって新たな発見があったり、捉え方が変わったりする。音楽はもっと語感に訴えるから、似た作用を及ぼしながらなぜそこまで惹かれたのか、いまでも惹かれるのか自分の人間性について考えさせる。

『Back To Black』は、浮気と酩酊に彩られたエイミー・ジェイド・ワインハウスとブレイク・フィルダー・シヴィルの恋愛の記録だ。それを嗤うか共感できるか、試される作品である。歌詞がわかると、その切実さに驚く。

個人的な話を許してほしい。長らく日本盤の歌詞対訳を手がけている筆者にとって、できれば訳し直したいと思っている数枚のアルバムのうちの一枚が『Back To Black』である。2007年、UKでの「Rehab」の爆発的なヒットを受けてジェイ・Z率いるデフ・ジャム/アイランドがアメリカでもエイミーをプッシュし始めた。ニューヨークのオフィスでもらったスニペット(断片的に曲を入れたプロモCD)には、すでにジェイ・Zのヴァースが入った「Rehab」のリミックスが収録されていた。日本盤のリリースも決定して対訳の発注を受けたのはいいのだが、ニューヨークにいながらロンドンのボヘミアン地区、カムデン・タウンに住む若者の生態――具体的に書けば、駆け引きとアルコール、時々暴力まで出てくるドラマティックな生態――をつかむのが難しかったのだ。

エイミー・ワインハウスの特徴を語る際、ジャズとソウル、ドゥーワップ、そしてヒップホップを絶妙に配合した音楽性と、独特の歌声が真っ先に挙がる。そこに異論はないのだが、あまり前向きではない感情や状態を、ときにはストレートに、ときにはユーモアにくるんで歌詞に昇華するセンスに天才が宿っている点を強調したい。最初に耳にしたときに、呆気に取られるようなことを言い放つ。

 

楽曲に紡がれた歌詞世界

いくつかの歌詞をあげて解説してみよう。まずは、デビュー・アルバム『Frank』収録の「Fuck Me Pumps」のコーラスから。19〜20歳だったエイミーの性格もわかる。

You don’t like players
That’s what you say
But you really wouldn’t mind a millionaire
You don’t like ballers
They don’t do nothing for ya
But you’d love a rich man six-foot-two or taller
プレイボーイは嫌い
口ではそう言うけれど
でも億万長者なら構わないんだよね
遊び人は嫌いだって
そういう人には惹かれないって
でも188センチの金持ちは大好きでしょ

金持ちや有名人の妻の座を狙って追っかける女性たちを、徹底的に嘲笑する歌詞なのだ。「プレーヤー/ボーラー」を同音異義語の「プレイボーイ/派手に遊ぶ男性」にひっかけているあたり、ヒップホップ育ちであるのがわかる。財産狙いの女性をコケにするリリックもヒップホップの定番だが、女性が一緒になって笑っている様子を曲にするのは珍しい。

また、量産系を嫌うエイミーらしい歌詞でもある。球技選手と派手な遊び人の両方を指す「ボーラー」はロンドン生まれであるためサッカー選手だと思われがちだが、プロデューサーのサラーム・レミのホームスタジオがあるマイアミで書いた曲なので、サウス・ビーチのクラブで見かけたNBAプレーヤーたちを含む可能性が高い。

次は浮気な自分を嘆く「You Know I’m No Good」を紹介しよう。『Back To Black』からのセカンド・シングルで2007年の1月にリリースされた。

Meet you downstairs in the bar and hurt
Your rolled-up sleeves and your skull t-shirt
You say, “What did you do with him today?”
And sniffed me out like I was Tanqueray
‘Cause you’re my fella, my guy
Hand me your Stella and fly
By the time I’m out the door
You tear men down like Roger Moore
階下のバーで会って心が痛んだの
あなたはドクロ柄のTシャツの両袖をまくって
「奴とは今日、何をしたんだい?」だって
タンカレーのジンみたいに私を嗅ぎ回って
あなたが本命 彼氏なんだって
ステラのビールを私に手渡して 階段を駆け上がった
私がドアから出た時は
007のロジャー・ムーアみたいにその人を殴り倒していた

東京から送られてきた歌詞をじっくり読み下しても、最初は状況を把握できずに頭を抱えてしまった。『Back To Black』は、のちに夫にもなったブレイクとくっついたり離れたりした顛末をわかっていないとニュアンスまで把握するのは難しい。出会ったときはブレイクには彼女がいて、エイミーとの間をふらふらしている状態。

エイミーはエイミーで、不安を紛らわせるためかたびたび元カレと関係を持ってしまうのだ。この「You Know I’m No Good」はそのときの状況。ファースト・ヴァースではバーの上に住んでいたエイミーが、ブレイクに呼び出される。部屋の中にはまだ浮気相手がいる。それを察知したブレイクが駆け上がって殴ってしまった話なのだ。

セカンド・ヴァースでも浮気をくり返す。ピタパンを片手にまた階下まで来たブレイクが「結婚したら、奴とは切れるよな」と屈託なく言い放つあたり、なかなか理解が追いつかない。サード・ヴァースで仲直りしてスペイン旅行に行くのだが、エイミーの膝の擦り傷でまた浮気したことを悟るものの、気がつかないふりをする。想像では書けない歌詞だろう。ただし、日記のような事実の羅列ではなく、エイミーの頭の中や感情を挟み、後世に残る歌詞となるのだ。コーラスで徹底的に自虐をする。

I cheated myself
Like I knew I would
I told you I was trouble
You know that I’m no good
また自分を裏切っちゃった
やらかすとは思っていたけど
私は厄介だって言ったよね
ダメな女だってわかってるでしょ

ブレイクはすでに有名人だったエイミーにまとわりつくダメ男だと思われがちだが、どっちもどっちというかお似合いである。奔放なエイミーに音を上げて彼が元カノに戻って行ったときの曲が、オリジナルに収録された11曲のうち4曲ある。

彼に去られてうつ状態でお酒に溺れる様子を描いたタイトル曲の「Back To Black」、より惚れたほうが負け、との鉄則を切々と歌い上げる「Love Is A Losing Game」、一人で目覚める悲しみを歌った「Wake Up Alone」、涙も勝手に乾いていった、と立ち直りの兆しが見える「Tears Dry On Their Own」がそれだ。

 

執着に近い恋心

ブレイクへの執着に近い恋心がテーマの曲は、3曲。友達ではいられない関係を描く「Just Friends」と、ほかの男性に抱きしめられても自分は空っぽだと歌う「He Can Only Hold Her」。そして、何があっても彼の味方でいる、と宣言する「Some Unholy War」である。

ブレイクについて最初に書いた曲でもあり、聖戦を意味する「ホーリー・ウォー/Holy War」をもじって「アンホーリー・ウォー/ Unholy War (不名誉な戦い)」にしている。薬物中毒で苦しんでいたり、裁判沙汰を抱えていたりした彼を見捨てない、という内容なのだ。出会った頃、エイミーは大酒飲みだったものの、ハードドラッグには手を出していなかったせいか、彼を支える側の目線に立っている。

If my man was fightin’ some unholy war
I would be behind him
Straight shook up beside him with strength
He didn’t know, it’s you I’m fightin’ for
He can’t lose with me in tow
I refuse to let him go
At his side and drunk on pride
We wait for the blow
もし私の男が不名誉な戦いをしていたら
支えてあげるんだ
勇気をもってすぐ横にすっくと立つ
彼はわかっていないけど あんたのために戦っているんだよ
私と一緒なら絶対に負けないから
彼を失うなんて無理
彼の横でプライドに酔いしれる
最後の一撃を待っているの

エイミー本人は、「何についての曲なのか、自分でもわかっていないの」と解説したが、精神的にも不安定だったブレイクから離れない、という決意は強く伝わってくる。「プライドに酔いしれる(Drunk on Pride)」の“ドランク”は彼女が酒を飲んでいることも指しているし、「最後の一撃(Final Blow)」はコカインの吸引のダブルミーニングだから、勇ましい歌詞とは裏腹にボロボロの状況なのだ。

『Back To Black』にはブレイクはあまり関係ない、エイミーのユーモアが発揮された曲も3曲ほど収録されている。「Me & Mr. Jones」のミスター・ジョーンズはサラーム・レミと仲が良く、エイミーの憧れだったNasを指しているのは有名な話。交際相手のせいでレジェンド・ラッパー、スリック・リックのライヴに行きそびれてブチ切れる顛末を歌う、エイミー流のヒップホップ讃歌である。

また、オリジナル盤の最後を飾る「Addicted」では、「自分のハッパは自分で用意しろ」と一喝している。何かとたかってくる彼氏を追い出す、エリカ・バドゥの名曲「Tyrone」(1997年)とよく似た構成なのだ。エリカはジャズの要素を取り込んで人気を博した先輩でデビュー直後は引き合いに出されていたので、参考にした可能性は高い。

最後は、「They tried to make me go to rehab, but I said, “No, no, no” / 断酒のリハビリに行かされそうになったけど、“やだやだやだ”って言ったんだ」という実話をもとにしたコーラスがキャッチーな、不朽の名曲「Rehab」の一部を訳出しよう。

I’d rather be at home with Ray
I ain’t got seventy days
‘Cause there’s nothing, there’s nothing you can teach me
That I can’t learn from Mr. Hathaway
I didn’t get a lot in class
But I know it don’t come in a shot glass
家でレイ・チャールズを聴いているほうがまし
70日間も入っていられないし
だって私に教えられることなんて 学ぶことなんてないし
ダニー・ハサウェイがもう教えてくれたから
教室でも学べなかったんだ
ショットを煽ったところで学べないけど

念のために書くと、エイミーは結局リハビリには4回は入っている。23歳になった約1か月後にリリースされた『Back To Black』は、2005年にブレイクと出会ったエイミーの一目惚れと失恋、酩酊までを追体験させてくれる。同年におしゃれでスタイルの参考にしていた最愛の祖母を失ったのも、彼女の依存症に拍車をかけた。じつは、ブレイクからはいい影響も受けている。彼が好きだった60年代の音楽、とくにR&Bのガールグループにハマり、それまでの音楽性に新しい展開が生まれたのだ。

エイミーの要望を踏まえ、デビュー・アルバムから組んでいたサラーム・レミが5曲、新しく組んだDJ出身のマーク・ロンソンが6曲を手がけ、彼女が目指していたサウンドのアルバムが仕上がった。

22、23歳らしく危なっかしい恋愛に突進していく様子を、その年頃とは思えない歌声と作詞能力で描き切り、『Back To Black』は名盤になった。20年を経て、ほとんど存在していないと噂されていた未公開の音源や別テイクが入った記念盤がリリースされた。新たに伝説の細部が明かされるのが、とても楽しみだ。

Written By 池城美菜子 (noteはこちら)



エイミー・ワインハウス『Back To Black 20th Anniversary Edition』
2026年10月23日発売
3CD / 限定LP

iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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