ニルヴァーナ「In Bloom」解説:不安定なレコーディングと曲に込められたメッセージとは

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Photo: Michel Linssen/Redferns

1992年11月30日、ニルヴァーナ(Nirvana)の「In Bloom」がアルバム『Nevermind』からの4枚目、そして最後のシングルとしてリリースされる頃には、この楽曲が生まれた時と比べると、ニルヴァーナは遙かに大きな利益を生み出す“商品”になっていた。

カートはそういう展開を当初予想していなかった。しかし彼が感じていた、自らが急速にスーパースターへ昇り詰めたことに対する焼け付くような嫌悪感は、皮肉なことにそうした新たな波乱に満ちた状況を作り出した楽曲「In Bloom」の中で既に予想されていたのだ。

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レコーディング

1990年4月、ニルヴァーナがプロデューサーのブッチ・ヴィグが所有していたウィスコンシン州マディソンにあるスマート・スタジオで『Nevermind』のデモをレコーディングしようという日の前日、カートは「In Bloom」の最初のバージョンの仕上げを施そうとしているところだった。

ベーシストのクリス・ノヴォセリックによると、この曲は当初「(ワシントンDC出身のハードコア・パンク・バンド)バッド・ブレインズの曲みたいだった」ようだ。おそらくバッド・ブレインズのハードコアなスタイルに似ている点を指しており、かのバンドのレゲエ寄りのスタイルについて言っていたのではなさそうだ。しかしカートは、生来のポップ・センスを駆使して、元のハードな曲調のエッジを和らげたに違いない。

この初期のバージョンに満足していたニルヴァーナのメンバーは、当時契約していたインディー・レーベルのサブ・ポップから「In Bloom」をEPでリリースしようとし、ビデオまで撮影していたが発売されることはなかった。しかしその1年後、デモの可能性を評価したゲフィン・レコードとバンドが契約すると、「In Bloom」はアルバム制作を念頭に置いたセッションで再レコーディングされることになった。

 

「In Bloom」の正式なレコーディング

1991年5月に、彼らがカリフォルニアにあるサウンド・シティ・スタジオでレコーディングを再開した時、プロデューサーとして戻ってきたブッチ・ヴィグは、初日は比較的ハードルの低い曲でウォーミングアップしたらどうかと提案した。「自分たちが慣れたアレンジの曲で始めるのがいいと思ったんだ」と彼は語っている。

しかし、「In Bloom」をテープに落とすのはすんなりとはいかなかった。スタジオでカートをコントロールしようとするとしばしば問題が発生するからだ。ブッチはこう振り返る。

「カートは一緒に仕事するには最高なんだが、その時は信じられないほど機嫌が悪かった。彼がどのタイミングで集中してくれるのか、あるいはどのタイミングで自分の中に引き篭もってしまうのかを見極めるのが大変だったよ」

カートが突然爆発するのは、往々にして自分自身のパフォーマンスに対する自信の評価が原因であることが多かった。彼は、音楽的な完璧さの実現と彼自身のパンク・ロック的資質とが対峙せざるを得ないという、内在的な二律背反を受け入れざるを得ない状態だったのだ。

彼は自分の歌う曲に明確に情熱を込めようとするが、彼のボーカルは時に不安定だったので、ブッチは初日の「In Bloom」のセッションでそれをコントロールして修正せざるを得なかった。もっとも、この曲のテイクを数多く録音せざるを得なかったのはカートだけの責任ではなく、ドラマーのデイヴ・グロールに初めてバック・ボーカルをやらせようという試みが、かなりの説得と忍耐を要したことにも原因はあったようだ。

激しいノイズとそれに対抗するデリケートなメロディの組み合わせで、聴く者を動揺させながら強い推進力を持つ「In Bloom」は、アルバム『Nevermind』の他の曲の楽曲構成のテンプレートのような役割を果たすことになった。クリス・ノヴォセリックは、彼らの矛盾した音楽の聴き方についてこう語っている。

「俺たちがヴァンの中でよく聴いたテープがあったんだ。そのテープの片面には、ニュージャージー出身のオルタナ・バンドのスミザリーンズの曲が入ってて、反対の面にはメタル・バンドのセルティック・フロストの曲が入ってた。そのテープはしょっちゅう聴いていて、両方の面を繰り返し聴いていた。今思うと多分あれが俺たちのサウンドに影響してたんだな、って思うよ」

 

「In Bloom」の歌詞の意味

この曲におけるカートの歌詞は、ビート世代の作家であるウィリアム・バローズが多用した言葉を切り貼りするテクニックとシュルレアリスム(超現実主義)芸術から影響を受けた、いろいろな言葉をごちゃまぜに使うという、不明瞭なスタイルを取っている。「In Bloom」のメッセージは意図的に曖昧にされているが、今でも支持されている3つの説がある。

最初の説は、ニルヴァーナの伝記作家であるチャールズ・クロスが唱えているもので、カートの友人でルームメイトのディラン・カールソンが、この曲に登場する「僕らの可愛い歌が好き」だけど「それが何を意味するか判らず」銃をぶっぱなす男である、というものだ。しかし、カートもディランもこの説を裏付けるような発言をしていないので、この説は未だに憶測の域を出ていない。

二つ目の説は、アルバム『Bleach』と『Nevermind』の間の時期に、全米で広がった噂を聞いてニルヴァーナのライブに集まり始めた、日和見的なファンを直接的に非難している、というものだ。

ステージ上の自分のいる位置から、カートにはニルヴァーナのライブの観衆が、彼が生涯嫌悪した「レッドネック(アメリカ中南部の保守的白人層)やマッチョ思想であり、暴力的で態度の悪い連中」で膨れ上がっていくのが見えた。そうした連中はニルヴァーナのキャッチーな曲に合わせて歌うのだが、完全にその曲のメッセージに気が付いていないという様子が、カート自身の疎外感をいやが上にも増幅したのだった。

しかしこれはカートにとって初めての状況ではなかった。ワシントン州アバディーンで育ったカートには、これまでも人々の了見の狭さや偏見は我慢できないものだった。彼はこう言う。

「長い間、自分はゲイかもしれないと思ってた。というのも、自分はチアリーダーみたいなタイプの女の子は苦手だったし、体育会系の奴らとつきあうのも嫌だったしね。その結果、世捨て人みたいな暮らしを選んだんだ。他の連中の愚かさに我慢できないから、誰とも付き合わなかったんだ」

もちろん皮肉なことに、カートがそうした視野の狭い連中を非難するために書いたこの曲は、一度聴くと歌わずにいられないメロディでたちまち人々の間に広まっていった。しかし、こうしてメインストリームの地位を確保したにもかかわらず、「In Bloom」をリリースする頃には、ニルヴァーナのメンバーは、そうした騒ぎの外から事態を眺めながら、自分たちのことを歌っていることに気が付かない、近視眼的な連中を笑い飛ばしていたのだ。

 

この歌の意味についての三つ目の説

「In Bloom」についてはもう一つ、長く信じられている説がある。コーラス部分の歌詞は確かにこの曲がそうしたならず者たちを歌っているという説に合致するように思えるが、Aメロ部分はこの曲が実は思春期における性的同一性と、それによって生じる混乱についての歌だという考えに符合するのだ。

曲の設定は春、すなわち性的目覚めの季節であり、「生殖器(Reproductive Glands)」という言葉はそれ自体が「若い年頃(Tender Age)」の者たちの欲情しているもの、簡単に傷付いてしまう柔らかい果実とでも言うべきものを指している。

先に述べた、カート自身の自分の性的指向についての考えを踏まえると、ひょっとするとカートは自分自身を発見することの複雑さが、社会からのプレッシャーによって更に複雑化され、しまいには自分自身であることが難しくなっていく、そうした十代の頃の不安を暗に述べていたのかもしれない。

 

永遠に反体制的な人間

カートは永遠に反体制的人間だ。学校にいるマッチョたちに対する彼の嫌悪は、彼が大人になって、差別に対して声高に自分の考えを述べられるようになっても続き、自分のライヴでニルヴァーナの女性ファン達に嫌がらせをしようとする男達が目に付くと、直ちにそうした連中を会場から追い出していたほどだ。

1992年、ニルヴァーナは当時オレゴン州で可決されようとしていた、同性愛を「異常かつ誤りであり性的倒錯」と決めつけていた反同性愛者的な投票権法令の改正案に抗議するためのベネフィット・コンサートにも演奏しており、その年の終わりにリリースされた、ニルヴァーナの新しいコンピレーション・アルバム『Incesticide』のライナーノーツには、以下のような記載があった。

「この際だから、ファンの皆さんにお願いがあります。もし、あなた方の中に同性愛者や肌の色が違う人、女性を憎んでいる人がいたら、どうか私たちのためにこれだけはお願いします。俺たちのことはほっとけ! 俺たちのライヴにはくるな、レコードも買うな」

「In Bloom」の歌詞の意味については様々な推測がなされてきて、もはやカート自身はそれらの推測について正しいとも違うとも言うことはできない。しかし、一つ言えるのは、それらの推測がどれも全て大間違いである可能性もあるということだ。かつてクリスはこう説明したことがある。

「カートはこう言っていた、物事をストレートに言うのは嫌いだってね。あいつが聞いたらただ笑うだけだよ。自分が何かクールなものを作り出したことは判ってて、それについてはハッピーだったと思う。いろいろ説明するのは、自慢をひけらかすヤツのやることだと思ったんだろうな。多分みんなにああでもないこうでもないと推測させるのが良かったんだろう」

 

「In Bloom」のミュージック・ビデオ

どういう意味が込められているにせよ、「In Bloom」のミュージック・ビデオは、この曲をニルヴァーナの最も祝福された楽曲の一つとしての位置を確固たるものにした。

モノクロの映像は『エド・サリヴァン・ショー』といった1960年代のアメリカのTV番組でのミュージシャンのパフォーマンスをベースにしている。映像では自分のことを「全く申し分なく、まともな若者」とのたまうプレゼンターの紹介を受けて登場するきれいに散髪したニルヴァーナのメンバーたちが、絶叫する観客を前に「In Bloom」に合わせて明らかに中途半端な感じで体を動かし始める。このビデオについてカートはこう語っていた。

「俺たちはビートルズみたいにしたかったんだ。いや、デイヴ・クラーク・ファイヴだな。(あのビデオで)俺はメガネかけていたし。ビートルズのことを馬鹿にするようなことはしないよ」

 

後世に残り続ける「In Bloom」

今日、「In Bloom」は、カートが作り上げた魅力に溢れたメロディで、クラシックとしての地位を確固たるものにしている。この曲はオルタナ・カントリー・アーティストのスタージル・シンプソンの憧憬に満ちたカントリー的解釈にも充分応えているし、ラッパーのリル・ナズ・Xが自身の楽曲「Panini」を書く時に彼の意識下でこの曲との類似性を生んだため、カートが作者としてクレジットされたほどだ。

このことは「In Bloom」の運命を決定した。リル・ナズ・Xはゲイであることを公表している黒人アーティストで、積極的にヒップホップが受け入れられるよう、他のジャンルとの境界線にチャレンジすることで、新しい世代の音楽ファンたちにインスピレーションを与え、力付けてもいる。

そして「In Bloom」とリル・ナズ・Xのやり方、つまりLGBTQ+のコミュニティをサポートし、社会常識にチャレンジしつつも、目一杯楽しんでやるという方法の関係性を見るにつけ、きっとカートは、自分の曲が何十年も後に正にそういう関係性についての役割を果たすことを望んでいたのではないかと思わずにはいられないのだ。

Written By Simon Harper


ニルヴァーナ『Nevermind』
2021年11月12日発売
国内盤:Super Deluxe Edition (5CD + Blu-Ray)
国内盤:2CD輸入盤 / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music





 

 

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