ブジュ・バントン、約10年ぶりの新作の聴き所と本人の言葉「レゲエのためになるかならないか」

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2020年6月26日に、約10年ぶりのアルバムをリリースしたレゲエ・ミュージシャン、ブジュ・バントン(Buju Banton)。多くのファンが待ちわびていたアルバムは日本でも好調で、発売後の週末にはiTunesの総合アルバムチャートで10位を記録している。ではそんな彼の今回のアルバムの聴き所を本人のコメントとともに、ライター/翻訳家である池城美菜子さんに解説いただきました。

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ブジュ・バントン:カリスマによる受難の経歴

世界中のレゲエ・ファンには、ボブ・マーリー直系の息子たちと同じくらい、ボブのスピリットを受け継ぐアーティストとして崇められているのが、ブジュ・バントンだ。1990年の頭に18才で「Stamina Daddy」のヒットを放って以来、ジャマイカを代表するカリスマとして君臨する。

一方、15才で書いた「Boom Bye Bye」の歌詞がホモフォビア(同性愛嫌悪)だとして、国際社会から何度もバッシングに遭い、2009年にフロリダで麻薬密売に関わった容疑をかけられ、2011年から18年暮れまで投獄されている。ふつうなら、かなりの才能に恵まれたアーティストでも表舞台から消えそうなほど受難続き。だが、彼の復帰を待ち望む声は強く、出所後はジェイ・Z率いるRoc Nationと契約、10年ぶり11枚目の『Upside Down 2020』のドロップとなった。

ブジュがどう凄いか、文章で読むより、ぜひ彼の音楽を聴いてほしい。ラスタファリズムに則ったスピリチュアルなメッセージを、重低音の声で緩急自在に届けるスタイルは唯一無二。レゲエにおけるラッパーにあたるレゲエDeeJayだが、完全に歌っている曲も多い。ダンスホール・レゲエのアーティストとして華やかにデビューを果たすが、1995年『’Til Shilo』でラスタファリアンに転向してファンを驚かせ、1997年の『Inna Heights』でその地位を決定づけた。ヒップホップ、ロック界ともにファンが多いことでも知られる。

「8年も刑務所に入っていたなんて、何をやったの?」という問いに簡単に答えると、2009年に飛行機で隣に座った覆面捜査官に麻薬の密売を持ちかけられ、まんまと取引の場所に行ってしまったことから、コカイン5キロの密売に「関わるつもりがあった」罪で有罪判決となった。状況証拠しかないうえ、陪審員の不正などいろいろと奇妙な点があるのだが、再審請求をして刑期が長引くよりに刑期を全うしたほうが早い、と判断し8年弱で釈放となった。このとき、ボブ・マーリーの次男であるスティーヴン・マーリーが保釈金を払って刑が確定するまでアルバムを出したり、コンサートを開いたりと活動を続けた。90年代、ペントハウス・レーベルで一緒に一時代を築いたウェイン・ワンダーも証言に立ち、仲間から全面的なサポートを受けたことは記しておきたい。

 

高い評価を受ける新作と彼自身の言葉

発売日の約1ヶ月前に本人に電話で話を聞いた。「2020年だから、20曲」と駄洒落みたいな曲数のうち、12曲に本人がプロデュースに関わっている。ブジュ・バントンはガーガメイル・ミュージックという自身のレーベルをもち、そこから曲やリディム(トラック)をリリースしているプロデューサーでもある。20曲の内訳はラスタらしいメッセージ色が強いルーツ・ロック・レゲエが半分、旧友デイヴ・ケリーとリユニオンを果たした「Trust」と「Blessed」ほか、彼のダミ声が生きるダンスホールが4曲、スカの「Good Time Girl」と「Moonlight Love」、ラヴァーズ調の「Lovely State of Mind」、ダブを効かせた「Beat Dem Bad」などバランスが取れている。

客演は、ジョン・レジェンド、ファレル・ウィリアムス、UK で大人気のステフロン・ドン(彼女はジャマイカ系だ)、そしてスティーヴン・マーリー。コラボレーションについての、ブジュの弁。

「俺には自分のスタイルも基準(スタンダード)もある。そのスタンダードに見合わないのなら、条件が良くてもやる必要はない。つまり、レゲエのためになるかならないか」

超然として孤高。誰しもが承認欲求を強めている昨今、一切、媚を売らないブジュの存在は貴重だ。本人とコメントと歌詞を交えながら5曲ほど紹介しよう。

「Yes Mi Friend」

前述したスティーヴン・マーリーとのコラボ。父、ボブ・マーリーの「Duppy Conqueror」を下敷きにしている。ダッピー(Duppy)は悪霊を指し、カリブ海域のほかの島ではジャンビーと名前が変わり、広く信じられている。ボブがリー・スクラッチ・ペリーと作った「悪霊を成敗する者(Duppy Conqueror)」は、「お化けのような為政者、支配側に負けない者」を意味する。つまり、この曲では無実の罪で支配する側に捕まったが、精神まで囚われなかったこと、いまは自由の身であることを、引用した曲とリリック両方で表現している。

10 years, trial and trail
Clean and pure heart make man prevail
For my freedom, a you put up the bail
10年間 裁判に証拠集め
清潔で純粋な心をもって優勢でいたんだ
俺の自由のために 保釈金を払ってくれたよね

最後のラインは、ブジュがスティーヴンにあてた感謝の言葉だ。

 

「Memories」

先行カットされたジョン・レジェンドとのデュエット曲。別れたけれどまだ気持ちと記憶が残っている男性の気持ちを、R&Bとレゲエがほどよく混ざったトラックに乗せて歌っている。ジョンとは2008年の「Can’t Be My Lover」に続き、2回目の共演だ。

「この曲はとても特別だ。なぜなら、メモリー(記憶)がなければ、俺たちは生きていないも同じだから。いい思い出も、悪い思い出も全部いまの自分を作っているからね」とブジュ。王道ラヴ・ソングもラスタの彼にかかると、二重の哲学を帯びるのだ。

Over many moons, since we part
But the memories remain with the love inna mi heart
Care not how many friendships I start
This spot where yuh touch, still tender and soft
別れてから長い月日が経った
でも俺の心には愛と一緒に思い出が残っているよ
あれから何人もの女性と仲良くしたけれど
君が触れた場所はまだ柔らかなままなんだ

ほかの女性関係を「フレンドシップ」で片づけてしまうあたり、さすがである。ちなみに、永らく知らなかったブジュ情報として、16人兄弟の末っ子であり、上の15人全員がお姉さんというのがある。生まれた瞬間から、モテる運命にあった人だ。

 

「Trust」

90年代の頭に共にトップに上り詰めたダンスホールの重鎮プロデューサー、デイヴ・ケリーによるトラック。デイヴとブジュのリユニオンはレゲエ・ファンの長年の悲願であり、これがあっさり叶うあたり、Roc Nationの采配があって良かったと心から思う。「俺は電話を信用しない」という歌詞がおもしろい。スマホとSNS で個人情報は筒抜けだし、場合によっては密告者がいる、と説いている。

Dem will sell you out, dem will sell you out
Your so call friends them me a tell yuh bout
奴らはお前を売渡すんだ 売り渡すんだ
「友達」とか言ってる奴らのことだよ

身近な友達も、SNS上の友達両方を指しているのだが、SNS でのつながりは善意にもとづくケースだけではないので、鋭い。

Nuh Talk round phone nuff a dem have remote(a record yuh)
Gazza don was in di same boat
And ghetto life is general a real cutthroat
電話の近くで話すな 盗聴している人は多い(録音もされてるよ)
ガザのドンは同じ目に遭った
ゲットーでの暮らしは殺るか殺られるかなんだ

ガザのドンとは、現在、殺人罪で服役中のヴァイブス・カーテルのこと。この曲で言及した理由を尋ねた。「彼のいまの状況を、俺はよくわかるからだ。不正な手続きを経て刑務所に入っている」とは、ブジュの弁。

 

「Cherry Pie」

ネプチューンズはレゲエの造詣が深いプロダクション・チームだ。ファレル・ウィリアムスがキングストンまで出向き、1週間かけてこの曲を作ったそう。「俺がやっているのは、ダンスホール・レゲエだ。R&Bでもヒップホップでもない」とブジュが宣言していた通り、洗練されたダンスホールに仕上がっている。

Wine your body (Bruk it down), move your body
Wine your body (To di ground), move your body
体を捻って(腰を落として)体を動かして
体を捻って(地面にくっつくまで)体を動かして

とのコーラスは、ファレルがブジュと一緒に屋外のダンスホールに出かけている感じが出ていて楽しい。

 

「Helping Hands」

5月21日に59才の若さで他界した、ジャマイカを代表するプロデューサー、ボビー・デジタルことボビー・ディクソンの遺作である。「これは俺にとっても、非常に特別な曲だ。ジャマイカに帰ってきてすぐ、昔からの友人のボビー・デジタルに会いに行って、曲を作った。結果的に一緒に作った最後の曲になったんだ。どんな相手であっても助け合って生きていくのが大事だ、と歌っている。いまの世の中はたくさんの境界線を引いて人を隔てる。経済格差、教育の違い、人種の違い。そうやってずっと線を引いいて人を分け隔てている」とコメントしてくれた。

Don’t you know it takes one hand to wash the other
If you should see your brother falling, lend a helping hand
The spirit of Jah, may not always strive with man
If you should see your brother falling, help him if you can
手を洗うためには、もうひとつの手が必要なんだよ
兄弟が困っていたら 手を差し伸べようよ
ジャーの精神だけでは 生き延びられないときもある
仲間が倒れそうになっていたら 助けようよ

コロナ禍以前に作られた曲だが、「手を洗う」ことが大切になるのを預言していたかのような歌詞である。

 

リリース直後がから高い評価を受けている『Upside Down 2020』。音楽で癒されたい、前向きな気持ちになりたい、という人も、ぜひジャマイカからのメッセージに耳を傾けてほしい。

Written By 池城 美菜子(ブログはこちら



ブジュ・バントン『UPSIDE DOWN 2020』
2020年6月26日発売
iTunes /Apple Music / Spotify / Amazon Music




 

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