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BECK『Morning Phase』解説:『Sea Change』の精神的続編でありグラミー賞最優秀アルバム受賞作
2025年5月28日(水)に大阪・Zepp Namba、5月29日 (木)に東京・NHKホールでの単独来日公演が、そして6月1日にASIAN KUNG-FU GENERATION主催のロックフェスティバル『NANO-MUGEN FES.2025』への出演が決定したBECK。
2018年SUMMER SONICでのヘッドライナー出演以来となるバンド編成での来日を記念して、彼の過去のアルバムの解説記事を連載として順次公開。
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グラミー賞最優秀アルバム獲得作品
ベックの『Morning Phase』の冒頭40秒には「Cycle」というタイトルがついている。冒険心に満ちたカリフォルニア出身の彼は、グラミー賞で最優秀アルバムを含む3部門に輝いたこの作品で音楽シーンの潮流を再び自分の方へ引き寄せた。そう考えると、これはその1トラック目に相応しいタイトルだったといえよう。
この連載シリーズではこれまで、デビューから20余年間の彼のキャリアをアルバムごとに振り返ってきた。その中でたびたび見てきたのは、ベックが決して流行を追いかけず、常に自ら音楽シーンを牽引してきたことだ。自分の口では語らなくとも、彼には“興味深い作品を次々に作り出し、リスナーの心を引きつけたい”という信念があった。この『Morning Phase』も、そんな彼の哲学がよく表れたアルバムなのだ。
短い「Cycle」で夜明けの風景がはっきりと目に浮かぶ音世界が作られると、穏やかにギターがかき鳴らされる「Morning」が地平線にそっと浮かんでくる。
ベックのアルバムの歴史は1993年3月、粗削りで型破りな『Golden Feelings』とともにスタートした。そして12作目の公式アルバムとなる『Morning Phase』は、彼史上もっとも味わい深いアルバムと広く評価されている。
“雇われプロデューサー”としての活動
2014年2月のリリース時43歳になっていたベックは、2008年の前作『Modern Guilt』の発表以降も変わらず精力的に活動した。ちょうどいい時期が来たと感じた彼は、自身の名前で注目度の高い作品を作ることから一旦距離を置いた。そして“雇われプロデューサー”として、多種多様なプロジェクトに参加したのである。
例えば2009年には、英仏両国に国籍を持つシンガー/女優であるシャルロット・ゲンズブールの3rdアルバム『IRM』をプロデュース。年末にリリースされた同作は数多くのメディアで4つ星の評価を受けた。また、ベックは同年の夏にレコード・クラブを始動。これは、彼が熱意のある友人たちと名作アルバムをたった1日でカヴァー/録音するプロジェクトで、証拠としてウェブサイトに映像もアップされる仕組みになっていた。
多大な影響力を誇る1967年作『The Velvet Underground And Nico』は、ベックがたびたび手を組んでいるプロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチを含む面々でリメイク。『Songs Of Leonard Cohen(レナード・コーエンの唄)』はデヴェンドラ・バンハートや、ウルフマザーのアンドリュー・ストックデイル、MGMTの多くのメンバーなどを含む顔ぶれで演奏された。愉快で気楽なこのプロジェクトではほかにも、ベックらに影響を与えたアーティストたちの作品が取り上げられている。スキップ・スペンス、INXS、ヤニーと、そのラインナップの振り幅は大きい。
そののち、ベックはオルタナティヴ界の象徴的存在であるサーストン・ムーアの『Demolished Thoughts』をプロデュース。
この作品は、モジョ誌が選んだ2011年のアルバム・ランキングのトップ20に入った。また同年、彼はペイヴメントのフロントマンであるスティーヴン・マルクマスと初めてコラボし、彼がジックスを従えて制作したアルバム『Mirror Traffic』をプロデュース。さらにベックは2011年にも再びゲンズブールと手を組み、『IRM』の次作となる2枚組アルバム『Stage Whisper』を制作している。
楽譜の発売
そんなころ、リスナーと演奏者と楽曲との関係をデジタル的な視点で見つめ直すアイデアが彼の頭に浮かんだ。ベックはこう考えた。
「20の楽曲を書いて、それを自分のアルバムとしてではなく楽譜として発表し、世界中のアーティストにアレンジを委ねるのはどうだろう?」
そして2012年の後半に出版された『Song Reader』は、目新しい何かに飢えていたメディアと、ベックの楽曲を自ら演奏したいミュージシャンたち双方の心を掴んだのである。
このプロジェクトは、録音技術がなかった遠い過去への回帰であり、誰でも低コストで楽曲を制作し、ソーシャル・メディアを通してすぐに世界へ配信できる未来の先駆けでもあった。これは、ベックの持つ優れた先見性を象徴する事例といえよう。彼はmcsweeneys.netにこう明かしている。
「デビューしたころからアイデアは何となくあったんだ。90年代に最初の方のアルバムを出したあと、出版社がそのアルバムの楽譜を送ってきた。誰かがピアノと歌用に採譜していたんだ。でも実際のアルバムにはノイズとか、ビートとか、歪んだ音とか、フィードバックがたくさん入っていた。音源の中で聴かれる想定で考えた音のアイデアがたくさんあったんだ」
「そういう楽曲がピアノのパートだけになっていると、何だか抽象的なものになってしまった感じがした。だからそのとき、一緒に仕事をしていた人たちに言ったんだ。僕のレコードの曲を無理に楽譜に起こすより、楽譜向きの曲を書く方がいいかもしれないってね。だけど何年もツアーやアルバム作りに追われて、そのプロジェクトにきちんと向き合う時間がなかった。2004年になってようやくそのプロセスに着手できたんだ」
新レーベルでの出発
2013年の夏、ベックはスタジオに戻り彼名義の作品を再び作り始めた。それこそ、プロデュースを自ら担いつつ2002年作『Sea Change』の参加メンバーを多く起用した『Morning Phase』だった。そしてその秋、『Modern Guilt』で長年に亘るゲフィンとの契約を終了したベックは、キャピトル・レコードと新たな契約を結んだ。
このレコーディング期間には、それ以上に多忙なライヴ活動も行われた。ベックは2013年のあいだに、ロンドンのユニオン・チャペルからニューポート・フォーク・フェスティヴァルまで実に様々なステージに立ったのだ。そして翌年の初頭、アルバムからのリード・シングルとして「Blue Moon」 がリリース。キャピトル移籍後初のアルバムとなる『Morning Phase』はそのあと2月21日に発表され、すぐさま反響を呼んだ。
ロサンゼルス・タイムズのマイケル・ウッドはこう評した。
「この新作は2002年作『Sea Change』の精神的続編、アーティスト側は“姉妹編”と呼んでいる――として機能している。『Sea Change』といえば、彼が人気のあるサウンド・コラージュ風のスタイルから脱却し、傷心の辛さをテーマにしたスローで物憂げなフォーク・ソングの数々を披露した1作だ。しかしオリジナルより続編の質が高いのは、常に進化し続ける彼ならではだろう」
他方、Drowned In Soundはこう記した。
「確かに(『Sea Change』と)サウンド面で似ている部分もあるが、このアルバムはそれと比べものにならないほど明るい。年とともに聡明さを増した作り手は、数年をかけてアーティストとして目指すべきものをしっかり見極めて制作に臨んだようだ」
そんな『Morning Phase』は米ビルボード200チャートで初登場3位をマーク。これは彼のキャリアで2番目の好成績であった。同作はイギリス、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド などの国でも見事にトップ10入り。そして2015年2月に開催された第57回グラミー賞では、その文化的影響の大きさがより明確な形で表れた。
同賞で5部門にノミネートされたこの作品は、最優秀ロック・アルバム賞、最優秀アルバム技術賞(クラシック以外部門)、そしてもっとも栄誉ある最優秀アルバム賞の3部門を受賞したのだ。
2015年に発表されたシングル「Dreams」は、ベックの次なるステージへの想像が膨らむ楽曲だった。そしてそのあとに続くアルバム『Colors』(2017年)と『Hyperspace』(2019年)も、これまでの作品に劣らず刺激的で予測不能な作品だった。
Written By Paul Sexton
ベック『Morning Phase』
2014年2月21日発売
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ベック 7年ぶりバンド編成での来日公演 in 2025
5月28日(大阪 Zepp Namba)
5月29日(東京 NHKホール)
6月1日(神奈川 Kアリーナ横浜 *NANO-MUGEN FES.2025)
公演公式サイト
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