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“ストップ!”しなかった64~65年のシュープリームス快進撃

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シュープリームスのダイアナ、フローレンス、メアリーの3人は、「Where Did Our Love Go(邦題:愛はどこへ行ったの)」「Baby Love」「Come See About Me」と1964年の4か月間で全米1位のシングルを立て続けにリリースし、ポップス界の頂点に君臨していた。1965年2月20日、モータウンの女王たちは「Stop! In the Name of Love」を全米シングル・チャートに送り込み、その驚くべき記録を更新させた。5週間後には、何度目かの全米1位を獲得することになるのだ。

14週間後に「Come See About Me」がチャートから外れたのもそれと同じ週だったが、この頃のモータウン・レコードはヒットを絶やさないために最適な新シングル発表のタイミングを熟知していた。ゲイリー・ルイス&ザ・プレイボーイズの「This Diamond Ring」が首位に立っていた週のチャートに、「Stop! In the Name of Love」は80位で初登場した。時を同じくして、こちらもモータウンに所属していたテンプテーションズの「My Girl」は順位をひとつ上げて4位になっていた。
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次の週に41位まで上昇したシュープリームスのシングルは、13位、3位、2位、そして3月の終わりには1位と着実に順位を上げていった。同曲は「Baby Love」に続き彼女たちにとって2枚目のゴールド・ディスク・シングルになり、後にグラミー賞の受賞やロックン・ロールの殿堂入りも果たしている。

彼女たちは5年4か月の間に12の全米1位シングルをリリースするなど輝かしい功績を挙げたが、1964年から65年にかけての作品について語られることは少ない。モータウンの手腕は曲選びだけでなくリリース時期においても絶妙であったために、丸1年の間全米シングル・チャートからシュープリームスの名前がなくなったことは一度もなかった。

1964年7月11日に「Where Did Our Love Go」がチャート・インしてから、すべて全米1位となった5つのシングルで女たちは毎週チャートに留まり続け、それは1965年7月10日に「Back in My Arms Again(邦題:涙のお願い)」がチャート圏外に消えるまで続いた。

Written by Paul Sexton



ダイアナ・ロス&シュープリームス / モア・ヒッツ・バイ・ザ・シュープリームス【CD】【SHM-CD】

シュープリームス『More Hits By The Supremes』

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