Join us

Classical Features

ピアニスト、ヴィキングル・オラフソンが新作『フロム・アファー』に込めた思いとは?最新インタビュー公開

Published on

© Ari Magg

『フィリップ・グラス:ピアノ・ワークス』『バッハ・カレイドスコープ』『ドビュッシー – ラモー』『モーツァルト&コンテンポラリーズ』と、アルバムを発表するごとに斬新なアプローチが注目を集め、しかも作曲家に対する見方そのものまで変えてしまうアイスランドの若き鬼才、ヴィキングル・オラフソン。1年ぶりの新作アルバムとなる『フロム・アファー』は、ハンガリー人の現役作曲家としては最長老のジェルジュ・クルターグのピアノ作品を中心としながら、親しみやすい小品も交え、彼いわく「これまで私が録音したアルバムの中で、最もロマンティックでインティメートな作品」に仕上がっている。
サウンド&ヴィジュアル・ライター、 前島秀国さんによるインタビュー。


ヴィキングル・オラフソン『フロム・アファー』アルバム・トレーラー

Víkingur Ólafsson: From Afar (Album Trailer)

――今回のアルバムの企画は、「ブダペストで君と会いたい」というクルターグからの招待状で始まったそうですね。

ヴィキングル・オラフソン:ええ。クルターグは(先日崩御した)エリザベス女王と同じ96歳ですが、車椅子を使っているとはいえ、非常に健康で、現在もブダペストで作曲を続けています。最初は彼を題材にしたドキュメンタリー番組のために、10分か15分の対談を撮影するという話でしたが、実際にお会いすると、対談が2時間以上にもなりました。私はその場で、思いつく限りの曲をピアノで弾いたんです。アイスランドに帰国後、彼にお礼の手紙を書こうとしましたが、適切な言葉が浮かばなかったので、お礼状の代わりに彼を讃えるアルバムを録音しようと思いました。

クルターグの美しい曲を8曲録音し、その前後に、私の子供時代にちなんだ曲を配置することで、私自身の物語も伝えたかったんです。『フロム・アファー』、つまり『遠くから』というアルバム・タイトルは、言うまでもなく遠く離れたクルターグへの挨拶を意味しますが、それだけでなく、リスナーのみなさんひとりひとりへの、遠く離れたアイスランドからの私の挨拶も意味します。それと今回のアルバムでは、クルターグだけでなく、2019年に亡くなった彼の妻マルタも讃えています。

クルターグ夫妻は、これまでに4手のピアノ作品を数多く演奏・録音してきましたので、私も妻のハーラと共に4手の作品を演奏・録音しています。クルターグが編曲したバッハ《トリオ・ソナタ 第1番 変ホ長調 BWV525》は、妻のハーラと演奏していますが、大変名誉なことに、クルターグはその楽譜を私に献呈してくださったのです。そのお返しとして、私もモーツァルト《ヴェスペレ》 K.339から<主をほめたたえよ>の編曲をクルターグに献呈しました。それから、バッハ《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第3番 ハ長調 BWV 1005》の編曲を、彼の亡き妻マルタに捧げています。

ヴィキングル・オラフソン―モーツァルト:主をほめたたえよ(《ヴェスペレ》 K.339から)(オラフソン編)パフォーマンス映像

Víkingur Ólafsson – Mozart: V. Laudate Dominum omnes gentes (Arr. Víkingur Ólafsson)

――クルターグあるいは彼にちなんだ作品以外にも、今回は実に多様な小品を収録していますね。

ヴィキングル:基本的にはバッハ、シューマン、バルトークなど、私が子供の頃に受けた音楽教育で親しんできた曲ばかりです。特にシューマンは、これまでほとんど演奏会で弾いてきませんでしたので、私のルーツを知っていただく意味でも、今回収録しました。そうした曲の演奏を通じて、私の育った音楽環境や教育をクルターグに知っていただきたかったのです。

――とはいえ、あなたが有名な《トロイメライ》を演奏するとは、少々驚きました。

ヴィキングル:ふだんは《月の光》《トロイメライ》《月光ソナタ》といった作品を演奏しませんからね。今回に関しては、クルターグの《眠そうに》と、子供が夢想するような《トロイメライ》の組み合わせがアルバムにふさわしいと考えました。“眠りにつく”という文脈でクルターグとシューマンをつなげると、その文脈から《トロイメライ》の新しい解釈が可能になるんです。《トロイメライ》は、しばしばロマン派ということを誇張した解釈で演奏されますよね。そうではなく、もっと子供側の視点に立ち、重力から解放されたように弾きたかったんです。つまり、子供らしいピュアで軽やかな曲ということですね。

ヴィキングル・オラフソン―シューマン:トロイメライ ビジュアライザー

Víkingur Ólafsson – Schumann: Kinderszenen, Op. 15: No. 7, Träumerei

――バルトークも、確か録音は初めてですね。

ヴィキングル:実は若い頃、バルトークをよく弾いていたんです。私の故郷のアイスランドの音楽は、民俗音楽(フォーク・ミュージック)の影響が強いですが、ご存知のように、バルトークの音楽もハンガリーの民俗音楽に基づいています。18歳の時、バルトークの友人でもあったピアニストのジェルジ・シャンドールが暮らすニューヨークで、彼の個人レッスンを受けたことがあるのですが、その時、彼がこう言ったんです。「みんな、バルトークの音楽を誤解している。誰もがバルトークの音楽を攻撃的に、パーカッシヴに演奏している。バルトークには、歌と、軽やかさがあるんだ」と。それからは私も、叙情的な演奏を心がけるようになりました。

バルトーク自身のピアノ録音を聴くと、いかにも野蛮な感じで弾く現代のピアニストより、ずっと軽やかに弾いていますからね。収録した《3つのチーク県の民謡》は、実際にクルターグの前で演奏した曲です。彼もバルトークと同じハンガリー人ですが、私が演奏を終えると、クルターグからこんな言葉をいただきました。「君はバルトークを、母国語のように弾くんだね」。ハンガリー人のクルターグから、そんな言葉をいただけたなんて、とても名誉に感じています。

――それと個人的には、ブラームスの2曲の間奏曲(ホ長調 作品116の4と、ホ短調 作品116の5)がとても印象に残りました。

ヴィキングル:この2曲を選んだ理由のひとつは、誰もこの2曲を演奏会で弾こうとしないからです。特にホ長調の間奏曲は、個人的にはブラームスの最高傑作だと思っています。もともとブラームスは、この曲を「ノットゥルノ」つまり「夜想曲」と名付けていましたが、要するにショパンへのオマージュですね。それから、私自身がこれまで歩んできたキャリアを振り返るという意味でも、この2曲を収録しました。ドイツ・グラモフォンからデビューするずっと以前、私が自主レーベルから出したデビュー・アルバムでこの2曲を録音したのですが、自分のレパートリーを再録音したのは、今回が初めてです。当然のことながら、当時と現在では解釈がかなり変わっています。

――あなたがアルバムを録音したり、リサイタルで演奏したりする時は、必ずプログラムの中で調性の配置を意識しますよね。今回も、バッハの《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第3番 ハ長調》を属音のトで終わらせ、主音のハに戻ったらクルターグの《ハーモニカ》が始まるというふうに、こだわりが感じられます。

ヴィキングル:これまで私がリリースしてきたアルバムでは、いつも調性の配置にこだわってきました。ある曲が終わると、次の曲に美しく繋がる瞬間が好きなんです。今回の場合は、調性で関連付けることで、クルターグと他の作曲家が“対話”しているような感じが生まれます。そういう“対話”を生み出していくのが、私のアルバムづくりの目標のひとつでもありますね。

ヴィキングル・オラフソンー《ウェア・ライフ・アンド・デス・メイ・ドウェル》解説映像

Víkingur Ólafsson on Where Life and Death May Dwell (by Snorri Sigfus Birgisson)

――それから、アルバムではアイスランドの作品2曲も含まれていますが、スノリ・シグフス・ビルギッソンの《ウェア・ライフ・アンド・デス・メイ・ドウェル》(生と死の宿るところ)を聴いた時、一種の葬送行進曲のような印象を受けました。

ヴィキングル:これは年老いた農夫が大地に種を蒔き、いつか自分も大地に帰るだろうと死を予感する内容の民謡なのですが、ご指摘の通り、死を思わせる暗い雰囲気が漂っていますね。もう1曲、シグヴァルディ・カルダロンの《アヴェ・マリア》も死にちなんだ作品です。とても素晴らしい曲なのですが、アイスランド以外では全く知られていないので、今回収録しました。これまで多くの作曲家が書いてきた《アヴェ・マリア》の名曲と比較しながら聴いていただけると嬉しいですね。

ヴィキングル・オラフソンーーカルダロン:《アヴェ・マリア》ビジュアライザー

Víkingur Ólafsson – Kaldalóns: Ave María (Arr. Víkingur Ólafsson)

――それと今回のアルバムの大きな特色として、同じ曲目をグランドピアノとアップライトピアノの両方で演奏・録音していますね。交互に聴いてみると、テンポの違いが非常によくわかります。

ヴィキングル:グランドピアノのほうが音の振幅が大きく、また持続も長いですが、それに対してアップライトは音の減衰が速いですね。ですから、当然テンポを変える必要が出てきます。それが、テンポが大きく違ってくる理由だと思います。

――以前、ドビュッシーのリワーク・アルバム『リフレクション』の取材をした時、アップライトがコロナ禍のステイホームのメタファーだというお話をされていました。今回のアップライトは、意味合いがやや異なりますね。

ヴィキングル:ええ、私の子供時代の思い出と深く結びついています。子供の頃、いつも自分の寝室にあるアップライトを弾いていました。グランドピアノは、ピアノ教師をしていた母がレッスンに使い、父も自分が作曲する時に使用していたので、ふさがっている時は、アップライトを弾いていたんです。古いし、完璧な楽器とは言えませんでしたが、とても暖かい音色がしました。今回の曲目を録音するにあたって、ピアノとピアニッシモの中間に存在する、信じがたい虹のような音色のパレットと、繊細な陰影が重要だと感じました。誰かに秘密をささやくような、意味のある柔らかさ。それを表現するのに、アップライトがふさわしいと感じたんです。

ポップスやハリウッドの映画音楽のようなアップライトの弾き方も悪くはないんですが、今回はグランドピアノを弾くのと同じ真剣な姿勢で、アップライトを弾いてみたかったんです。それと、アップライトは、クルターグがこれまで多くの録音をリリースしてきましたので、クルタークへのオマージュにもなると考えました。アルバム全曲を、グランドピアノとアップライトの両方で録音したアルバムは、少なくともクラシックでは、今まで全く存在しなかったと思います。

――録音に使用したアップライトは、子供時代に弾いていた楽器ですか?

ヴィキングル:いえ、あまりにも古すぎるので、今回は使えませんでした。録音に用いたのは、レイキャビクのハルパ・コンサートホールのバックステージにある、リハーサル用のカワイです。グランドピアノはもちろんスタインウェイですが、両方とも世界で最も優秀な調律師のミシェル・ブランジェスが、素晴らしいサウンドを引き出してくれました。今回の実験をリスナーのみなさんがどのようにお聴きになるか、反応がとても楽しみです。

――そうそう、今回トーマス・アデスの新作も録音していますが、指揮者としてのアデスとは、すでに共演したことがありますね。

ヴィキングル:ええ。ベートーヴェンの2番の協奏曲の演奏で共演しました。彼に今回のアルバムの計画を話したら、光栄なことに、わずか1週間で美しいワルツを私のために作曲してくれました。今回が世界初録音です。しかも、アデスもクルターグを尊敬していますので、ワルツは彼からクルターグに送られた挨拶も兼ねています。曲名が《ザ・ブランチ》(木の枝)なので、そこから連想し、鳥にちなんだ曲を2曲収録しました。シューマンの《予言者としての鳥》と、クルターグの《鳥のさえずり》です。つまり、鳥たちが枝に留まって、対話しているわけです。

――鳥といえば、あなたの自主レーベルの名前「Dirrindí」はアイスランド語でムナグロの鳴き声を意味しますし、アルバム『モーツァルト&コンテンポラリーズ』のジャケット写真には黒い鳥の羽根が写っていました。ある意味で、鳥はあなたの音楽の“ライトモティーフ”と言えますね。

ヴィキングル:それを指摘していただいたのは、あなたが最初ですよ。

――本当ですか?

ヴィキングル:ええ。鳥が大好きなんです。もちろん、鳥好きの人はたくさんいますが、私が自分の音楽を作る時には、鳥と関連させることが多いですね。生き物としての鳥も好きですし、文学や詩に登場するシンボルとしても好きですし、なによりも自由な存在であることが好きなんです。

Written & Interviewed by 前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)


■リリース情報

ヴィキングル・オラフソン『フロム・アファー』 

2022年10月7日発売
CD / iTunes / Apple Music / SpotifyAmazon Music




 

Share this story
Share
日本版uDiscoverSNSをフォローして最新情報をGET!!

uDiscover store

Click to comment

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Don't Miss