(function(h,o,t,j,a,r){ h.hj=h.hj||function(){(h.hj.q=h.hj.q||[]).push(arguments)}; h._hjSettings={hjid:104204,hjsv:5}; a=o.getElementsByTagName('head')[0]; r=o.createElement('script');r.async=1; r.src=t+h._hjSettings.hjid+j+h._hjSettings.hjsv; a.appendChild(r); })(window,document,'//static.hotjar.com/c/hotjar-','.js?sv=');
Join us

U2『Achtung Baby』

U2 logo
U2 Essentials

『ACHTUNG BABY』:『Achtung Baby』の音的な驚き

 

『Rattle and Hum(邦題:魂の叫び)』から『Achtung Baby』発表までの3年間、世界は劇的な変化を遂げた——それはU2も同じであった。

1991年11月に7作目のスタジオ・アルバムがリリースされる頃までには、東西ドイツは統一、初の携帯メールが非公式に送られ、ネルソン・マンデラは自由の身となり、マーガレット・サッチャーは辞任、ソ連は解体寸前にあった。このような重大な出来事のさなかに、世界最大のロック・グループもまた、自身に関する重要な変更を幾つか発表する。

U2にとって1990年代最初の年は、個人的な冒険とバンドとしての成功の両方を経験した年であった。BRIT賞では3年連続で最優秀インターナショナル・グループに選出され、ローリング・ストーン誌でも数多くの賞を受賞。またAIDSとの闘いを支援するコンピレーション・アルバム『Red Hot + Blue』には、コール・ポーターのカヴァー「Night and Day」を提供した。

バンドがもっぱら話し合っていたのは、甚大なインパクトをもたらした『Rattle and Hum』の後を受けた、次なる旅の行き先についてだ。そこから浮かび上がったのが、あらゆる種類の音やスタイルに門戸を開いたアルバムで、U2のアンセム・コレクションを増やしつつ、90年代型にサウンドを再調整した作品であった。そのアルバムにより、彼らはさらに2つのグラミー賞を——バンドとしては最優秀ロック・パフォーマンス賞:ヴォーカル入りデュオまたはグルーブ部門を、またダニエル・ラノワとブライアン・イーノが最優秀プロデューサー賞を獲得することになる。

これはロックではあったものの、彼らがこれまで我々に聴かせてきたロックとは必ずしも同じものではなかった。『Rattle and Hum』の音楽的パレットに並んでいたアメリカのルーツ・ミュージックの色味から遠ざかり、代わりにキャンバスに忍び寄っていたのは、より暗い要素の数々。それでも頼もしいことに『Achtung Baby』には、やはり世界中のアリーナやスタジアムに響き渡ることになる壮大な曲が溢れていた。

新たな試みに向けたセッションの序盤は、ベルリンのハンザ・スタジオと、ダブリン郊外ダルキーのエルシノア屋敷で行われた。しかしそこで重ねた激論が、官能的かつ陰りを帯びたサウンドスケープへと変質し、このアルバムに魅力を加えるようになったのは、U2が長年慣れ親しんできた本拠地ウィンドミル・レーン・スタジオに戻ってからのこと。ボノはそれを「新たなスタート」と呼ぶにまで至った。

本作のレコーディングで功績を挙げたのは、全12曲中、5曲で単独プロデューサーを務めたダニエル・ラノワだろう。マルチ・ミリオン・セラーとなった前3作の共同プロデューサーであり彼の師でもあるブライアン・イーノは、ラノワとの共同名義で5曲を手掛けている。また、初期にプロデューサーを務めていたスティーヴ・リリーホワイトも復帰を果たし、ダニエルおよびブライアンとの3人共同名義でその他の2曲を手掛けることで、バンド固有の継続感が示されている。

『Achtung Baby』の制作について、ダニエル・ラノワは、「このアルバムの制作中、僕らは非常に興味深い長時間に渡る議論を重ねたと言えるね」とVox誌に語っていた。「自分をこのアルバムから切り離し、完全に客観的になるのは難しいんだけど、でも確かにU2は、よりヨーロッパ的な異国情緒に回帰する必要があったんだと思う」。

「ベルリンで録音することにしたのは良い決断だった。彼らがハンザ・スタジオを使いたいと考えたのは、彼らがリスペクトする、愛してやまない様々な作品が、あそこで作られたからだ。イギー・ポップの『Lust For Life』が大きな影響力を持っていたと思うよ。それからデヴィッド・ボウイがイーノと作ったアルバムもね。そういった歴史の幾ばくかが壁から滲み出てくるだろうと、彼らは思い描いていたんだと思う。そしてその通りうまくいったんだ」

 

このセッションから最初に世に放たれたのは、衝撃的なまでに前作とは路線を異にしている第1弾シングル「The Fly」で、彼らの恐れを知らぬ大胆さやハングリー精神が全く損なわれていないことが、これにより裏付けられた。2作1組で対を成していた『The Joshua Tree』および『Rattle and Hum』のルーツ・ロックとはかけ離れている本作で、U2は、尖っていて、粗削りで、ほぼインディ・ロックに近いサウンドを鳴らしており、百万人単位の熱心なファン達も彼らとその旅を共にした。

「The Fly」は、1991年10月に全英1位を獲得。U2が初登場で全英シングル・チャート首位を制覇したのは、これが初めでである。古臭く保守的なロッカーや、目先の利益だけを狙った軽薄なポップ、短命な企画物がひしめくシーンの中で、この曲は新鮮かつ生き生きと響き、1ヵ月後にリリースされるアルバムのお膳立てとして完璧な役割を果たした。

アルバムの冒頭を飾る「Zoo Station」で、耳障りに唸るジ・エッジのギターとマレンのガレージ風ドラムスが轟き渡った最初の瞬間から、U2の特質のうちこれまで未開発だった側面に、我々は惹きつけられる。「次にやって来るものへの準備は出来ている」と歌うボノ。 「カードを切る準備は出来ている、ひと勝負する準備は出来ている、ハンドルから手を離す準備だって出来ている」と。

全12曲入りの『Achtung Baby』からは、少なくとも5枚がシングルとしてリリースされることになったが、それらの徹底した強さは、曲の誕生に先立ち、突っ込んだ意見交換が行われたことの証であった。「Mysterious Ways」と「Even Better Than The Real Thing(邦題:リアル・シング)」には、従来通りの観客を喜ばせる要素があったが、今回はそこに急発展中のエレクトロニカやヒップホップのサウンドが盛り込まれていた。

その合間には、哀調を帯びた優美な召集令「One」が、U2の至高のバラードの1つとして浮かび上がる。それから何年も後に、ヒップホップ・ソウル界の女王メアリー・J. ブライジとバンドがこの曲の新ヴァージョンを録音したことは、曲の核にあるソウルフルネスの存在を裏付け、それを際立たせていた。それから登場するのが、アダム・クレイトン曰く‘失恋ソング’の、ワイドスクリーンなもう1曲「Who’s Gonna Ride Your Wild Horses(邦題:ワイルド・ホーシズ)」だ。

4年前にU2を表紙にしたタイム誌は『Achtung Baby』を絶賛。「颯爽としていつつ、集中力を要する」と評し、このアルバムは「ザクザク刻むメジャーリーグ級ギターと、神秘的でスペイシーなコードに満ちている」と記している。

ライターのジェイ・コックスもまた、アルバム発表当時のレビューでこう述べていた。「……U2はここで類い稀なことをやっている。バンドは自らの存在を再び主張しているだけでなく、自己改革を行っているのだ。『Rattle and Hum』の後、あのアルバムは無理のし過ぎだったとか、若干メインストリーム寄りになり過ぎていたとか、壮大な野望からしても少しやり過ぎだと考えた者もいた。『Achtung Baby』は、U2を原寸大に復元し、バンドに再び強みをもたらしている」。

Lovetownツアーでは、1989年にオーストラリア、ニュージーランド、日本の各国をくまなく回り、新たな年代を迎えるに当たってヨーロッパに戻ったU2。年末にダブリンのポイント・デポで4夜に渡って行われた公演の最終日は大晦日で、その晩のセットリストには「Angel of Harlem」から「Auld Lang Syne」(※年越しの定番曲。「蛍の光」)までが含まれていた。

1992年初頭、『Achtung Baby』を引っ提げて彼らが再びツアーに出た時、それは全く新しいマルチメディア体験『Zoo TV』となっていた。少なくとも5行程以上に及んだツアーを通じ、バンドは毎夜、彼らの新たなサウンドとヴィジョンとを総計数百万人の観客に披露。メドウランズ・アリーナ(米ニュージャージー州)からアールズ・コート(英ロンドン)、ジャイアンツ・スタジアム(米ニュージャージー州)、セルティック・パーク(英グラスゴー)、そして地元ダブリンのRDSアリーナから、再びニュージーランドを含むオセアニアおよび日本へ。このツアー最終日程の一部は、“ニュー・ズーランド”と命名されていた。

「私が思い出すのは、途方もない照明に、歌詞、音楽、白黒のシマウマ模様の告解室、そしてU2コンドーム」と、1993年8月のウェンブリー・スタジアム公演でU2のライヴを初めて観たという、1人のファンが書き記していた。「U2のライヴに太刀打ち出来るバンドなど存在しない。誰もその足元にすら及ばない」と。

これは最新作と、そしてこれまでの多くの旧作群とに相応しい、壮大な舞台装置であった。 「『Rattle and Hum』と『The Joshua Tree』の関係と同じように、この作品と対になるアルバムがもう1枚あるんだ」と、『Achtung Baby』についてボノは語っていた。「僕はそのアルバムを知っている。この頭の中で、もう聴こえるんだよ」。間もなく、我々もそれを聴くことになる。
Paul Sexton

U2 - Rattle And Hum

U2 - Zooropa

>>U2 アーティストページ

U2 logo U2 アルバムストーリーに戻る

U2 - Achtung Baby

iTunes U2 EssentialsU2 - The Unforgettable Fire albumGoogle Play U2 EssentialsU2 - The Unforgettable Fire albumAmazon U2 Essentials

 

U2 - Achtung Baby

U2 - Achtung Baby

U2 - The Fly Cover

U2 - One Cover

 

 

ロック史に残る重要な1枚、U2名作中の名作

『ヨシュア・トゥリー』30周年記念盤!2017年6月2日リリース!

UICI-9051

 

ヨシュア・トゥリー[30周年記念盤~スーパー・デラックス][直輸入盤]

btn_store download_jtunes

UICI-1144

 

ヨシュア・トゥリー[30周年記念盤~デラックス]

btn_store download_jtunes