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ケンドリック・ラマー『DAMN.』解説:「類い稀な音楽作品」と評されピューリッツァー賞を受賞した黒人としての誇りや宗教がテーマ作品

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ケンドリック・ラマーは常に音楽を通してストーリーを語り、口から出る言葉と視覚的な伝達方法の橋渡しをしてきた。しかしながら、聴き手に辛抱強く耳を傾け、答えを探り出しながら理解することを要求したのが『DAMN.』である。

『DAMN.』が発売されたのは、爆発寸前のような政治的な緊張が続いていた2017年の4月14日だった。叩きつけるような、見事な出しかただったのだ。ラマーはアルバムを通して、壊滅的な時代において人々が自分を抑え、反省し、理想を捨てないように闘う必要性を教え込んでいる。

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カテゴリーとしてはコンシャスな作品

『DAMN.』はあからさまに政治的な作品を狙ってはおらず、それよりもラマー自身の成長ぶりと身の回りの世界への反応についての作品である。巧みな鋭い語り口でもって、聴き手がくり返し収録曲を聴きこんでそれぞれのヴァースのバランスと役割を解き明かすようにするという、変わったストーリーテリングの方法だ。

『DAMN.』はまったく無駄のないアルバムだ。それぞれのヴァースにはっきりとした意図があり、簡潔かつバランス良く奇抜な言葉遊びが埋め込まれている。スプーンを口まで運んでくれるような甘いところは一切なく、ケンドリック・ラマ―ことK-ドットは絶え間なく、緻密で吟味する価値がある“コンシャス・ヒップホップ”を届けてくる。

2015年に『To Pimp A Butterfly』をリリースした際は、警察による暴力、人種間の不平等、政治の破綻などテーマははっきりしていた。彼はブラック・コミュニティ内のトラウマや、経済的混乱、銃による暴力を詩的なアプローチで伝えたのである。それから2年後、以前と同じ成熟度とさらに深い視点を持って、ラマーはひとつの人生に起こる問題に宗教的なテーマに織り込ませ、これらのテーマをつまびらかにした。行動を呼びかけるのではなく、『DAMN.』はこの世界でわれわれが何を受け取り有効なことができるか、自身を振り返り、査定し直すように突きつけたのだ。

 

高等な語り口

アルバムは「BLOOD.」の聖歌隊の歌声から始まり、ケンドリックは切れ味の鋭いフロウで目の見えない老女を助けようとしたのに撃たれたことを語る。

BLOOD.

ここから『DAMN.』 は「DNA.」に飛び、低音が効いたトラックに載せて、アメリカにおける有色人種に対する圧制的な態度を非難しつつ、ラマーは黒人としての誇りを改めて主張している。

「このような理由で、近年は人種差別よりヒップホップのほうが若いアフリカ系アメリカ人にダメージを与えています」とジェラルド・リヴェラがフォックス・ニュースで言い放った言葉を挟み、ラマーはこう反撃する。

「殺人犯なら知っている、有罪判決を受けた/放火犯、万引き犯、強盗、詐欺、死者、贖罪も/学者、子を残して死んだ父親/(その原因がヒップホップにあるなら)俺は赦されるといいんだけど」

アルバムではさらに、「ELEMENT.」などのトラックでケンドリックは頭を振り、言葉紡ぐ。ジェームス・ブレイクによるピアノのループに乗って、容赦ない好戦的なラップで、「こいつ(ヒップホップ)のためなら死ねる」と言い切るのだ。「前作では黒人のアーティストを元気付けようとした」と『To Pimp A Butterfly』を振り返って彼はラップし、「黒人のアーティストでもイケてないアーティストもいるけどね」と付け加えている。

彼の確信を持って、警察の暴力と恥知らずな人種差別によって偏った世の中で成長する黒人の人々への警笛を鳴らす。簡潔なトラックのうえでは「もし弱腰のNi**aにガツンと言わないといけないなら/セクシーにやるよ」とリフレインし、ある箇所ではジュヴィナイルの1998年のシングル「Ha」を挟んでいる。それからトラックは速度を落とし、「FEEL.」につながる。

Kendrick Lamar – DNA.

 

聖書からの暗示

『DAMN.』はほとんどの曲で、キリスト教の7つの大罪を暗示している。それぞれの曲は独立しているのものの、きっちりとまとまった脚本のようにもなっているのだ。リアーナをフィーチャーした数少ないラジオ向けの曲である「LOYALTY.」には、哲学的なコンセプトがある。『DAMN.』は目立ってゲストが少ない作品だが、リアーナの登場は(彼女が珍しくラップしていることも含め)、アルバムにセクシーな要素を加えている。「LOYALTY.」は恋愛関係に関する曲ではあるが、ラマーはほかの作品同様、忠誠心と誠実さという概念に固執する。

アルバムのリードシングルである「HUMBLE.」は、全米シングルチャート1位に輝き、『DAMN.』全体をつなげる曲である。この突出した曲でケンドリックは片足を過去に、もう片足を現在に置き、スターに躍り出る前の彼の生活がどんなものであったか確認している。マイク・ウィル・メイド・イットによる躍動感のあるトラックは、もともと出所後のグッチ・メインのために作られたものだったため、切迫感がある。

Kendrick Lamar – HUMBLE.

アルバム全体に宗教が底流としてあり、「FEAR.」ではトラウマになったほどの酷い経験を思い出しながら、神へ自分の苦しみを訴える。曲の最後はいとこからの留守電で締めている。彼は旧約聖書の申命記を引用しながら、神は執念深いところがあるとラマーに警告するのだ。「GOD.」では最期が不気味に迫っている感覚があり、ケンドリックは謙虚でいようとしながら成功をひけらかし、彼でさえ誤りを起こすただの人間であると示している。

『DAMN.』の1曲目の「BLOOD.」が聖歌隊の歌声で始まったように、最後の「DUCKWORTH.」も同じように終わり、この作品が弧を描いていることを強調する。「DUCKWORTH.」とは彼の本名であり、レーベルの社長であるアンソニー・トップ・ドッグ・ティフィスと出会って一緒に仕事をするようになるよりずっと前に、もしかしたらアンソニーがケンドリックの父親を強盗事件で殺していたかもしれないという、そもそもケンドリックがこの世に存在しない別の現実を想定している。ある決断が誰かの人生と、その周りにいる人の軌道をまるごと変えてしまうかもしれないという驚くべき警告なのだ。

DUCKWORTH.

 

類い稀な音楽作品

ケンドリック・ラマーは、人生のこまごまとした出来事をつなげ、熱心に自分を省みて、それを作品に落とし込むアーティストであり、『DAMN.』は自分を知ることで黒人男性として成長して世界を渡り、必要なときは闘っている彼の最良の部分を現した作品である。

メインストリームのヒップホップでもある『DAMN.』は、決定的な作品であり商業的にもヒットした。全米アルバムチャートを1位でデビューし、トリプル・プラティナムを売りあげ、2018年のグラミー賞で最優秀ラップアルバムを受賞した。また、『DAMN.』はクラシックでもジャズでもない作品でピューリッツァー賞を初めて獲ったアルバムである。選考委員会は、「類い稀な音楽作品」と褒め称え、「生きた本物の言葉で紡いだ巧みな曲の集成であり、力強いリズムを相まって現代のアフリカ系アメリカ人の人生の複雑さを切り取った、感動的な挿話になっている」と評した。

ラマーはヒップホップ界のゴシップにはいつも距離を置き、明らかに文化全般に注意を払っている。『DAMN.』はケンドリック本人とヒップホップに対する主流メディアの描きかたに対する応えであり、自分自身への審問なのである。

Written by Alyson Lewis



ケンドリック・ラマ―『DAMN.』
2017年4月14日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify



 

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