カーティス・メイフィールドが好きなら、ケンドリック・ラマーも好きになるはず

4月 23, 2017


カーティス・メイフィールドが好きなら、ケンドリック・ラマーも好きになるはず

カーティス・メイフィールドは単なるシンガーという存在に甘んじることは一度もなかった。彼にとってエンターテイメントのビジネスは、深くて意味があることを伝えられる機会だった。世界で、特にアフリカ系アメリカ人のコミュニティで起きていた問題を、ソウル・ミュージックというメディアを通じて投げかけていたのだ。

70年代と2010年代は40年も開きがあるが、起きている問題の多くは変わっていない。幸いにも、それらの問題についての論争を起こすアーティストに現在の我々は恵まれており、ケンドリック・ラマーは、彼の世代のカーティス・メイフィールドであることを自分自身でも証明している。ケンドリックの政治的な楽曲やソウル・ミュージックの後継者としてのHIP HOPは、アメリカの黒人コミュニティが今直面している難問や困難について問題提起を行っている。

カーティス・メイフィールドは、音楽の中で黒人の尊厳やコミュニティ内の難問を歌い、楽曲が公民権運動のアンセムになった最初のミュージシャンの中の一人だった。同じように、ケンドリック・ラマーは“ブラック・ライヴズ・マター”(*注:*黒人に対する人種差別に起因すると疑われる様々な事件に対し“黒人の命も重要”であるとした抗議活動。)ムーブメントの震源地となっている。デモ行進のアンセムとしてケンドリック・ラマーの曲が使われ、そして彼のメッセージはアメリカの学校の授業で教材として使われている。この二人のミュージシャンは人種差別に取り組んでいる一方で、希望の道も示している。それぞれの歌詞の中には、いつくか鏡あわせのイメージが存在し、カーティス・メイフィールドの「Move On Up」には、人種の共存や人種差別に対する気高い対応が歌われ、ケンドリック・ラマーの「Alright」は、警官の暴力に抗議する人たちが、そのアンセムとしてこの曲のサビ(編註:We gon’be alright)を歌い、今や「Alright」は黒人の中での実証主義的な呼びかけとなっている。

彼らの政治性、創造性を際立たせるのと同じように、両者ともに自分自身で楽曲のクリエイティブ・コントロールを行い、初期の頃からその作家性でジャンルの境界線を押し広めてきた。インプレッションズのメンバーとして、カーティス・メイフィールドは自分で曲書き、ソウルシンガーのそれまでの古い型を破壊した。当時、自分で作詞作曲を行っている若い黒人アーティストはほぼ知られていなかったのだ。ラテンのリズムとパンチの効いたホーンの音とともにゴスペル音楽から影響を受けオーケー・レコードでプロデューサーをしていた頃の若きカーティス・メイフィールドは、シカゴ・ソウルのサウンドを発展させ、後に発売されるソロの名作の中で、サイケデリック・ロックとファンクをミックスさせるという説得力のある方法でジャンルのパラメーターを押し広げた。1970年のカーティス・メイフィールドのソロ・デビュー・アルバム『Curtis』では人種の尊厳と市民としての義務についての曲を収録し、そのテーマをより進めた1971年のソロ2作目のアルバム『Roots』では、それまでの楽曲が持つテーマの古い形式も壊していった。

一方、まだミュージシャンとしての長いキャリアにおける比較的初期のケンドリック・ラマーだが、今までクリエイティブに拘らなかったことはない。批評的な称賛と高い人気を同時に得た最初の2枚のアルバム、2011年の『Section.80』と翌年リリースの『Good Kid, MAAD City』は、HIP HOPとトラップ・スタイルのソウルフルなミックスでシーンに大きな変動を起こした。そして、2015年の『To Pimp A Butterfly』では、確固たる創造性にシフトした作品を作り上げた。ケンドリック・ラマーは、HIP HOPとジャズのシーンで活性化しているようなファンク、ソウル、ジャズのオーガニックなミックスに倣い、自身で選んだプロデューサー・チームやミュージシャンも起用している。

Kendrick Lamar, The Recipe, 2012

カーティス・メイフィールドのように、ケンドリック・ラマーも、そのテーマ別の舟を進め続けている。『Good Kid, MAAD City』は自伝的なコンセプト・アルバムで、ファミリーやゲットーでの生活をドキュメンタリー的な物語に組み上げて、コンプトンのギャングスタ・ラップのルールブックに強烈な影響をあたえた。『To Pimp A Butterfly』は虚飾の名声、彼の地元への愛、彼の人種の考え、アメリカで黒人として生きることなど、彼の苦闘が記録された様々な詩をまとあげ、それらの場面の中心に彼自身をキャスティングすることで、さらに詩的な深さがあるアルバムであることを証明した。

彼ら二人それぞれのジャンルの間には明らかなスタイルの違いがあるが、歌詞だけではなくカーティス・メイフィールドとケンドリック・ラマーの音楽にも共通していることが多い。ケンドリック・ラマーがシングル「King Kunta」で、カーティス・メイフィールドの1974年のアルバム『Sweet Exorcist』に収録された「Kung Fu」をサンプリングしていただけのことはある。しかし、精神性やサウンドでラマーと最も近い位置にあるカーティス・メイフィールドの作品は、1972年に発売されたサード・アルバム『Superfly』だ。この作品は、黒人のために作られたブラックスプロイテーション映画「スーパーフライ」のサントラとして作られたので、カーティス・メイフィールドの音楽に、よりハードでファンキーなエッジが加えられている。歌詞の中では、ドラックの取引やゲットーでの襲撃の描写、ギャングスタのようにストリートでのタフな言葉使いをし、栄光か道徳かのどちらかを選びきれない映画の主人公であるヤクの売人を歌う。

他方ケンドリック・ラマ―は、『Good Kid, MAAD City』で描かれた時間軸に沿った物語性と高い視覚的イメージから時間軸が複雑でより詩的なもの、そしてそれほど視覚的ではない『To Pimp A Butterfly』までにおいてまで、彼の音楽は常に映画的である。どちらのアーティストもソウルフルなグルーヴへの愛を共有しているが、最もわかり易い共通点といえるジャンルはファンクだ。神聖なる存在であるPファンクの総帥ジョージ・クリントンをフィーチャリングし、コズミック・スロップ(編註:「COSMIC SLOP」はファンカデリックのアルバム名)でジャンルを縛った『To Pimp A Butterfly』のオープニング・トラック「Wesley’s Theory」は、『スーパーフライ』でのかん高いファンキーなグルーヴを反響させている。

クールで文化的なさびつやのバランスをとりながらポップ・チャートにもまたがるカーティス・メイフィールドやケンドリック・ラマーのような、政治的な態度と同じく音楽的にも勇敢であるアーティストを世界は必要としている。

Written by Paul Bowler


 

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