スパークスのベスト・ソング20:ジャンル分類がほぼ不可能なポップ・ナンバーたち

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Photo: Michael Ochs Archives/Getty Images

1970年代半ばのほんの少しのあいだではあったが、スパークス(Sparks)は“ポップ・スター”と誤解されてもおかしくない状況にあった。というのも当時、彼らの最新シングルは英国中のさまざまなラジオ局でオン・エアされ、ヒット・チャートの首位さえ狙える勢いだったのだ。また、当時の彼らはBBCの人気音楽番組『Top Of The Pops』にも定期的に出演するようになっていた。

しかしながら彼らの奇妙な風貌 ―― 忙しなく動き回りながらファルセットまじりの歌唱を披露するフロントマンと、チャーリー・チャップリン(あるいはアドルフ・ヒトラー?)に似た無表情なキーボード・プレイヤーから成る二人組 ―― は、彼らが一般的なアーティストたちとは一線を画していることを強烈に示唆していた。

最初の頃こそ、その音楽性は、UKチャートの上位を賑わせていたグラム・ロック・バンドたちと一括りにされていたかもしれない。しかし実のところ、スパークスはまったく独自の音楽性を備えたグループだったのである。そして、それから数十年が経ったいまでも、彼らの独創性はいささかも揺らいではいない。

ロン・メイルとラッセル・メイルによって結成されたスパークスは、音楽的アプローチや音楽ジャンルで分類することが不可能というほどではないにせよ困難なグループであり、それゆえにポピュラー・ミュージックの世界できわめてユニークな立ち位置を確立している。彼らは美しく音域の広いラッセルの歌声や、ロンの巧みなキーボード・プレイ、そしてスマートで洗練された曲作りといったものを武器に、幅広いジャンルの音楽からの影響を取り入れた名曲を数多く作り出してきた。

そんな風にして熱心なファンのあいだで熱狂的な人気を集めてきた彼らだが、その驚くべき作品群の知名度はまだまだ高いとは言えず、過小評価に甘んじている。しかも、彼らの母国であるアメリカで、そうした傾向はさらに顕著に窺うことができる。

他方、親英派を自認する二人はUKやヨーロッパで、アメリカにおけるそれとは比べものにならないほどの人気を獲得し、商業的な成功に浴してきた。それは、彼らのブレイクのきっかけとなった1974年のヒット曲「This Town Ain’t Big Enough For The Both Of Us」に始まり、その後、電子音楽のパイオニアであるジョルジオ・モロダーと手を組んで制作した作品も非常に大きな成功を収めている。そうした状況は近年に至っても変わらず、2020年のスパークスのアルバム『A Steady Drip, Drip, Drip』も、UKチャートのトップ10圏内にその名を連ねている。

スパークスは、何世代にも亘って、多くのアーティストたちに多大な影響を与えてきた。クイーンのような、グラム・ロックの時代に登場した同世代のバンドもその一例で、さらにはラモーンズ、セックス・ピストルズ、ニルヴァーナ、ザ・スミス、ペット・ショップ・ボーイズ、デペッシュ・モード、ニュー・オーダー、ビョーク、フランツ・フェルディナンド (スパークスとフランツ・フェルディナンドは2015年にアルバムを共同制作している) など、彼らに触発されたアーティスト/グループは数知れず存在する。つまるところスパークスは、彼ら自身の音楽がそうであるように、さまざまなジャンルにまたがるアーティストたちに影響を与えてきたのである。

そして2023年に最新作『The Girl Is Crying in Her Latte』を発表した彼らの楽曲20選をご紹介しよう。

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劇的な楽曲

1. Moon Over Kentucky

スパークスの名曲が特に優れているのは、ありふれた日常の出来事を基に、サウンドと歌詞の両面でそれを劇的に発展させている点である。初期のナンバー「Moon Over Kentucky」もその好例で、この曲では口うるさい母親との関係を絶ち、生まれて初めての自立を経験する若者の物語が歌われている。

陰鬱で、同時に力強さも併せ持ったこの「Moon Over Kentucky」は不気味なイントロや、耳に残るヴォーカル、そして強いドラマ性などによって、彼らのセカンド・アルバム『A Woofer In Tweeter’s Clothing』におけるハイライトの一つになっている。

 

2. This Town Ain’t Big Enough For The Both Of Us

4作目のアルバム『Kimono My House』のリリースに先立って、メイル兄弟はアイランド・レコードと契約。それまで一緒にやってきたバンドのメンバーたちと袂を分かち、兄弟だけでロンドンに移り住んだ。

ピンク・フロイドやザ・キンクスのような先駆的なブリティッシュ・ロック勢を敬愛するロンとラッセルにとって、UKは最高の環境であり、完成したアルバム『Kimono My House』は同国のヒット・チャートで大ヒットを記録。

マフ・ウィンウッドがプロデュースを担った『Kimono My House』のレコーディングは、兄弟がメロディー・メイカー誌の投稿欄で見つけた新たなバック・バンドとともに行われた。同作のリリース当時、UKではグラム・ロック・ブームが絶頂期を迎えており、スパークスは実験性と演劇性が融合した彼らならではのグラム・ロックを展開してみせている。

『Kimono My House』のハイライトは、なんといってもオープニング・トラック「This Town Ain’t Big Enough For The Both Of Us」だ。妥協を排して続くられたこの曲では、オペラのようなスケールのトラックに乗せて、ラッセルがファルセット・ヴォーカルを披露している。風変わりなサウンドだったにもかかわらず、「This Town Ain’t Big Enough For The Both Of Us」は1974年の春に全英シングル・チャートで2位にまで達するヒットを記録。それを追い風にアルバムも同4位を記録している。

 

3. Amateur Hour

『Kimono My House』からは、これ以上ないほどキャッチーな「Amateur Hour」もシングル・カットされ、勢いに乗って英チャートでトップ10入りを果たす成功を収めている。

 

4. Your Call’s Very Important To Us Please Hold

それから40年近く経過した今も、スパークスは平凡なテーマをドラマティックな楽曲に仕立てている。2002年のアルバム『Lil’ Beethoven』に収録されている「Your Call’s Very Important To Us Please Hold」はストレスを感じさせる電話交換手とのやり取りを題材にしたミニ・オペラで、繰り返されるフレーズは電話を保留にされたままの永遠のような時間をイメージさせるが、これほど美しいサウンドの保留音などあるわけがない。

 

5. Dick Around

そのタイトルを問題視され、当初BBCから放送禁止処分を受けた「Dick Around」(訳注: “Dick”は男性器を意味することもある) は2006年のアルバム『Hello Young Lovers』の収録曲で、スパークス史上もっとも派手でスケールの大きいナンバーだ。

オペラ、パンク、メタルを融合させたサウンドの同曲には、クイーン、モンティ・パイソン、ギルバート・アンド・サリヴァン等々の影響も感じられる。

 

スマートで機知に富んだ楽曲

6. Girl From Germany

スパークスもラヴ・ソングを作ることはあった。しかしながら、それは決してありきたりなラヴ・ソングではなかった。彼らのセカンド・アルバム『A Woofer In Tweeter’s Clothing』のオープニングを飾る「Girl From Germany」を例に取ってみよう。

同曲は第二次大戦の終戦からおよそ30年後に発表された作品だが、戦後社会に根強く残る偏見を描いている。主人公は実家に恋人を連れてくるのだが、両親はその女性に難色を示すのである。

 

7. Here In Heaven

また、『Kimono My House』の収録曲である「Here In Heaven」を聴けば、モリッシーがスパークスから多大な影響を受けた理由がすぐに分かるはずだ。「Here In Heaven」の歌詞やテーマは、ザ・スミスの楽曲にあったとしてもおかしくない内容なのだ。

『ロミオとジュリエット』を下敷きにしたこの曲では、”自殺の約束”を一人でやり遂げたロミオの末路が歌われる。天国にいる彼は、ジュリエットが自分のことを”いまは亡き大切な人 (dearly departed) “だと思っているか、”空の上のおめでたい奴 (that sucker in the sky) “だと思っているかということに思いを巡らせるのである。

 

8. Something For The Girl With Everything

「Something For The Girl With Everything」は、エネルギッシュで激しい曲調のナンバー。自分の悪事を暴露されないよう、あり得ないような贈り物の数々 ―― “木箱に入ったフランク・シナトラ”もその一つだ ―― で恋人を口止めしようとする男の物語である。

彼らにとってアイランド・レコード移籍後の第2作となった『Propaganda (恋の自己顕示)』に収録されたこの曲もまたUKチャートでトップ20入りを果たしている。

 

9. I Can’t Believe You Would Fall For All The Crap In This Song

スパークスは、彼らの大ファンであるモリッシーと同様、楽曲を聴く前から引き込まれるようなタイトルを付けることにも長けていた。重々しいビートが印象的な「I Can’t Believe You Would Fall For All The Crap In This Song」(2008年作『Exotic Creatures Of The Deep』収録。タイトルの内容は”きみがこの曲の中のたわごとを真に受けるなんて信じられない”という意味だ) はその好例である。

音楽的な面でみると、初期のようなグラム風の楽曲と電子音を大胆に使用した近年のサウンドを巧みに組み合わせた1曲だ。

 

10. Edith Piaf (Said It Better Than Me)

進化し続ける彼らの音楽がさらに現代的なサウンドへと変化した2017年の『Hippopotamus』で、彼らは40余年振りに英国のアルバム・チャートのトップ10入りを果たした。格式高い曲調の「Edith Piaf (Said It Better Than Me)」も、そんな同作に収録されたナンバーだ。

この曲の主人公は、フランス音楽界の象徴であるエディット・ピアフと同じく、”何事も後悔しない”という哲学を持つ男だ。しかし、そこにはとある仕掛けが施されている。その男は人生で何も成し遂げていないから、そもそも後悔するようなことなど何もないのである。

 

電子音を駆使した楽曲

11. The Number One Song In Heaven

1970年代のスパークスはいとも簡単そうに、グラム・ロックからパワー・ポップまで幅広い作風の楽曲を作り上げた。しかし70年代も終わりに差し掛かると、彼らは新たな方向性を模索するようになった。その結果として完成したのが、ディスコ・ミュージック、電子音楽のパイオニアとして知られるジョルジオ・モロダーと手を組んだ1979年のアルバム『No. 1 In Heaven』である。

ドナ・サマーの革新的な1曲「I Feel Love」をプロデュースしたモロダーを迎えた同作で、彼らはギターやベースに代わって電子音をフィーチャーした新たな路線を歩み出した。そしてそのサウンドは、以降40年の彼らの音楽の方向性を決定づけることになった。

同アルバムに収録された6曲のうち、実に4曲がヒットを記録。全英14位に達した「The Number One Song In Heaven」もその一つである。7分半近くに及ぶ同曲は、それぞれが非常に特徴的な二つのパートで構成されている。冒頭からは幻想的でムード溢れる演奏が続くが、しばらくするとテンポが速くなり、ダンスフロアにぴったりのアンセムへと変貌するのだ。

 

12. Beat The Clock

純然たるディスコ・チューンである「Beat The Clock」はそんな「The Number One Song In Heaven」以上の成功を収め、グループにとって5年ぶりの全英トップ10シングルとなった。そして、この2曲を収めた『No. 1 In Heaven』は、ジョイ・ディヴィジョン、ペット・ショップ・ボーイズ、ヒューマン・リーグなど、電子音を駆使する数々のアーティストに多大な影響を与えたといわれている。

 

13. Cool Places

その後、スパークスは一時ロック・サウンドにも回帰したが、1983年リリースのシンセ・ポップ作品『In Outer Space』では再び電子音をフィーチャーした作風に立ち戻った。同作に収録されている「Cool Places」は、彼らがゴーゴーズでリズム・ギターとバック・ヴォーカルを担当するジェーン・ウィードリンとコラボした2曲のうちの一つで、そのサウンドには、当時ラジオやMTVを席巻していたニュー・ウェーヴの楽曲群に通ずるところもある。

「Cool Places」はアメリカでかつてないほどの評価を受け、彼らの楽曲として初めて、米ビルボードのホット100チャートでトップ50入りを果たしている。

 

14. When Do I Get To Sing My Way

18年間で15作のスタジオ・アルバムを発表したスパークスだったが、ハウスやテクノに接近した1994年作『Gratuitous Sax & Senseless Violins』でカムバックを果たすまでは、6年という異例の歳月を要することになった。

多幸感溢れる「When Do I Get To Sing My Way」はそんな同作のハイライトの一つで、ヨーロッパ各国でヒットを記録したほか、アメリカでもダンス・チャートのトップ10に入る好成績を残した。

 

15. Johnny Delusional

これまでスパークスは、彼らからの影響を公言するアーティストたちとも仕事を共にしてきた。2015年のアルバム『FFS』を共同で制作したフランツ・フェルディナンドもその一つである。

同アルバムのオープニング・ナンバーにして”叶わぬ恋”をテーマにした「Johnny Delusional」は、両グループの音楽的な魅力が見事に凝縮された1曲だ。

 

知られざる楽曲の先進性

16. Never Turn Your Back On Mother Earth

スパークスほど幅広い作風の楽曲を残してきたアーティストは珍しい。

彼らは「This Town Ain’t Big Enough For The Both Of Us」のようなド派手な楽曲を制作していたのとほぼ同じ時期に、美しいピアノ・バラードである「Never Turn Your Back On Mother Earth」(1974年作『Propaganda (恋の自己顕示) 』収録)のようにミニマルなサウンドの楽曲も作り出していたのだ。なお、同曲は世界的な問題となる何十年も前に、環境問題を扱っていた1曲である。

 

17. Get In The Swing

トニー・ヴィスコンティがプロデュースした1975年作『Indiscreet』は、マーチング・バンドの音楽や、スウィング・ジャズ、弦楽四重奏、合唱まで作品に取り入れてしまう彼らの多才ぶりが表れたアルバムだった。そして収録曲である「Get In The Swing」には、そのすべての要素が詰まっている。

 

18. Looks, Looks, Looks

また、このアルバムには昔ながらのスウィング・ジャズ・ナンバー「Looks, Looks, Looks」も収められている。戦後期に人気を博したイギリスのビッグ・バンド、テッド・ヒース・オーケストラが参加した同曲は、シングルとしてもイギリスでヒットを記録している。

 

19. I Predict

1982年の『Angst In My Pants』―― メイル兄弟が花嫁と花婿に扮したジャケットのアルバムだ ―― に代表されるように、スパークスはパワー・ポップの流行を牽引するグループでもあった。アメリカの人気番組『サタデー・ナイト・ライヴ』で演奏された同作の収録曲「I Predict」は、グループ史上初めて全米シングル・チャートにランクイン。

この曲の終盤では“この曲はフェード・アウトするだろう / the song will fade out)”というフレーズが繰り返されるが、そのあと何の前触れもなく演奏は終わる。実にスパークスらしいユーモアである。

 

20. Sherlock Holmes

また『Angst In My Pants』には、かの名探偵のフリをするからと言って女性を口説こうとする男のラヴ・ソング「Sherlock Holmes」も収録されている。グループの作品の中でも特に愛らしい内容の1曲だ。

 

スパークスを何らかのジャンルに分類することはほぼ不可能だ。だが、無難であることを嫌う野心と素晴らしい発想力を兼ね備えているからこそ、彼らはほかに類を見ないほどスマートで、影響力があり、独創性の高いグループであり続けているのである。

上記から漏れていると思うスパークスの名曲があったなら、コメント欄を通じて教えてほしい。

Written By Paul Williams



スパークス『The Girl Is Crying In Her Latte』
2023年5月26日発売
日本盤CD 6月23日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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