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レディー・ガガの軌跡:時代を象徴するポップ・シンガー兼スーパースター

レディー・ガガ(Lady Gaga)は、21世紀を代表する有名ポップ・スターのひとりであり、これまでに『The Fame Monster』『Born This Way』『Joanne』といった傑作アルバムや、「Poker Face」や「Telephone」などのヒット・シングルを発表している。そんな彼女のこれまでの振り返ろう。
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熱狂的称賛と商業的成功
レディー・ガガのデビューは嵐のような熱狂的称賛で迎えられた。最初のアルバムは『The Fame』と題されていたが、“名声”というタイトル通り、これまでの彼女の振る舞いはどれも名声を世に轟かせるばかりだった。
ガガはまさに現代的なポップの天才であり、最高水準の才能と知性を兼ね備えたアーティストである。同時代のライバルと呼べるような存在はほとんどいない。ある意味、彼女はデヴィッド・ボウイを彷彿とさせるところがある。つまり非常に魅力的な宇宙人のようだけれど、それでいて自らの詩神を完全に飼い慣らしているのである。
2008年以降の全世界での売上枚数は1億7,000万枚という驚異的な数字に達している。SNSの時代にも適応しているガガは、強烈なモンスター・リミックス、ジャンルを超えたダンス・ミュージック、R&Bの技量、そしてクールで生意気な姿勢でも知られている。そして多くの人は気づいていないかもしれないが、彼女はきちんと訓練を受けたジャズ歌手でもあり、『Cheek To Cheek』では歌手の故トニー・ベネットとの共演を果たしている。ここでふたりはアメリカのスタンダード曲に取り組んでいるが、それらはガガ自身の「Just Dance」「Poker Face」「Telephone」といった楽曲と同じような華々しく仕上げられていた。
極めつきのプロフェッショナルであるガガは、ライヴ・パフォーマンスにおいてブランド・リーダー的な存在だ。ライヴでの振り付けと特異なファッション・センスは、楽曲と同じように話題を呼ぶ。とはいえ、それはただ単に衝撃を与えるためだけのものではないし、作為的な舞台上でのお芝居とも違う。つまり彼女の魂には演劇性が宿っているのである。しかも彼女は現状を痛烈に批判し常識に挑戦するのだから、なおのこと素晴らしい。
ガガはデビュー当初から評価され、グラミー賞14回、MTVミュージックアワード22回の受賞歴を持つ。ミュージック・ビデオという芸術メディアにおいて、彼女は第一人者であり、もしかすると、この分野では「女王」になぞらえるほうがよいかもしれない。過去6年間は『ビルボード』の年間最優秀アーティストに常連として名を連ね、『フォーブス』の収入ランキングや影響力ランキングでも上位を占めている。そして2010年には『タイム』誌によって「世界で特に重要かつ影響力のある人物」のひとりに選出された。しかしショービジネスから離れると、ガガは極めてプライベートで控えめな生活を送っている。また慈善家としての顔も持っており、LGBTQの権利拡大を求める運動のために積極的な支援と資金調達を行ってきた。
裏方としての活躍
1988年3月、ステファニ・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタとして生まれたレディー・ガガはイタリア系とフランス系の血をひいている。とはいえ生まれた場所はマンハッタンのレノン・ヒルであり、ニューヨーク・シティの高級住宅街アッパー・ウエスト・サイドで裕福な家庭に育った。
10代のころから熟練したピアニストとしてバラード曲を作り始めた彼女は、誰でも飛び入り可能なオープンマイク・イベントで観客の喝采を浴び、高校では『ガイズ&ドールズ』や『A Funny Thing Happened on the Way to the Forum』といった本格的なミュージカルで主役を務めることもあった。こうした面から見ると、彼女の育ち方はやや古風な型通りのものだった。しかしそのおかげで彼女は信用を手にし、そうした慣習を本物の熱意で打ち破ることが可能になったのである。
19歳で上品なリヴィントン・ストリートのアパートに引っ越してからは本格的に音楽の道に入り、伝説的ヒップホップグループであるグランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴのリードラッパーであるグランドマスター・メル・メルと共に初期の楽曲を制作。その後、ステファニ・ジャーマノッタ・バンド(SGBand)を結成し、オリジナル曲とロックのカヴァー曲を演奏しており、その中にはレッド・ツェッペリンの「D’Yer Mak’er」も含まれていた。
レディー・ガガに
やがてビター・エンドやマーキュリー・ラウンジといったニューヨークのライヴハウスに出演すると地元の音楽プロデューサーのあいだで評判となり、そうした業界人のひとりロブ・フサーリが彼女の師匠兼恋人となった。
ふたりはクイーンの楽曲「Radio Gaga」をヒントに「レディー・ガガ」という芸名を考え出し、ステファニという本名に別れを告げることにした。一時期はデフ・ジャムに関わったものの、その後のガガはバーレスクとゴーゴーダンスの世界に没頭し、これによってさらなる力を手にしていく。
かつてヴェルヴェット・アンダーグラウンドやニューヨーク・ドールズの活動の場だったニューヨークのアンダーグラウンド・シーンは、ガガにも同じような場を提供した。ネオ・パンクであるガガは、前衛的な電子音楽とフレディ・マーキュリーやデヴィッド・ボウイの影響を組み合わせたレヴュー・スタイルのライヴで腕を磨いた。
その後、インタースコープ傘下のチェリーツリー・レコードと契約を結び、「Boys Boys Boys」「Christmas Tree」「Eh, Eh (Nothing Else I Can Say)」などのデモ音源を制作。その一方でソングライターとしても活動し、ブリトニー・スピアーズ、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック、ファーギー、プッシーキャット・ドールズなどの楽曲も手がけた。しかし実のところ彼女は音楽業界の操り人形などではなく、むしろ次なる大スターになろうとしていた。
デビュー・アルバム「The Fame」
2008年、ガガはロサンゼルスに移住し、『The Fame』の制作に没頭した。当初は注目されなかったシングル「Just Dance」は予想外の大ヒットを収め、彼女は初めてグラミー賞(最優秀ダンス・レコーディング賞)にノミネートされる。さらに「Poker Face」が世界を席巻した。その年で最も華々しいシングルとなったこの曲は、主要地域すべてで1位を獲得し、これまでの売上は約1,000万枚に及ぼうとしている。
「驚異的」という言葉は使い古された表現だが、レディー・ガガに関してはまさにぴったり当てはまる。アルバム『The Fame』のリリースに合わせて行われた「Fame Ball」ツアーでは、セクシュアリティや個人の権力闘争、陶酔的なパーティー・グルーヴを盛り込んだ楽曲群に新たな生命が吹き込まれていた。その結果、あらゆる人が確信した。マドンナの真のライバルがついに登場したのである。特に「Paparazzi」や「Beautiful, Dirty, Rich」といった楽曲からは、確固たる信念と並外れた勇気を持つアーティストの姿が浮かび上がっていた。
ガガ初のEP『The Cherrytree Sessions』とゴシック調のジャケットに包まれた『The Fame Monster』でも、ガガの狙いはピタリと定まっていた。
前者『The Cherrytree Sessions』は、「Poker Face」「Just Dance」「Eh, Eh (Nothing Else I Can Say)」のアコースティック・ヴァージョンを収録したEPだった。ヴィンセント・ハーバートとマーティン・キールゼンバウムによるプロデュースとディレクションは、ここまでの全作品でヨーロッパ的な雰囲気を濃厚に醸し出していた。またEP『Hitmixes』はスペース・カウボーイが手がけた「Poker Face」のリミックスを収録しており、聴き応えのある作品に仕上がっている。
一方『The Fame Monster』は、グラム・ロック、退廃的なゴシック、ディスコ・ロック、シンセ・ポップといった異なる文化がぶつかり合った素晴らしい作品であり、エレクトロニック・インダストリアルの影が全体に染み渡っている。このアルバムは、またもや世界中で1位を獲得した大ヒット曲「Bad Romance」を生み出し、グラミー賞の年間最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバムを獲得した。
「名声と富に伴う悪魔とガガが対峙している作品」としばしば評されるこのアルバムは、ビヨンセとの共演曲「Telephone」を収録している。アルバム発表後のガガはボリショイ・バレエ・アカデミーと共演し、ロサンゼルス現代美術館創立30周年記念イベントでもパフォーマンスを披露した。
リミックス・アルバムと『Born This Way』
ここまで来ると、レディー・ガガが偉業を成し遂げたことは明らかだった。彼女はアート、ファッション、音楽を強迫的なほどのエネルギーで融合させた結果、大多数のアーティストが数十年かけて積み上げるような成果をわずか1年半で達成したのである。リミックス・アルバム『The Remix』(2010年)はそれをさらに強調するような作品だった。これはマリリン・マンソン、ペット・ショップ・ボーイズ、パッション・ピットらとのコラボレーションを収録し、またもやダンスフロアを熱狂させるような豪勢な内容に仕上がっている。
次なる新作アルバム『Born This Way』では、一部の楽曲がアビー・ロード・スタジオで録音された。ガガは共同プロデューサーも務め、クイーンのギタリストであるブライアン・メイやE・ストリート・バンドのサックス奏者だった故クラレンス・クレモンズを起用している。
アルバム・タイトル曲はシングルとしてリリースされ、1958年にビルボードチャートが始まって以来1,000曲目のナンバーワン・ヒットとなった。それは彼女にふさわしい数字であり、同時にまた薄気味悪い符合でもあった。レディー・ガガ本人は、このアルバムを「ブルース・スプリングスティーンとホイットニー・ヒューストンのあいだに子供を生み出すような作品」と表現している。
別の言葉で言えば、それはロックとR&Bのハイブリッドであり、さらにはエレクトロニカやユーロ・ディスコのビート、四つ打ちのハウス・ビート、教会の鐘の音、ニューヨークの街の喧騒、ヘヴィ・メタル、ゲルマン民族の詠唱、そして耳に残るキャッチーな楽曲といった要素をたっぷりと盛り込んだ作品だった。これもまた怪物的な傑作だったことは間違いない。
ここに収められた曲はどれも抜群の出来だが、今の段階でとりわけ注目を集めているのは、マリアッチとテクノのリズムが融合した「Americano」(スペイン語で歌われている)と、催眠的なトランス風の「Bloody Mary」である。レディー・ガガは一切の妥協を許さない。だからこそ彼女は、「リトル・モンスターズ」と呼ばれる熱狂的なファンたちから愛されている。ガガはすべてを作品に注ぎ込んでいるのだ。
彼女が次に出したミックス・アルバム『Born This Way: The Remix』は前作と同じように多彩な内容であり、フォスター・ザ・ピープル、ザ・ホラーズ、メトロノミーのジョセフ・マウントといったアーティストたちが参加している。特にマウントが手がけた「You and I」のリミックスは実に見事な仕上がりだ。またトゥー・ドア・シネマ・クラブによる「Electric Chapel」の大胆なリミックスも同じくらい聴き応えがある。
そして『Born This Way: The Collection』は、ガガにとって3作目のベスト盤となった。これは「Monster Ball」ツアーのマディソン・スクエア・ガーデン公演から選ばれた映像を含む3枚組ボックス・セットだ。ジャケットも注目すべきデザインになっており、ここでのガガはスライムでできたドレスにアクリル製の帽子、アレキサンダー・マックイーンのヒールを身につけている。相変わらず強烈な存在感であり、その姿は未来を切り開こうとしている。
賛否両論だった『ARTPOP』
同じことは、2013年に出た『ARTPOP』にも言える。これは名声とセックス、依存症とフェミニズム、愛と監視といったテーマをウォーホル風にコラージュしたきらびやかな作品だった。これもまばゆい傑作であり、「Applause」「Do What U want」「G.U.Y.」といった名曲を収録している。
また、アーティストのジェフ・クーンズが手がけた超キッチュなジャケットは、アルバムの重要なインスピレーション源となったボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』を彷彿とさせる。他のアーティストがこんなアプローチを真似することなど決してないだろう。
『Artpop』に対する批評家の反応はやや冷淡だった。それでも、楽曲そのものの高い完成度は否定しようがない。「Aura」「Venus」(サン・ラの「Rocket Number Nine」をサンプリング)、そしてリック・ルービンがプロデュースした「Dope」は彼女の作品カタログの中でもひときわ輝きを放っている。ティム・スチュワートのギター・プレイはインスピレーションに富み、ウィル・アイ・アムの参加によってさらに作品の充実度が増している。
このサード・アルバムがファンを魅了する作品だったとすれば、『Cheek To Cheek』はさらに多くの人々にこの傑出した女性の魅力を知らしめるコラボレーションだった。ここでは、永遠の名歌手トニー・ベネットとの共演により、ジョージ・ガーシュイン、コール・ポーター、ジェローム・カーン、アーヴィング・バーリン、ジミー・ヴァン・ヒューゼンなどの楽曲に「アメリカのイタリア人」的な風味が加わっている。
またデューク・エリントン&ビリー・ストレイホーンの楽曲も素晴らしい出来映えで、特に「Lush Life」「Sophisticated Lady」「It Don’t Mean a Thing (If It Ain’t Got That Swing)」は聴きごたえがある。アルバム発表後のツアーとスペシャル・コンサートが決め手となり、ガガはグラミー賞の最優秀トラディショナル・ポップ・アルバム賞を受賞した。当然ながら、このアルバムはチャートで初登場1位を記録している。
ガガはこのグラミー賞の授賞式で完璧なイギリス訛りで『サウンド・オブ・ミュージック』の挿入歌メドレーを歌い、また2016年のデヴィッド・ボウイ追悼コンサートにも参加した。さらに香水「オー・ド・ガガ」をプロデュースし、エルトン・ジョンと共同でファッション・ブランドを設立。これらの商品は、ふたりが行っているさまざまなチャリティ活動をサポートしている。
2016年秋、ガガは自らの家族をテーマとした非常にプライベートなアルバム『Joanne』を発表。控えめなアレンジを特徴とするこの作品は、往年のポップ・ミュージック風の音楽性とアーティスト自身による洗練された音作り(マーク・ロンソン、ジェフ・バスカー、ジョシュ・オムらとのコラボレーション)により、再びチャートの頂点に立った。
このアルバムでは、フローレンス・ウェルチが「Hey Girl」にゲスト参加し、ショーン・レノンも「Sinner’s Prayer」でスライド・ギターを演奏している。またブラッドポップがクールなキーボードとシンセサイザーを弾いている。ボーナス・トラックを含むデラックス・エディションも聴きどころたっぷりだ。
レディー・ガガは実にさまざまなことに挑戦し、成功を収めてきた。彼女が手を出さないことなど、もはやあまり残されていないように思える。このような非凡な才能を持つアーティストが存在することは、音楽界に計り知れない豊かさをもたらしている。
彼女はおそらく、21世紀で最も時代を先取りしたスーパースターと言えるだろう。彼女のいないポップ・シーンなどとても想像できない。彼女が登場する前、私たちは何をしていたのだろう? レディー・ガガはまさしく驚異としか言いようがない。
Written By Max Bell
<最新アルバム>
レディー・ガガ『Mayhem』
2025年3月7日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music
【来日公演情報】
全公演ソールドアウト!
「The MAYHEM Ball」ジャパン・ツアー
2026.1.21(wed) 22(thu) : 京セラドーム大阪
2026.1.25(sun) 26(mon) 29(thu) 30(fri) : 東京ドーム
予習プレイリスト公開中!
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