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“変貌した”サム・スミスによる「Unholy」:アイデンティティの超越を達成したクィアポップの魅力

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Sam Smith and Kim Petras - Photo: Michael Bailey Gates (Courtesy Of EMI)

サム・スミスがキム・ペトラスとともに2022年9月22日にリリースしたシングル「Unholy」が大ヒットを記録している。2022年10月19日時点で、全英チャート3週連続1位、全米では初登場3位のあとに2位に上昇、SpotifyのGlobalチャートでは25日連続で1位を記録している。(update: 10月25日全米1位を獲得。サムにとって初の全米1位に)

サムのキャリアハイを更新するこの楽曲について、辰巳JUNKさんに解説いただきました。

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大ヒット中の新曲「Unholy」

サム・スミスが、新曲「Unholy」で大復活を遂げた。ただし、グラミー賞を席巻したキャリア初期の印象で止まっている人からすると、その変貌ぶりに驚愕するかもしれない。

心の「痛み」を歌いあげ、大人が浸れるソウルシンガーとして名を馳せたサム・スミスだが、今回はひと味違う。「Unholy」は「セクシーなヴィラン時代」の始まりと宣言されたダンストラック。客演についたのは、誇張されたポップネスによって若者間でカルト的人気を誇るドイツ人歌手、キム・ペトラスだ。

リリース前よりTikTokバイラルを起こした「Unholy」は、全英チャート初登場1位、アメリカでは初登場3位(その後2位に上昇)のロケットスタートを達成。SpotifyとApple Musicでは、グローバル首位の栄冠にも輝いている。代表曲「Stay With Me」をも超えるストリーミングヒットにより、サム・スミスはチャートトップにカムバックを決めたのだ。サムとキムがそれぞれオープンリィ・ノンバイナリー、トランスジェンダー女性であることを考えると、クィアアーティスト同士による歴史的ヒットとも言える。

淫らなダーティ・ボーイ  あの界隈では皆の噂になっているよ
私も耳に挟んでる、君が行ってた色んな場所のことや
君が身ぎれいでいられないってこと

ママは知らない パパが“ボディ・ショップ”で色めきながら
いかがわしいことをしてるって

(「Unholy」)

【和訳MV】サム・スミス – アンホーリー feat. キム・ペトラス / Sam Smith – Unholy feat. Kim Petras

キム・ペトラスいわく「Unholy」は、不倫男にまつわる「基本的にはクソみたいな」 、はっちゃけた内容である。英米においてセクシーなヒット曲は珍しくもないものの、この曲の場合、挑発的な禁忌性が肝だろう。「パパ」「ママ」というワードづかい、ダーティな不埒さ……親たちは眉をひそめるかもしれないが、TikTokのティーンたちが夢中になっていったのは言うまでもない。補足するなら、ちょうど男性セレブリティの不倫ゴシップが連続していたため、時事性もそなえていた。

 

非異性愛者として歌いつづけるサム

楽曲として重要なのは「アメリカのヒット曲として異質」と評されていることだ。もともと、「Dancing With A Stranger」をヒットさせていたサム・スミスは、ダンスポップも得意とするアーティストだった。ただし「Unholy」のジャンルとされるのは、偉大なトランスアーティストであった故SOPHIEが開拓したハイパーポップ。ミステリアスなアラビア風の音階、さらにはサムのルーツたるキリスト教音楽の壮大さも特筆に値する。

デビューアルバム『In the Lonely Hour』のシリアスなソウルバラード路線と比べると、衝撃的な転向にうつるかもしれない。しかし「クィアミュージックはダンスじゃなくても良い」 と考えるサムからすると、すべては地続きだ。本人が語るように、最初から非異性愛者として「男性との恋」を歌いつづけているのだから。

本当の愛じゃないとわかってる それでもそばにいてほしい
(「Stay With Me」)

Sam Smith – Stay With Me (Official Music Video)

ティーンのころメイクを楽しんでいたというサムは、暴行被害などを受けたことから、Tシャツにジーンズというマジョリティ男性らしい格好をするようになっていたという。音楽スターとしてのキャリアも、自分らしい嗜好をあまり出さないかたちで始めた。たとえば、初期のメガヒット「Stay With Me」ミュージックビデオでは、シンプルな服装で孤独に街を歩いている。

毎日 自分を嫌いにならないように努力している
でも近頃は 以前ほど辛くなくなってきた
前より自分を愛せるようになってきたのかも
(「Love Me More」)

【和訳MV】サム・スミス – ラヴ・ミー・モア / Sam Smith – Love Me More

 

ノンバイナリーであることの公表と痛みからの解放

そんなサムは、2019年、ノンバイナリー(男性か女性か、という性別二元論にあてはめようとしない性自認)であることを公表。ジョージ・マイケルやエルトン・ジョンを参考に、徐々に自分らしさを解放していく方針をとった。2022年の「Love Me More」ミュージックビデオでは「Stay With Me」の歩行をオマージュしながら、以前よりは自己受容ができている旨を明かしていく。そして、仲間たちとメイクを愉しみ、コンフォタブルなダンスフロアに身をゆだねるのだ。

「痛み」を歌ってきたサム・スミスのディスコグラフィーは、個人としての自己受容と成長、解放の軌跡にもなっている。そして、このたびメガヒットとなったのが「Unholy」だ。

映画『ムーラン・ルージュ』や『時計仕掛けのオレンジ』をオマージュしたミュージック・ビデオは、アンダーグラウンドなクィアクラブが舞台になっている。客演にしても『ルポールのドラァグレース』出身のヴァイオレット・チャチキ、そして同番組初のトランスジェンダー男性参加者となったゴット・ミックなど、クィアスターが揃った。

「痛み」に溢れたラブソングで一世を風靡したサム・スミスだが、性別二元論や社会規範にとらわれぬ「Unholy」は、歓びのパワーにも満ちあふれている。2023年1月発売と発表された『Gloria』は「はじめての悲痛なきアルバム」というから、さらに新たな姿を魅せていってくれるだろう。サムいわく、クィアな歓びとは「痛み」の上に立っているものだ。

「私たちクィアは、みな『痛み』の達人。だから、歓びに足を踏み入れることは、とても勇敢な行為でもある」

「私たちは痛みを熟知していて、痛みを学んでいる。だから、歓びに身を委ねることこそ、自分ができる最もラディカルなことのように感じるのです」

「Unholy」の大ヒットは、長らく抑圧されてきたクィアアーティストが躍進する近年の音楽シーンを象徴するものだ。ある面、クィアな若者が多い英米の新世代をもあらわしているかもしれない(2022年のストーンウォール、ギャラップ各調査 によると、英国のZ世代の29%、米国のZ世代の20%が非異性愛者を自認している)。

同時に、アーティストとしてのサムは「ポップミュージックはアイデンティティを超越する」と信じている。「Unholy」リリース前、デビュー作について、ある好奇心を語っていた。

「『In the Lonely Hour』を聴いた多くの人は、男性(への恋)にまつわる歌だと思っていなかったと思います。そうだと知ったあと、曲に抱く気持ちがどう変わるか、気になるんです。私自身は(セクシャリティが異なる)異性愛の人たちの歌に共感するので……。きっと、そこに違いはないですよね?」

おそらく「Unholy」は、サムが願う「アイデンティティの超越」を達成したクィアポップだ。ジェンダーから言語まで、さまざまな属性や境界を超えてこのアンセムが楽しまれていることは、TikTokを見れば一目瞭然となっている。自分らしさを解放し、満開のクィアネスによって世界的な共振をもたらしたこと。それこそ、サム・スミスが打ち立てたレガシーだろう。

Written By 辰巳JUNK


「Unholy」収録の最新アルバム

サム・スミス『Gloria』
2023年1月27日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




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