インスト音楽のサウンド・エスケープ:イーノからエイナウディまで

8月 7, 2017


インスト音楽のサウンド・エスケープ:イーノからエイナウディまで

この音楽に境界線はない。ときに言葉の壁で生じる歌詞の制約にとらわれることもない。そのため、この音楽は自由に飛び回り、人々の心や感情に触れることができる――美しく、印象的で、長く記憶に残るメロディーゆえに。いまの時代、TVコマーシャル、テレビ番組、映画を通じ、音楽と出会うことがある。これらの音楽は、映像の魅力を増すだけでなく、モダン・インストゥルメンタル音楽に多大な貢献をしてきたことから人気が高まった。さらに、創造力に富むバンドがクラシックを学んだミュージシャンとコラボすることで、新しいオーディエンスを掴んだ。マッシヴ・アタックとクレイグ・アームストロングの共作、ブライアン・イーノのロキシー・ミュージックへの参加、この2つは最も顕著な例だ。

日本の坂本龍一、イタリアのルドヴィコ・エイナウディ、アイルランド人とノルウェー人のデュオ、シークレット・ガーデンは、映画やテレビを通じ、これらの効果を最大限にもたらしたインターナショナル・スターの一部だ。

コンテンポラリー・インストゥルメンタル音楽は、アコースティックの楽器を使うことはあっても、シンセサイザーやエレクトロニック技術の使用と発展の点では最前線にある。ときに新しいものと古いものを結び付け、ユニークな芸術形式を生み出すため、絶えず、新しく素晴らしい音楽を発見する機会を提供し続けてくれる。あらゆるレベルで探索、楽しむことができる音楽だ。

Brian Eno

ロキシー・ミュージックのブライアン・イーノは、70年代初め、キング・クリムゾンのロバート・フリップとコラボし、アンビエント音楽に傾倒した最初のミュージシャンの1人だ(イーノはその後、マッシヴ・アタックの「Protection」もリミックスした)。イーノの音の旅には、クラシック音楽のリワークも含まれており、アルバム『Discreet Music』でパッヘルベルのカノンをレコーディングした。シンセポップ・デュオ、トーチ・ソングの1人、マドンナの曲をプロデュースしたこともあるウィリアム・オービットは、アル・パチーノとロバート・デ・ニーロが主演したマイケル・マンのアクション映画『ヒート』(1995年)で、スリリングな雰囲気を生み出すため、アンビエント・エレクトロニクスとビートを用いた。彼は、イーノと似た道を歩み、6枚目のアルバム『Pieces In A Modern Style』(2000年)でドビュッシーの「月の光」やサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」などのクラシック作品のアンビエント・シンセ・ヴァージョンをレコーディングした。

その後、エレクトロニック音楽とクラシック作品の融合は、クリストファー・フォン・デイレンにより探索された。彼はラン・ランとシングル「Time For Dreams」(2008年)でコラボし、エレーヌ・グリモー、アンナ・ネトレプコ、アルブレヒト・マイヤーとタッグを組み、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」やドビュッシーの「夢想」のトランス・ヴァージョンを創り出した。

Craig Armstrong

成功したモダン・アーティストとコラボレーションすることで、その名を広めたのはクレイグ・アームストロングだ。彼はマッシヴ・アタックと、『Protection』(1994年)で共作した。このアルバムはTVで最もサンプリングされているアルバムの1枚だ。アームストロングは、スポーツ・イベントから『スパイダーマン2』まで、ありとあらゆるクライマックス・シーンで使われている壮大なアンセム「Escape」など、我々がTVでよく耳にする音楽の作者だ。彼は高尚な芸術と大衆芸術を区別しない。アームストロングの作品、例えばメランコリックな雰囲気の『As If To Nothing』は、映画のために作ったものではなくても、映画のようなサウンドを持つ。その中のエレクトロニクスをベースにした「Ruthless Gravity」は、最終的にダニエル・クレイグのギャングスター映画『レイヤー・ケーキ』(2004年)で使われることになった。クレイグ・アームストロングは、バズ・ラーマン監督の作品とA級スターたち――レオナルド・ディカプリオ主演の『ロミオ+ジュリエット』(1996年)、ニコール・キッドマン主演の『ムーラン・ルージュ』(2001年)などを通じ、映画ファンに知られるようになった。

どうして、アームストロングの音楽はこれほどドラマチックなのだろう? その答えの1つは、エレクトロニクスには、ビートがあろうがなかろうが、スクリーンにテンポと高揚感をもたらす潜在力があるからだ。さらに、エレクトロニックの曲は鮮明な雰囲気を作り出すことができるからかもしれない。例えば、オーラヴル・アルナルズだ。彼の循環的なピアノのサウンド、メランコリックなストリングスとエレクトロニクスは、暗い流れを生み出すのにとても効果的だ。ハリウッドも、このアイスランド産のアンビエントな冷たさを歓迎した。ゲイリー・ロス監督は、アルナルズの曲「Allt Varð Hljótt」の鐘の音に似たエコーとため息をつくようなストリングのサウンドに魅かれ、暗黒の世界を描いた映画『ハンガー・ゲーム』(2012年)で同曲を使用した。その一方で、アルナルズは自分のアルバムをより映画的に考えているようだ。エキゾチックなポルタメントが美しい「Only The Winds」を収録する『For Now I Am Winter』は、エモーショナルで壮大な流れを持つ曲とニコ・ミューリーの創意あふれる編曲により、映画風の作品になった。

Ludivico Einaudi

これらの感情を呼び覚ます音楽は、映画音楽の作曲家と共作したいと、ヴァイオリンの巨匠ダニエル・ホープらクラシック・アーティスト達をも惹きつけた。アルバム『Spheres(邦題:スフィアーズ―天球の音楽)』で、ホープはエイナウディ作の曲(『Le Onde』の「Passagio」)、マックス・リヒターの曲(鼓動するミニマリズム「Berlin By Overnight」)、マイケル・ナイマンの「Trysting Fields」を演奏している。巨匠にとって、彼らは、彼が慣れ親しむサウンドの世界に新鮮なヴィジョンを与えてくれた。クラシック音楽のリワークに関しては凄腕のナイマンは、彼の長年のコラボレーター、ピーター・グリーナウェイ監督の『数に溺れて(原題:DROWNING BY NUMBERS)』のためにモーツァルトの「Concertante in E Flat」に新しい息吹をもたらし、トラディショナルなクラシックの曲が現在の映画音楽からそうかけ離れていないことを証明した。同じように、マックス・リヒター(彼は過去にフューチャー・サウンド・オブ・ロンドンやロニ・サイズと共作している)は、ヴィヴァルディに新たな解釈を与え、多くの音楽―エレクトロニック、ミニマリスト、バロックであろうが、ダンスの鼓動を持つという証拠を示した。

シンプルなピアノ曲に感情を呼び覚ます素晴らしい――ノスタルジックでさえある効果をもたらしたもう1人のコンポーザー・ピアニストが、ミラノ出身のルドヴィコ・エイナウディだ。彼は、“ミニマリスト”に類似したフォーク調のサウンドを好んだ。しかし、ミニマルでマキシムな効果を生もうという確固たる信念を持つわけではなく、エイナウディは、独自の道を歩み、自身の音楽を(坂本のように)クラシック、ジャズ、フォーク、ロックの世界の中間に着地させた。彼の2013年のアルバム『In A Time Lapse(邦題:時の移ろいの中で)』は、優美な音景と複雑に重なり合うインストゥルメンタルが融合した傑作だ。『Islands - Essential Einaudi』は、彼最大のヒット曲のコレクションである。イタリア映画『Fuori dal Mondo』のために作ったピアノとストリングスによるメランコリックで奥深い曲、それにアルバム『Divenire(邦題:希望の扉)』(2006年)に収録されるピアノ・ソロの厳粛な曲は、シェーン・メドウズが80年代英国のスキンヘッドが抱いていた疎外感を辛辣かつ核心的なヴィジョンで描いた映画『This Is England』で使われた。エイナウディの音楽では、ピアノが注目を浴びることが多いが、彼の作曲家としてのヴィジョンの根源にあるのはギターだ。それは、アンビエントで瞑想的なアルバム『Stanze』のあいまいなコードを支えるドローン、「Le Onde」における歌のようなメロディーの中のアルペジオな演奏、「Eden Roc」のリズミカルなストラムで聴くことができる。

Michael Nyman

アンビエント・エレクトロニックにより再解釈されるのに適したクラシック作品が、それ自体がアンビエントである20世紀初期のクラシック、とくにエリック・サティの音楽だとしても驚きではないだろう。ウィリアム・オービットは『Pieces In A Modern Style』でサティの「Ogive Number 1」をリミックスし、(クリストファー・フォン・デイレンによるプロジェクト)シラーは『Opus』で「Gymnopedie No. 1(邦題:ジムノペティ第1番)」を取り上げた。聴かれるではなく聞かれるためにパフォーマンスするのがバックグラウンド・ミュージックだというサティの“家具の音楽”のコンセプトは、映画で最も人気があるアンビエント・サウンドの起源であることがわかる。サティのモダンとオービットのポストモダン・アプローチを繋げるのが、英国の作曲家ブライアン・イーノだ。彼のアンビエント・ミュージックは、このフランス人作曲家の偶像破壊的なヴィジョンにインスパイアされている。イーノは1978年の『Ambient 1: Music For Airports』で、気品あふれるピアノ曲「1/1」を探究した。この曲と、1975年のアルバム『Another Green World』からのフォーク調な「Big Ship」は、実用的な音景であり、最近、ピーター・ジャクソンの超自然的な映画『ラブリーボーン』(2009年)で使用された。

これらの作曲家全員に共通しているのが、20世紀戦後の音楽を占めていたアヴァンギャルドの複雑さから離れ、よりわかりやすい音へ向かうことだった。実際、『Le Onde』(1996年)のようなエイナウディの作品とジェーン・カンピオン監督の映画『ピアノ・レッスン』のマイケル・ナイマンによるテーマ・ソングには特筆すべき共通点がある。模倣したというのではない。彼らには、フォーク・ミュージックという共通の関心があった。ナイマンは、アカデミー賞の候補に挙がったこのサウンドトラックを作曲しているとき、スコットランドのフォーク・ソングをもとにした。そして、エイナウディは『Le Onde』を制作中、フォークのようなメロディーと16世紀のフランスのポピュラー・ソングに魅かれていた。

エイナウディが『Le Onde』に収録される「Passagio」を作った3年後、トーマス・ニューマンが驚くほど似たピアノの曲をリリースした。映画『アメリカン・ビューティー』のテーマ曲だ。どちらの作曲家も、より幅広いオーディエンスから共感を呼ぶサウンドを模索していた。このほか、情緒的なピアノのテーマ・ソングには、キーラ・ナイトレイ主演の映画『プライドと偏見(原題:Pride & Prejudice)』のダリオ・マリアネッリによるベートーヴェン風の曲(彼はこれで2006年オスカーにノミネートされた)、映画『英国王のスピーチ(原題:The King's Speech)』(2010年)でオスカーの候補に挙がったアレクサンドル・デスプラの作品がある。

Ryuichi Sakamoto

映画音楽には、3つのタイプの作曲家がいる。映画音楽作曲家、映画のためにも曲を書く作曲家、そして、映画には目を向けたことがなかった――しかし映画監督は彼らの音楽にあらがえなかった――作曲家だ。ジョン・ウィリアムズ(『ジョーズ』『スター・ウォーズ』『プライベート・ライアン』)やハンス・ジマー(『グラディエーター』『インセプション』)のようなハリウッドの大物作曲家は彼らの映画音楽をコンサートホールでパフォーマンスし、マイケル・ナイマンやフィリップ・グラスといったミニマリストの音楽は、定期的に映画で使われている。映画は、創作やコラボレーション面での挑戦になるだけでなく、かつてないほどの注目を集めている。クラシック音楽界の最も優れている人々――生存する人、過去からの人両方――によるこの媒体は世界的に認められるようになった。

これは、博識の作曲家/俳優の坂本龍一にも当てはまる。彼は30年前、第二次世界大戦中の日本の捕虜収容所を描いた大島渚の映画『戦場のメリークリスマス』のシンセを駆使した、いつまでも記憶に残るテーマ・ソングで世界的に知られることとなった、この作品の成功後、東京生まれでクラシックの教育を受けた作曲家(映画でデヴィッド・ボウイやトム・コンティと共演もしている)は、ベルナルド・ベルトルッチの『ラストエンペラー』(1987年、これにも出演)と『シェルタリング・スカイ』(1990年)、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『バベル』(2006年)のサウンドトラックを制作した。最近では、彼のトリオと1996年以来となるアルバム『Three』で室内楽を再演した。「Merry Christmas Mr. Lawrence」でのアコースティックなアレンジ同様、坂本の室内楽の作品では、幅広いスタイルに、彼がどのようにクラシックの技術を応用したかが見てとれる。オープニング・トラック「Happy End」ではジャズと東洋のハーモニーに満ち溢れるコラール風のハーモニーを聴かせ、「A Flower is not a Flower」ではビル・エヴァンスのサウンドを彷彿させる。

Secret Garden

テレビであろうが映画であろうが、スクリーンというものは、ジョン・バリーのオスカー受賞作『愛と哀しみの果て』のロマンチックで切ないストリングスからダニー・エルフマンの『シザーハンズ』での黒魔術、パワフルなバラード「You Raise Me Up」で知られるシークレット・ガーデンのケルティック・サウンドまで、全てのスタイルを開花させることができる。実際、ヴァイオリニストのフィンヌーラ・シェリーと作曲家/プロデューサーのロルフ・ラヴランドからなるこのアイルランド/ノルウェーのデュオは、テレビ視聴者の心を捉えた。1995年にユーロヴィジョン・コンテストで、フィドルが印象的な「Nocturne」で優勝し(ラヴランドはすでに「La Det Swinge」で、1985年のユーロヴィジョンで優勝していた)、彼らの1stアルバム『Songs From A Secret Garden』は100万枚のセールスを上げ、ニュー・エイジ・スタイルの再ブームを巻き起こした。彼らの音楽は、ピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』(2001年)の音楽を手掛けたハワード・ショアから『タイタニック』(1997年)のジェイムス・ホーナーまで、監督や映画作曲家に気に入られた。その後は、彼らいわく、ご存知のとおりだ。

これら偉大な作曲家全員に共通するのが、それがビッグ・スクリーンであろうがスモール・スクリーンであろうが、彼らは、その空間と時間の中で楽しむことができる素晴らしい音楽を作るところだ。気分を高揚させるものもあれば、感情をかき立てるもの、リラックスできたりメロウになるものもあるだろう。この音楽には境界線はなく、いかなる種類の限界もない…おそらく、あなたの想像力を別にすれば。

文: Nick Shave


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