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フライング・ブリトー・ブラザーズは、どのようにして『The Gilded Palace Of Sin』で大成功したのか

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フライング・ブリトー・ブラザーズのデビュー・アルバム『The Gilded Palace Of Sin』が1969年2月にリリースされた時、出だしのセールスは低迷していたが、この作品は後にカントリー・ロック/アメリカーナを定義づけたアルバムのひとつという地位を築き上げた。ボブ・ディランはこのアルバムに「ノックアウトされた」と言い、エルヴィス・コステロは全音楽ファンが所有すべき500枚のアルバムのひとつとして今作を挙げている。

グラム・パーソンズとクリス・ヒルマンは、ザ・バーズを脱退後にフライング・ブリトー・ブラザーズを結成。彼らはベーシストにクリス・エスリッジ、ペダル・スティール・ギタリストにピート・クレイナウを迎えてラインナップを固め、ジャム・セッションに集まったロサンゼルス出身のミュージシャン達に相応しいバンド名をつけた。

このアルバムが制作された時、ハーバード大を中退した22歳だったグラム・パーソンズは「俺達はカントリー・バンドのようなサウンドのロックンロール・バンドだ」と語った。そしてこのシンガー・ソングライター兼ギタリスト兼キーボーディストの多彩なミュージシャンであったグラム・パーソンズは、エミルー・ハリス、ライアン・アダムス、ルシンダ・ウィリアムス等、様々なミュージシャンに多大な影響を与えたカントリー・ミュージック界で最も革新的なアーティストの一人として知られている。

Flying Burrito Brothersの象徴的なNudieスーツは、マスターテイラー、Nudie Cohnがデザイン

『The Gilded Palace Of Sin』には11曲が収録されていた。グラム・パーソンズとクリス・ヒルマンが共作した名曲「Sin City」も入っている。この曲には、1968年6月に殺害されたロバート・ケネディ大統領を暗示する一節(「友人がやって来た/この街を掃除しようとした」)がある。

クリス・ヒルマン曰く、ある朝、目覚めた時に「この古い街は罪で溢れてる/お前を飲み込む」という歌詞が思い浮かんだのだという。彼はルームメートのグラム・パーソンズを起こし、30分以内に二人は曲を完成させた。「クリスマスの直前で、雨が降りそうな日だった。僕達はサンフェルナンド・バレーの建て売り住宅に住んでたんだ」とクリス・ヒルトンは振り返る。「Sin City」は発表以来、スティーヴ・アール、ベック、ビリー・ブラッグなど多くのミュージシャンにカヴァーされている。

このアルバムには即興的な側面があり、それが半世紀後も今作を新鮮なサウンドにしている。クリス・エスリッジはこう語る。「グラムに、子供の頃に書いた古いメロディがいくつかあると伝えたんだ。彼にそれを演奏して聴かせて、その日のうちに僕達は2曲作曲した。‘Hot Burrito #1’と‘Hot Burrito #2’だ。それから、その夜スタジオに入って、その2曲を録音したんだ」。

The Flying Burrito Brothers – Hot Burrito #1

The Flying Burrito Brothers - Hot Burrito #1

 

「Juanita」や「Wheels」のように美しい2パートのハーモニーを含んだ現代アメリカーナの名曲が詰まっているだけでなく、革新的なカヴァー曲もこのアルバムには収録されていた。クリスは、グラムのおかげで、「Do Right Woman, Do Right Man」のような偉大なソウル曲をカヴァーするオープンな気持ちになれたことを語った。

「俺達は、当時大ヒットしていたアレサ・フランクリンの面白い曲“Do Right Woman, Do Right Man”のカヴァーもやった。その曲をカントリー調にしたんだ。天才パーソンズの案だよ。彼はカントリーの限界の向こう側を俺に見せてくれたんだ」。そして彼らは、この曲のバック・ヴォーカルにデヴィッド・クロスビーを迎えている。

ジ・インターナショナル・サブマリン・バンドで10代のグラム・パーソンズと一緒に活動し、後にロレッタ・リンと仕事していたドラマーのジョン・コーニールは、このアルバムで使われた4人のドラマーの一人で、5曲で演奏している。

エネルギッシュなオープニング曲「Christine’s Song」から、このアルバム全体で強調されているのは、“スニーキー”ピート・クレイノウのペダルスティール・ギターだ。1969年、フライング・ブリトーズにはリード・ギタリストがいなかったため、多くのギター・ソロはピート・クレイノウが演奏することになった。グラム・パーソンズは彼のことを「カントリー界の導師」と呼び、彼は業界で最も人気のセッション・ミュージシャンとなって、スティーヴィー・ワンダーや、ザ・ローリング・ストーンズジョージ・ハリスン、イーグルスのアルバムでプレイした。

Flying Burrito Brothers – Christine's Tune

Flying Burrito Brothers - Christine's Tune

 

クリスのマンドリンをフィーチャーしている唯一の曲「My Uncle」と「Hippie Boy」は、ベトナム徴兵と1968年の民主党国際会議での暴動についての当時のカウンター・カルチャー・ソングだ。グラム・パーソンズはそれらを「このアルバムで最も難しい挑戦」と語った。

このアルバムのアートワークも、音楽とともに特別なものだ。1967年モンタレー・ポップ・フェスティバルのアートディレクターを努めた後、A&Mに入社したトム・ウィルクスが監修した作品だ。グラム・パーソンズは有名デザイナーのヌーディー・コーンが制作した特注のヌーディー・スーツをアレンジした。彼のヌーディー・スーツには赤い芥子の花と大麻の葉がついており、カントリー・ミュージックの殿堂に飾られている。

「私達はバンドを砂漠に連れて行って、ヌーディー・スーツを使って何か非現実的なことをやって、バリー・ファインスタインに撮影させようと決めた。素晴らしい写真になったよ。ファンキーでカントリー・ウエスタン的でロック的でもあるアートワークになった」とトム・ウィルクスは語った。

1973年に亡くなった時、グラム・パーソンズはまだ26歳であったが、巨大な遺産を残した。その中のひとつ、『Gilded Palace Of Sin』は70年代のカントリー・ロックと、80年代後半のオルタナティヴ・カントリー・ブームの両方の青写真となった。

Written By Martin Chilton


フライング・ブリトー・ブラザーズ『The Gilded Palace Of Sin』

   


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