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クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル『Cosmo’s Factory』

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クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(以下、CCR)の5枚目のスタジオ・アルバム『Cosmo’s Factory』は、前作『Willy & The Poor Boys』の発売からまだ7ヶ月しか経っていない頃にリリースされた。1位を獲得した『Green River』の数カ月後に発売された『Willy & The Poor Boys』はビルボード・アルバム・チャートで最高3位にまでしかランクインされなかった。世間からの期待は大きく、ホット100で大成功を収めたバンドにとって再び成功を手に入れることはできるのか?と、メンバーもレーベルも不安を抱いてたことは間違いない。

しかし心配は無用だった。実際『Cosmo’s Factory』は1970年8月22日から9週間連続でUSアルバム・チャートの1位を飾った。『Blood Sweat & Tears 3』から1位の座を奪ったが、皮肉なことにウッドストックの映画のサウンドトラックに収録されることはなかった。CCRはウッドストック・フェスティバルに出演したが、映画にもサウンドトラックにもフィーチャリングされなかった。

『Cosmo’s Factory』のもう一つの特徴として、CCRのアルバムでは唯一UKトップ10にランクインされた作品で、それだけではなく、9月12日には1位を飾り、ムーディー・ブルースの『A Question Of Balance』の座を奪った。UKでの成功は、1970年代初期にロンドンで行われたヨーロッパ・ツアーが大きく影響している。1971年9月には再びUKへ戻り、マンチェスターでパフォーマンスを行った。

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「Travellin’ Band/Who’ll Stop The Rain」のダブルA面は1970年2月にチャートで2位にランクインした。それから再び「Up Around the Bend/Run Through The Jungle」のダブルA面が発売され、1970年の春の終わりから夏の始まりにかけて最高4位にランクイン。そして「Lookin’ Out My Back Door/Long As I Can See The Late」が夏の終わりには2位となった。

11曲中6曲が1970年中ラジオでヘビーローテーションとなった『Cosmo’s Factory』は、実質的にはグレイテスト・ヒッツ作品と言える。残りの曲の内4曲はカヴァー曲で、今ではCCRの傑作となった「I Heard It Through The Grapevine」はFMラジオで人気のトラックとなった...それは11分以上もの長さがある。

CCRはその他にも”ビッグ・ボーイ”・アーサー・クルーダップの「My Baby Left Me」をカバーしており、この曲は1950年にエルヴィス・プレスリーもカバーをしている。同時期には、ロイ・オービソンがサン・レコードから発売した「Ooby Dooby」をカバー。最後には、ボ・ディドリーのファースト・アルバムからのB面トラック「Before You Accuse Me」をカバーした。

それはR&B、ソウルとモータウン、カントリー・ミュージック、サイケデリア、ロカビリー、そしてクラシック・ロックンロールを目まぐるしく融合しながらスワンプ・ロックを作り出している。「Run Through The Jungle」は最高のスワンプ・ロックの一例であり、トム・フォガティが一番好きなCCRのトラックでもある。「色々なサウンド効果があって、まるで小さな映画のようなんだ。キーはずっと同じなんだけど、聴いていてもずっと興味を失うことはない。それはミュージシャンの夢なんだ。キーは変わらないのに、まるで移調しているかのような錯覚が起きる。」

アルバムの珍しいタイトルは、初期の頃にCCRがリハーサルによく使っていたカリフォルニア州バークレーにある倉庫からつけられている。メンバーたちは”ザ・ファクトリー”と呼んでいた。ジョン・フォガティはドラマーのダグ・”コスモ”・クリフォードを実際に毎日そこで練習させていた...そこから『Cosmo’s Factory』は名付けられた。

発売当時ローリング・ストーン誌はレビューでこう書いている:「クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルが最高のロックン・ロール・バンドであることは誰もが知っている。5作目の『Cosmo’s Factory』でもまたそれが証明されている。」

我々も同感だ...

『Cosmo’s Factory』

By Richard Havers


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