デビュー作が全英1位を記録した新人セレステはなぜ著名人を魅了し、多くのタイアップを獲得するのか

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2021年1月に発売となったデビュー・アルバム『Not Your Muse』が全英初登場1位を記録したシンガーソングライターのセレステ(Celeste)は、その歌声と楽曲でポール・ウェラーやトム・ジョーンズ、ビリー・アイリッシュといった多くの著名人から愛され、『ソウルフル・ワールド』『シカゴ7裁判』といった注目映画やCMに楽曲が使われている。その理由をライターの新谷洋子さんに解説頂きました。

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目下英国音楽界の期待を背負う大型新人と言えば、筆頭に挙がるのがセレステの名前である。先頃デビュー・アルバム『Not Your Muse』が全英ナンバーワンを獲得。新型コロナウイルスのパンデミックでアルバム発売は遅れ、ツアーの延期を強いられたものの、大舞台でのパフォーマンス、そして、数々のタイアップやコラボレーションで深い印象を刻み、期待通りに絶好のスタートを切ったこのシンガー・ソングライターは何者なのか? ここに辿り着くまでの彼女のステップを振り返ってみた。

 

オールドファッションな登場

新しいスターはどこから現れるのだろう? 例えばこの10年位を振り返ってみると、オーディション番組出身であるとか、YouTubeやTikTokといったSNSを通じて注目を集めるとか、或いはダンス・プロデューサーのヒット曲にフィーチャーされるといったルートが定番化していた。そんな時代に、言わばオールドファッションなルートを選び、長い下積みを経てデビューに至ったのが、セレステこと本名セレステ・ウェイト(26歳)である。

当時ロサンゼルスで暮らしていたジャマイカ出身の父と英国人の母の間に生まれ、3歳の時に母と英国に移り住み、主にブライトンで育った彼女。音楽好きの母方の祖父母の影響で、幼い頃からジャズとソウルのレジェンドたち――エラ・フィッツジェラルド、アレサ・フランクリン、ビリー・ホリデイ、オーティス・レディングなどなど――の作品に親しみ、歌という表現手段に惹かれていたという。しかし、当初はファッションなど他の表現手段にも関心を抱いていたセレステは、進路に迷った末、高校時代になって音楽と真剣に向き合う決意をする。ずっと離れて生活してきた父が癌で亡くなり、自分の悲しみを曲に表して、「Sirens」と題されたその曲を公開したことがきっかけだった。

以来アルバイトをしながら曲を綴り、友人たちとバンドを組んでパブやカフェでライヴを行ない、人脈を広げながらアーティスト経験を積んでいく。2016年にリリースしたファースト・シングル「Daydreaming」はまさに、生計を立てるために退屈な仕事をしながらスターになった自分を想像して作った曲だ。

 

著名人たちが惚れ込む才能

その後ロンドンに拠点を移すと、リリー・アレンが主宰していたレーベル、Bank Holiday RecordsからEP『The Milk & The Honey』を2017年に発表。故エイミー・ワインハウスにも比較されるスモーキーな美声をいよいよ世に広く届け、昨今盛り上がりを見せるUKジャズ・シーンで求められていた本格的ヴォーカリストとして、かつブリティッシュ・ソウルの新星として、音楽業界内での評価と知名度を高めていく。

そしてメジャー・レーベルのポリドールと契約。この時、レーベルとの仲介役を果たしたのは、彼女をツアーの前座に起用したマイケル・キワヌーカだったが、ほかにもリリー然りで同業者にシンパが多く、ライヴ・セッションで自身の名曲「You Do Something To Me」をセレステとデュエットしたポール・ウェラーも、娘に薦められて彼女に惚れ込んだというファンの一人だ。

そんなセレステは昨年になって、英国の新人番付としてお馴染みの「BBC Sound of 2020」の1位と、BRIT賞のライジング・スター賞(毎年有望新人に与えられる賞/旧クリティックス・チョイス賞)に輝いた(過去にこれらふたつの賞を手にしたアーティストには、エリー・ゴールディングやサム・スミスがいる)。

コロナ禍という不測の出来事を受けて待望のファースト・アルバム『Not Your Muse』の発売は今年にずれ込んだが、彼女は話題性を維持したまま2021年を迎えて、2月5日付の全英チャートで初登場ナンバーワンを獲得したばかり。英国人の女性ソロ・アーティストがデビュー作で1位に上り詰めたのは、ジェス・グリン以来5年ぶりだ。

 

慣れ親しんだ仲間と作り上げたデビュー・アルバム

メディアの評価も上々の『Not Your Muse』は、時間をかけて作り上げただけに、非常に完成度の高いアルバムとなった。しかも、近年ありがちな、曲ごとに大勢の売れっ子プロデューサーやソングライターで脇を固めた作品ではない。例えば、共作者/プロデューサーとして中心的役割を果たしたのは英国人のジェイミー・ハートマン。若い頃、同じブライトンを拠点にするラグン・ボーン・マンの活躍に刺激を受けたセレステは、彼と共作していたジェイミーに興味を抱いてアプローチ。意気投合して、以来ずっとコラボレーションを続けてきたという。

ほかにも、下積み時代から付き合いがあるゴッツ・ストリート・パーク(リーズ出身のジャズ・バンド)のメンバーや、ライヴで彼女をバックアップするミュージシャンたちが参加しており、慣れ親しんだ仲間とじっくりサウンドを構築。敬愛するシンガーたちに学んだ、古典的なジャズ/ソウルのスタイルに根差したヴォーカルを主役に据え、シンプルなメロディに生楽器を贅沢に用いたアレンジを施し、重厚でシネマティックなアルバムを作り上げた。

ヴィンテージ・ソウル(「Love Is Back」)、サイケデリア(「Not Your Muse」)、カリプソ(「Beloved」)、ジャズ(「The Promise」)といった具合に、通常盤の12曲にはそれぞれに明確な音楽的アイデンティティが与えられているが、全編に共通するのは、昨今のメインストリームから聴こえるサウンドにはきっぱりと背を向けているという点だ。そういう意味では、同世代のポップ・アーティストたちよりも、前述したマイケルやポールの世界に親和性が見出せるのではないだろうか?

またリリシストとしての彼女に目を転ずると、身近な人物や実体験を主なインスピレーションにしていることは、「Sirens」を書いた時から変わっていないようだ。アーティストとして突破口が開けずにいた自分を奮い立たせようと綴った「Stop This Flame」、2019年末の総選挙の結果への失望を託したという「Tell Me Something I Don’t Know」、恋に落ちた時の高揚感をこの上なく率直に表した「Love Is Back」、他人の理想を押し付けられることを拒絶する表題曲……と題材は多岐にわたり、限定的な表現を避けて普遍性のある曲に落とし込むのがセレステ流。そして、やはり余白をたっぷり残しつつ、ひとつの別れを新しい始まりとして描いた「Some Goodbyes Come With Hellos」でアルバムはエンディングを迎える。まだまだ先があるのだと予告するようにして――。

ハイライトを選ぶとしたら、現時点での代表曲「Strange」だろう。ピアノとストリングスで控えめなアレンジを施したこの曲は、ブレイクアップ・ソングのようでいて、あの大規模な山火事の最中にLAに滞在していた彼女が“喪失感”について考え始めたのが、曲の誕生につながったのだとか。2020年2月のBRIT賞授賞式で披露した時には、静まり返った会場の空気をあの歌声で震わせる圧巻のパフォーマンスを見せつけて、オーディエンスを魅了。そこに居合わせたビリー・アイリッシュとフィニアスも圧倒され、フィニアスはこれをきっかけに、彼女のシングル「I Can See The Change」をプロデュースすることになった。

 

様々な形で取り上げられる楽曲と歌声

そんな忘れがたいパフォーマンスから1年、2020年ではなく2021年の大型ルーキーへと繰り越された感があるセレステだが、彼女が勢いを失わなかった理由はひとつに、この間にBRIT賞授賞式以外にも様々な機会で聴かせてきた歌声のパワーにある。

最近では、大晦日に放映されたBBCの名物音楽番組『ジュールズ俱楽部』の特番に出演し、トム・ジョーンズ御大と「Blue Moon」をデュエット(トムは『Not Your Muse』を「最高のデビュー作」と絶賛している)。

ほかにも、数々のタイアップ・プロジェクトがセレステにスポットライトを当て続けた。例えば、ゴールデン・グローブ賞及びアカデミー賞の歌曲賞にノミネートされている「Hear My Voice」は、さる9月に公開されたアーロン・ソーキン監督の映画『シカゴ7裁判』(1968年にシカゴで起きた反戦デモ隊と警察の衝突事件を巡る裁判を描く)の主題歌。セレステはスコアを手掛けたダニエル・ペンバートンとこの曲を共作し、社会変革への願いを古風なソウル・チューンに託した。

映画と言えば、12月に公開されたディズニー&ピクサー最新映画『ソウルフル・ワールド』にも、英国版のエンドロールに流れる「It’s All Right」(ジ・インプレッションズのカヴァー)を提供。こちらはスコアを担当したジャズ・ミュージシャンのジョン・バティステとのデュエット曲で、「Hear My Voice」然り、ストーリーの重みを彼女の声で裏打ちしているようでもある。

他方、エネルギー値が高い「Stop This Flame」はサッカー絡みのタイアップの引き合いが多く、昨秋発売された人気ゲームの最新版『FIFA 21』にフィーチャーされたのみならず、現在英国のSKY局のプレミア・リーグ関連番組でも繰り返し流れているとか。そして極め付けは、毎年クリスマス時期にオンエアされる英国の大手デパート、ジョン・ルイスの名物CMの20年版に起用されたことだ。

心暖まる物語を名曲のアコースティック・カヴァーで彩るというパターンを毎回踏襲し、多数のヒットが生まれているが、セレステは初めてオリジナル曲「A Little Love」を提供。助け合いをテーマにした歌詞は、パンデミック下の社会を意識したものだろう。さらにはグッチの20~21年冬の広告キャンペーン“WINTER IN THE PARK”のモデルに、アレクサ・チャンらと共に起用されたことが記憶に新しく、モード界が注ぐ視線も熱い。

このように、アルバム・リリース前から引っ張りだこだったセレステ。それはアーティストとしての注目度の高さを示すと共に、彼女の歌声と音楽性が、世代や国籍や人種を超えて多くの人々にアピールするオーセンティシティとタイムレスネスに貫かれていることと無関係ではないはず。また、普段ポリティカルな発言を頻繁にする人ではないが、分断の時代としばしば呼ばれる昨今、バイレイシャルであり雑多なカルチャーの影響を作品に溶かし込むセレステは、融和や多様性を讃えるメッセージを発信しているようにも思えるのだ。

そんな彼女の魅力は、日本にも着実に伝わっている。J-WAVEのTOKIO HOT100 の年間チャートでセレステはレディー・ガガやザ・ウィークエンドと競り合い、「Stop This Flame」で12位にランクイン。出演が決まっていた昨年のフジ・ロック・フェスティバルは延期になってしまったが、そう遠くない将来、“この灯を誰も消すことはできない”と彼女と一緒に歌える日が訪れることを願わずにいられない。

Written By 新谷洋子



セレステ『Not Your Muse』
2021年1月29日発売:国内盤CD 2月26日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music



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