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ニール・ダイアモンドの人生:売り上げ1億3,000万枚以上、米ポピュラー音楽界の至宝の経歴と名曲

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Photo: CA/Redferns

偉大な作曲家であるニール・ダイアモンド(Neil Diamond)は長年、時代の最前線に立ち続けてきた。ワールド・ミュージックの要素を取り入れた45年前の革新的アルバム『Tap Root Manuscript(クラックリン・ロージー)』においても、「Holly Holy」や「Sweet Caroline」といった都会的な名ポップ・ナンバーにおいても、ミュージカル向きの劇的な楽曲を現代的に歌い上げることにおいても、ダイアモンドは多大なる才能を発揮してきたのである。彼はこれまでに全世界で1億3,000万枚以上のアルバムを売り上げてきたが、キャリアを歩み出した当初から異彩を放つ存在だった。

下積み時代のダイアモンドは、ニューヨークのブリル・ビルディングでシンプルな曲を書き、ジェイ&ジ・アメリカンズや超大物のモンキーズなど、若者たちに人気のグループへ提供していた。だが正確に言うと、彼はほかのミュージシャンたちの要望に合わせて作曲をしていたわけではない。彼はいつだって自身のキャリアを念頭に曲を書いていたのだ。とはいえ、エルヴィス・プレスリー、ディープ・パープル、ルル、クリフ・リチャード、アージ・オーヴァーキルといったアーティストはみな、のちに若き日の彼が生み出した名曲の恩恵を受けることとなった。

ニールは地球上のどんなアーティストにも引けを取らないほど多くのヒット・シングルを生み出してきたが、そんな彼のアルバムの中でも、特に1970年代のコンセプト・アルバム群は時代を超えた魅力を備えている。また、ニールは多作だが、楽曲の質に関して妥協することはない。彼が余計なフレーズを加えたり、無理に曲の長さを引き延ばしたりすることは滅多にないのだ。

このようにダイアモンドは無駄のない曲作りに長けている一方、そのロマンティックな歌声によりエンターテイナー/ライヴ・パフォーマーとしても厚い支持を集めている。彼は円形のアリーナに詰めかけた観客に手を伸ばすときでも、より小規模な劇場や、あるいはライヴ・ハウスの幸運な観客と親密な空間を作り出すときでも、目の前の人々の心を掴むことができるのだ。

シーンの先駆者として幾多の逆境を乗り越えてきたダイアモンドは、”大衆的でありつつ昔ながらの美意識を持ち合わせている”という点で、アメリカのポピュラー・ミュージックの特色を体現する人物でもある。数々の栄誉に輝いてきた彼は、大統領や野球場の観客の前でも演奏し、世界中に熱狂的なファン層を築いてきた。彼の作品がチャート入りしてきた期間の長さを考えれば明らかだが、彼は決して”隠れて応援すべき存在”や”知る人ぞ知るカルト的人気アーティスト”などではない。彼は”アメリカの宝”なのだ。

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Neil Diamond – Sweet Caroline (Audio)

 

転機となったユニ・レコード時代

本名をニール・レスリー・ダイアモンドという彼は1941年、ニューヨークのブルックリンに生まれた。一時は学問の世界、特に生物学の分野に進む可能性もあったが、そんなころに自作曲が独立系レーベル界隈で注目され始め、その質の高さを認められる。そうして彼は10代後半にして音楽の道へと進むこととなった。

1stアルバムをバング・レコードで制作した彼だったが、その後、より環境の整ったユニ・レコードへと移籍。そして彼は同レーベルにたった1人で変革を起こしたのだった。喜ばしいことに、この時期の彼の軌跡はいくつかの企画盤を通じて辿ることができる(『Up On The Roof: Songs From The Brill Building』、『The Bang Years 1966-1968 (The 23 Original Mono Recordings)』、『Play Me: The Complete Uni Studio Recordings…Plus!』の3作品)。これらを聴けば、彼の最初期の楽曲の質の高さと数の多さはもちろん、選り抜きのカヴァー曲における堂々たる歌いぶりも肌で感じられることだろう。

 

「Sweet Caroline」の大ヒット

1969年には『Brother Love’s Travelling Salvation Show(ニール・ダイアモンドの肖像)』と『Touching You, Touching Me(スウィート・キャロライン)』がいずれもゴールド・ディスクに認定。これは、ヒット曲「Sweet Caroline」がメディアを大きく賑わせたことで、数百万のリスナーに彼の魅力が伝わったからだった。

だが彼はこの成功に安住することを良しとしなかった。そしてアフリカの伝統楽器を見事に使いこなすとともに名ポップ・ナンバー「Cracklin’ Rosie」を収めた『Tap Root Manuscript』を発表。油断し切った世の中のリスナーを戸惑わせたのだ。その点では、ニールはポール・サイモン以上に大胆なアーティストだといえるだろう。

Neil Diamond – Cracklin' Rosie (Audio)

また、ホリーズも取り上げた「He Ain’t Heavy, He’s My Brother(兄弟の誓い)」は、自作曲でないながらも彼の代表曲となった。それらの楽曲を収めた『Tap Root Manuscript』がプラチナ・ディスクに認定されたのに続き、翌年発表のアルバム『Stones』も同様の成績を残した。プロデュースを担ったトム・カタラーノの手腕もあって同作からは名曲「I Am… I Said」が生まれたほか、ダイアモンドはこのアルバムでジョニ・ミッチェル、ランディ・ニューマン、トム・パクストン、ロジャー・ミラー、ジャック・ブレル、レナード・コーエンらの選りすぐりの楽曲をカヴァーしてもいる。

Neil Diamond – I Am… I Said (Music Video)

 

伝説的ライヴと映画音楽の時代

昔から作品を出し惜しみしないニールは、1972年にもすべて自作曲から成る『Moods』とライヴ・アルバムの『Hot August Night(グリーク・シアター・コンサート)』をリリース。これらの作品はいずれも彼がそののちに進む道筋を示した重要作であり、業界ではアレンジやリズム/ストリングス全般における高い技術力により傑作と評されている。

後者の『Hot August Night』は、ロサンゼルスのグリーク・シアターで録音されたライヴ盤。こちらは、アナログ2枚組のオリジナル盤の曲目に多数のトラックを追加した40周年記念デラックス・エディションで聴くのがお勧めだ。同作には「Girl, You’ll Be A Woman Soon(悲しきプロフィール)」(のちにアージ・オーヴァーキルのヴァージョンが映画『パルプ・フィクション』の衝撃シーンに使用された)などの名曲のほか、当時までの彼のメガ・ヒット曲をもれなく収録。一時代を代表する実況録音盤と言えるし、通なレコード・コレクターも必携の1作だ。

Girl You'll Be A Woman Soon (Live At The Greek Theatre, Los Angeles/1972)

同じことは、グラミー賞に輝いた同名映画のサウンドトラック盤『Jonathan Livingston Seagull(かもめのジョナサン)』にも言える。これといったヒット・シングルがなかったにもかかわらず同作がダブル・プラチナに認定される大ヒットとなったのは、当時のニールの人気ぶりの証左といえよう。実のところ、収益の面では映画そのものをも上回っていたのである。

ダイアモンドは続く『Serenade(永遠のセレナーデ)』と『Beautiful Noise』で、イージー・リスニングやアダルト・コンテンポラリーの分野に挑戦。それでも彼がアルバム制作に妥協することはなかった。当時の彼は流行やトレンドを超越した存在になりつつあり、ドクター・ジョン、ロビー・ロバートソン(『Beautiful Noise』をプロデュース)、ガース・ハドソンらのほか、ロサンゼルスの精鋭セッション・ミュージシャンたちとアルバムを作っていたのだ。

さらにダイアモンドは、ザ・バンドの有名なラスト・ライヴで彼らとともに「Dry Your Eyes(涙をふきとばせ!)」を演奏。その模様は、史上屈指の音楽映画と評されるマーティン・スコセッシ監督のドキュメンタリー『ラスト・ワルツ』にも使用された。

Dry Your Eyes (feat. Neil Diamond) (Concert Version)

 

様々なコラボレーション

ニール・ダイアモンドは情熱的で、落ち着きがあって、それでいて親しみやすい人物だ。実際、彼は次の一手として、テレビの特別番組を通じてアメリカ全土の家庭に自らの歌声を届け始めた。

そして名プロデューサーのボブ・ゴーディオと組んだ『I’m Glad You’re Here With Me Tonight(愛のぬくもり)』(1977年)は、劇的な自作曲の数々とブライアン・ウィルソン作の「God Only Knows(神のみぞ知る)」やジョニ・ミッチェルの「Free Man In Paris(パリの自由人)」といった名曲のカヴァーが同居する作品になった。その一方で、サウンド面や技術面においては当時の最高水準を維持していたのである。

God Only Knows

続くアルバム『You Don’t Bring Me Flowers(愛のたそがれ)』はバーブラ・ストライサンドとデュエットしたタイトル・トラックや、珍しい作風の「Forever In Blue Jeans(ブルー・ジーンズ・ライフ)」、そして彼を優しく導くゴーディオの手腕なども助けとなって好成績を収めた。

そののちニールは『September Morn』で一度ルーツに回帰したが、次作『The Jazz Singer』ではガラリと路線を転換。実にドラマティックなこのアルバムは500万枚以上を売り上げてダイアモンド史上最大のセールスを記録したほか、「America(自由の国アメリカ)」「Love On The Rocks」「Hello Again」といった大ヒット曲を収録していることもあって現在でも人気が高い。

Neil Diamond – America (From "The Jazz Singer" Soundtrack / Audio)

 

当時は過小評価されていた作品

その後もニールに活動のペースを緩める様子はなかった。そして、このあとの一連の作品群はリリース当時こそ過小評価されていたが、いまでは肯定的な評価を得ている。

『On The Way To The Sky(再会〜そして、愛のゆくえ〜)』『Primitive』『Headed For The Future(フォー・ザ・フューチャー)』といったアルバムは、確かに当初はほとんど注目されなかった。しかし、そうした作品におけるバート・バカラック、キャロル・ベイヤー・セイガー、スティーヴィー・ワンダー、デヴィッド・フォスターらとのコラボレーションは、間違いなく一流のエンターテインメントと呼べる水準にある。

その点では『Hot August Night 11/NYC (Live from Madison Square Garden)』も同じだ。同作でダイアモンドは、”ショー・ビジネスのオールラウンダー”、”話し上手なエンターテイナー”、”ポップスの全能神”などと表現したくなるようなステージングを披露しているのだ。

また、『The Best Years of Our Lives』や『Lovescape』はまさに万人受けするような作風のアルバムだった。当時のダイアモンドの成功ぶりを考えれば、これは申し分ない戦略だったと言えるだろう。というのも、このとき彼のアルバムは18作連続でプラチナ、ゴールド、シルヴァーのいずれかの認定を受けていたのだ。実に驚異的な記録である。

『The Christmas Album』と同シリーズの第2弾は、より幅広いリスナーにアピールする作品になった。ニールがジョン&ヨーコ、キャット・スティーヴンス、メル・トーメ、アーヴィング・バーリンらの楽曲を歌うとなれば、嫌う人はいないはずだ。

また、彼が下積み時代に腕を磨いたブリル・ビルディングゆかりの楽曲を集めた『Up On The Roof: Songs From The Brill Building』は、彼の出発点をリスナーに再認識させる作品だった。そんな同作で彼は、ドリー・パートンと素晴らしいデュエットを披露した「You’ve Lost That Lovin’ Feelin’(フラレた気持)」のほか、「River Deep – Mountain High」、「Do Wah Diddy Diddy」、「Sweets For My Sweet」といった不朽の名曲を取り上げている。

You've Lost That Lovin' Feelin'

『Live In America』(1994年)はその名の通り、スタジオと並ぶもう1つの主戦場であるライヴ・ステージにおける彼のパフォーマンスを纏めた1作。キャリア全体が網羅されたバランスの良い選曲も特徴である。他方、『Tennessee Moon』は、ニールがウェイロン・ジェニングス、チェット・アトキンス、ラウル・マロ(マーヴェリックス)ら錚々たる面々と共演した野心的なカントリー・アルバムだ。

そして、『The Movie Album: As Time Goes By』はぜひともお勧めしたい1作。当時のオールディーズ人気を好機と捉え、愛され続ける映画の挿入歌をダイアモンドらしく歌い上げたアルバムである。ザ・ビートルズからシナトラ、フレッド・アステア、ホーギー・カーマイケルまで幅広いアーティストの楽曲を取り上げた同作は驚くべき傑作であり、ニールのキャリアにおいても指折りの完成度を誇る。

 

リック・ルービンとの作品

CD5枚組の『Stages: Performances 1970-2002』は、30余年分のライヴでのニールの名演を余すところなく収録したパッケージだ。この立派なボックスにはボーナスDVDのほか、充実のライナーノーツを掲載したブックレットも付属していた。

しかし、それ以上の関心を集めたのは次なるアルバム『12 Songs』だ。というのも同作のプロデューサーを務めたのは、通好みのプロジェクトを数多く手がけてきたリック・ルービンだったのである。実際、ルービン参加の影響は大きく、ニールは同作で流行の最前線に返り咲いた。さらにアルバムは世間でも話題になり、メディアも再び彼に注目するようになった。それもそのはず、同作ではトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの面々やブライアン・ウィルソン、そしてこれが生涯最後の参加作品となったビリー・プレストンらも演奏しているのだ。

Hell Yeah

ルービンはそれ以前にも、故ジョニー・キャッシュのキャリア復活の手助けをしたことがあった。彼はそれと同様の関心をニールにも向けていたのである。そして、引き続きルービンが手がけた『Home Before Dark』(2008年)は全米チャートの首位を獲得。

ボブ・ディランに更新されるまで、ダイアモンドは全米1位獲得の最年長記録を保持していた。このアルバムを聴くなら、ボーナスDVDが付属するのに加え、ディランの「Make You Feel My Love」とハリー・ニルソンの「Without Her」のカヴァーを追加収録したデラックス・エディションをお勧めしたい。

上述のように同作も凄まじい売れ行きを見せたわけだが、特に反響が大きかったのはイギリスで、同国ではダブル・プラチナに認定されている。また、もう少し近年の作品では2010年作『Dreams』にも注目だ。こちらはダイアモンドがお気に入りの楽曲を選り抜いてカヴァーした贅沢な1作で、その優れた選曲眼が光る。そして贈り物のようなその楽曲群には、レスリー・ダンカンの「Love Song」、ビル・ウィザースの「Ain’t No Sunshine」、ニルソンの「Don’t Forget Me」、イーグルスの「Desperado(ならず者)」などが含まれる。さすがは一流アーティストといった仕上がりだ。

Make You Feel My Love

大物アーティストには珍しくないが、ダイアモンドに関してもお勧めの編集盤やベスト盤がいくつかある。キャリアをざっと概観したいなら、『All-Time Greatest Hits』か『The Best Of Neil Diamond』あたりを試してみるといい。だが、ほかにもたくさんの選択肢があるし、オリジナル・アルバムだって素晴らしいものばかりだ。

正直なところ私たち自身も、彼の驚くべき作品の数々に圧倒されている。彼がこれほど多くのことを成し遂げていたとは、この記事を執筆するまで知らなかったのである。しかもそれだけではない。彼の楽曲はいまなお人気を博し、メディアで頻繁に流れ続けているのだ。まったく大したものである。

【和訳】Neil Diamond – Sweet Caroline / ニール・ダイアモンド – スウィート・キャロライン│映画『SONG SUNG BLUE』日本公開決定

Written By Max Bell


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