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クイーンズライチ『Empire』解説:メインストリームを意識した曲作りと型破りな要素が同居した名盤

クイーンズライチ(Queensrÿche)は、1988年に発表したプログレッシブ志向の傑作『Operation: Mindcrime』によって、ヘヴィ・メタル界に衝撃を与えた。そして、自分たちが「よくある男性ホルモン全開のヘア・メタル・バンドのひとつ」にすぎないという見方を打ち砕いた。だが、この記念碑的作品に続くアルバムの構想を練り始めた彼らは、今後はコンセプト・アルバムを作らないという決断を下した。
その理由のひとつは、『Operation: Mindcrime』に匹敵する、あるいはそれを超える作品を作るのが極めて困難だと思われたからだ。そしておそらく、より重要だったのは、ロック・オペラを作り続けるバンドとして自らを縛りたくなかったということだろう。
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それでも、クイーンズライチの1990年作『Empire』は、単なる売れ線のロック・アルバムではない。この作品からはラジオ向けのシングルがいくつも生まれたが、収録曲には随所に型破りな仕掛けが盛り込まれている。たとえば「Best I Can」は、悪夢のような音の奔流と絶叫で幕を開け、そこにスタッカートの効いたキーボードや子どもたちのヴォーカルが重なっていく。
また「The Thin Line」では、霧笛のように鳴り響くシンセや、リバース・ディレイをかけたヴォーカルが用いられている。
一方、「One and Only」や「Resistance」、そしてタイトル曲では、ザクザクと刻まれるリフが印象的だ。なかでもタイトル曲「Empire」は、犯罪、麻薬、暴力をテーマにした緊迫感あふれるアンセムである。不吉な叫び声のサビで頂点に達する一方、中盤では穏やかなギターを背景に警察の統計データが淡々と読み上げられる。
社会的・政治的なテーマ
このあたりは、前作『Operation: Mindcrime』の反逆的な精神にもっとも近い部分だろうが、社会的・政治的な題材を扱った曲は他にもある。「Best I Can」は、銃撃事件を生き延びた若者が後遺症を乗り越え、自らの目標に向かおうとする姿を描く。また「Resistance」では環境保護と党派性が主題となり、ファンクの要素を取り入れた「Della Brown」ではホームレスや絶望が取り上げられている。
もっとも、時事的なテーマを扱いながらも、クイーンズライチは自己陶酔に陥ることなく、より幅広い層に届くサウンドを目指している。その結果、『Empire』は、初期のメタル色やヘヴィなプログレ色を愛したファンにとっては、やや距離を感じる作品だったかもしれない。全体を見れば、クリス・デガーモとマイケル・ウィルトンによる技巧的なギター・プレイは随所に盛り込まれている。とはいえ、アルバム全体のヘヴィさという点では、デフ・レパードの『Pyromania』に近い水準と言っていいだろう。
そもそもクイーンズライチは、ただ激しく攻撃的なアプローチを取るバンドではなかった。むしろ、聴き手の感情に訴えかけることを重視していたのである。アルバム収録曲の半分ほどは恋愛を題材にしているが、それらは欲望を前面に押し出したありがちなメタル・バラードではない。たとえば「Jet City Woman」では、恋人と何千マイルも離れた場所を旅しながら暮らすことへの嘆きを、ヴォーカルのジェフ・テイトが歌っている。また「Another Rainy Night」では、終わった恋を成熟した詩情で見つめている。
Strange how laughter looks like crying with no sound
Raindrops taste like tears without the pain
おかしなことだ、笑い声が音のない泣き声のようになるなんて
雨粒は痛みのない涙のような味がする
『Empire』の収録曲のなかで、クイーンズライチにメインストリームでの成功をもたらしたのは、ピンク・フロイドの影響を感じさせるアコースティックな「Silent Lucidity」だった。これは、彼らが最もスピリチュアル/サイケデリックな感覚に接近した楽曲と言える。
繊細につま弾かれるギター、徐々に高まっていくキーボード、哀しみを帯びたストリングス、反復するバック・コーラス、そしてデヴィッド・ギルモアを思わせるリード・ギター。そうした音の重なりのなかで、テイトは澄んだテノールで明晰夢についてこう歌う。
If you open your mind for me you won’t rely on open eyes to see
The walls you built within come tumbling down and a new world will begin
もし僕に心を開いてくれるなら、もう目を開けて確かめなくてもいい
君が心の中に築いた壁は崩れ落ち、新しい世界が始まる
アルバムでの二面性
クイーンズライチの『Empire』は、スターになりたいという欲望と、アーティストとしての信頼を守りたいという思いのせめぎ合いとして捉えることもできる。その二面性は、作品全体にはっきり表れている。メインストリームを意識した曲作りと型破りな要素が同居し、ラブソングと鋭い政治的メッセージも隣り合っている。
クイーンズライチは、音楽に対して総じて真面目な姿勢を貫くバンドだった。だからこそ、彼らを「世界の重荷を背負い、笑顔を見せることさえ恐れている哀れな連中」と見る向きもあった。とはいえ、彼らは「Empire」の前に挿入された奇妙な留守番電話のメッセージで、ユーモアのセンスものぞかせている。電話の主は、混乱したような声でこう言う。
「ごめん、ただ……(Sorry, I’m just…)」
そして続ける。
「何か、2トンもある重たいものにぶつかられてるみたいなんだ(It’s starting to hit me like a two-ton heavy thing)」
さらに興味深いのは、『Empire』に収められた恋愛の曲が「愛はすべてを克服する」という感覚をたたえていることだ。政治的な曲のなかにさえ、かすかな希望の光が差し込んでいる。「Best I Can」の主人公は悲惨な銃撃事件に打ちのめされながらも、なお
「前に見える光を追いかけて/自分の進む道を照らしていこう(chase the light I see ahead, illuminate the path I tread)」
と決意する。また「Resistance」では、テイトは富裕層と貧困層のあいだに横たわる大きな隔たりに対し、決意と現実的な認識の両方を抱えながら向き合おうとしている。
「簡単な解決策などない/代償は高い だが今こそ払わねばならない(There’s no easy solution / The price is high and it’s time to pay)」
Written By Jon Wiederhorn
クイーンズライチ『Empire』
1990年8月20日発売
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