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スティーヴ・ウィンウッドの20曲

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Steve Winwood

スティーヴ・ウィンウッドはいつまでも若々しい容貌と物腰の持ち主なので、この偉大なヴォーカリスト/キーボード奏者/作曲家/プロデューサーが、5月12日(2019年現在)に71歳になったとは信じ難いだろう。彼に多くの幸せが巡って来るように、スティーヴ・ウィンウッドの20曲のリストで彼の誕生日を祝うことにしよう。

たった20曲では、半世紀以上に渡って、イギリスと世界中の音楽シーンの前線で活躍し続けたこの偉人を語ることは到底できない。だが、われわれは、このリストが彼の代表的なヒット曲と、重要なアルバム収録曲の見本集となるはずだと考えている。彼のユニークなキャリアを探る手がかりになるだろう。

SpencerDavisGroup

1965年の10代のスティーヴ・ウィンウッドが、スペンサー・デイヴィス・グループでヴォーカルとオルガンを担当した曲からこのリストを始めよう。このグループは、彼がまだ15歳の時にバーミンガムで結成されたが、彼はその年齢のせいで自分達のギグに入れないというトラブルにしばしば見舞われていた。しかし、ブレンダ・ハロウェイがその前年に発表したモータウンのお涙頂戴曲のカヴァー「Every Little Bit Hurts」や、彼らがブレイクした全英1位のシングル、「Keep On Running」でのスティーヴ・ウィンウッドのパフォーマンスは、全く未熟ではなかった。

最高にパワフルな「Gimme Some Lovin’(愛しておくれ)」と「I’m A Man」を彼らのヒット曲のリストに加える前のスティーヴ・ウィンウッドは、多くの長続きしないバンド、サイド・プロジェクト、コラボレーションで活動して、取り組み方を学んでいった。1966年、彼はエリック・クラプトンのバンドに加入した。パワーハウスは、短命に終わったものの、ブルース愛好者達による“スーパーグループ”であり、彼らの他にジャック・ブルース、スペンサー・デイヴィス・グループのメンバーのピート・ヨーク、ポール・ジョーンズ、ベン・パーマーという編成だった。

Winwood 2

スティーヴ・ウィンウッドがスペンサー・デイヴィス・グループに別れを告げた時、彼はすぐに豊かで新しい創造力の源を見つけた。実験的なロックをかつてないほど前面に出したトラフィック(彼の生涯の友であるジム・キャパルディ、デイヴ・メイソン、そしてクリス・ウッドがメンバー)が、ただちに流行を生み出すバンドとなった。

このバンドは「Paper Sun」のようなポップ・ラジオ・フレンドリーなヒット・シングルを作ることができたし、よりオルタナティヴで、革新的な「Dear Mr. Fantasy」といった曲も作った。それから、スティーヴ・ウィンウッドはトラフィックとの第一期に続けてブラインド・フェイスというスーパーグループに移り、再び転換期を迎えた。

ブラインド・フェイスで彼はエリック・クラプトンと再び結束し、ジンジャー・ベイカーとリック・グレッチを加えた強力なラインナップで、記念碑的なセルフ・タイトル・アルバムを1969年の夏に発表した。残念なことに、これが彼らの最初で最後の作品となった。しかし、スティーヴ・ウィンウッドの声で幕を開ける「Had To Cry Today」や、「Can’t Find My Way Home」といった曲でロック、フォーク、ブルース、ロックン・ロールのスタイルを融合したアルバムは、何百万人ものファンの記憶の中で生き続けている。

その後スティーヴ・ウィンウッドは、トラフィックに戻り、『John Barleycorn Must Die』、『The Low Spark Of High-Heeled Boys』といったアルバムで、実り多い時期を過した。バンドが1974年に解散した後、スティーヴ・ウィンウッドは再び回り道をして、1976年に日本人作曲家のツトム・ヤマシタのアルバム『Go』を含め、数々のプロジェクトに参加した。

Winwood High Life

スティーヴ・ウィンウッドが1977年まで正式なソロ・デビューをしなかったのは、彼が音楽の正当性を個人的な名声よりもずっと重要視していたことを証明している。アイランド・レコードから発表されたセルフ・タイトル・アルバムには「Time Is Running Out」が収録されており、後に大きな成功を収めた『Arc Of A Driver and Talking Back To The Night (邦題:アーク・オブ・ア・ダイヴァー)』と、MTVでも人気になったマルチ・ミリオン・セラーの『Back In The High Life』と『Roll With It』の下地を作った。

Winwood 3

近年のスティーヴ・ウィンウッドは、スタジオでもコンサートでも、相変わらず沢山の仕事をこなし続けている。われわれはこのリストを、もうひとつの彼とエリック・クラプトンのコラボレーション曲「Dirty City」で締めくくった。スティーヴ・ウィンウッドの2008年のアルバム『Nine Lives』の収録曲だ。彼がこの先、もっと素晴らしい音楽を発表してくれることを楽しみにしている。


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