ロード・フィネス インタビュー「モータウンの名曲を、21世紀のクラブに合うようにリミックスした」

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2020年6月26日にデジタル配信、7月に7インチボックスが発売予定となっているロード・フィネス(Lord Finesse)によるモータウンの名曲リミックス・アルバム『Motown State Of Mind』。このアルバムについてのライター/翻訳家である池城美菜子さんにインタビューしていただきました。

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ロード・フィネス。90年代のヒップホップをリアルタイムで経験したファンにとって、特別な響きをもつ名前だ。ヒップホップが誕生した聖地とされるブロンクスだが、当時、彼の地を代表するヒップホップ・アーティストといえば、アフリカン・バンバータやKRS-1など、教祖や先生感が強い人が多かった。

その点、ロード・フィネス率いるD.I.T.C(ディギン・ザ・クレーツ=レコード掘ろうぜクルー)の面々、ショウビズやファット・ジョー、少し下のO.C. は身近な雰囲気があったうえ、音があか抜けていて聴きやすかったのだ。同じく親しみやすさで人気だったネイティヴ・タンにたいする、ブロンクスからの解答がD.I.T.Cだった。最近は、リミックスの仕事が目立っていたフィネスが、モータウンの曲をリミックス集『Motown State of Mind』を手がけたという。これが、かなり高く設定した期待値を軽く越えてくる名リミックス、職人芸の集大成。ブロンクスにいる本人に話を聞いた。


 

―今回のプロジェクトはいつ持ち上がり、どれくらいの期間をかけて7曲をリミックスしたのでしょう?

きっかけは、ユニバーサル ミュージックのエグゼクティヴ、アンドレ・トーラスが俺のパーティー、Boomboxに来てくれたこと。俺は、ヒップホップ、ソウル、ファンクを混ぜながら、マッシュアップ‥‥時間があるときに作ったリミックスもかけるんだけど、その人は俺のスタイルが初体験だったからびっくりしたみたい、マッシュアップした曲について聞いてきた。それを元にしたプロジェクトをやらないか?って声をかけてくれて。『Wax Poetic』って雑誌も絡んでくれて、ゴーサインが出るまで4、5ヶ月かかったけど、仕上げるのは早かった。

―今回のリミックスはDJをしていた時の原型を使ったのですか? それとも最初から作り直しました?

土台はあったよ。それに立ち戻って、磨きをかけたり、音を入れ替えたりした曲もある。

―7曲すべて聴いて、恐れ入りました。モータウンの曲自体、完成度が高いですから、シャネル・スーツやバーバリーのトレンチコートを解いて、縫い直すような作業だったのでは、と思いました。

ああ、その通りだね。何百回と聴いた曲でも、トラックをバラバラにして聴くと、それまでは注意を払っていなかった音やコーラスが出てきてびっくりした。

―選曲はご自分でされたんですか?

そう。マイケル・ジャクソンの「I Wanna Be Where You Are」は絶対だったし、マーヴィンも必ず入れたかった。希望したけれど、叶わなかった曲もあったんだ。ウィリー・ハッチの「I Choose You」とダイアナ・ロスの「Brown Baby」とか 。「Brown Baby」はいまのタイミングに完璧なプロテスト・ソングだから、残念だったな。デバージも好きなグループだし、エディ・ケンドリックの「Body Talk」も大事な曲だ。候補の曲は、しばらく自分の中で寝かせた、どういうフィーリングが出てくるのか様子を見てから、さらに絞り込んで作業に取り掛かった。

―すでに公開されている「I Want You」の Under Boss remixの話をしましょう。アンダーボスは、あなたのことですか?

そう、俺がアンダーボス(笑)。ファット・ジョーがつけてくれたあだ名で、『The Awakening』の次のアルバムのタイトルになる予定だった。内輪だけのニックネームだから、リミックスを始めたときの使うことにした。誰がやっているか伏せたまま、ほかの優れたリミックスを手がけている人やDJの人たちがどう反応するか知りたかった。結果的に、ここまでの展開になって驚いている。

―ロード・フィネスの名前を出した方が、注目度は上がりそうですが。

新しいキャラクターを作りたかったんだ。たしかに、ロード・フィネスの名前を出せば、初めからもっと聴かれたかもしれない。でも、それだと新鮮味がないし、もっとヒップホップをやるべきでしょ、とか言ってくる人が必ず出てくる。

―なるほど。

面白い話があるんだ。デ・ラ・ソウルのメイシオとカリフォルニアの友人宅で一緒になったとき、彼が「ハードドライブに入れている曲を交換しようよ」って言い出して。「いいね」って始めたら、「アンダーボスのリミックスは知っている?」とか言うから、こっちも合わせて「ああ、知っているよ、どれを持ってるの?」とカマかけたら、自分のコンピュータに入っている分を見せてくれた。もちろん、俺はたくさんあるから、「これ、知ってる? あ、これは?」って聴かせた。「え、どこで手に入れたの?」ってすごくびっくりしたから、しかたなく「アンダーボスって俺だから」って種明かしして、大爆笑。奴は、椅子から転げおちる勢いだったよ。モータウンのプロジェクトについても話して、すごいよろこんで励ましてくれた。

―おもしろいです(笑) 「I Want You」はイントロが1分半も続いて、ブレイクビーツの向こうからマーヴィンが歩いてくるように感じました。

あの曲はメロディアスな構成と、バックコーラスがすばらしい。だから、リミックスはそこを強調したかった。だから、あえて最初は旋律とドラム、ハーモニーだけで雰囲気を盛り上げて、やっとマーヴィンが部屋に入ってきて自然に歌いだす感じにした。

 

―たしかにマーヴィンが部屋に入ってくる感じがします。スパイク・リーの『ザ・ファイブ・ブラッズ』はご覧になりました?(NETFLIXで配信中

半分まで観た。ちょうど金塊を見つけたところで邪魔が入った。いまのところ、面白いよ(笑)。

―マーヴィン・ゲイの曲が物語のポイントになっているので聞いたのですが、ネタバレをしたくないので、次の曲の話をしましょう。

そうして(笑)。

―マイケル・ジャクソン(ジャクソン・5)は「I Wanna Be Where You Are」とメドレーの2曲を作っています。マイケル、もしくはジャクソン・ブラザーズに会ったことは?

会ったことはない。それは俺のバケット・リスト(死ぬまでに叶えたいこと)だね。マイケルは無理としてもスティーヴィーやダイアナ、ベリー・ゴーディー、スモーキー・ロビンソンには会いたいね。

―スモーキー・ロビンソンにインタビューをした際、モータウンはリリースされたなった別テイクも全部保管していると言っていました。今回は、すべてリリースされた最終テイクを使っていますか?

使ったのはすでにリリースされたヴァージョンだけれど、マルチトラックでもらったことで、新たに曲の構造に気がついたり、埋もれていた音を発見したりはあった。例えば、スイッチの「There’ll Never Be」はコードをもっと知りたいと思ってた曲で、今回2回くり返していることに気がついた。だから、俺は半分にして、気に入った方を使った。「I Like It」は頭にエンジニアに話しかけている箇所があったし、最初と真ん中にオリジナルではよく聞こえない囁き声が潜んでいて、それは使った。ドラムはダイナミックですばらしいからそのままにして、ホーンの音を変えた。

―シスターズ・ラヴの「Now Is The Time」は映画『The Mack』(1973年)の主題歌です。映画自体に思い入れがあったのでしょうか?

そうだね、子供の頃のお気に入りの映画だ。だから、俺がリミックスしたのは、A&Mのシングルではなくて、映画で使われたほうのヴァージョンなんだ。大きくなってサウンドトラックを手に入れたら、あれ、どうして映画と同じではないんだろう、って不思議に思っていた。今回、俺が頼んだら(モータウンの人が)探してきてくれたのは奇跡だったよ。映画のヴァージョンを作り直せたのは、かけがいのない経験だった。ドラムを担当したJ・ゾーンも70年代みたいにものすごく正確に叩いてくれたし。

―あれ、生のドラムなんですね。

そう。元のドラムがすばらしい場合は、そのまま使っている。このプロジェクトのドラムでループさせているのは一つもない。

 

―差し支えなければ、どのような機材を使っているか教えてもらえますか?

今回はAbleton(エイブルトン)をたくさん使ったね。みんなが知っているドラムをリプログラミングしたり。ドラムマシーンはAKAIのルネッサンス。あとは本物のミュージシャンだ。

―リミックスをするときに心がけていることは?

どの音を前面に出すかは、すごく気をつけたね。原曲には隠れている音がけっこうあって、それを今の技術でどうやって浮き立たせ、かつそれぞれの音が効果的に響くように骨を折った。単純に音量を上げるだけで解決したくなかったから、周波数(フレクエンシー)をよく読み取って(ほかの音の間から)引っ張り出す感じ。45(アナログのシングル)で出すことも決まっていたから、クラブでかけたときにモータウンの音楽がもつ特有の雰囲気が立ち上るようにもした。そのためには、音を絞ったほうがいい場合も多いんだ。

―ベテラン・プロデューサーのジャイルス・ピーターソンとディンキー・ビンガムも手伝っているそうですね。

ディンキーは20年以上一緒に仕事をしているから、俺のR&Bにたいするセオリーを理解している。すばらしいR&Bとは、聴いていて次の展開が読める曲ではなく、思いがけない方向にミュージシャンが行く曲だ。たとえば、「I Like It」のオリジナルにはとても強いアイコニックとも言えるグルーヴがある。それをどうやって現代的にするかは大きな挑戦だったね。陶酔させるグルーヴを残しつつ、新しくしたかった。

―デバージの「I Like It」は、いまでもアメリカのラジオでかかる人気の曲なので、どうなるかと思っていたら、見事に仕立て直していました。R&Bはヒップホップが非常に大きくなったため、影に隠れがちというか、ヒップホップのサブジャンルみたいに扱う傾向がアメリカにも日本にもあります。ラッパーがコーラスを歌うなど、どちらかわからない曲が増えているのも一因ですが、私はR&BはR&Bとしてしっかり進化していると思っているので、少し悔しいです。

ドラムのプログラミングなど手法が同じこともあって、ヒップホップとR&Bを分ける線があいまいになっているのは事実だと思う。でも、やっぱりヒップホップはずっとヒップホップだし、それはR&Bにも言えて、まったく別物なんだよ。R&Bに関して言えば、ミュージシャンを使った多重奏の音にまた戻っていく気がする。ホーンの音を入れたり。俺自身、今後はドラム・プログラミングありきではない曲を作りたい。マーヴィンやスティーヴィーの曲が何十年と経っても、聴いた瞬間、人の気分をよくできるのはそこだと思う。ネオソウル(・クラシック)もその点は同じだから、最近はよく聴いている。伝統的なR&Bを引用して、コードがあって、たまに教会の雰囲気も取り込んで、っていう点がね。いま、進めているソウル・シナプシスのプロジェクトでは、メロディアスでソウルフル、音そのものが物語を語る感じにしている。ドラマーのジェイ・ゾーンも同じ意見で、新たに叩いても、ヴィンテージなフィーリングを入れるようにしている。

 

―ネオソウルといえば、エリカ・バドゥに取材した際、シナプシスやフレクエンシーといった同じ単語をよく出して説明してくれました。

それは興味深いね。大昔、彼女がニューヨークで出てきた時に電話で話したきりだけど、いま、弁護士が同じなんだよね。だから、ひょっとしたら一緒に仕事をするかもね。

―最後に来日したのは?

3、4年前かな。最近はアメリカ国内やヨーロッパに行く機会が多かったけれど、このプロジェクトもあるし、コロナ・ウィルスの状況が収まったらぜひ行きたいね。まぁ、俺が大の親日家というのは、ファンの間では有名な話だろうけど(笑)。

―日本でのプレイを楽しみにしています。今日はありがとうございました。

ヒップホップは、ほかの曲を引用する技術とセンスが重要な音楽である。言葉でも、ドラムの音ひとつでも引用元になる音楽をしっかり理解して効果的に使うと、受け手は新しい曲を聴きつつ、数秒だけタイムトリップできて楽しいのだ。ロード・フィネスの『Motown State of Mind』は、すでにアメリカの音楽史の大事な一コマであるモータウンの名曲を、21世紀のクラブフロアーに合うように大胆に、そして繊細にリミックスした7曲である。原曲と聴き比べながら、タイムトリップを楽しむことにしよう。

Interview and Written by 池城 美菜子(ブログはこちら



ロード・フィネス『Motown State Of Mind』
2020年6月26日発売
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music



*7インチ・レコード7枚組ボックス(輸入盤)は2020年7月24日発売予定。




 

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