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ツェッペリンやストーンズもカバーするオーティス・ラッシュ「I Can’t Quit You Baby」

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ウィリー・ディクソンはブルースの歴史上最重要なソングライターのひとりである。「Little Red Rooster」、 「Hoochie Coochie Man」、「Spoonful」、それに 「I Ain’t Superstitious」といった後世に残る名曲を、リトル・ウォルター、チャック・ベリー、マディ・ウォーターズといったスターたちのために書いた男ウィリー・ディクソンはオーティス・ラッシュに提供した決定的な1曲「I Can’t Quit You Baby」で、彼のキャリアを方向転換させる手助けをすることになる。

1948年、まだティーンエイジャーだったオーティス・ラッシュは、ギタリストとして、そしてシンガーとして名を挙げるために、ミシシッピからシカゴへと旅に出た。数年後、シカゴ近郊のブロンズヴィルにある、かの有名な708クラブに出演した際に、彼は元ヘヴィ級のボクサーから転身し、有名ソングライター兼ミュージシャンになっていたウィリー・ディクソンに出逢うことになる。

ウィリー・ディクソンは当時、チェスと袂を分かった後コブラ・レコードで仕事をしていた。オーティス・ラッシュはこう回想する「ウィリーが俺をコブラ・レコードでデビューさせる段取りをつけてくれたみたいなもんなんだ。1枚目のレコードを作るまで、俺はウィリーのことはよく知らなかった。彼とオーナーのイーライ・トスカーノがやって来て、“レコード出したいか?”って訊いてきたんだ。“俺はイエス!”って応えたよ。頭の中ではもう、レコードかけたら自分の声が聴こえてきて、そのレコードを聴いてる俺の姿ってのを思い浮かべてた。想像するだけでワクワクしたよ、だって初めてのレコードだぜ」。

コブラ・レコードは元TV修理屋のイーライ・トスカーノが設立し、僅か3年(1956-59)しか持たなかったが、バディ・ガイがバディ・ガイ・アンド・B.B.キングとしてライヴ・ヴァージョンをリリースしてバディ・ガイのキャリアをスタートさせるきっかけを作ったレーベルでもある。コブラ・レコードの最大のヒットは 「I Can’t Quit You Baby」で、1956年に全米チャートで最高位第6位を記録した。

オーティス・ラッシュはウィリー・ディクソンに、恋人と上手く行ってないのだという話をし、当時40歳のウィリー・ディクソンはその不幸な状況を元に切迫感と苦痛に満ちた歌詞を書き上げて、オーティス・ラッシュから熱のこもったパフォーマンスを引き出した。

Well, I can’t quit you baby
But I got to put you down a little while 
Well, I can’t quit you baby 
But I got to put you down a little while 
Well, you done made me mess up my happy home

なあ、俺はお前と縁は切れないんだよ ベイビー
だがしばらくは遠ざけないとな
ああ、俺にはお前を切れやしない ベイビー
だがしばらくは遠ざけなきゃダメだ
ああ、俺はお前のために幸せな家庭をメチャメチャにしちまった

いわゆる“ウェスト・サイド”ギター・スタイルの代表格とされるオーティス・ラッシュは、一度聴けばそれと分かる特徴的なサウンドの持ち主だ。また、デビュー作での彼のパワフルな演奏とエモーショナルなヴォーカル表現を際立たせているのが、ハーモニカのビッグ・ウォルター・ホートン、テナー・サックスのレッド・ホロウェイ、ドラムスのアル・ダンカン、ピアノのラファイエット・リーク、そしてセカンド・ギターのウェイン・ベネットらが支える強力なリズムである。作曲者のウィリー・ディクソンもベーシストとして参加しているこのコブラ・ヴァージョンは、1994年にブルース・ファウンデーション・ホール・オブ・フェイム入り(ブルースの殿堂入り)を果たした。

この曲のカヴァー・ヴァージョンを1964年に最初にレコーディングしたのはクラレンス・エドワーズで、更にブルース界の大物ジョン・リー・フッカーも、オリジナル版のアレンジを踏襲し、1967年にチェスでカヴァー・ヴァージョンをレコーディングした(1991年になるまでお蔵入りだったが)。ジョン・リー・フッカーは自分のヴァージョンのレコーディングの際、オリジナル・ピアニストのラファイエット・リークを起用するという徹底ぶりだった。

オーティス・ラッシュはその後も何度となく「I Can’t Quit You Baby」を再レコーディングしたが、中でもとりわけ重要なのは彼が1966年にヴァンガードからリリースされたコンピレーション・アルバム『Chicago: The Blues Today, Vol.2』のために 録音したヴァージョンだ。10年前とはアレンジメントを変え、スタッカートの効いたギター・フィルが加わっている。近年の大半のカヴァー・ヴァージョンは、より長くなった1966年のこのオーティス・ラッシュ版がベースになっているものだ。

オーティス・ラッシュはスティーヴィー・レイ・ヴォーンやジミー・ペイジの演奏にも影響を与えており、レッド・ツェッペリンの1969年の記念すべきデビュー・アルバムに収められたこの曲のカヴァー・ヴァージョンに、そのユニークなスタイルの片鱗が見えることは決して偶然ではない。件のヴァージョンは技術的にジミー・ペイジ究極のプレイのひとつとみなされているが、ジミー・ペイジ本人は約10年後にギター・プレイヤー誌のインタヴューの中で、「あれは結構ミスもしてるし、タイミングが外れてるんだ」と自身で指摘している。恐らくジミー・ペイジは自分に厳し過ぎるのだろう。ツェッペリンのヴァージョンはまさに傑作である。

いずれにしても、この曲が後世に絶大なる影響を及ぼしたのは疑いようのない事実だ。俳優兼ブルース愛好家として名高いヒュー・ローリーは、オーティス・ラッシュのヴァージョンを聴いて「背筋が総毛立ち」、その瞬間からブルースの虜になったと語っている。また、この50年の間に生まれた同曲のカヴァー・ヴァージョンは実に多彩で、ナイン・ビロウ・ゼロのようなロック・バンドやジャズ・シンガーのダコタ・ステイトン、レゲエ・バンドのドレッド・ツェッペリン、そしてリトル・ミルトンのブルーズ・ヴァージョンや、ノルウェイのスター、ビョルン・ベルゲ等様々だ。

小説家のエレン・ダグラスにまで『Can’t Quit You, Baby』というタイトルの本を書かせるきっかけを与えたこの曲は、その後も多くのミュージシャンたちの間で共鳴を広げている。オーティス・ラッシュは今年で82歳となったが、ザ・ローリング・ストーンズが2016年のアルバム『Blue & Lonesome』にこの曲を収録したことをさぞかし喜んでいただろう。同ライヴ・ヴァージョンにはエリック・クラプトンのギター・ソロがフィーチャーされており、直前には彼をけしかけるミック・ジャガーの「イエー、行け、エリック!」というシャウトまで入っている。

何故いま、この名曲をカヴァーすることにしたのかと問われたギタリストのキース・リチャーズはこう説明している「ウィリー・ディクソンと言えばシカゴ・ブルーズの帝王であり、シカゴのビッグ・ダディだからさ。みんなより頭ひとつどころか、遥か上を行ってたんだぜ」。

Written By Martin Chilton



♪ ザ・ローリング・ストーンズやリトル・ミルトンによるオーティス・ラッシュの歴史的オリジナル・ヴァージョンのカヴァーをはじめとしたプレイリスト『Blues For Beginners』をフォロー:Spotify

 

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