“9.11”以降の故郷の惨状がテーマのビースティ・ボーイズ『To The 5 Boroughs』にある不遜なユーモアと政治的な側面

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ビースティ・ボーイズは2004年のアルバム『To The 5 Boroughs』で、”9.11″以降の故郷の惨状をアルバムのテーマに選んだ。アルバムには古き佳き時代を懐かしむかのような昔ながらのサウンドがあった。

21世紀を迎えたビースティ・ボーイズは、周囲から羨望のまなざしを向けられていた。当時、彼らは『Hello Nasty』のプロモーションを兼ねたコンサート・ツアーを終えようとしているところだった。これは「Licensed To Ill』発表時に行ったコンサート・ツアー以来の大規模なものだった。ビースティ・ボーイズは、ソロ・アーティストが増え、複数のMCから成るユニットが減少していた当時のヒップ・ホップの世界にあってもなお重要な存在であり続けていた。しかしながら、彼らが『To The 5 Boroughs』をレコーディングするころ、世界は取り返しがつかないほど大きな変化を経験していた。そして、何よりも彼らのキャリアに影響を与えてきた故郷の街はすっかり変わり果てていた。


グループの自伝『Beastie Boys Book』の中で、アドロックは大規模な”Hello Nasty Tour”を終えたころのグループを振り返り、以下のように語っている。「2000年から2001年のほとんどをニューヨークで、ほとんど何もせず過ごしていた。やることといえばテレビを見たり、ちょっとした用事を済ませたり、犬の散歩をするくらいのものだった」そんな彼らも、しかし徐々にレコーディング・スタジオへ気持ちが向くようになり、やがてカナル・ストリートに出来たばかりのレコーディング・スタジオに入った。そこは大きな窓がついていて、日当たりのいいスタジオだった。

偶然か必然か、ビースティ・ボーイズ史上最もニューヨークらしいアルバムが生まれる状況は既に揃っていた。初のセルフ・プロデュース作品としてMCAは『Hello Nasty』に続くアルバムを「全編ラップ・トラックから成るアルバム」にしようと決めていた。また、カナル・ストリートのスタジオは彼らの現在地を常に意識させるつくりになっていた。アドロックはこう回想する。「片側の窓からは、ニューヨークらしい路地が見下ろせた。そしてもう一方の窓からは、ワールド・トレード・センターの先が見えたんだ」。

そんなとき、あの”9.11″の悲劇が起きた。ワールド・トレード・センターは見る影もなくなってしまった。毎晩検問所が設けられ、街は警察官で溢れかえった。自動小銃は見慣れた日常の風景になっていた。アドロックはそれが「俺たちに無責任ではいられないムードを作った」と書いている。

アートワークからも『To The 5 Boroughs』は、『Hello Nasty』の宇宙空間的な世界の対局にある。しっかりとした線で描かれたツイン・タワーの絵は、失われた地平線だけでなく、失われた時間や場所をも思い起こさせる。そのヒップ・ホップ・サウンドも無駄を削ぎ落としたものだ。数人のDJと、ひとりかふたりのミックス・マスターがいればいい。シンプルで昔ながらのサウンドにすることで、ビースティ・ボーイズは彼らのメッセージを際立たせたのである。

in New York, Photo: Nathaniel Hornblower

 

オープニング・トラック「Ch-Check It Out」は、これから始まるパーティを盛り上げるにうってつけの実に彼ららしい楽曲だが、その“黄金時代”的なサウンドはその後の展開のほんのイントロダクションでしかない。政治色が明白に出た「It Takes Time To Build」では、彼らは以下のような言葉で、当時のブッシュ大統領と米国の外交政策に真っ向から挑んでいる。

 We’ve got a president we didn’t elect… And still the US just wants to flex
Keep doing that, what, we gonna break our necks
大統領は俺たちが選んでもいないやつ……アメリカはただ、まだ自分たちに力があることを誇示したいだけ/そんな真似を続ければ、やがて致命的な傷を負うだろう

彼らは「Right Right Now Now」では銃規制を訴え、「An Open Letter To NYC」では故郷への愛を表現する。そこには過去のヒップ・ホップのブロンクスとクイーンズへの縄張り主義はない。これらのトラックは5つの行政区すべてに向けたメッセージなのだ。

『To The 5 Boroughs』は”9.11″以降のニューヨークにばかり固執した作品ではない。同作は、事件からおよそ3年後の2004年6月15日にリリースされている。「Triple Trouble」は「Ch-Check It Out」と同様、地域のパーティ文化を発展させたような古き懐かしい時代を追体験するような楽曲だ。「Crawlspace」はメンバーがライバルのMCたちの家に忍び込むという1曲。奇妙な話し言葉のようなラップで、このアルバムにあっては異色の潰れたシンセサイザーのサウンドも耳に残る。アドロックはこう回想している。「自分たちのレパートリーの中でもかなり気に入っているトラックだろうね。ラップには笑えるほどおかしな楽曲はそう多くない。……この曲を聴くと毎回声を出して笑ってしまうんだよ」。

『To The 5 Boroughs』は、ポップマターズで「『Paul’s Boutique』以来の彼らのベスト・アルバム」と評され、ローリング・ストーン誌には「興奮と驚きを覚えるバランスのとれた作品。速く、楽しく、考えさせられる」と称賛された。このアルバムで。ビースティ・ボーイズはふたつの世界を共存させている。ひとつは彼らがそれまでの20年で円熟させた不遜なユーモア、もうひとつは同作だからこそ自由に表現することのできた政治的な側面である。だがそれも夫、父、ヒップ・ホップのベテランとなったメンバーの近年の立場からみれば自然だろう。

『Beastie Boys Book』にはアドロックの以下のような言葉がある。
「シリアスなときにシリアスになれる。そんな自分を誇りに思うよ」

Written By Jason Draper


ビースティ・ボーイズ『To The 5 Boroughs』

  




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