カニエ・ウェスト『Late Orchestration』解説:時を超えた芸術を創造しようとした最初のライヴ盤

Published on

カニエ・ウェストの『Late Orchestration』は、スペクタクルとシアトリカルなものへの執着に突き動かされた男による、たった2枚のライヴ・アルバムのうちの1枚だ。この作品がアルバムごとにライヴ・アルバムを出すというシリーズの第一弾でなかったのが不思議なくらいだ。あるいは、少なくともツアーごとにということだろうか。しかし、カニエ・ウェストの野心と完璧主義は、そのためのスケジュールを空けておくことはできなかったようだ。

<関連記事>
カニエ・ウェストの新作アルバム『DONDA』徹底解説:6つのキーワードと10曲
『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』レビュー

2006年4月24日にリリースされた『Late Orchestration』は、カニエが古臭いと思われた芸術的概念に取りつかれるようになる兆候のひとつだと言えるが、それは時間を超えた芸術を作り上げるという彼のビジョンの一部でもあった。当時、ヒップホップがポップミュージックの主流になりつつあるのなら、なぜ彼はかつて音楽界を支配したもうひとつのスタイルであるクラシックとの融合をそれまでおこなわなかったのか。もちろん、このライヴ・アルバムでのパフォーマンスは印象的だが、カニエ・ウエストがその後、音楽的にもライブでも活躍することに比べれば、ほとんど古風なものにも感じられる。

『Late Orchestration』は、私たちがカニエに期待するよりも、より旅人的な作品である。カニエのセカンド・アルバム『Late Registration』のリリースから1ヶ月も経たない2005年9月21日、かの有名なアビー・ロード・スタジオで録音されたこのライヴ盤で、カニエは17人の女性オーケストラの助けを借りて、彼のビジョンを実現するためのセッションを行った。

比類なき情熱

このアルバムに収録された曲は、ライヴで演奏されたことがなかったものが多い。アルバムと楽器編成が大きく異なる瞬間があり、まったく新しい分野に身を投じたカニエはどうラップすればいいのかわからない部分もあるが、彼はただただ力強く進んでいく(曲と曲の間に、休憩というには長すぎるほどの時間があり、彼が暴言を吐かずに話しているのを聞くのも興味深い)。

『Late Orchestration』の醍醐味は、おそらく二度と聴くことのできないゲスト・ヴァージョンをライブで聴けることだ。カニエ、ルーペ・フィアスコ、GLC、コンシクエンスが一つの部屋で一緒に演奏し、コラボレートしていた時代なんて、今から想像するのは難しいだろう。

スタジオ・レコーディングではポール・ウォールが歌っていた「Drive Slow」のバースは、カニエが彼のライムを1つだけ切り取って、衝撃的な間奏曲に仕上げている。しかし、いくつかのゲストバースの省略を除けば、これらの曲のライブバージョンにおける唯一の大きな変化は、「Heard ‘Em Say」でのジョン・レジェンドの出演であろう。元々はマルーン5のアダム・レヴィ―ンが担当していたパートをジョン・レジェンドが見事に歌いあげ、このヴァージョンがオリジナル・アルバムに入っていてもおかしくはない。

カニエが『Late Orchestration』に注ぐ情熱は他に類を見ないほどで、彼の声を聞けば、その情熱がより一層伝わってくる。彼は躁状態になり、しばしば息も絶え絶えになるほどだ。

これらの生のパフォーマンスを今聴くと、セカンド・アルバム『Late Registration』とサード・アルバム『Graduation』の間でカニエのキャリア意識に大きな変化があったことは明らかだ。

“今のカニエ”と“昔のカニエ”の差は世間が思うほど大きくはないが、「昔のカニエ」と言われれば、こういうアルバムでのカニエを指すのであろう。

Written By Patrick Bierut



カニエ・ウェスト『Late Orchestration』
2006年4月24日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

最新アルバム
カニエ・ウェスト『DONDA (Deluxe)』
2021年11月14日発売
国内盤CD 2022年3月25日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



 

Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了