ニール・ダイアモンドが生み出した名曲と奇跡:ソングライターとしての50年間
独創的なアメリカ人アーティストであるニール・ダイアモンド(Neil Diamond)は1941年1月24日に生まれ、これまでグラミー賞受賞やロックの殿堂入りといった数々の栄誉に輝いてきた。
2017年3月にリリースされた『Neil Diamond 50 – The 50th Anniversary Collection』は、彼が50年間に亘ってその創造性を遺憾なく発揮し続けてきたことを示すベスト・アルバムだ。だが同作はそれだけでなく、彼がその50年のあいだに残してきた数多くの名曲や名演の中から、選り抜きの代表曲を改めて味わうチャンスを私たちに与えてくれた1作でもあるのだ。
このアルバムに収録された楽曲を解説しながらニールの偉大さについて振り返ってみよう。
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1966年〜1976年:「Solitary Man」をきっかけに人気を獲得
このベスト盤が焦点を当てているのは、「Solitary Man」が発表された1966年からの50年間だ。そんな同曲は、ブルックリン生まれのニール・レスリー・ダイアモンドに初めてのヒットをもたらした1曲だ。
彼はそのころまでに雇われ作曲家、そして新人ソロ・アーティストとして相当な下積みを経験していた。世間になかなか認知されない日々はそれなりに孤独(Solitary)だっただろうが、ひとたび実力を認められてヒット曲を飛ばし始めると、その経験は大いに彼の助けとなったのだった。
実のところ、「Solitary Man」の前にも彼の楽曲はほかのアーティストの演奏でヒットを記録していた。1965年の後半、ジェイ&ジ・アメリカンズがダイアモンド作の「Sunday And Me」を全米トップ20に送り込んでいたのだ。また、モンキーズがテレビとレコードの両分野で世界的な人気者になったのも、「I’m A Believer」や「A Little Bit Me, A Little Bit You(恋はちょっぴり)」を提供した彼の功績によるところが大きかった。
しかしこのころになると、ダイアモンドは自作曲のうち特に質の高いものを自ら歌うために取っておくようになった。そうした中で「Cherry, Cherry」や「Girl, You’ll Be A Woman Soon(悲しきプロフィール)」といった初期の名曲が全米トップ10入りを果たしたのである。
さらに1960年代の終盤になるとシングルだけでなく彼のアルバムもヒット・チャートに入るようになり、『Touching You, Touching Me』などの作品がアルバム市場を賑わせ始めた。
1969年発表の同アルバムのタイトルは「Sweet Caroline」の歌詞の一節から取られたものだが、この時期にはほかにも「Cracklin’ Rosie」や「Song Sung Blue」(どちらも全米1位を獲得)など数多くのアンセムが生まれた。
1977年〜1986年:更なる輝かしい成功
ダイアモンドはプロデューサーにロビー・ロバートソンを迎えた1976年作『Beautiful Noise』以降も、『I’m Glad You’re Here With Me Tonight(愛のぬくもり)』や『You Don’t Bring Me Flowers(愛のたそがれ)』などのアルバムを発表して高い評価を難なく保ち続けた。そして後者のタイトル・トラックは、学友でもあったバーブラ・ストライサンドとの素晴らしいコラボレーションにより、彼にとって3曲目の全米1位シングルとなった。
ダイアモンドの華々しいライヴ・パフォーマンスは以前から評判になっており、1972年にも名ライヴ盤『Hot August Night』が誕生していた。そしてこれに続いて1977年にリリースされたのが、同作と同じくロサンゼルスのグリーク・シアターで録音された『Love At The Greek』だった。
1980年代に入っても彼はヒット曲を量産し続け、特に「Love On The Rocks」、「Hello Again」、「America(自由の国アメリカ)」の3曲は立て続けに全米トップ10入り。これらはいずれも、ダイアモンドがローレンス・オリヴィエらと並んで出演したリメイク映画『ジャズ・シンガー』(1980年)のサウンドトラック盤に収録されていた。
同じくこの時期に発表された『September Morn』や『Heartlight』といったアルバムも、ゴールド/プラチナ・ディスク認定の連続記録を更新。大ヒット映画『E.T.』に触発されたという『Heartlight』のタイトル・トラックも全米トップ10に入る成功を収めた。
また、英国のレゲエ・バンドであるUB40がダイアモンド作の「Red Red Wine」を取り上げて全英1位に送り込んだのも1983年のことで、同ヴァージョンは1988年にアメリカのチャートでも首位を獲得している。
1987年〜1996年:回顧と進化
ダイアモンドは、作曲家としてもソロ・アーティストとしても常に新たな道を模索してきた。実際、1980年代後半から90年代中盤にかけての彼の作品群には、自身の下積み時代を振り返った1993年作『Up On The Roof: Songs From The Brill Building(星降る夜に〜アップ・オン・ザ・ルーフ)』や、カントリー・ミュージックに挑戦した1996年作『Tennessee Moon』などが含まれる。
そのうち前者はリーバー/ストーラーやバカラック/デヴィッドなど、名だたる作曲家たちのポップ・スタンダードに取り組んだ1作。一方で後者は新たに書き下ろしたオリジナル曲から成るアルバムで、ウェイロン・ジェニングスやラウル・マロといった名シンガーたちとのデュエットも収録されている。
このころになるとダイアモンドの楽曲が米ビルボードのホット100チャートに入ることはなくなってきたが、それでも彼は同アダルト・コンテンポラリー・チャートの常連であり続けていた。この時期を通して、彼は「This Time」や「The Best Years Of Our Lives」といった楽曲を同チャートでトップ10入りさせていたのである。それらはいずれも1988年のアルバム『The Best Years Of Our Lives』の収録曲だが、同作もまたゴールド・ディスクに認定されている。
さらにこの当時、ダイアモンドは新世代のファンを獲得しつつあった。かつての彼のヒット曲がアメリカ音楽史に残る名曲と評価されるようになったのがその理由だ。彼自身もそうした楽曲をたくさんのツアーで嬉しそうに披露していたし、90年代前半に発表した2作のクリスマス・アルバムも好セールスをマーク。特に、その第1弾は米国内だけで400万枚以上を売り上げた。
1997年〜2006年:『12 Songs』での復活
この時期になるとダイアモンドは1998年作『The Movie Album: As Time Goes By』に象徴されるように、特定のテーマを持ったカヴァー・アルバムにも抵抗なく挑戦するようになった。だが一方でオリジナル曲も引き続きハイペースで制作。自作の12曲から成る2001年作『Three Chord Opera』からは、アダルト・コンテンポラリー・チャートでトップ30に入ったヒット曲「You’re The Best Part Of Me」も生まれた。
2000年、ダイアモンドはジョニー・キャッシュに「Solitary Man」をカヴァーされるという、アーティストとしての大きな名誉に浴した。しかもキャッシュは同曲を、アメリカン・レコーディングスからの第3弾アルバム『American III: Solitary Man』の実質的なタイトル・トラックに選んだのである。そしてこの縁から、ニール自身も数年後に華々しい復活を遂げることとなった。
2005年、キャッシュによるそれらの重要作を手がけていたプロデューサーのリック・ルービンが、同様にダイアモンドの音楽とイメージの再構築に取り組んだのだ。
そのアルバムというのが『12 Songs』だった。ニールの書く楽曲を必要最小限のアレンジで仕上げることにより、その力強さを最大限に引き出した同作は、近年における彼の最高傑作と広く賞賛された。また、このアルバムにはキャッシュの作品群でも演奏していたミュージシャンたちが数多く参加。その中にはトム・ペティ率いるハートブレイカーズのマイク・キャンベルやベンモント・テンチも含まれていた。
さらに、この『12 Songs』(注目楽曲は「Hell Yeah」など)のスペシャル・エディションには、ボーナス・トラックとしてブライアン・ウィルソンがゲスト参加した「Delirious Love」も収録。それに加え、同作は翌年にこの世を去ったビリー・プレストンが演奏した最後のアルバムにもなった。
2007年〜2016年:ダイアモンドの永遠の”輝き”
『12 Songs』で得た勢いのまま『Home Before Dark』を発表した2008年もまた、ダイアモンドにとっての当たり年になった。再びルービンをプロデューサーに迎え、「Pretty Amazing Grace」などを収めたこのアルバムで、彼は67歳にして初めて英米両国のチャートを制したのだ。
さらにこの偉業を祝すべく、彼は同年のグラストンベリー・フェスティヴァルに出演。会場にいた10万人の観客のほか、テレビでステージを視聴した数百万のリスナーにその演奏を届けた。
2009年にはこれまたクリスマス・アルバムの『A Cherry Cherry Christmas』を発表し、2011年にはロックの殿堂入りを果たしたことで”アメリカ音楽界における真の英雄”としての地位がいっそう確かなものになった。その2011年にダイアモンドは70歳を迎えたが、彼は作曲やパフォーマンスから引退するどころか、2014年になってキャピトル・レコードと新たな契約を結んだのだった。
そして同年の後半、彼は各方面で高い評価を受けた新作『Melody Road』をリリース。自身32作目のスタジオ・アルバムとなった同作は、英米両国やその他の地域のチャートで軒並みトップ5に入った。最近でも、2022年6月にはボストンでミュージカル『A Beautiful Noise: The Neil Diamond Musical』が初上演され、同年中にブロードウェイに進出している。
『Neil Diamond 50 — The 50th Anniversary Collection』にはその名の通り、彼がこれまで世に放ってきた楽曲群のうち選り抜きの50曲が収録されている。
Written By Paul Sexton
ニール・ダイアモンド『Neil Diamond 50 — The 50th Anniversary Collection』
2017年3月31日発売
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映画『ソング・サング・ブルー』に登場する
楽曲のオリジナルをまとめたアルバム
ニール・ダイアモンド『Neil Diamond Originals – Song Sung Blue』
2025年12月12日配信
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映画『ソング・サング・ブルー』
2026年4月17日 日本劇場公開
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