コルトレーン完全未発表録音作『ザ・ロスト・アルバム』はなぜ“奇跡”と呼ばれるのか?

Published on

わずか40年間という短い生涯ながら、現在もジャズのみならず多くの音楽ファンを魅了し続けるカリスマ、ジョン・コルトレーン。そのコルトレーンが絶頂期の1963年に吹き込んだ音源が、録音から55年の時を経て『Both Directions at Once: The Lost Album』(邦題:ザ・ロスト・アルバム)として2018年6月29日に発売されることになった。この作品は、発表前に関係者の間では“奇跡”と呼ばれていた。なぜ“奇跡”と言われていたのか? そしてこの作品に対して湧き上がる3つの疑問とは?


『Both Directions at Once: The Lost Album』が“奇跡”と呼ばれる理由

なぜなら、これは実際に“ロスト=失われた”作品だから
コルトレーンの没後、スタジオやライヴ含め、さまざまなアルバムが発売されてきた。しかし、今回の『Both Directions at Once: The Lost Album』は、当時在籍していた米国インパルス・レーベルに録音の記録には残っていたものの、マスターテープがどこにも存在せず、長らく“謎”といわれていた音源だった。

なぜなら、これは“完全な新作”だから
この作品は過去に海賊盤などでも一切世に出たことがなく、また、未発表の“ライヴ”音源でもなく、これはコルトレーンが作曲し今回初登場となる新曲を含む、リリースを前提に録音されたスタジオ録音作品だ。

なぜなら、コルトレーンの“絶頂期を捉えた録音”だから
60年代に入り当時新興だったインパルス・レーベルと契約し、圧倒的なパフォーマンスでジャズ界のトップスターとなったコルトレーン。キャリアの絶頂期というべきこの時期に活動していた、マッコイ・タイナー(ピアノ)~ジミー・ギャリソン(ベース)~エルヴィン・ジョーンズ(ドラム)とのバンドは”黄金のカルテット”と呼ばれ、現在も絶大な人気を誇っている。

そのカルテットが名盤と呼ばれる『John Coltrane & Johnny Hartman』の録音前日にレコーディングしたのが本作『Both Directions at Once: The Lost Album』だ。その後フリー・ジャズへと傾倒していくコルトレーンが、スタンダードや自身の代表曲「Impressions」を取り上げた作品で同時期に録音され“バラード3部作”と呼ばれ人気の高い『Ballads』『Duke Ellington & John Coltrane』『John Coltrane & Johnny Hartman』に比肩する内容となっている。


『Both Directions at Once: The Lost Album』についての 3つの疑問

疑問① なぜ録音当時発表されなかったのか?
これに関して確たる証拠や証言がなく、決定的な理由は不明だが、推測は以下の通り。

当時コルトーレーンが所属していたインパルス・レーベルは、前述の“バラード3部作”といった、今回の未発表セッションとは異なる企画要素の強い作品を連続して発表していた。加えて、当時コルトレーンは人気が鰻登りの状態で、その人気に乗じて過去に所属したレーベル(プレスティッジ、アトランティック)より、各社の在籍時に録音していた音源がこぞって、まるで新作を装って発売されていた。そのため、当時の市場にコルトレーンのアルバムがあふれて混乱をきたしていた。そんな状況のために、いつしかリリースのタイミングを逸してしまったと考えられる。

疑問② 録音されたマスターテープはどこへ消えたのか?
録音されたマスターテープは、インパルス・レーベルが録音場所のヴァン・ゲルダー・スタジオから引き上げて管理していた。コルトレーンの死後に、レーベルの親会社であるABCレコードはロサンゼルスへと本社を移転、インパルス関連のマスターテープもすべてロスの保管施設に移管された。

70年代初頭に入り、ABCレコードの経費削減の取り組みの一環として、保管費用の節約のためにマスターテープが次から次へと廃棄されることに。カタログに存在する1アイテムにつき1本のテープ・コピーは保有される基準だったため、当時までにリリースされていなかった音源のテープは破棄されてしまった。そんな中に今回も未発表セッションのマスターも含まれていたために、今まで日の目を見ることはなかった。

疑問③ どのような経緯でテープが見つかった?
コルトレーンは毎回録音セッションを終えると、いつもリファレンステープをエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーから受け取り、家に持ち帰って演奏を再チェックするのを習慣としていた。それは、マスターテープと同時にモノラル録音された音源。当時コルトレーンは、これらのテープの一部を自身の手元に置き、一部は当時の妻ナイーマに預けていた。

時は流れて2005年。ニューヨークのマンハッタンでジャズ・ミュージシャンの遺品を中心とするオークションが開催され、ナイーマの遺族からの出品予定品目の中に、彼女の自宅に残されていた上記リファレンステープが含まれていたことで、テープの存在が明らかに。それを受けて、ヴァーヴとコルトレーンの遺族との間でアルバム発売に向けての協議がスタート。その後ヴァーヴの担当者が会社を離れたためプロジェクトが頓挫していたが、昨年担当者がヴァーヴに復帰したことで再び動き始め、テープの発見から13年の歳月を経て、ようやく世に出ることになった。



  

ジョン・コルトレーン『Both Directions at Once: The Lost Album』
2018年6月29日発売
2CDデラックス・エディション」「1CD通常盤」、2形態同時発売
Impulse!/ユニバーサルミュージック

   

<パーソネル>ジョン・コルトレーン(ts, ss)、マッコイ・タイナー(p)、ジミー・ギャリソン(b)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)
★1963年3月6日、ニュージャージー、ヴァン・ゲルダー・スタジオにて録音

Share this story


Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了