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『Rainbow Rising(邦題:虹を翔ける覇者)』でチャートを翔け上がったレインボー

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1976年、レインボーのセカンド・アルバム『Rainbow Rising(邦題:虹を翔ける覇者)』は英米両方のチャートに同じ日にランク入りした。前作『Ritchie Blackmore’s Rainbow(邦題:銀嶺の覇者)』から1年経ったあと、このバンドはメンバーが大幅に入れ替わっていた。それにもかかわらず、このアルバムは題名通りにチャートを翔け上がっていった。

rainbow pic1976前作のレコーディング・メンバーのうち、残っていたのはリッチー・ブラックモアとリード・ヴォーカルのロニー・ジェイムス・ディオのふたりだけ。ミュンヘンのミュージックランド・スタジオで行われた『Rising』のレコーディングでは、新たにキーボードのトニー・カレイ、ベースのジミー・ベイン、そして凄腕ドラマーのコージー・パウエルが加わっていた。しかしこの新生レインボーは、すぐにファンに受け入れられた。『Rising』はイギリスでゴールド・ディスクを獲得。また1981年にスタートした雑誌ケラング!は、創刊まもない時期にこのアルバムを「史上最高のメタル・アルバム」に選んでいる。

全英アルバム・チャートでは、『Rising』は初登場50位。しかし1週間後には最高11位にまで翔け上がっていた。この最高順位は前の『Ritchie Blackmore’s Rainbow』と同じ。しかし前作はチャート入りの期間が6週間に留まっていたが、『Rising』は22週連続ランク入りを果たした。また1980年には、レインボーの人気がさらに高まったことで再び7週間チャート入りしている。さらに1981年には、三度目のチャート入りを果たした(1週ランク入り)。

一方全米チャートでは、『Rising』は最高48位を記録。チャート入りの期間は前作を2週間上回る17週に及んだ。レインボーが英米両方で大ヒット・シングルを出すのはまだずっと先のこと。このセカンド・アルバムは、ドイツ、スウェーデン、ニュージーランドでもチャートのトップ40に入っている。まさに『Rising』という題名にふさわしい人気ぶりだった。それから2年後、レインボーはさらに『バビロンの城門』で快進撃を続けることになる。

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