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歌手で俳優のトリニ・ロペスが新型コロナの合併症で逝去。「天使のハンマー」のカバーでヒットを放った半生を辿る

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50年以上のレコーディング・キャリアを誇る歌手で、俳優としても成功を収めたトリニ・ロペス(Trini Lopez)が2020年8月11日、新型コロナウイルスの合併症により83歳で逝去した。1960年代初頭に、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)によって、彼が設立したレーベルであるリプリーズ・レコードと契約したトリニ・ロペスは、全米3位と全英4位の大ヒットを記録したピート・シーガーのカヴァー「If I Had A Hammer(邦題:天使のハンマー)」で広く知られている。

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Trini Lopez – If I Had A Hammer (Live)

トリニ・ロペスが全米シングル・チャートでTOP20入りを達成したシングルは、前述のカヴァー曲「If I Had A Hammer」と1965年の「Lemon Tree」のみではあるが、イージー・リスニング市場では多くのファンを獲得していった。「Lemon Tree」はビルボードのミドル・ロード・シングルズ・チャートで2位を獲得し、他にも 「Michael」「I’m Comin’ Home, Cindy」「La Bamba」「Gonna Get Along Without Ya Now」「The Bramble Bush」などがTOP10入りを記録している。

フー・ファイターズのデイヴ・グロールが追悼

音楽業界内でもトリニ・ロペスの人気は高く、1964年には楽器メーカーのギブソンから、トリニ・ロペス・スタンダードとデラックスという2つのシグネチャー・モデルが発売されている。同モデルはノエル・ギャラガーやデイヴ・グロールが愛用していたことで知られており、フー・ファイターズのフロントマンであるデイヴ・グロールは、今回の訃報を受けて、次のような追悼コメントを捧げている。

「今日、世界は悲しいことにまたひとりのレジェンド、トリニ・ロペスを失いました。トリニは自らの美しい音楽的レガシーを遺しただけでなく、知らず知らずのうちに結成当初からのフー・ファイターズのサウンドの形成を手助けしてくれました。僕らのファースト・アルバムから最新作までの全アルバムが、1967年製の赤いトリニ・ロペスのシグネチャー・ギターで録音されています。それが僕らのバンドのサウンドであり、1992年にこのギターを買ってからずっと、僕にとって最も大事な所有物です。トリニ、あなたの貢献に感謝します。あなたは多くの人に惜しまれ、皆の記憶に残ることでしょう」

「早くから自分のやりたいことがわかっていてよかった」

1937年5月13日、テキサス州のダラスでトリニダード・ロペス3世として生まれた彼は、15歳で初めてのバンドを結成した。「私は最初から音楽が好きでした」と彼は1967年にデトロイト・フリー・プレス紙に語っていた。

「成功者になりたいと心に決めていました。こんなに早くから自分のやりたいことがわかっていてよかった。今の子供たちの多くは、12歳はおろか、17歳や18歳になっても自分が何をしたいのかわかっていませんよね」

バディ・ホリーの父親の推薦により、トリニ・ロペスと彼のバンド“ビッグ・ビーツ”は、バディ・ホリーのプロデューサーだったノーマン・ペティの耳に入り、コロンビアと契約を結んだ。その後ソロに転向したトリニ・ロペスは、ボークとキングから作品をリリースしたがどれも失敗に終わっている。しかし、その後ロサンゼルスのナイトクラブでエンターテイナーとして評判を得た彼は、フランク・シナトラの目に留まり、彼のレーベルであるリプリーズと契約を交わした。

1963年のアルバム『Trini Lopez At PJ’s』は彼の名を世に知らしめたナイトクラブで録音され、アメリカでは6週にわたって2位を記録し、ゴールドディスクに認定された。1963年から1968年にかけて全米ポップ・チャート入りした13曲のシングルと、全米チャート入りした14作のアルバム(1963年から1967年まで)は全てリプリーズから発売されている。

Trini Lopez – Lonesome Traveler (Live)

映画『特攻大作戦』など俳優としても活躍

歌手としてチャートを賑やかした時代を経て、その後はとりわけラスベガスでのライヴ活動や、1967年の映画『特攻大作戦』をはじめ、俳優としてテレビや映画界でも成功を収めていった。トリニ・ロペスは、2003年に国際ラテン音楽の殿堂入り(International Latin Music Hall of Fame)を果たし、2008年にはラスベガスのウォーク・オブ・スターズ(Las Vegas Walk of Stars)としてその功績が称えられている。

トリニ・ロペスが長年暮らしていたカリフォルニアのコミュニティに拠点を置くパームスプリングス・ライフ誌は、この訃報に際し、トリニ・ロペスの人生を描いたドキュメンタリー映画の撮影と編集が終わったばかりだったと記している。トリニ・ロペスはつい先週、彼の承認を得るために、映画のカットを見せられていたそうだ。

Written By Paul Sexton



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