「Lady Madonna」解説:ファッツ・ドミノからビートルズ、そして再びファッツへ

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Photo: Clive Limpkin/Daily Express/Hulton Archive/Getty Images

1994年、ポール・マッカートニー(Paul McCartney)は、ザ・ビートルズ(The Beatles)1968年発表の全英No.1ヒット「Lady Madonna」がどのように生まれたのかを、次のように振り返っている。

「“Lady Madonna”は、僕がピアノの前に座って、ブルージーなブギウギを書こうとしてできた曲だった……。なぜかファッツ・ドミノ(Fats Domino)を思い出して、彼の物まねをしながら歌い始めたら、僕のもう一つの声が、とても奇妙な方向へと向かっていったんだ」

ザ・ビートルズが1968年3月半ばにリリースしたこのシングルは、全英チャートで1位を獲得。4月にはアメリカでも最高4位を記録した。

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ザ・ビートルズ「Lady Madonna」楽曲制作の裏側

1968年9月7日、今度はそのロックンロールの先駆者、ファッツ・ドミノ自身による「Lady Madonna」のカヴァーがBillboard Hot 100で100位を記録した。これはニューオーリンズの伝説的アーティストにとって通算77曲目のチャート・ヒットであり、結果的にキャリア最後のポップ・チャート入り作品となった。

ファッツ・ドミノにとって最初のヒットは、1955年夏にトップ10入りを果たした「Ain’t That a Shame」で、その後も「Blueberry Hill」(1956年)、「Blue Monday」(1957年)、「I’m Walkin」(1957年)、「Walking To New Orleans」(1960年)など、数々の大ヒットを送り出していく。

ファッツ・ドミノの「Blue Monday」が、1週間を通して働きづめの男が抱える感情を描いているのに対し、「Lady Madonna」は同じような状況を女性の視点から想像した曲である。ポール・マッカートニーによれば、「Lady Madonna」は当初、聖母マリアを題材にした曲として始まり、そこから労働者階級の女性へとイメージが変わっていったという。リヴァプールにはアイルランドとのつながりからカトリック教徒が多く、もちろん、そうした女性は何百万人もいた。

歌詞には土曜日を除く、1週間の各曜日が登場する。1992年のインタビューでポールは、土曜日が歌詞から抜け落ちていることに気づいたのは何年も後だったと明かしつつ、ほかの6日間がこれほど大変なのだから、曲に登場する女性は土曜日くらい外に出て楽しんだのだろう、と半ば冗談めかして語っている。

その1年後、ファッツ・ドミノはザ・ビートルズの別の楽曲「Everybody’s Got Something to Hide Except Me and My Monkey」をカヴァーし、『The Beatles (White Album)』の収録曲にニューオーリンズ流の味わいを加えた。さらに1968年のアルバム『Fats Is Back』では「Lovely Rita」も取り上げている。

Written By Richard Havers


ファッツ・ドミノ『Fats Is Back』
1968年8月1日発売
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