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ウエスト・コースト・ヒップホップ界を代表するアルバム・ジャケット10選

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Cover: Courtesy of Universal Music

ラップはアメリカ東海岸に起源を持つが、西海岸はその芸術形式の視覚面での魅力を高める役割を果たした。特にロサンゼルスのラッパーたちは、ヴィジュアル面でその音楽と切っても切り離せない独自のスタイルを確立したと言える。

黒人としてのアイデンティティを前面に押し出したN.W.A.の美学や、Gファンクに合わせて跳ねるカラフルで光沢のあるシボレー・インパラ、LAでは定番であり続けているカーキ・パンツとコンバースと真っ白のTシャツというファッションなどはその好例だ。

そして、そうしたスタイルは彼らのアルバム・ジャケットにも引き継がれていた。中でも出来の良いジャケットからは、音楽、人生、文化それぞれの面で作り手に影響を与えた要素を読み取ることができる。それらのアルバム・ジャケットの多くは、現在ではウエスト・コースト・ヒップホップのサウンドの象徴にもなっている。ジャケットを一目見ただけで、そのサウンドが聴こえてくるような感じがするのだ。

ここではウエスト・コースト・ヒップホップ界を代表する10作のアルバム・ジャケットに隠された裏話を、リリース年順に紹介していこう。

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1. N.W.A.『Straight Outta Compton』

(1988年発表、撮影:エリック・ポップルトン、アート・ディレクション:ケヴィン・ホスマン)

N.W.A.はギャングスタ・ラップを創始したわけではない。だが彼らは1988年作『Straight Outta Compton』により、恐れ知らずで、威圧的で、好戦的な同ジャンルの価値観を確立したと言える。

ドクター・ドレーとDJ・イェラは、パワフルだがファンキーさも持ち合わせたビートを次々に制作。そのインパクトは、ロス市警の破壊槌よりも強烈だった。そしてアイス・キューブとMC・レンはそのトラックに乗せて、コンプトンやその他の地域の黒人男性たちが感じていた怒りを表現した――ギャングが幅を利かせ、紛れもない戦闘地帯と化していた貧困地区の黒人たちは、警察からの暴力に耐え続けていたのだ。

他方、イージー・イーは高アルコール・ビールを口に流し込むような荒っぽい薬物の売人を演じていた。『Straight Outta Compton』のジャケットにはそんなメンバーたちが写っているが、その1枚は今にも彼らに命を奪われそうな被害者の視点から撮影されている。アルバムに詰まったサウンドや感情や銃声が写真からも伝わってくるのだ。

カリフォルニア芸術大学を卒業したばかりだったカメラマンのエリック・ポップルトンは、友人でアート・ディレクターのケヴィン・ホスマンを通じてこの仕事を依頼された。そして撮影場所や照明を手配する予算がなかったことから、ポップルトンとホスマンは出たとこ勝負でその撮影に臨んだという。ポップルトンは『Straight Outta Compton』のジャケット写真についてNMEにこう話している。

「人工的な照明機材は一切手元になかった。だから僕は地面に寝そべって、弾の入っていないであろう銃をカメラに向けてもらったんだ。実際に弾が入っていたのかは分からないけれど、本物の拳銃だったことは確かだよ」

<N.W.A.の作品はこちらからチェック>


2. アイス・キューブ『Death Certificate』

(1991年発表、撮影:マリオ・カステジャーノス、アート・ディレクション:ケヴィン・ホスマン)

N.W.A.の一員として名を上げたアイス・キューブは、何かを神聖視したり崇拝したりはしていなかった。そしてその傾向はソロ・デビュー後にいっそう顕著になった。

実際、2ndアルバム『Death Certificate』において、彼の憤怒や疑いの目はあらゆる人々に向けられた――警察、政治家、大統領、白人たち、女性など、その対象は挙げればキリがない。結果として完成したアルバムは、社会的・政治的テーマを多く扱いながらも私的な内容となった。また、同作は感性豊かでありながら矛盾に満ちており、そうした部分はメディアに詳しく分析もされた。

そのジャケットは、アイス・キューブが遺体安置所の中でアメリカ国旗に忠誠を誓うポーズを取り、その横に”アンクル・サム”の遺体が横たわっているというもの。この構図には、国家への追及の手を決して緩めないキューブの姿勢や、彼の信念がよく表れていた――彼は、黒人たちが同国における過去の残虐行為や解消されていない不平等を克服できると強く信じていたのである。

<アイス・キューブの作品はこちらからチェック>


3. ファーサイド『Bizarre Ride II The Pharcyde』

(1992年発表、アートワーク制作:スリック)

90年代ロサンゼルスのラップ・シーンは、気取った態度で威勢よく振る舞うギャングスタ・ラッパーに牛耳られていた。だがファーサイドは、そうしたMCたちとは真逆の存在だった。

ダンサーからラッパーに転身した経歴を持つ彼らは、自虐的な笑い、酩酊状態の悪ふざけ、自分たちの心の弱さ、若者らしい欲望などをジャジーだがパンチの効いたビートに乗せて表現していたのだ。そんな彼らがデリシャス・ヴァイナルから発表したデビュー・アルバム『Bizarre Ride II The Pharcyde』は、「On The DL」や「Otha Fish」といった楽曲に代表されるように、生き生きとしていて猥褻な作風だった。

同作のジャケットをデザインしたのは、芸術系の大学出身でグラフィティ・アーティストとして活動し、その後ストリート・ファッションのデザイナーになったスリック(リチャード・ワーガッチ2世)。”まんがのビル・コスビー”風のイラストに仕上げられた『Bizarre Ride…』のジャケットには、曲がりくねった古いジェットコースターに乗って女性の口へと向かっていくメンバーたちが描かれている。

このコースターはマジック・マウンテン(カリフォルニア州ヴァレンシア)のアトラクションであるコロッサスをヒントに描かれたもので、奥の女性はアダルト映画界のスターだったエボニー・アイズがモデル。この性的なジャケットに関してスリックは、KCETのインタビューでこう話している。

「……僕らはさりげない表現になるように構図の切り取り方を決めていた。時間をかけて読み解くようなアートワークになっている点が気に入っているんだ。あまり露骨過ぎないところがいいよね」

<このアルバムの再生はこちらから>


4.ドクター・ドレー『The Chronic』

(1992年発表、アート・ディレクション/デザイン:キンバリー・ホルト、撮影:ダニエル・ジョードン)

N.W.A.を脱退したあと、ドクター・ドレーは大胆に路線を転換した。プロデューサー兼ラッパーである彼はN.W.A.の「Express Yourself」で”don’t smoke weed or sess(マリファナもシンセミラもやらない)”と主張していたが、1992年のソロ・デビュー作『The Chronic』でその使用を公言したのである。

“常習者”を意味するタイトルの同作は、新たに設立されたデス・ロウ・レコードからリリースされた。このアルバムは、イージー・イーを徹底的にこき下ろしたディス・レコードであり、1992年のロサンゼルス暴動の原因になった社会的・政治的不正を告発した作品でもある。

その上、同作はGファンクをドライヴ、ギャング活動、マリファナの喫煙といった時間によく合う映画的な音楽体験へと進化させたアルバムでもあった。そして、『The Chronic』のジャケットには後者の役割がよく表れている。

フランスのタバコ巻紙のブランドであるジグザグのロゴを模したこのジャケットでは、同ロゴにおけるフランス兵のイラストがこちらを睨みつけるようなドレーの顔写真に置き換わっている。シンプルだが印象的で、いつまでも色褪せないこのアートワークはGファンクの音楽と同じく、物騒だが魅力的なのである。

<ドクター・ドレーの作品はこちらからチェック>


5. サイプレス・ヒル『Black Sunday』

(1993年発表、撮影:アンソニー・アルティアガ、コンセプト/デザイン:ダンテ・アリオラ)

サイプレス・ヒルは水耕栽培の大麻とドゥーム・メタルをこよなく愛するラテン系アメリカ人グループで、いわば”チーチ&チョンとブラック・サバスに対するラップ界からの回答”と言える存在だった。そしてB-リアルとセン・ドッグのラップは、カリフォルニア州サウスゲイトにおける自分たちの縄張りの様相を鮮烈な蛍光色で描き出しながら、それを闇とマリファナの煙で覆い隠しているような趣であった。そんな彼らのロゴは頭蓋骨が数本の矢に貫かれているデザインだが、2ndアルバム『Black Sunday』のジャケットもそのイメージを踏襲したものになった。

同作におけるサバス風の不気味なアートワークは、墓石が散在する丘の上に一本の木が立っているというもの。彼らのほかのアルバムも数多く手がけたプロデューサーのDJ・マグスは、車でブルックリンの墓地を通りかかった際にこのコンセプトを思いついたのだという。マグスはニューヨーク・ポスト紙にこう話している。

「街に出るときに毎日この墓地の横を通るんだ。ある日、雪がめちゃくちゃ降っていて、木の葉が全部落ちてしまっていた。木には氷柱がぶら下がっているだけで、あたり一面が雪に覆われていた。それを見て”ああ、この墓地でジャケット写真を撮ろう”と思ったんだ」


6. スヌープ・ドッグ『Doggystyle』

(1993年発表、イラスト制作:ジョー・クール)

ドクター・ドレーとスヌープ・ドッグは、ジョージ・クリントンと彼が率いたパーラメントやファンカデリックの音楽のファンであることを公言していた。それゆえスヌープ・ドッグが1993年に発表したデビュー作『Doggystyle』のジャケットが、ファンカデリックの『One Nation Under A Groove』などにみられるコミック風のイラストをオマージュした仕上がりなのも不思議ではなかった。

色鮮やかで情報量の多いそのジャケットでは、帽子と長いフランネル・シャツと金のチェーン(90年代のLAで流行したファッションだ)を着用した半人半犬の男性キャラクターが犬小屋の屋根から乗り出し、ランジェリーを着た半人半犬の女性キャラクターの尻尾に手を伸ばしている。そしてその後ろでは、野犬捕獲員が彼らを捕まえるタイミングを窺っているのだ。さらに、3匹の犬が古代ギリシャ劇の合唱隊のような役回りでレンガの壁の向こうからその様子を覗き込み、クリントン作の「Atomic Dog」の歌詞を口にしている。

このイラストを描いたのはスヌープ・ドッグのいとこのジョー・クールだ。クールは服役していた際、自画像を描いてスヌープに送っていた。それを見たスヌープは、出所後の彼のもとにドクター・ドレーの考案したコンセプトを持ち込んだのだ。クールはHipHopDXにそう明かしている。

「彼はこう言った。”ドクター・ドレーは、俺が実際に犬小屋の屋根から手を伸ばして、犬の尻か何かを触っている写真を撮りたがっているんだ。でも俺はきみにそういうイラストを描いてほしい。ドレーには確認してみるからさ”」

その案をドレーが承認したことで、ヒップホップ史に残るジャケットが生まれたのだ。

<スヌープ・ドッグの作品のアナログ・レコードはこちらからチェック>


7. 2パック『All Eyez On Me』

(1996年発表、撮影:ケン・ナホム)

『All Eyez On Me』は2パックのアルバムの中でももっとも有名かつ人気の高いアルバムだ。制作の背景、当時のパックの知名度の高さ、音楽としての完成度の高さ、ヴィジュアル面での魅力、リリース直後の彼の悲劇的な死などその理由はいくつも考えられるが、おそらくはそのすべてが重なってのことだろう。

全27トラックから成るこの2枚組アルバムは、怒り、誇大妄想、欲望、スーパースターゆえの傲慢さ、暴力的な反抗心、暴力的な情熱などに満ち溢れている。そしてそのすべてが、このジャケットから読み取れるのだ。

デス・ロウの専属カメラマンだったケン・ナホムが撮影したこのジャケット写真には、名声のピークにありながら人生のどん底にあったパックの姿が捉えられている。そしてこの1枚には”サグ・ライフ”と”マッド・マックス”を掛け合わせたような美学が見事に表れており、その世界観は「California Love」のミュージック・ビデオにも表現されることとなった。

シャツを着ずにタトゥーを露わにした2パックは、金のチェーンに下がったデス・ロウの装飾をカメラに見せつけ、ジャン=ポール・ゴルチエのベストの黒いレザーをちらつかせている。また、西海岸を象徴する”W”のハンド・サインを掲げることで、悪名高い東海岸と西海岸の抗争における自らの立ち位置を目に見える形で表明している。他方、その2パックの瞳からは前作『Me Against The World』の収録曲「Dear Mama」のような楽曲を生み出した繊細さも垣間見えるのだ。ナホムはAndscapeにこう語っている。

「2パックは詩人だった。彼は人生において偉大な夢を抱いている人だった」

2パックはもうこの世にいないが、彼の抱いたその夢は境遇にかかわらずあらゆる人々を現在も鼓舞し続けている。

<2パックの作品はこちらからチェック>


8. ザ・ゲーム『The Documentary』

(2005年発表、撮影:ジョナサン・マニオン)

ザ・ゲームの『The Documentary』は、まるで実験室で作られたかのようなウエスト・コースト・ラップ作品だった。同作ではLAラップ界の特徴となるサウンド、ヴィジュアル・イメージ、文化的要素がすべて組み合わせられていたのである。彼は先達のラッパーからの影響を随所に取り込んでいたが、それと同時に過去のサウンドや表現方法に彼独自の現代的なエッセンスを加えてもいた。

このアルバム・ジャケットを撮影したのは、ヒップホップ界で名を知られた写真家のジョナサン・マニオンだ。彼はそれまでにジェイ・Zやエミネム、DMXらの有名ジャケット写真を手がけていた。ここでのザ・ゲームも上に挙げた2パックの写真のように、上半身裸でポーズを取っている。そしてズボンは黒のディッキーズ、靴は黒のコンバースと、どちらもLAのストリート・ファッションの定番となっていたアイテムだ。

さらに西海岸の車文化へのオマージュとして、彼はホイール部分が金色のタイヤの上に座っている。Gファンクの不可分な要素となっていたローライダーの車においては、こうしたホイールが好まれたのだ。マニオンはザ・ゲームとの対談の中で、この写真についてこう話している。

「間違いなく、ヒップホップ史上屈指の重要性を持つ1枚だ」

その言葉は間違っていない。『The Documentary』のジャケットにおいては、必要最小限の要素の中にウエスト・コースト・ヒップホップのすべてが凝縮されているのである。

<ザ・ゲームの作品のはこちらからチェック>


9. ジュラシック5『Quality Control』

(2000年発表、撮影:ブライアン・クロス a.k.a. B+)

90年代のロサンゼルスにおけるテレビやラジオはギャングスタ・ラップが席巻していた。一方、アングラ界で活動する前衛的なラッパーたちも熱気に満ちた即興パフォーマンスや駐車場でのラップ・バトルで競い合い、独創的なフロウを作り出し、時にはメジャー・レーベルとの契約を勝ち取ることもあった。そうしたグループの中でも頭一つ抜けた存在だったのがジュラシック5だ。

4人のラッパー(チャリ・ツナ、スープ、アキル、マーク・セヴン)と2人のプロデューサー/DJ(カット・ケミスト、ヌ・マーク)から成る彼らは、まるでタイム・マシンに乗ってやって来たかのような作風でインタースコープと契約。彼らはかつてのコールド・クラッシュ・ブラザーズらが得意としたような、エネルギッシュで一体感のあるスタイルを現代に蘇らせた。

彼らの作品は感性豊かで先達へのリスペクトに満ち、高揚感がありながらも陳腐ではない。ジュラシック5は『Quality Control』のようなアルバムを通じて観客を楽しませながら、ロサンゼルスやエンターテインメント業界の固定観念を打ち破っていったのである。

ジェスロ・タルの『Songs From The Wood(神秘の森〜ピブロック組曲)』のジャケットにヒントを得たヌ・マークは、”レコード型の切り株に針が乗っているクローズアップ写真”というコンセプトを考案。『Quality Control』のジャケット写真はそれを発展させたもので、最終的には車の行き交うロサンゼルスの交差点のど真ん中に座っているメンバーたちの写真が撮られた。そして彼らは、グループのロゴである”J5″が刻印された切り株に耳を傾けているのだ。

この1枚には”原点回帰”という彼らの理念と、ロサンゼルスで目にしたすべてを言葉にするその能力がよく表れている。だが撮影を担当したB+によるとヌ・マークは、切り株の上にレコード・プレイヤーのトーンアームが下りているように見えないと憤っていたという。B+はスピン誌に話している。

「大人数のグループ写真を撮りながら、そのうち1平方インチほどしかない細部を強調するというのは厄介なことなんだ。無茶な話だったのさ。デザイナーのキース・タマシロがいてくれて本当に助かったよ。最終的にヌ・マークの構想を理解する手助けをしてくれたのは彼だったんだ」

<このアルバムの再生はこちらから>


10. ケンドリック・ラマー『good kid, m.A.A.d city』

(2012年発表、アート・ディレクション:ケンドリック・ラマー)

ケンドリック・ラマーの2ndアルバム『good kid, m.A.A.d city』は強烈かつ非常に私的な彼の成長物語だ。オンボロのミニバンでローズクランズ通りを駆け抜けていくような感覚に陥る同作では、繊細で、詩人肌で、洞察力に富み、葛藤を抱えた1人の男の目から見たコンプトンの数十年が描かれる。

そこには若者らしい欲望、威勢のいい車内でのフリースタイル(「Backseat Freestyles」)、飲酒に警鐘を鳴らしたアンセム(「Swimming Pools (Drank)」)、記憶の中から容赦なく現れる悪魔(「m.A.A.d city」)といった要素が含まれており、ラマー自身はFUSE誌の取材で同作を”自画像”と表現していた。

そんなアルバムの中身に相応しく、同作のジャケットには幼少期の彼が写っている。彼を形成した世界のスナップショットだ。この写真の重要性については、ラマー自身がFUSEに分かりやすく説明してくれている。

「おじが2人写っていて、右端にいるのは祖父だ。哺乳瓶の隣にはビール、そして子どもを抱く手はギャングのハンド・サインを作っている。俺にとって、これは単なる音楽じゃない。若者――特に俺の街で”非行少年”と呼ばれた人たちの物語なんだ。後ろを見ると、壁に俺と親父の写った写真が貼られている。目の部分が黒く隠されているのは個人的な理由からなんだ。アルバムを聴けばそれが分かると思うけど、この1枚の写真には俺の人生や、コンプトンで過ごした俺の幼少期、それに無垢な目を通して見てきた物事の多くが凝縮されている。俺以外の目は隠されていて、周囲で起こっていることを必死に理解しようとする俺の無垢な目だけが見えるんだ」

<ケンドリック・ラマーの作品はこちらからチェック>

Written By Jim Bell



 

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