News
ヴィレッジ・ピープルのヴィクター・ウィリスが74歳で逝去。その功績を辿る

ヴィレッジ・ピープル(Village People)のリード・シンガーで、「Y.M.C.A.」や「Macho Man」を含む、同グループ最大のヒット曲のいくつかを共作したヴィクター・ウィリス(Victor Willis)が74歳で死去した。
この訃報は、ヴィクターの妻が彼の公式フェイスブック・ページで発表した。彼女は次のように綴っている。
「深い悲しみとともに、夫ヴィクター・ウィリスの死をお知らせしなければなりません。ヴィクターは、短期間ながらも進行の速い病により、2026年6月30日(火)に亡くなりました。この大きな喪失の時にあたり、家族のプライバシーを尊重していただきますようお願いいたします」
<関連記事>
・コモドアーズの創設メンバー、ベーシストのロナルド・ラプリードが75歳で逝去
・2026年に亡くなったミュージシャン、音楽業界の関係者たち
その生涯
1951年にテキサス州ダラスで生まれたヴィクター・ウィリスは、サンフランシスコの活気あふれるヘイト=アシュベリー地区で育った。ヴィレッジ・ピープルのフロントマンである彼は、牧師だった父のいる教会でゴスペルを歌うことで歌唱を学んだ。10代になる頃には、テンプテーションズのオープニング・アクトを務めたザ・バラッズのメンバーとして、地元で一定の注目を集めるようになっていた。
20代前半にラスベガスでミュージカル『ヘアー』に出演し、ステージに立つようになったヴィクターは、その後ブロードウェイで活動するためニューヨークへ移った。1977年、彼はプロデューサーのジャック・モラリと運命的な出会いを果たす。ジャックは自身が書いた数曲を歌わせるためにヴィクターを起用し、そのデモ録音には『The Village People』というタイトルが付けられた。
この作品により、ゆるやかに集められたこのグループはレコード契約を獲得し、ヴィクターはグループのフロントマンとして迎え入れられることになった。
バンドの創造面でのピークは、1978年の2枚のアルバムによって訪れた。「Y.M.C.A.」を収録した『Cruisin’』と、タイトル曲「Macho Man」を中心とする『Macho Man』である。
1980年までにヴィクターはグループを離れていたが、ポピュラー・カルチャーに与えた彼の影響は今日まで続いている。「Y.M.C.A.」はリリース後、17か国で1位を獲得し、アメリカ国内外で最もよく知られるダンス・ルーティンのひとつを生み出した。2020年には、同曲が「文化的、歴史的、または美学的に重要」であるとして、米国議会図書館の全米録音資料登録簿に保存された。さらに、グラミー殿堂賞にも選出されている。
Written By Sam Williams
- 2026年に亡くなったミュージシャン、音楽業界の関係者たち
- 『美女と野獣』や『アラジン』等ディズニー名曲を歌ったピーボ・ブライソンが逝去
- シルヴァーズのフォスター・シルヴァーズが64歳で逝去
- コモドアーズの創設メンバー、ベーシストのロナルド・ラプリードが75歳で逝去
- 米音楽界が誇る多才な巨匠、クインシー・ジョーンズが91歳で逝去
- クインシー・ジョーンズの20曲:飽くことを知らない創造力
- ポインター・シスターズの創設メンバー、アニタ・ポインターが74歳で逝去
- ポインター・シスターズのボニー・ポインターが69歳で逝去
- ドナ・サマーの「I Feel Love」はいかにして音楽シーンに変革をもたらしたのか
- 日本のSOUL/R&B評論第一人者が見たダイアナ・ロスの来日公演と過去の想い出
- 音楽史に残る特徴的なグルーヴの誕生秘話:リズムを生み出してきたアーティスト達
- ディスコの歴史:ダンス規制法の中でマイノリティ文化から生まれ全米に浸透した音楽
- ベリー・ゴーディ:モータウンを創設し、黒人向けの音楽を全米に届けた先駆者
- デトロイトからカリフォルニアへ:70年代以降のモータウンとアーティスト達




















