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1960年代のソウルスター、ウェイン・コクラン死去

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かつて“The White Knight of Soul(ソウルの救世主)”として知られていたウェイン・コクランが11月21日火曜日、癌との闘いの末に78歳で死去した。彼の死はマイアミ・ヘラルド紙で彼の息子、クリストファーによって発表された。

ジョージア州のトーマストンで生まれたコクランは、キャリアの初期はオーティス・レディングのバンドで活動し、レディングの初期作品 「Shout Bamalama(邦題: シャウト・バマラマ)」 やB面の 「Fat Girl」 でベースギターを弾いていた。のちにキング・レコードと契約を結び、ジェームス・ブラウンとの強い友情を築いた。「音楽の中に人種など聞こえない。ただ音楽が僕に話しかけてくれただけだ。それが僕を動かした」と、2011年にコクランが言ったことをマイアミ・ヘラルド紙が伝えている。

コクランのエネルギッシュなパフォーマンス、綿密なツアースケジュール、そしてジャッキー・グリーソン・ショーといったTVのトークショーへの出演は、「コクランズ・サーキット・ライダーズ / Cochran’s Circuit Riders」を略したバンド+バックヴォーカルのグループ、C.C.ライダーズも人気者にした。1960年代中盤、コクランはラスベガスを彼の活動の拠点とし、幾つかのホテルやカジノ、シアターでレジデンシーとして活躍。彼の奇抜なステージ衣装と、そびえ立つポンパドール・スタイルの髪型で知られたコクランの手の込んだステージ・ドレスは、エルヴィス・プレスリーの後期、ラスベガス時代の衣装に影響したと幅広く信じられていた。

彼のチャートにおける最大の成功は、J・フランク・ウィルソン&キャヴァリアーズによるコクランの楽曲「Last Kiss (邦題: ラスト・キッス)」がアメリカのチャート最高位を記録した時だ。その曲はのちにアメリカのロックバンド、パール・ジャムが1999年、コソボ難民のために制作されたチャリティ・アルバム『No Boundaries』でカバーしたことでも有名になった。単独のシングルとしては、全米シングルチャートでは2位に留まり、今のところ、パール・ジャムがアメリカのシングルチャート上で残した最も高い順位として残っている。

1967年『Wayne Cochran!』というタイトルでコクランはチェス・レコードのアルバムをレコーディング。このアルバムには、彼がライブで行っているスタイルで完成させたブルー・アイド・ソウルやリズム・アンド・ブルース・スタイルが特徴だった。このアルバムの後にはキング・レコードへ復帰し、1970年には2枚のアルバム『Alive & Well & Living… In A Bitch Of A World』とインストルメンタルの『High & Ridin』をキングから発売した。

これらのアルバムではC.C.ライダーズのギタリスト兼ミュージカル・ディレクターのチャールズ・ブレントがクリエイティブな面において重要な役割を引き受け、シカゴ・トランジット・オーソリティやブラッド・スウェット・アンド・ティアーズに匹敵するほどジャズの影響が色濃いサウンドが特徴的な仕上がりとなった。ウェイン・コクランは1972年、エピック・レコードのために最後のアルバム『Cochran』をレコーディング。その後、ツアーやテレビ出演をこなした。80年代初頭にコクランが引退する前、ブルース・ブラザーズが彼の曲「Goin’ Back To Miami」をカバーし、コクランを称えている。

何年にもわたる行き過ぎたロックンロールな行為から抜け出すために、コクランは牧師となり、音楽に重きを置いたボイス・フォー・ジーザス教会を設立。彼はこう語っている。「私たちは典型的な教会ではありません。私たちの声は大きいんです。熱くなるんです。私は音楽の力を信じています。もし我を忘れるほど興奮状態になりたくないなら、この教会には来ない方がいい。ここには墓石もありません。もしあったとしても、私たちの音楽で死者はは蘇ってしまうでしょう。私たちは楽しい時間を過ごし、楽しむんんです」。

また、コクランはベースの神童ジャコ・パストリアスも見出し、ジャコはC.C.ライダーズにも一時期参加していた。「僕が今までで一度も聴いたことのないような音を楽器で奏でるんだ」とコクランは後にジャコについて語っていた。

Written By Tim Peacock


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