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ビーチ・ボーイズ24年ぶりの全米1位曲「Kokomo」と音楽界で使われていた色んな「ココモ」

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ビーチ・ボーイズは、初の全米シングル・チャート1位獲得から24年後の1988年に、またもや全米チャート1位を獲得した。その曲「Kokomo」はこのバンドにとって、現時点では彼ら最後のシングル1位獲得曲となっている。これはトム・クルーズが主演を務めた映画『カクテル』の劇中で使用されていた。作者は、ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴ、元ママス&パパスのジョン・フィリップス、「San Francisco (花のサンフランシスコ)」の大ヒットで有名なスコット・マッケンジー、そしてテリー・メルチャーの4人である。メルチャーはドリス・デイの息子で、ブルース・ジョンストンと組んだデュオ「ブルース&テリー」ではヴォーカルを担当しており、さらにバーズの最初のプロデューサーとしても有名で、この「Kokomo」でも、プロデュースを担当している。

マイク・ラヴはこの曲についてこう語っている「ロビンズというロサンゼルスの黒人ドゥーワップ・グループが、リーバー&ストーラーの”Smokey Joe’s Café”のレコードを出してたんだ。”Kokomo”を作ったときは、あのレコードにものすごく影響を受けてたよ」

Kokomo

 

そもそも「Kokomo」という名前は、ポピュラー・ミュージックの世界では昔から様々な形で使われてきた。その中でも特に変わった使い方をした人物として、クラシック出身のピアニスト、ジミー・ワイズナーが挙げられる。ワイズナーはテンプル大学の卒業生で、1959年にジャズ・トリオを結成。メル・トーメなどのバックを務めていた。あるときワイズナーは、オリジナル曲ではなく「クラシックをロックにする」というアイデアを思いつく。しかしこの手のレコードによくあることだが、これは一度しかうまくいかないアイデアだった。

ワイズナーはグリーグのピアノ協奏曲のメロディをロックに仕立て、キーはAマイナーで演奏した。それにちなんで、この録音には「Asia Minor」というタイトルが付けられた。しかしどこのレコード会社に持ち込んでも相手にしてもらえなかったため、ワイズナーはフューチャーというレーベルを自ら設立する。こうしてようやく発表された「Asia Minor」はまずローカル・ヒットになり、それからロンドン・レーベルの小レーベル、フェルステッドから全国発売されて1961年の春に全米チャートで最高8位、全英チャートで最高35位を記録した。

ワイズナーはジャズ界で自分の評判を落とさないようにするため、このレコードを”ココモ”という変名で出していた。またシングルの発売当時は一切インタビューを受けず、アーティスト写真も公表しなかった。1961年から1962年のはじめにかけて、”ココモ”はさらに4枚のシングルを出しているが、どれもチャートには入っていない(英国盤が出たのも、このうち4枚目だけだった)。

以後ワイズナーはジャズ界に戻らず、ポップス界でアレンジャーやプロデューサーとして活動を続けた。彼が関わったレコードの例としては、レン・バリーの「1-2-3」、カウシルズの「The Rain The Park and Other Things」、さらには60年代の典型的なヴォーカル・グループ、スパンキー&アワ・ギャングの作品などが挙げられる。またワイズナーは、ビート・グループ、サーチャーズがイギリスのチャートで1位を獲得した最後の曲「Don’t Throw Your Love Away」も共作している。彼が関わった他のミュージシャンの中には、バーブラ・ストライザンド、アル・クーパー、イギー・ポップ、ブリジット・バルドーも含まれる。フレディ・キャノンの「Palisades Park」でオルガンを弾いているのもワイズナーその人である。

さて、1936年2月にまでさかのぼると、ココモ・アーノルドがピーティー・ホイートストーのレコーディングで伴奏を務めている。しかしアーノルドの初レコーディングはもっと前のこと。このジョージア出身のミュージシャンは、29歳だった1930年にギットフィドル・ジムというステー・ネームでレコードもリリースしている。ただしこの時期の”ココモ”は、本名のジェームズ・アーノルドという名のほうで知られていた。

Black Mattie

 

左利きのスライド・ギター奏者だったアーノルドは、当時シカゴで密造酒を売って暮らしていた。最初のレコードから4年後、彼は2枚目のレコード「Old Original Kokomo Blues」を出し、それにちなんで”ココモ”という芸名を使い始めた。この曲をのちにロバート・ジョンソンが改作したのが「Sweet Home Chicago」だった。とはいえアーノルドの「Old Original Kokomo Blues」も、実は1928年の「Kokomo Blues」というレコードがもとになっていた(吹き込んだのはやはり密造酒業者だったギタリスト、スクラッパー・ブラックウェルである)。そのB面に入っていた「Milk Cow Blues」も、のちに他のアーティストがその改作を発表している。

“ココモ”にまつわる話はまだまだある。ルイ・アームストロング、ダイナ・ショア、ジョン・レンボーン、リトル・フィート、エリック・ビブといったアーティストは、揃って歌詞に“Kokomo”が登場する楽曲をレコーディングしている。今回まとめたSpotifyのプレイリストには、その種の曲がたくさん並んでいる。

“ココモ”は実在する場所の名前でもある。ただし「Kokomo」で歌われているような「フロリダ沖の小島」ではない。アメリカ国内には、なんと6つの州に”ココモ”という場所がある(インディアナ、ミズーリ、アーカンサス、コロラド、ハワイ、テキサス)。また1920年代には、”ココモ”というブランド名のコーヒーが人気を博していた。さらに1970年代にはイギリスで”ココモ”というバンドが結成されている。ジョー・コッカーのグリース・バンドの元メンバー2人が在籍したこのグループは、ロック界で一時期人気を集めていた。

Written By Richard Havers


ビーチ・ボーイズ『The Beach Boys with the Royal Philharmonic Orchestra』

   

【ヨーベス(洋楽ベスト)~アンコール・プレス~】 2018.12.05 RELEASE

ビーチ・ボーイズ『グレイテスト・ヒッツ』


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