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  • ラフマニノフ生誕150周年を記念した究極のベスト盤『ラフマニノフ・ベスト・オブ・ベスト』が発売決定

    ラフマニノフ生誕150周年を記念した究極のベスト盤『ラフマニノフ・ベスト・オブ・ベスト』が発売決定

    2023年に生誕150周年を迎えるロシアを代表する作曲家セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)のベスト盤『ラフマニノフ・ベスト・オブ・ベスト』が2023年1月25日(水)に発売されることが決定した。

    『ラフマニノフ・ベスト・オブ・ベスト』には、ラフマニノフの作品の中でも最も有名な一つとして知られる「ピアノ協奏曲 第2番」から第2楽章、フィギュアスケートでも度々起用されお馴染みのメロディとなった「ヴォカリーズ」など、名曲20曲をCD2枚にコンパイル。ラフマニノフの魅力を網羅したベスト盤となっている。

    ロマンティックで叙情豊かな作風が魅力のラフマニノフ作品は、映画音楽をはじめ、TVCMやドラマ、フィギュアスケートでも頻繁に登場。生誕150年の時が流れても、その人気は今なお色褪せることはない。


    ■リリース情報

    『ラフマニノフ・ベスト・オブ・ベスト』 
    2023年1月25日発売
    CD

    【収録曲目】
    セルゲイ・ラフマニノフ
    Disc 1
    ① 幻想的小品集 作品3~第2曲:前奏曲 嬰ハ短調 《鐘》
    ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ② パガニーニの主題による狂詩曲 作品43~第18変奏
    タマーシュ・ヴァーシャーリー(ピアノ)、ロンドン交響楽団、指揮:ユーリ・アーロノヴィチ
    ③ オリエンタル・スケッチ
    ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ④ 断片
    ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ⑤ 練習曲集《音の絵》 作品39~第4曲 ロ短調
    ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ⑥ 6つの歌曲 作品4~第3曲:夜の静けさに
    エリーザベト・ゼーダーシュトレーム(ソプラノ)、ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ⑦ 交響曲 第2番 ホ短調 作品27~第3楽章:Adagio
    ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、指揮:ロリン・マゼール
    ⑧ 幻想的小品集 作品3~第3曲:メロディ ホ長調
    ゾルタン・コチシュ(ピアノ)
    ⑨ 15の歌曲 作品26~第12曲:夜は悲しい(アシュケナージによるピアノ編)
    ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ⑩ ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18~第2楽章:Adagio sostenuto
    タマーシュ・ヴァーシャーリー(ピアノ)、ロンドン交響楽団、指揮:ユーリ・アーロノヴィチ

    Disc 2
    ① ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 作品30~第1楽章:Allegro ma non tanto
    ゾルタン・コチシュ(ピアノ)、エド・デ・ワールト指揮、サンフランシスコ交響楽団
    ② チェロ・ソナタ ト短調 作品19~第3楽章:Andante
    ハインリヒ・シフ(チェロ)、エリザーベト・レオンスカヤ(ピアノ )
    ③ 練習曲集《音の絵》 作品39~第5曲:変ホ短調
    ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ④ 歌劇《アレコ》~間奏曲
    ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、指揮:ロリン・マゼール
    ⑤ 悲しみの三重奏曲 第2番 ニ短調 作品9~第3楽章: Allegro risoluto – Allegro molto – Tempo rubato – Moderato – Meno mosso – Moderato
    ボザール・トリオ:メナヘム・プレスラー(ピアノ)、イシドーア・コーエン(ヴァイオリン)、バーナード・グリーンハウス(チェロ)
    ⑥ サロン小品集 作品10~第2曲:ワルツ イ長調
    ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ⑦ ロマンス ト長調(4手ピアノ)
    ヴラディーミル・アシュケナージ、ヴォフカ・アシュケナージ(ピアノ)
    ⑧ 12の歌 作品21~第5曲:リラの花
    エリーザベト・ゼーダーシュトレーム(ソプラノ)、ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ⑨ 14の歌曲, Op. 34~第14曲:ヴォカリーズ(チェロ&ピアノ編)
    リン・ハレル(チェロ)、ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
    ⑩ 交響的舞曲 作品45~第3楽章:Lento assai – Allegro vivace
    ロシア・ナショナル管弦楽団、指揮:ミハイル・プレトニョフ



  • マーラーの聴くべき作品10選:《大地の歌》や《復活》などを含む名曲選

    マーラーの聴くべき作品10選:《大地の歌》や《復活》などを含む名曲選

    交響曲第2番(《復活》)、交響曲第5番など10曲の名曲を収録したベスト・マーラー・セレクションをご覧ください。

    グスタフ・マーラー(1860年7月7日~1911年5月18日)は、間違いなく20世紀初頭の、最も捉えどころのない、論争の的となった人物の一人である。彼の音楽は、心理的な要求を満たし、心を揺さぶり、ポスト・ロマン派の旋風を巻き起こす。彼の聡明で潔癖な音楽的思考は、正統派を嫌い、限りなくロマン派的な精神と相まって、反体制的で奔放な最高級の作曲家として歴史にその名を刻むことになったのである。

    彼は自分の音楽を包括的なものにしようと努め、幅広い宇宙的概念、人生の意味、死の必然性を、抒情、民謡、調性の探求、不気味さ、コラール、そして圧倒的な演奏能力とどうにかして融合させたのである。このページでは、マーラーの代表作を10曲ご紹介する。今日に至るまで、彼の音楽は音楽家の意見を二分している。あなたが彼のことを好きでも嫌いでも、マーラーのウサギの穴に入った後は、お茶を飲んでゆっくりすることを強くお勧めする…。

    マーラーの聴くべき作品10選:《大地の歌》や《復活》などを含む名曲選
    交響曲 第2番《復活》

    マーラーの交響曲第2番は、最もパワフルで刺激的な交響曲の一つである。合唱、巨大な弦楽器セクション、オルガン、管楽器と金管楽器の倍音、教会の鐘と7つのティンパニを含む多くの打楽器、そしてソプラノとアルトのソリストがオーケストラと一緒に登場する、当時(1895年)では前例のない規模の作品であった。

    この交響曲はマーラーの最高傑作の一つであり、その絶大なパワーと痛烈さは他の追随を許さない。「復活」というニックネームは、マーラー自身が第5楽章に加筆した、フリードリヒ・クロプシュトックによる賛歌「復活」に由来している、その結びの言葉は「生きるために私は死のう/再び立ち上がれ、そう、再び立ち上がれ」である。

    交響曲 第8番《千人の交響曲》

    マーラーの交響曲に対する考え方はシンプルで、「大きければ大きいほど良い」というものだった。1910年の初演では、まさにそれが求められたため、マーラーの交響曲第8番は「千人の交響曲」と呼ばれるにふさわしいものであった。演奏者は8人のソリスト、2つの混声合唱団、児童合唱団を含む858人の歌手、171人の器楽奏者から成る。

    また、中世ラテン語の賛美歌「来たり給え、創造主なる聖霊よ(veni creator spiritus)」やゲーテの『ファウスト』からインスピレーションを得た、死と創造に焦点を当てた密度の高いテーマは、マーラーの真骨頂である。この記念碑的な交響曲の、非常に暗い、厳しいスコアは、まさに天才的なもので、クラシック音楽の正典の中でこれとまったく同じものは他にない。

    交響曲 第5番

    マーラーの最高傑作の一つである交響曲第5番(1902)は、マーラーの他の交響曲に比べると、やや型にはまった作品である。この曲では、それまでの交響曲のような物語的なプログラムや巨大な声楽のテクスチャーを用いておらず、ほとんど自伝的なアプローチで作曲されている。1901年に大病を患った後、1902年にアルマ・シンドラーと結婚したマーラーが、この2つの人生を変える出来事を音楽的に表現したのがこの第5番である。

    第5番は、典型的なマーラー節で書かれており、〈葬送行進曲(Trauermarsch)〉で始まるが、すぐに明るい雰囲気になる。その中心にあるのが第4楽章のアダージェットで、アルマへのラヴレターとなっている。この美しい楽章は、少ない演奏者数、繊細な弦楽器、高く舞い上がるロマンティックなハーモニーによって、生の、本物の感情に突き動かされているのだ。

    大地の歌

    中国語から翻訳された6つの詩(『中国の笛』)に基づき、生命、自然、美、死といった実存的な問題を扱っている。この魅惑的なスコアは、無数の感情の中を旅し、慎重な楽観主義が苦味、闘争、諦めの受容と対照を成す。テノールとコントラルトのソロが奏でる豊かな音色は、「闇は生であり、闇は死である」という強烈なフレーズに続き、五音音階によって彩られた陰鬱なオーケストラの伴奏にしっかりと根を下ろしている。

    交響曲 第9番

    マーラーは、1909年に最後の交響曲を完成させる。このとき彼は心臓病を患っており、自らの死が間近に迫っていることを悟っていた。この曲は、マーラーの別れの曲とされることが多い。ベートーヴェンの《告別》ソナタからの引用や、第1楽章の不規則なリズムは、かつてバーンスタインがマーラーの心臓の不規則で破綻したリズムを表していると示唆したように、この曲は信じられないほど感動的な作品となっている。終楽章はゆっくりと引き延ばされ、次第に弱まっていき、最後の小節には「死に絶えるように(ersterbend)」と記されている。

    亡き子をしのぶ歌

    マーラーが幼少期に亡くした8人の兄弟へのオマージュとして、おそらく最もよく理解されるのが、この5曲のセット《亡き子をしのぶ歌》であろう。マーラーは、2人の子どもを亡くした悲しみを描いたリュッケルトの428の詩から5篇を選びテキストにしている。苦悩と悲惨さが目に見えるようだが、これらの作品にはほとんど透明感がある。まばらで剥き出しの質感が不協和なハーモニーに引きずられ、不満足な解決を見出す。

    マーラーは、《亡き子をしのぶ歌》を作曲した4年後に、4歳の娘マリアを猩紅熱で亡くしており、悲劇的なことに、これは自己実現的予言となった。、心苦しく感情的だが、作曲家マーラーだけでなく、マーラーという人間を理解するためには必要な聴き方である。

    交響曲 第1番《巨人》

    マーラーは、生から死、自然、個人のトラウマ、哲学的思考まで、無数のアイデアを網羅したこの交響曲のデビュー作に、思いつくかぎりの考えすべてを注ぎ込んだのである。マーラーは後にその意味の普遍性を限定することを望まず、自分で付けたタイトルを削除した。この画期的なシンフォニーには、いくつかの注目すべき点がある。

    第1楽章は、オーケストラ全体が7オクターヴで奏でる単音で始まり、軽快な民謡調の曲で幕を開ける。特に第1楽章と第2楽章の間の5分間の休憩では、マーラーは「虚無の顔を見つめるように」と指示している。第3楽章の素材にお気づきの方もいるだろう。無邪気なフランス民謡「フレール・ジャック」の曲を、荘厳で不気味な行進曲に変容させられるのはマーラーだけだ。それからオーケストラが解き放たれ、実に騒々しいフィナーレを迎える。

    ピアノ四重奏曲 イ短調

    現存する唯一の室内楽曲であるマーラーのピアノ四重奏曲は、彼がウィーン音楽院に入学した最初の年である15歳ごろに書かれたもので、彼の作曲活動の初期段階を知ることができる。交響曲の影に隠れてしまいがちなこの曲は、隠れた名作といえるだろう。悲しげで大らかな叙情性、複雑な不協和音、ヴィルトゥオーソ的な楽器の競演など、マーラーの劇的な強さの始まりをここに聴くことができる。このピアノ四重奏曲は、マーティン・スコセッシ監督による2010年の映画『シャッター アイランド』のサウンドトラックにも収録されている。

    交響曲 第6番《悲劇的》

    この曲には「悲劇的な交響曲」というサブタイトルがついているので、シートベルトを締めるべきだ。悲劇と格闘しながらも勝利していく前作とは異なり、第6番の結末は、ほとんど危険を感じるほど絶望的な表現である。有名なのは、3度鳴らされる、ハンマーを使った「運命の一撃」で、金属の冷たい打撃がオーケストラに響く。おそらく、すべての交響曲の中で最も感情を揺さぶるが、素晴らしくマーラー的な作品である。

    交響曲 第3番

    マーラーは、交響曲第3番までに、細部にこだわり、膨大で複雑な作曲スタイルを磨き上げていた。この交響曲は、作曲者自身の言葉を借りれば、自然への壮大な頌歌であった。「進化のすべての段階を、段階的に上昇させる。無生物的な自然から始まり、神の愛へと昇華していくのである」。マーラーは、この交響曲の型破りなほど遅いフィナーレで、再び声色とテクスチャーを使用している。しかし、6つの輝かしい楽章があり、複雑な名人芸が要求され、90分強の長さ(第1楽章だけで半分を占める)なので、最後まで聴くにはかなりの体力が必要であろう。しかし少しの辛抱してほしい。頂上からの眺めは最高だから。

    Written By uDiscover Team



  • ストラヴィンスキーの聴くべき作品10選:ロシアの革命的な作曲家による《春の祭典》を含む名曲選

    ストラヴィンスキーの聴くべき作品10選:ロシアの革命的な作曲家による《春の祭典》を含む名曲選

    《春の祭典》を含む、ロシアの革命的な作曲家、ストラヴィンスキーの傑作10曲をご紹介する。

    イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882年6月17日~1971年4月6日)は、20世紀で最も重要で影響力のある作曲家の一人と広く考えられている。ディアギレフのバレエ・リュスのために作曲した《火の鳥》《ペトルーシュカ》《春の祭典》は、パリでの初演時に暴動を引き起こしたことで知られている。ストラヴィンスキーは長いキャリアの中で、驚くほど多様な音楽を作曲し、その作品はロマン主義、新古典主義、セリエル音楽といった多様な様式を包含している。しかし、ストラヴィンスキーの声は、すべての作曲家の中で最もわかりやすいものの一つである。ストラヴィンスキーの作風には、ロシア民謡の影響、リズムのエネルギー、オーケストラの卓越性などがある。

    ストラヴィンスキーの聴くべき作品10選:ロシアの革命的な作曲家による名曲選

    春の祭典

    ストラヴィンスキーの最高傑作の一つである《春の祭典》は、1913年にディアギレフのバレエ・リュスが初演した際、暴動を引き起こしたことで有名だ。ストラヴィンスキーの前衛的な音楽とニジンスキーの振付に観客は激怒し、多くの人が狂人の作品と思ったが、今では20世紀で最も影響力のある音楽作品の一つとして広く知られている。レナード・バーンスタインは《春の祭典》を “20世紀で最も重要な音楽作品 “と評した。

    火の鳥

    《火の鳥》は、ストラヴィンスキーがディアギレフの「バレエ・リュス」の1910年のパリ公演のために作曲したバレエとオーケストラのコンサート作品である。このバレエは、ストラヴィンスキーのキャリアにおいて最初の国際的な成功を収めただけでなく、ここからディアギレフとストラヴィンスキーのコラボレーションが始まり、高い評価を受けたバレエ《ペトルーシュカ》《春の祭典》が生まれたことでも重要である。

    ペトルーシュカ

    《ペトルーシュカ》は、3体の人形による愛と嫉妬の物語で、音楽、踊り、舞台美術が一体となった作品である。当初はコンサートホールで上演される予定だったが、ディアギレフがストラヴィンスキーを説得し、バレエになった。この曲の特徴は、ハ長調とヘ長調の三和音で構成される「ペトルーシュカ和音」と呼ばれる和音で、この複調性の響きは主人公の登場を告げる装置となっている。

    アゴン

    1950年代、ストラヴィンスキーは、シェーンベルクの12音技法であるセリエル音楽を取り入れ、バレエ《アゴン》などの後期の代表作で、彼の想像力に最後の衝撃を与えた。1957年12月、ニューヨーク・シティ・バレエ団によって初演されたこの作品は、モダン・ダンス史におけるランドマーク的存在として、「音楽と運動の融合という芸術の生きた教科書」と批評家に賞賛された。ストラヴィンスキーの共同制作者である振付師ジョージ・バランシンは、《アゴン》を彼らの長い共同作業から生まれた「最も完璧な作品」であると語った。

    ミューズを率いるアポロ

    《ミューズを率いるアポロ》は、20世紀を代表するバレエの一つである。ディアギレフ率いる伝説的なバレエ・リュスが、ココ・シャネルによる目を引く衣装とジョージ・バランシンによる画期的な振付で、ストラヴィンスキーの気品あるバレエ音楽を世に知らしめた。このドラマティックでパワフルなバレエは1928年にパリで初演され、バランシンにとってストラヴィンスキーとの最初の重要なコラボレーションとなった。

    オイディプス王

    《オイディプス王》は、ストラヴィンスキーの新古典主義時代の初期に書かれた作品で、この時期の彼の最高傑作の一つとされている。ソフォクレスの悲劇『オイディプス王』を題材にしたオペラ=オラトリオで、父を殺し母と結婚したことで民衆を裏切ったことを知ったオイディプス王が失脚していく様子を描いている。

    詩篇交響曲

    《詩篇交響曲》は、新古典主義時代の1930年にストラヴィンスキーがボストン交響楽団の創立50周年を記念して作曲した3楽章からなる合唱交響曲である。交響曲の名前は、合唱パートに詩篇のテキストが使用されていることに由来している。

    放蕩児の遍歴

    ストラヴィンスキーの最も有名なオペラ《放蕩児の遍歴》は、ウィリアム・ホガースの絵画や版画をもとにW.H.オーデンとチェスター・コールマンが書いたリブレットをもとに作られている。モーツァルトのオペラに触発され、新古典主義的な作品を多く生み出したストラヴィンスキーの代表作である。

    兵士の物語

    《兵士の物語》は、7つの楽器、3人の俳優とダンサーのために作曲された、リズミカルで爽快な舞台作品であり、兵士が裕福になる本と引き換えに悪魔にヴァイオリンを売るという物語。ストラヴィンスキーは、友人のアーネスト・アンセルメがアメリカから持ってきた楽譜でジャズを知ったばかりで、《兵士の物語》の構想にジャズの影響を受けたと主張している。ストラヴィンスキーの楽器編成は、現在ディキシーランド・ジャズとして知られているものと、驚くほどよく似ている。

    管楽器のための交響曲

    《管楽器のための交響曲》は、1920年にストラヴィンスキーが木管楽器と金管楽器のアンサンブルのために書いた演奏会用作品である。ドビュッシーの思い出に捧げられたこの作品は、ストラヴィンスキーが「同質の楽器をもったいくつかのグループが短い連祷のような二重奏の中でくりひろげられる厳粛な儀式」と説明した、決定的な作品だ。ストラヴィンスキーにとっても、この《管楽器のための交響曲》は、「交響曲」というジャンルではなく、ロシア正教会の死者のための礼拝に基づいた、きわめて独創的な作品である。

    おすすめ録音

    エサ・ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックによるストラヴィンスキー《春の祭典》。

    「私はおそらく…《春の祭典》の楽器の細部がこれほど複雑に明らかになったのを聴いたことがない。序奏の織り成す木管は絶妙で、実に不気味にふるいにかけられている…」 - BBC Music Magazine

    「ストラヴィンスキーの衝撃的な“儀式”が、壮大な録音によって、これほどまでにオーケストラのオリジナリティを感じさせながら紹介されることは稀である」 – アップルミュージック

    ストラヴィンスキーの定盤

    ストラヴィンスキーの定盤はこちらからお求めいただくことができる。

    Written By uDiscover Team


    ■リリース情報

    エサ=ペッカ・サロネン指揮『ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》、他』
    2021年3月日発売
    CD / Apple Music / SpotifyAmazon Music



  • ストラヴィンスキーの《春の祭典》初演時の暴動

    ストラヴィンスキーの《春の祭典》初演時の暴動

    イーゴリ・ストラヴィンスキーの《春の祭典》の初演は、1913年5月29日、パリのシャンゼリゼ劇場でディアギレフ率いるバレエ・リュスによって初演された。このバレエは、有名な暴動を引き起こした。ストラヴィンスキーの前衛的な楽譜とニジンスキーの振付けに観客は激怒し、多くの人々が「まるで狂人の仕業のようだ」と考えた。

    ストラヴィンスキーの《春の祭典(Le Sacre Du Printemps)》は、エサ=ペッカ・サロネン指揮のロサンゼルス・フィルハーモニックが演奏している。


    ストラヴィンスキーの《春の祭典》初演時の暴動

    《春の祭典》初演時の暴動は、音楽や振付けの衝撃だけが理由ではなかった。当時のパリのバレエ団の観客は、美しい音楽と伝統的な演目を期待する、裕福でファッショナブルな層と、新しいものを求めるボヘミアン層の2つに分かれていた。

    指揮者のピエール・モントゥーは、この賛成派と反対派の2つのグループがお互いに攻撃を始めたことがトラブルの始まりだと考えていた。そのときのことについて、「使えるものはすべて我々の方向に投げられたが、我々は演奏を続けた」と語っている。

    「狂人の仕業……完全な不協和音だ」-プッチーニ

    バレエの第1部が終わったときには、すでに警察が到着しており、およそ40人が逮捕されていた。このような騒動の中でも、公演は中断することなく続けられた。第2部になると騒動はかなり収まり、最後には何度もカーテンコールが行われた。作曲家のプッチーニは「狂人の仕業……完全な不協和音だ」と書いている。

    ストラヴィンスキーは自伝(『私の人生の年代記』)の中で、初演時《春の祭典》の「序奏」の最初の小節を迎えたときの嘲笑的な笑い声に嫌気がさし、客席を離れて舞台袖から残りの演奏を見たと書いている。

    Stravinsky: Le Sacre du Printemps – Revised Version for Orchestra (published 1947) : Part 1:…

    ストラヴィンスキーは、ディアギレフに誘われてバレエ・リュスのための作品を書いたときまだ、無名の若手作曲家であった。《春の祭典》は、《火の鳥》(1910年)、《ペトルーシュカ》(1911年)に続く、ストラヴィンスキーのバレエ・リュスのための第3のプロジェクトであった。

    ストラヴィンスキーは《火の鳥》を作曲していた1910年には《春の祭典》のアイディアを思いついていたが、《ペトルーシュカ》を作曲するために1年間これを保留し、1911年の夏に《春の祭典》の作曲に没頭したのである。

    「《春の祭典》では、私は何のシステムにも導かれなかった」-ストラヴィンスキー

    ストラヴィンスキーがインスピレーションを得たのは、やはりロシアの民間伝承であった。春の到来を祝うさまざまな原始的な儀式の後、少女がいけにえとして選ばれ、死ぬまで踊り続けるのである。《春の祭典》の前衛的な楽譜は、音楽的にはあらゆる規則に反するものであった。

    楽譜には、調性、拍子、解決せず緊張し続ける和声、そして不協和音(通常の和声の意味をなさない音の組み合わせ)の実験など、当時としては斬新な要素が多く含まれている。冒頭でファゴットが奏するリトアニア民謡「私の妹」の旋律からすでに楽器の音域的に厳しい(高すぎる)音が意図的に使用され、音楽はまったく前例のない方法でリズム的に複雑になっている。

    さらに深いところでは、人間の感情を表現するという、多くの人にとって音楽の意味を与えているものを否定しているのだ。ストラヴィンスキーの言葉を借りれば、「《春の祭典》には、心の中を見つめる領域がない」ということになる。

    1961年、イーゴリ・ストラヴィンスキーは、「《Le Sacre Du Printemps(春の祭典)》では、何のシステムにも導かれなかった」と書いている。「私には耳だけが頼りで、聞いたことを書いた。私は《春の祭典》を通過させた器にすぎない」という。

    《春の祭典》の初演で、ニジンスキーの振付けは観客にとって本当に衝撃的だったようだ。彼らの足取りの重いステップは、伝統的で優雅なバレエとはかけ離れていた。

    初演から1年後、パリで演奏会用の作品として初演されたとき、ストラヴィンスキーはファンに肩車されて大喝采を浴びたという。《春の祭典》は舞台用に作られた作品ではあるが、コンサートホールでより大きな影響を与えたというのが、多数の解説者による意見である。

    「20世紀で最も重要な音楽」-レナード・バーンスタイン

    《春の祭典》は、1913年の初演時にはスキャンダルを引き起こしたが、現在では20世紀の最も影響力のある音楽作品のひとつとして広く知られている。伝統的な作曲法による秩序立ったハーモニーや心地よい響きを大胆に否定したモダニズムの代表作となったのだ。レナード・バーンスタインは《春の祭典》を「20世紀で最も重要な音楽」と表現している。

    『《春の祭典》は音楽の歴史を変えた……』-エサ=ペッカ・サロネン

    ストラヴィンスキーの《春の祭典》でおすすめの録音の指揮者であるエサ=ペッカ・サロネンのインタビューをぜひお聞きいただきたい。彼は、「《春の祭典》は一種のバイブルであり、私に多大な影響を与えた作品である……《春の祭典》は音楽の歴史を変えた」と語っている。

    Interview with Esa-Pekka Salonen: The Rite of Spring

     

    おすすめの録音

    ストラヴィンスキー《春の祭典》のおすすめの録音は、エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックの演奏だ。

    「《春の祭典》の複雑な楽器のディテールがこれほど明らかにされているのを聞いたことあるだろうか……序奏の木管が絶妙に、実に不気味なほど厳密に分離して響いている……」-『BBCミュージック・マガジン』

    「ストラヴィンスキーの衝撃的な《祭典》は、素晴らしい録音のおかげで、この作品のオーケストラの独創性をこれほどまでに感じさせてくれる。これほどの演奏にはそう出会えない”-アップル・ミュージック

    エサ=ペッカ・サロネン指揮、ロサンゼルス・フィルハーモニックによるストラヴィンスキーの《春の祭典》はこちらからお聴きいただくことが可能だ。

    ストラヴィンスキーの定盤

    ストラヴィンスキーの定盤はこちらからお求めいただくことができる。

    Written By uDiscover Team




  • シューベルトの聴くべき作品ベスト10:初期ロマン派の偉大な作曲家による名曲選

    シューベルトの聴くべき作品ベスト10:初期ロマン派の偉大な作曲家による名曲選

    シューベルトは初期ロマン派の最も偉大な作曲家の一人。10曲の傑作を取り上げ、最高のシューベルト作品を探求してほしい。

    リストが「最も詩的な作曲家」と評したシューベルト(1797年1月31日〜1828年11月19日)は、初期ロマン派の典型的な作曲家となった。彼は多くの作品を書き、ほとんどすべての主要なジャンルの音楽を書いており、その歌曲は100年以上にわたって他の追随を許さないスタンダードを作り上げた。彼はその短く輝かしい生涯をほとんどウィーンの街で過ごした。31歳の若さでこの世を去った彼の生涯は、さまざまな感傷的な神話に彩られている。幸せなボヘミアンというイメージが、20世紀になっても残っている。真実はもっと暗く複雑だった。生前、シューベルトは歌曲や合唱曲、短いピアノ曲で知られていた。

    1839年、ロベルト・シューマンが、当時演奏されていなかった交響曲第8番ハ長調(通称《グレイト》)の原稿を見つけたのが、シューベルトの幅広い作品を発見するきっかけとなった。1860年代には、交響曲第7番《未完成》や弦楽五重奏曲ハ長調など、管弦楽曲の傑作が初演された。ピアノ五重奏曲《ます》、八重奏曲、ピアノ三重奏曲第1番変ロ長調などの室内楽曲は魅力と親しみに満ちているが、イ短調ソナタ、《冬の旅》歌曲集、弦楽四重奏曲《死と乙女》は、作曲者の憂鬱と絶望の傾向が鮮明に表れている。シューベルトの短い生涯の中で、彼の音楽が評価されたのは、ウィーンの比較的小さなファンたちの輪に限られていた。しかし、彼の死後、作品はドイツやフランスの著名なロマン派の作曲家たちによって支持され、西洋クラシック音楽における偉大な作曲家の一人として認められるようになった。

    シューベルトのベスト作品:偉大な作曲家による10の重要な作品
    ピアノ五重奏曲 イ長調 D667《ます》

    シューベルトは、彼の最高傑作の一つである五重奏曲《ます》で、最も浮き浮きとした楽しさを味わうことができる。ピアノ四重奏にコントラバスを加えることによって、彼はリズムを鋭い弾みで支えるだけでなく、チェロにリリカルなテノール歌手の役割を与えた。後にも先にも、彼のこの功績に匹敵するものはないだろう。

    ゆったりとしたオープニングから、ピアノの絹のようなアルペジオとトリルがチェロの旋律へと受け継がれていく爽やかなディヴェルティメント、そしてセレナーデが爆発するスケルツォへと展開される。そして、きらめく水面を泳ぐ“ます”を描写する歌曲〈ます(Die Forelle)〉のメロディの変奏で、私たちをオーバーエスターライヒ州の「想像を絶するほど美しい風景」(シューベルト自身の表現)へと誘う。

    交響曲 第8番 ロ短調 D759《未完成》

    シューベルトの初期の交響曲は、さわやかで古典的で、先人の優れた作曲家たちからの影響をほのめかしている。しかし、《未完成》交響曲では、ベートーヴェンが《田園》交響曲でやり残したものを引き継ぎ、偉大なロマン派交響曲へとつながる新しい展望を切り開いているように思われる。

    完全な形で書かれているのは2つの楽章のみだが(奇妙なことにどちらも3拍子)、不思議なほど互いに補い合い、抒情的な書法で成度が高いため、コンサート・レパートリーとして不動の地位を築いている。評論家のエドゥアルド・ハンスリックはアレグロ楽章について、「水の底にある小石がすべて見えるほど透明な…甘い旋律の流れ」と評している。

    美しき水車小屋の娘 D795

    詩人ヴィルヘルム・ミュラーの詩集に付曲されたこの歌曲集は、粉ひき職人見習いの若者と水車小屋の美しい娘の恋愛を描いており、表面的には伝統的な片想いの物語である。春の陽気、小川の流れ、粉引きのリズム、若い恋人たちの鼓動が融合した、生命力あふれる美しい音楽だ。

    しかし、シューベルトはこの曲の多くを梅毒と診断されたばかりの入院中に作曲している。この粉ひき職人を目指す若者はどれほど純粋で、どれほど不安定なのだろうか。彼はどれほどの深淵に直面しているのだろうか。ピアニストのグレアム・ジョンソンは、この若者について「水車小屋の娘と強い男性的魅力を持つ狩人」によって引き裂かれたと説明している。この作品は、新鮮な素朴さから、哀れな絶望まで、無限の解釈を可能とするものである。

    弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810《死と乙女》

    シューベルトの四重奏曲は、痛々しいほど美しい《ロザムンデ》から、短く鋭い「四重奏断章」(未完)まで、すべて例外的な作品である。しかし、《死と乙女》ほど歌と室内楽の絶対的な結びつきを成し遂げた作品はないだろう。この曲は、衝撃的な開始をし、最後までそれが持続する。

    マティアス・クラウディウスの詩による歌曲〈死と乙女(Der Tod Und das Mädchen)〉の中の、「心穏やかになさい!私の腕の中で安らかに眠るのだ」という、凍りつくような歌詞に基づく悲痛な変奏曲だ。音楽は葬列を思わせる鋭い一音に固執しており、そこから動くことはほとんどない。悪魔のようなスケルツォの後にやってくる、死神が不気味なギャロップのリズムで去っていく終楽章は、シューベルトの最高傑作の一つである。

    4つの即興曲 Op.90, D899、4つの即興曲 Op.142, D935

    これらの楽しいピアノ曲は、シューベルトとの最初の出会いにふさわしいものだ。完璧な配置で、特徴的な性格の楽曲が対照的に並んでいるため、これらは天才の純粋な音楽があふれ出したもののように見える。最初の旋律的なハ短調の憂鬱な行進曲から、変ホ長調の魅力的な無窮動、そして変イ長調のアレグレットを爆発的な怒りのアレグロ・スケルツァンドへと駆り立てる慰めの讃歌であるヘ短調の陰鬱な舞曲(D935)まで、各作品は、一見自由奔放にテーマが展開しているように見えるが、熟練した技が隠されている。

    交響曲 第9番 D944《グレイト》

    シューベルトが《未完成》交響曲で新境地を開拓したとすれば、演奏時間に1時間近く要する《グレイト》は、持続的なパワーを持つ大規模な交響曲である。1839年、兄のフェルディナント・シューベルトがこの曲をシューマンに託し、シューマンはすぐにライプツィヒに持ち帰り、メンデルスゾーンが初演を行ったという、信じられないようなエピソードが残っている。

    しかし、それでも、楽曲の容赦ない要求を演奏家が受け入れるには、何年もの時間を要した。ブラームスの後期作品を思わせるホルンの響きと広がりのあるコラールで始まり、ブルックナーの作品のように力強く終わるこの壮大な作品は、シューベルトが偉大な交響曲家の一人であることを証明するものである。

    弦楽五重奏曲 ハ長調 D956

    この五重奏曲は、他のどの室内楽作品よりも「デザート・アイランド・ディスク(無人島に持っていくべき一枚)」で取り上げられた。おそらく、人間であることの意味を凝縮したような作品だからだろう。シューベルトの晩年に書かれたこの曲は、まるで最初からそこにあったかのように、天から与えられたかのように、自然と入ってくる。

    チェロの二重旋律の輝きが広がるやいなや、影が落ちてくる。ハ長調でこれほどまでに苦悩を表現した曲はこれ以前にあっただろうか?生と死の間を行き来するような重厚な緩徐楽章では、時間はほとんど止まっている。躍動的なスケルツォは希望を与え、野蛮な舞曲風のフィナーレは明るい幸福をもたらすが、シューベルトは最後の小節でもう一度ナイフを突き刺してくる。

    ピアノ三重奏曲 第2番 変ホ長調 Op.100, D929

    強烈に美しい緩徐楽章、ベートーヴェンの作品のような壮大さと重厚さを感じさせ、シューベルトの最も愛されている室内楽作品の一つとなっている。曲は切ない歌のような問いかけが長調の応答によって変容していく、壮大な「アンダンテ」で幕を開ける。緩徐楽章では、有名なスウェーデンの民謡「ほら、太陽が沈んでいく」が、催眠的な反復和音にのって聴こえてくる。

    スタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』、『クリムゾン・タイド』、『ピアニスト』など、多くの映画で感動的に使われている。軽快な装飾が施されたフィナーレは、ほとんどコミカルといえるほど「正統派」の風格のある舞曲風のロンドに見えるが、唐突な名人芸の爆発によって中断される。そしてスウェーデン民謡の旋律が、まるで無垢な記憶に窓を開けるかのように回帰してくる。

    ピアノソナタ 第21番 変ロ長調 D960

    シューベルトは最後のピアノ・ソナタが演奏されるのを聴けるほど長生きしなかったが、この天空の瞑想曲は30歳の若さで、自分がどれほど死と隣り合わせにいるのか(腸チフスや梅毒の影響による)知らずに書いたことを、私たちは忘れてはならないだろう。これらの晩年の作品の「天国的な長さ」は構成上の弱点ではなく、むしろそれらの作品の重要性を高める役割を果たしていることを認識したのはシューマンであった。

    官能的で叙情的な3つの主題を静かに織り交ぜた内省的な第1楽章で始まり、強烈な緩徐楽章がこのソナタの核となっている。ウィットに富んだバレエ的なスケルツォがその呪縛を解き放ち、ハンガリーの香りを漂わせながら、力強く踊るようなロンド・フィナーレとなる。

    冬の旅 D911

    シューベルトは死の床で、並外れた歌曲集である《冬の旅》の校正を行っていた。そして、これはなんという旅なのだろう。詩人ミュラーが《冬の旅》で描く“さすらい人”は社会から疎外された現代人であり、氷のような孤立に閉じ込められ、愛の記憶に苦しめられている。彼の前には死か理性の喪失しかない。

    シューベルトの友人ヨーゼフ・フォン・シュパウンは、シューベルトがこの曲を聴かせたときのことをこう回想している。「背筋が凍るような歌の数々を君たちに歌うよ…これらは他の歌曲にない大きな影響を僕に与えてくれたんだ」と。〈菩提樹〉の穏やかな懐かしさ、〈春の夢〉の悲痛さ、催眠的で痛ましい〈辻音楽師〉などが収められたこの歌曲集が、シューベルトの最高傑作であることは間違いない。

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  • ラフマニノフの聴くべき作品ベスト10:ロシアの伝説的な作曲家・ピアニストによる名曲選

    ラフマニノフの聴くべき作品ベスト10:ロシアの伝説的な作曲家・ピアニストによる名曲選

    セルゲイ・ラフマニノフは、ロシアの伝説的な作曲家・ピアニストである。「ピアノ協奏曲第2番」を含むラフマニノフのベスト作品をご紹介する。

    セルゲイ・ラフマニノフ(1873年4月1日-1943年3月28日)は、ロシアの伝説的なロマン派の作曲家、ピアニスト、指揮者である。ラフマニノフの音楽は、壮大なメロディ、名人芸的なピアニズム、明晰なオーケストレーションが特徴である。モスクワで学んだ彼は、まずコンサート・ピアニストとして活躍したが、若くして作曲家としても天才的な才能を発揮し、10代のうちに作曲した嬰ハ短調の前奏曲や1幕オペラ《アレコ》で、師であるチャイコフスキーを圧倒した。

    ショパンとリストからの強い影響は明らかだが、彼の作品のほとんどはチャイコフスキーに似た後期ロマン派のスタイルである。彼の主要作品には、4つのピアノ協奏曲、3つの交響曲、2つのピアノ・ソナタ、3つのオペラ、合唱交響曲、晩課、パガニーニの主題による狂詩曲、41の前奏曲とエチュード、交響的舞曲と多くの歌が含まれる。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、ピアノ・レパートリーの中でも最も優れた作品の一つとなっている。

    ラフマニノフのベスト作品:偉大な作曲家による10の重要な作品
    ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18

    交響曲第1番の初演が失敗に終わった後、ラフマニノフは約3年間、ほとんど何も作曲しなかった。やがて彼は催眠療法士ニコライ・ダーリに助けを求める。ラフマニノフのカムバック作品となったピアノ協奏曲第2番は、ダーリに捧げられた。ピアノのレパートリーの中で最も偉大な作品の一つとなったこの協奏曲は、ピアノの和音が徐々に強く奏でられながら始まり、その後、ヴァイオリンとヴィオラがゆっくりと美しいメロディを奏でる。

    最も静謐な緩徐楽章(映画『逢びき』で有名になった)ではピアニストと木管楽器のソリストがメロディを担当している。フィナーレは花火を思わせる非常に技巧的な音型で始まるが、この楽章でラフマニノフはすぐに別の有名な大ヒットにつながる部分を作っている。このメロディーを基にして、フランク・シナトラやサラ・ヴォーン、ボブ・ディランなどが録音した「Full Moon and Empty Arms」という曲が生まれ、ヒットチャートにランクインしている。

     チェロとピアノのためのソナタ ト短調 Op.19

    前作であるピアノ協奏曲第2番(Op.18)の成功後、ラフマニノフは創作活動に没頭した。この素晴らしいチェロ・ソナタは、ピアノ協奏曲第2番が自信を持って初演された直後に登場したもので、その幻想的な「アンダンテ」は、前作の「アダージョ」に似ているところがある。しかし、このソナタでは、音楽は安らかではなく、希望と絶望の間で微妙に揺れ動いているように感じられる。

    ラフマニノフは、友人である(ラフマニノフの挙式では新郎付き添い役も務めた)アナトーリー・ブランドゥコーフのためにチェロ・パートを作曲した。チェロはほとんど始めから終わりまで激しいメロディで書かれ、このソナタの長大な第1楽章は、歌心のあるチェリストにとっての贈り物のような作品だ。しかし、ピアノ・パートは悪魔のように難しい。どんなチェリストでもこの作品を取り上げる時は才能ある伴奏者を見つける必要があると考えるだろう。

    10の前奏曲 Op.23

    ラフマニノフは、それぞれの長調と短調のために24曲から成るピアノの前奏曲を作曲した。有名な嬰ハ短調の前奏曲は1892年に最初に発表され、11年後にはOp.23の全曲が、そして1910年には最後の13の前奏曲が発表された。

    Op.23の10曲から成る前奏曲は曲の雰囲気の幅が広い。神秘的な開始と、ショパンを思わせる憧れに満ちた第4番に加えて、豪快な第2番、繊細な指さばきが要求される真剣勝負の第7番などがある。

    第9番の強迫観念的な旋律の後、第10番の最後の前奏曲で穏やかに幕を閉じる。最もよく知られているのは第5番で、アンコールとしても人気がある。この前奏曲の外側のセクションは初めに聴かれる活発なマーチのリズムに支配されている。対照的な中央のセクションは再びピアノ協奏曲第2番のような大きな曲を思い出させる。

    交響曲 第2番 ホ短調 Op.27

    ラフマニノフの交響曲第2番の初演は、交響曲第1番の大失敗の舞台となったサンクトペテルブルクで行われた。しかし今度の場合は、交響曲第1番のときのように酔っ払ったグラズノフではなく、ラフマニノフが指揮台に立ったことで計画通りに事が運び、彼の最高傑作の一つであるこの交響曲は、聴衆の人気を集めることになった。

    この曲のハイライトは運動性の高い「スケルツォ」で、中央のフガートでは弦楽器が必死にお互いの尻尾を追いかけるような目まぐるしい展開がある。緩徐楽章は宝石のようであり、オーケストラのレパートリーの中でも最も素晴らしい(そして最も長い)クラリネット・ソロが登場する。フィナーレはすぐにカーニバルの雰囲気を確立するが、いつものように、ラフマニノフは別の叙情的なテーマのためにテンポを落とすことも楽しんでいる。

    死の島 Op.29

    死の島は、ギリシャ神話に登場する死者の渡し守であるカロンが棺を漕いで不気味な島に渡っていく様子を描いたアルノルト・ベックリンの油彩画から着想を得ている。このラフマニノフの交響詩は、カロンのオールが水を引く様子を表しているのか、8分の5拍子による音型が繰り返されて開始する。

    その上には、「怒りの日(Dies Irae)」の定旋律の断片が聞こえてくる。この不吉な「怒りの日」のテーマはカトリックのレクイエム(死者のためのミサ)に伝統的に含まれているもので、ラフマニノフの音楽でよく使われている。冒頭部分は明らかに死をテーマにしているが、ラフマニノフは、より自由な中間部分は生の考察だと主張している。「生」の音楽は着実に苦しみを増し(ここで聴き手自身の物語を作り上げていく)、「怒りの日」が戻ってくる前に渡し守は仕事を終えて去っていく。

    ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 Op.30

    ラフマニノフがアメリカでの公演のために書いた協奏曲で、船で横断している間、音の出ない鍵盤を使ってピアノ・パートの練習を仕上げたといわれている。このピアノ協奏曲第3番は、第2番と同じ作曲家の作品であることは明らかだが、より長く、より激しく、演奏するのはさらに困難なものである。

    冒頭のピアノの旋律はある程度ゆったりとしているが、いつの間にか火花が散り始める。第1楽章の後半には、非常に複雑なカデンツァが用意されている(ラフマニノフは2つのヴァージョンを用意した)。緩徐楽章は、第2番の協奏曲の緩徐楽章よりもはるかに暗い。この曲では、何度かピアノによる怒りの爆発があり、最後には悪魔のように速いワルツが登場する。フィナーレは理不尽なほど難しく、これを正当なものにするには、ラフマニノフやアルゲリッチでないと無理なのではというほどの難易度である。

    ヴォカリーズ Op.34, No.14

    ラフマニノフの作品34は、声楽とピアノのための14の歌曲で構成されており、第1番から第13番までは、ロシアの著名な詩人たちのテキストが採用されている。一方で、《ヴォカリーズ》は、言葉を使わず、演奏者が同じ母音をずっと歌い続ける。ラフマニノフの最高傑作の一つである、この言葉のない歌は、数え切れないほどの作曲家や演奏家の注目を集め、ヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリンから「ガンズ・アンド・ローゼズ」のスラッシュのエレクトリック・ギターまで、考えられるほぼすべての楽器のために編曲されてきた。

    その中でも特に有名なのが、作曲家自身による編曲である。ラフマニノフによるオーケストラ編曲では、このメロディはほとんどがヴァイオリンで演奏されており、終盤ではクラリネットが代わりに演奏し、ヴァイオリンは高らかに新しいメロディーを奏でる。

    鐘 Op.35

    ラフマニノフの優れた合唱交響曲は、エドガー・アラン・ポーの詩をロシア風にアレンジしたものである。この詩は4つのセクションに分かれており、それぞれ誕生、結婚、恐怖、死に焦点を当てている。また、これらの人生経験は、銀、金、真鍮、鉄といった鐘の種類と関連しているのだ。

    第1楽章では、ラフマニノフは高速でそりを走らせ、若さの輝きを描く。ゆったりとした第2楽章(甘美な結婚式の鐘)では、ソプラノのソロが幸せなカップルの平和な未来を予言する。この雰囲気を一掃するのが、ラフマニノフが合唱団を限界まで追い込んだ、容赦ない恐怖を描写する第3楽章である。第4楽章は、死についての瞑想である。弦楽器が上行音型を奏で、長和音が穏やかに配置されているため、基となったポーの詩よりも救いのある終わり方をしている。

    徹夜祷 Op.37

    ロシア正教の徹夜祭を題材にしたこの曲は、無伴奏合唱とテノールとアルトのソリストのために作曲されている。ラフマニノフは15楽章のうち9つの楽章で、伝統的な正教会のシンプルな単旋律の聖歌を使用した。しかし、その豊かなハーモニーは、すべて作曲者自身のものである。彼は合唱のために非常に自由な作曲をした。ある部分では彼は合唱パートを最大11パートに分け、ある部分では、歌ではなくハミングを要求したりもしている。

    この楽譜の特別な美しさを知るには、ラフマニノフが自分の葬儀で演奏されることを望んだ第5楽章を聴いてほしい。この楽章では、合唱が歌う完璧に選ばれたハーモニーの上で、テノールのソリストがウクライナの聖歌をベースにした魅惑的なメロディを歌う。最後の2、3小節では、バス・パートが信じられないほど低い変ロ音まで下がるのが有名だ。ラフマニノフの周りには優秀な歌手がいたのだろう。

    パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43

    パガニーニのヴァイオリン曲《24の奇想曲》の最後の曲は、ブラームス、リスト、ルトスワフスキ、シマノフスキなど多くの作曲家や、ベニー・グッドマン、アンドリュー・ロイド=ウェバーなどの音楽の基礎となっている。ラフマニノフが仲間の作曲家・演奏家に捧げた作品は、ピアノとオーケストラのための変奏曲で、ラフマニノフの最高傑作の一つだ。

    全部で24の変奏があるが、数えてみると、第1変奏が主題の前にあることに気がつく。この作品も「怒りの日」が大きな役割を果たしている。第7変奏ではピアニストが聖歌を奏でるが、その間オーケストラはパガニーニの音楽を継続する。作品の中心にあるのは、テーマのゆっくりとした反行形(上下を反対にしている)に基づいた、壮大な第18変奏である。最後の6つの変奏は、ピアニスト、オーケストラ、そして聴衆にとってスリリングなものとなっている。

    おすすめの録音

    『ラフマニノフ:終着点 – 出発点(Destination Rachmaninov: Departure)』
    ダニール・トリフォノフ演奏による、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と第4番が収録されている。本ディスクは「BBCミュージック・マガジン・アワード2019」でコンチェルト賞を受賞した。

    「トリフォノフはおそらく過去30年間に国際的に登場した最もエキサイティングなピアニストであり、今日ではラフマニノフの解釈者として比類のない存在である…これは今年の優れたリリースの一つだ」 – アンドリュー・クレメンツ、『ガーディアン』誌

    ダニール・トリフォノフが演奏する『ラフマニノフ:終着点 – 出発点(Destination Rachmaninov: Departure)』はこちらで購入可能だ。

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    ■リリース情報

    2018年10月13日発売
    ダニール・トリフォノフ『ラフマニノフ:終着点 – 出発点』
    CD /Amazon Music /Apple Music / Spotify



  • ドビュッシー作品ベスト:偉大な作曲家による10の重要な作品

    ドビュッシー作品ベスト:偉大な作曲家による10の重要な作品

    クロード・ドビュッシー(1862年8月22日~1918年3月25日)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて最も影響力のある作曲家の一人で、印象派音楽の創始者とされている。

    ドビュッシーは、パリ音楽院の学務長からどのような規則に基づいて作曲したかと問われた際、「私の喜びです!(Mon plaisir!)」と無邪気に答えている。ドビュッシーは、形式や展開が論理的に厳密なドイツ音楽の影響を受けていたことに反発し、色や感覚、儚い雰囲気、自由な形式など、フランスらしく、そして自分らしい新たな音楽を求めていた。

    彼は非常に独創的なハーモニーと音楽構造のシステムを開発し、彼の後期の作品は印象派の画家、特にモネと共通する特徴があると認識されていた。彼の主な作品には、〈月の光〉(《ベルガマスク》組曲第3曲、1890-1905年作曲)、《牧神の午後への前奏曲》、歌劇《ペレアスとメリザンド》(1902年作曲)、交響詩《海》などがある。

    ドビュッシー作品ベスト:偉大な作曲家による10の重要な作品
    2つのアラベスク(1888/1891年)

    ドビュッシーのピアノのための《2つのアラベスク》は、初期の作品でありながら、彼の発展的な音楽様式を示唆している。2曲からなるこの楽曲は、フランスの視覚芸術に倣った初期の印象派音楽の一つであり、音楽によって視覚的なイメージを喚起している。

    ベルガマスク組曲(1890年、1905年改訂)

    《ベルガマスク》組曲は、〈プレリュード〉〈メヌエット〉〈月の光〉〈パスピエ〉の4楽章からなるピアノ組曲。フランスの詩人ポール・ヴェルレーヌの詩をモティーフにした穏やかな音楽で、特にドビュッシーの最も愛されているピアノ曲〈月の光〉では、彼の後期作品の書法、霞がかった印象的なテクスチャーを先取りしている。

    弦楽四重奏曲 ト短調(1893年)

    ドビュッシーの初期の代表作である弦楽四重奏曲ト短調は、魅力的なメロディと爽快なリズムの組み合わせで、翌年の《牧神の午後への前奏曲》へとつながるものである。ドビュッシーは、さまざまな新しいテクスチャーや音色の効果を用いて、弦楽四重奏のサウンドを拡張している。異国情緒を感じさせる音階、型にはまらない和音に和声進行、転調など、当時としてはユニークなメロディとハーモニーが特徴的である。

    牧神の午後への前奏曲(1894年)

    現代音楽の時代は、1894年、ある1つの作品から始まったと言われている。それがドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》だ。マラルメの詩をもとにしたこの曲は、「昼下がりの暑さの中で、牧神の憧れや欲望が次々と現れる場面」を連想させるものだとドビュッシーは考えた。

    彼は、伝統的な調と調性のシステムを限界まで拡張した。ドビュッシーの最高傑作の一つであるこの前奏曲は、音楽史上最も人気のある音楽の一つであり、レナード・バーンスタインやブーレーズを含む多くの作曲家に影響を与えた。

    ペレアスとメリザンド(1902年)

    《ペレアスとメリザンド》は、ドビュッシーが唯一完成させたオペラであり、20世紀音楽の記念碑的存在となっている。フランス語の台本は、モーリス・メーテルリンクの象徴主義的な戯曲『ペレアスとメリザンド』から引用されている。

    ドビュッシーはメーテルリンクの象徴主義を驚くほど独創的な音楽で表現しているが、全ての歌手や他の部分を識別するためにモティーフを使用して表現している点はかなりワーグナー的でもある。

    交響詩《海》(1905年)

    交響詩《海》は、ドビュッシーのコンサート作品の中でも最も人気があり、広く演奏されている。オーケストラのための3楽章の「交響的素描」は、水の上の光の戯れや自然界における海の位置を音楽的な音に変換するという、ドビュッシーのほとんど超人的な能力を捉えている。この作品は標題音楽のような性格で印象派音楽の先駆けとなった。

    映像(1905-1907年)

    《映像》第1・2集は、ドビュッシーのテクスチャーのこだわりと洗練性を進化させたもので、特に第1集の第1曲〈水の反映(Reflets Dans L’Eau)〉が有名である。《映像》第2集には、宗教的な祭りの期間、村から村へと運ばれる弔いの鐘の音に着想を得た〈葉ずえを渡る鐘〉が収録されている。

    子供の領分(1908年)

    〈ゴリウォーグのケークウォーク〉など、子供の頃の情景を思い起こさせる6つの楽章で構成された魅惑的な組曲で、「私の愛しいシュシュに、次に続く曲についての父からの優しい謝罪を添えて」という献辞と共に、彼の溺愛した娘クロード=エマ(相性シュシュ)に捧げられている。

    前奏曲集(1910-1913年)

    ピアノ独奏のための《12の前奏曲》の第1巻は、斬新な効果と独創的なテクスチャーの相互作用が特徴で、各曲の終わりに個々のタイトルが付けられている。第2巻では、第1巻でも見られるモダン・ピアノの探求が続けられており、特に〈霧(Brouillards)〉では、複調の(一つの曲の中で異なった調が同時に演奏されること)響きが垣間見られる。

    遊戯(1913年)

    ドビュッシーが「舞踏詩」と表現した《遊戯》は、ストラヴィンスキーの《春の祭典》の2週間前、1913年にパリで初演された。夕暮れにテニスをしているときにボールを失くした2人の少女と1人の少年が、月明かりの下でかくれんぼをしながらボールを探すという、忘れがたいバレエ作品である。《遊戯》は、ドビュッシーが1918年に亡くなる前に完成させた最後の管弦楽作品であり、彼の最高傑作となっている。

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  • ラヴェル名曲集:偉大な作曲家による重要な10作品

    ラヴェル名曲集:偉大な作曲家による重要な10作品

    《ボレロ》《ダフニスとクロエ》《亡き王女のためのパヴァーヌ》などを含む、10曲の重要な作品を紹介する。

    モーリス・ラヴェル(1875年3月7日-1937年12月28日)は、印象派の作曲家の重要な一人だが、ドビュッシーと同じく、彼はそう呼ばれることを拒否した。ラヴェルの最も有名な作品には、《ボレロ》《ダフニスとクロエ》《亡き王女のためのパヴァーヌ》などがある。

    ラヴェルの創作は細心の注意を払い、精巧に行われていることで知られ、オーケストレーションの達人であった。ラヴェルの母親はバスクの血筋で、これがラヴェルの生涯にわたり持ち続けたスペイン音楽への興味の要因となっている。父親はスイスの発明家・エンジニアであり、これがラヴェルの創作における精度の高さと職人的な取り組みの源になっているのだろう。

    彼は1889年に14歳でパリ音楽院に入学し、1897年に再びガブリエル・フォーレに作曲を師事した。この間に、《亡き王女のためのパヴァーヌ》、ピアノのためのソナチネ、弦楽四重奏曲といった彼の代表的な作品を作曲している。

    ラヴェルがパリ音楽院で開催されていた、作曲家の登竜門「ローマ賞」を受賞できなかったことはスキャンダルを巻き起こした。1909年から1912年にかけて、ラヴェルはセルゲイ・ディアギレフと「バレエ・リュス」のために《ダフニスとクロエ》を作曲し、これは彼の代表作として広く知られている。

    またラヴェルは他の作曲家の作品のオーケストラ編曲も行っており、その中でも1922年に行ったムソルグスキーの《展覧会の絵》の編曲がもっとも有名である。ラヴェルの作品には、モダニズム、バロック、新古典主義、ジャズの要素が取り入れられている。彼はかつて、「私の恋愛は、音楽とだけであった」と述べている。

    ラヴェル名曲集:偉大な作曲家による重要な10作品

    ボレロ

    《ボレロ》はラヴェルの最も有名な作品であり、20世紀で最も頻繁に演奏された作品の一つである。ダドリー・ムーアとボー・デレク主演の映画『10(テン)』をはじめ、多くの映画で取り上げられ、1984年のサラエボ冬季オリンピックでは、イギリスのアイス・ダンサー、ジェーン・トーヴィルとクリストファー・ディーンが金メダルを獲得した際に、《ボレロ》にのせて特別なプログラムを披露している。

    ダフニスとクロエ

    1909年から1912年にかけて、ラヴェルはバレエ界の巨匠、セルゲイ・ディアギレフと「バレエ・リュス」のために《ダフニスとクロエ》を作曲した。このバレエはラヴェルの作品の中でも最も情熱的な音楽といえるもののいくつかを含んでおり、印象派ならではの絢爛豪華なハーモニーを特徴としている。ストラヴィンスキーは《ダフニスとクロエ》を「ラヴェルの最高傑作であるだけでなく、フランス音楽の中で最も美しい作品の一つ」と評した。

    亡き王女のためのパヴァーヌ

    ラヴェルは、パリ音楽院でガブリエル・フォーレのもとで作曲を学んでいた1899年に、《亡き王女のためのパヴァーヌ》のピアノ独奏版を作曲した。このパヴァーヌはラヴェルの最高傑作の一つであり、1910年には管弦楽編曲が行われている。ラヴェルはこの作品を「昔、スペインの宮廷で小さなお姫様が踊っていたであろうパヴァーヌを想起させる」と述べている。

    Ravel: Pavane pour une infante défunte, M. 19a

    ラ・ヴァルス

    ラヴェルのウィンナ・ワルツへの愛は、ヨハン・シュトラウス2世へのオマージュとして作られた《ラ・ヴァルス》に現れている。《ラ・ヴァルス》はノスタルジックでありながら不吉な雰囲気を醸し出しており、最初のエレガントなワルツが徐々に歪み、爆発的な結末を迎える。ラヴェルは、このスコアの冒頭に「舞踏詩……ウィンナ・ワルツへの賛歌……幻想的で運命的な、群衆たちの狂った渦」という標題を寄せている。

    スペイン狂詩曲

    《スペイン狂詩曲》は、ラヴェルがオーケストラのために作曲した最初の作品である。この作品は作曲家に流れるスペインの血や母の歌っていた民謡など、スペインの伝統に大きく影響を受けたもので、スペインを舞台に、あるいはスペインを反映した作品の一つである。

    一見スペインの音楽と思ってしまうほどの作品を書いたラヴェルの卓越した能力は、スペインの作曲家、マヌエル・デ・ファリャから称賛を受けた。

    Ravel: Rapsodie espagnole, M.54 – 1. Prélude à la nuit

    夜のガスパール

    ラヴェルの《夜のガスパール》は、悪夢のようであり、幻覚や幻想に満ちたアロイジウス・ベルトランの詩集に影響を受けて書かれた、ピアノのための超絶技巧作品である。3つの楽章は、ベルトランの詩を魅惑的に現わしている。第1曲〈オンディーヌ〉は滝のように流れる水、第2曲〈絞首台〉は吊るし首の縄の穏やかな揺れ、第3曲〈スカルボ〉では駆け回る幽霊のような小鬼が描写されている。

    ピアノ協奏曲ト長調

    「ピアノ協奏曲ト長調」は、陽気なジャズの影響を受けた第1、第3楽章と、モーツァルトの影響を受けた夢のようなアダージョの中間楽章から成る、抑えきれないほどの高揚感と楽観性を持った作品である。ラヴェルは、「ジャズの最も魅力的な部分は、その豊かで気をそそるリズムである。

    ジャズは現代の作曲家にとって非常に豊かで活力に満ちたインスピレーションの源であり、私はアメリカ人の中でジャズの影響を受けている人が非常に少ないことに驚いている」と述べている。

    《鏡》は、太陽の光が降り注ぐような華麗な技巧による〈道化師の朝の歌〉や、悲しげに泣く鳥たちや鐘の音が詳細に描写された〈悲しい鳥たち〉に〈鐘の谷〉などから成る、ピアノ独奏のために書かれた5楽章の組曲である。各楽章は、フランスの音楽家や詩人たちによる前衛芸術家グループ「アパッシュ(芸術的ごろつき)」の仲間に捧げられている。

    クープランの墓

    1914年から1917年にかけて作曲されたラヴェルの《クープランの墓》は、フランスのバロック時代の作曲家、フランソワ・クープランと、18世紀フランスに書かれていた鍵盤楽器のための組曲の豊かな伝統に敬意を表している。各楽章は、第一次世界大戦で戦死したラヴェルの友人たちの思い出に捧げられている。まずピアノ独奏のために6楽章の組曲が書かれ、1919年にはラヴェルがそのうち4楽章を管弦楽のために編曲している。

    水の戯れ

    《水の戯れ》は、ラヴェルにとっての英雄の一人であるフランツ・リストのヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしてのスタイルに影響を受けた、ピアノ独奏のための作品である。タイトルは「噴水」、「水の遊び」、文字通り「水遊び」と訳されることが多い。噴水、滝、小川などの水の音は、ラヴェルに着想を与え、印象派の作品の中でも特に人気の作品となった。ラヴェルは、ガブリエル・フォーレに師事していた時に《水の戯れ》を作曲し、この曲を師に捧げている。

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  • リストの聴くべき作品ベスト10:ロマン派、“ピアノの魔術師”が生み出した名曲選

    リストの聴くべき作品ベスト10:ロマン派、“ピアノの魔術師”が生み出した名曲選

    “ピアノの魔術師”と称された作曲家、リストが残した最高の傑作10選

    フランツ・リスト(Franz Liszt、1811年10月22日 – 1886年7月31日)は、ハンガリーのヴィルトゥオーソ・ピアニストであり、ロマン派で最も重要な作曲家の一人である。

    彼の超絶技巧が用いられたピアノ曲は、ピアノのレパートリーの中でも最も技術的に挑戦的な作品として知られている。リストは、フレデリック・ショパン、エクトル・ベルリオーズ、カミーユ・サン=サーンス、リヒャルト・ワーグナーなど、同時代の多くの重要な作曲家と親交があった。

    しかし、リストに最も決定的な影響を与えたのは、ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニストのニコロ・パガニーニであった。パガニーニの演奏は、これまで想像もしなかったような困難を乗り越えてピアノ演奏のテクニックに新たな輝きと響きを獲得するよう促し、リストを当時の最高のピアニストにした。

    リストは、ベートーヴェン、ベルリオーズ、モーツァルト、ワーグナーなどの作曲家の交響曲、オペラ、大規模なオーケストラ作品の見事なピアノ・トランスクリプションを行った。また、交響詩を含む管弦楽曲も作曲・演奏している。練習曲にハンガリー狂詩曲、メフィスト・ワルツなどのピアノ作品は、技術と表現力が要求される華麗なショーピースとして知られ、ピアノ・ソナタ ロ短調 (1853) は、一般的にリストの最高傑作と認められており、交響詩にも顕著な主題変容の技法の模範となっている。

    リストが残した名曲の数々の中から最高傑作10作品をピックアップしてご紹介したい。


    Transcendental Études, Nos 1-12
    超絶技巧練習曲集 第1-12番

    《超絶技巧練習曲集》は、現代のピアノ(とピアニスト!)の限界を超えた挑戦を求める、変化に富み、技術的にも困難な12の曲集だ。

    幅広いタイプの曲が収められ、様々な名人芸的なテクニックの習得を必要とする。《超絶技巧練習曲集》の最終稿である第3稿は1852年に出版され、リストのピアノの師であり、多くの練習曲を作曲したカール・ツェルニーに捧げられた。

    Liszt: 12 Études d'exécution transcendante, S. 139: No. 4 Mazeppa (Presto)

    Hungarian Rhapsodies Nos 1-19
    ハンガリー狂詩曲第1~19番

    《ハンガリー狂詩曲》は、ハンガリーの民族的なテーマに基づいた19曲から成るピアノ曲集で、その難易度の高さで知られている。作曲者自身によるオーケストラ、ピアノ二重奏、ピアノ三重奏のための編曲版もある。

    リストは、彼の出身地である西ハンガリーで耳にした多くの旋律を取り入れているが、これは実際にはハンガリーの上位中産階級の人々が書いた曲であり、ロマ(ジプシー)のバンドが演奏していたものも多く含まれている。この曲にリストは、ツィンバロンの響きやシンコペーションのリズムなど、ロマのバンドサウンドに特有の効果を多く取り入れている。

    Liszt: Hungarian Rhapsody No. 6 in D-Flat Major, S. 244/6

    Hungarian Rhapsodies Nos 1-6
    ハンガリー狂詩曲第1~6番

    《ハンガリー狂詩曲》第1番から第6番は、リストの最も外向的でポピュラーなオーケストラ作品の一つである。ハンガリーの民族的なテーマに基づいた狂詩曲は、ピアノ曲を原曲としており、演奏の難しさで知られている。

    《ハンガリー狂詩曲》第2番嬰ハ短調は、この曲集の中で最も有名な作品だ。オリジナルのピアノ独奏版と管弦楽編曲版ともに、アニメにも良く使われており、そのテーマはいくつかのポピュラー・ソングのベースにもなっている。

    Liszt: Hungarian Rhapsody No. 2, S. 244/2 (Orch. Müller-Berghaus in C Minor)

    La Lugubre Gondola
    悲しみのゴンドラ

    《悲しみのゴンドラ》は、リストの晩年の最高傑作の一つである。この深く内省的な作品は、リストが1882年にヴェネツィアでワーグナーの死を予感していたときに、ヴェネツィアの 潟湖に浮かぶ葬送用ゴンドラの印象的な映像からインスピレーションを得たものである。

    リストの敬愛する義理の息子であったワーグナーは、リストがこの作品を作曲してから2ヵ月も経たない1883年2月に、まさにそのような葬列の中で最期の安息の地へと運ばれていった。

    Liszt: La lugubre gondola II, S. 200 No. 2

    Mephisto Waltz No. 1
    メフィスト・ワルツ第1番

    《メフィスト・ワルツ》第1番は、リストが作曲した4つの《メフィスト・ワルツ》の中で最も人気のある曲である。このワルツは、ドイツのファウスト伝説に登場する悪魔、メフィストにちなんで名づけられた。

    リストの名人芸的な音楽のスタイルは、これらの作品に見事に反映されており、彼の悪魔や標題音楽に対する強い興味が反映されている。

    Liszt: Mephisto Waltz No. 1, S. 514

    Piano Sonata In B Minor
    ピアノ・ソナタ ロ短調

    ピアノ・ソナタ ロ短調は、一般的にリストの傑作と認められており、彼の重要な技法である「主題変容」の模範となっている。

    この壮大な単一楽章のピアノ独奏のためのソナタは、音楽的にも技術的にも演奏者に最大限の力を要求するものであり、リストの最高傑作の一つである。リストは、シューマンがリストに「幻想曲ハ長調 作品17」を献呈したことへの返礼として、このソナタをロベルト・シューマンに献呈した。

    Liszt: Piano Sonata in B Minor, S. 178: I. Lento assai – Allegro energico

    A Faust Symphony
    ファウスト交響曲

    《ファウスト交響曲—3つの人物描写による》は、ゲーテの戯曲『ファウスト』に触発されて作曲された。リストはファウストの物語を追うのではなく、3人の主人公(ファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレス)の肖像を音楽で描いている。

    彼は、音楽的なアイデアを様々な変化を経て発展させていく「主題変容」という音楽技法を生み出した。エクトル・ベルリオーズは、リストに捧げた《ファウストの劫罰》を作曲したばかりで、リストはその恩返しとして、この交響曲をベルリオーズに捧げている。

    Liszt: A Faust Symphony, S. 108: I. Faust

    Piano Concerto No. 1
    ピアノ協奏曲第1番

    フランツ・リストは26年の歳月をかけて、このピアノ協奏曲第1番変ホ長調を作曲した。彼は1830年、19歳の時に最初のピアノ協奏曲の主要主題を書いている。冒頭の力強いモチーフは、後続のすべての主題から派生した、本質的な要素を含んでいる。この協奏曲は4楽章で構成されているが、単一楽章のように連続して演奏される。

    Liszt: Piano Concerto No. 1 in E-Flat Major, S. 124: I. Allegro maestoso

    Piano Concerto No. 2
    ピアノ協奏曲第2番

    リストのピアノ協奏曲第2番イ長調は単一楽章で書かれており、6つの部分から成る。音楽学者の中には、ピアノによる交響詩のようだと考える者もいる。ピアノ協奏曲第1番と同様に、この協奏曲の全体は、冒頭の旋律に由来しており、この旋律は作品全体で変化している。

    Liszt: Piano Concerto No. 2 in A, S.125 – I. Adagio sostenuto assai

    Totentanz
    死の舞踏

    1832年にパリでコレラが流行した時の悲惨な光景をきっかけに、リストはグレゴリオ聖歌の旋律「怒りの日(Dies Irae)」を多くの作品で使用した。この曲はグレゴリオ聖歌の素材に基づいているため、リストの《死の舞踏》には中世的な響きを持つ模倣対位法が含まれているが、アレンジの最も革新的な点は、非常に現代的で打楽器的な響きのピアノ・パートにある。

    Liszt: Totentanz, S. 525

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  • ブラームスの聴くべき作品ベスト10:バッハ、ベートーヴェンと“ドイツ3大B”とされる作曲家の名曲選

    ブラームスの聴くべき作品ベスト10:バッハ、ベートーヴェンと“ドイツ3大B”とされる作曲家の名曲選

    ロマン派の時代を代表する作曲家の1人であるブラームスが残した最高傑作とも言うべき交響曲、協奏曲、そして珠玉のピアノ作品10選

    ブラームス(1833年5月7日~1897年4月3日)は2つの顔を持つ作曲家だ。それは過去の音楽を振り返る顔と同時に音楽の未来を見据える顔である。彼はハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンといった古典派の作曲家の原点に立ち戻り、それらを復活、発展させたが、そのためにリストやワーグナーに代表されるような“新しい音楽”から保守的な音楽であると排除されてしまった。ただし、モチーフの展開や変奏で見せた彼の驚くべき能力はついにはシェーンベルクに影響を与えるに至っている。

    ブラームスは、ベートーヴェンのダイナミズム(力強さ)、シューベルトのリリシズム、ドイツ民謡への愛、そしてバロック音楽の厳格な対位法への精通、といった全ての要素を豊かな芸術に統合した驚くべき才能の持ち主なのである。このような彼の創作活動は、現代の音楽の世界におけるワーグナーの創作活動同様、極めて重要なものだ。

    ロマン派の申し子、ブラームスは古典派の構造に対する深い理解を土台に、革新的な運動「シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)」の主要原則を自らの芸術に織り込んでさえいる。また、彼はバロック様式にも造詣が深く、中でもシュッツ、ガブリエル、そしてヘンデルといった作曲家の作品に対して強い興味を持ち、伝統に対する深い敬意を払っていた。これはブラームスの時代の作曲家にあってはとても珍しいことであった。

    Symphony No.1
    交響曲 1

    交響曲第1番が完成した1876年当時、ブラームスはすでに安定した音楽人生を歩んでいた。シューマンから「ベートーヴェンの偉業を引き継ぐ」運命にあると予言されていたブラームスはそのことを意識し、怖れすら抱いていた。そして43歳を前に初めての交響曲が初演を迎えることとなったのである。

    この頃、リストやワーグナー、そして彼らの支持者たちは、交響曲という壮大な形式の中で語ることのできることの全てはすでにベートーヴェンによって語られた、と感じていた。それだけに1876年のブラームスの交響曲第1番の初演は、1860年代初頭に構想を得てから、長く、厳しい生みの苦しみを経ての大きな出来事であった。

    Brahms: Symphony No. 1 in C Minor, Op. 68: IV. Adagio – Piu andante – Allegro non troppo, ma…

    Symphony No.4
    交響曲 4

    ブラームスの最後の交響曲は、知的な厳しさと愛情深い温かみを兼ね備えている。これは彼の後期の作品において顕著になっていった特徴であり、ブラームスの告別の楽章となった最終楽章にはバッハの音楽から発想を得た主題の変奏曲が並び、クライマックスを迎える。

    この交響曲に私たちは19世紀の最も暗く、最も深い音楽を聴くことができ、ブラームスの交響曲第1番から第4番への旅路は楽観主義から悲観主義への旅路でもある。

    Brahms: Symphony No. 4 in E Minor, Op. 98 – I. Allegro non troppo

    Piano Concerto No.1
    ピアノ協奏曲 1

    ブラームスにとっての最初のピアノ協奏曲が作曲されたのは1858年のことであり、初演はその翌年ハノーファーで行われた。このピアノ協奏曲第1番は初演において信じがたいほどのブーイングを受け、当時の聴衆からは散々の評価を受けることとなった。

    しかし、今では世界中で愛され、最も演奏される回数の多い、ピアノ協奏曲の傑作の1つと認知されている。

    Brahms: Piano Concerto No. 1 in D Minor, Op. 15: I. Maestoso

    Violin Concerto
    ヴァイオリン協奏曲

    ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、1878年に、最も親しい友の1人であるヨーゼフ・ヨアヒムのために作曲された。ヨアヒムは当時、「ヴァイオリニストの王」として知られていた。これはブラームスの完璧主義を示す作品であると同時に、感情の嵐渦巻く初期の作品と秋の美しさと寛容さあふれる晩年の作品の間で作曲された音楽である。

    ヴァイオリニストにとってこの作品は大変な挑戦であるが、自尊心のあるヴァイオリニストならば、挑戦せずにはいられない作品でもある。

    Brahms: Violin Concerto in D Major, Op. 77: I. Allegro non troppo (Cadenza by Joseph Joachim)…

    Piano Quintet In F Minor
    ピアノ五重奏曲 短調

    ジャンルに関係なく、数あるブラームスの素晴らしい作品の中で、このピアノ五重奏曲はもともとチェロを2つ重ねた五重奏曲として産声を上げた。

    その後、「2台のピアノのためのソナタ」を経て、「ピアノと弦楽のための五重奏曲」へと進化したのである。この作品を聴いた指揮者のヘルマン・レーヴィ(*1839₋1900、ドイツの指揮者)はブラームスへの手紙で「この五重奏曲は計り知れないほど美しい、室内楽の最高傑作だ」と記している。

    Brahms: Piano Quintet in F minor, Op. 34: II. Andante, un poco adagio

    Ein Deutsches Requiem
    ドイツ・レクイエム

    1865年、ブラームスは母親の死に大変なショックを受けた。その彼の代表的な合唱音楽が《ドイツ・レクイエム》である。これは人の一生と死後の世界に対する叙情詩のような壮大な瞑想とも言え、母親、そして彼を献身的に支えてくれた亡きロベルト・シューマンへの追憶から作曲された。

    初演は1868年にブレーメンで行われ、間もなくヨーロッパ各国で上演され、《ドイツ・レクイエム》はブラームスの国際的な知名度の礎となったのである。

    Brahms: Ein deutsches Requiem, Op. 45: I. Chorus. Selig sind, die da Leid tragen

    Hungarian Dances
    ハンガリー舞曲

    知的で、堅物なところのあるブラームスでさえ、時にはリラックスすることはある。1852年から1869年にかけて作曲された《ハンガリー舞曲》は、聴いたら忘れられないような魅力的で多様な舞曲21曲からなる。これらはブラームスの作品の中でも最も人気があり、その多くはハンガリー音楽をテーマとしている。

    Brahms: 21 Hungarian Dances, WoO 1 (Version for Piano 4 Hands): No. 5 in F-Sharp Minor. Allegro

    Variations On A Theme By Haydn
    ハイドンの主題による変奏曲

    ハイドンのディベルティメント変ロ長調の中に見いだした〈聖アントニーのコラール〉の旋律を主題に用いて、限りなく機知に富み、とても魅力的な変奏曲をブラームスは作曲し、その最後は荘厳なパッサカリアで締めくくられる。

    一部では、これが音楽史上初のオーケストラのための変奏曲集だとされているが、このような管弦楽版の変奏曲集はこれより前に1つは存在している。

    Brahms: Variations on a Theme by Haydn, Op. 56a: Finale. Andante

    Klavierstücke op. 116-119
    クラヴィーアシュトゥッケ(4つのピアノ小品集)作品116119
    (*幻想曲作品1163つの間奏曲作品1176つのピアノ小品作品1184つのピアノ小品作品119

    クララ・シューマンに献呈された《4つのピアノ小品集》は、大変多くの人から愛されるブラームスのソロ・ピアノ曲集である。

    ピアノはブラームスが彼自身の内面や奥深い音楽の世界を最もよく表した楽器でもある。彼のすばらしい偉業は、この最後の4つのピアノ小品集の1ページ、1ページに祀られているかのようでもある。

    これらは全て同じ年、1892年に作曲されているが、ここでは情熱とやさしさが最小単位の作品たちの中で融合している。

    Brahms: 6 Piano Pieces, Op. 118: No. 6, Intermezzo in E-Flat Minor

    Four Serious Songs
    4つの厳粛な歌

    ブラームスは間違いなく、全てのリートの作曲家の中で卓越した存在であった。

    そしてその彼の作品の中で、《4つの厳粛な歌》ほど、身を引き裂かれるような感情と人を惹きつけずにはおかない能弁さを持ち合わせた作品は他にない。

    Brahms: 4 Ernste Gesänge, Op. 121: 1. Denn es gehet dem Menschen

    Written By uDiscover Team