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サウンドトラックの魔術師:‘天才’ハンス・ジマーの比類なきキャリア

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Photo: Pierre Futsch

‘天才’や‘象徴的存在’という言葉は決して軽々しく使うべきではないが、ハンス・ジマー(Hans Zimmer)に限って言えばこの形容詞は的を射ていると言って差し支えないだろう。2007年にデイリー・テレグラフ紙上で行なわれた批評家投票では、このドイツ人コンポーザー兼サウンドトラックの魔術師は同じサントラ界の巨匠、ジョン・ウィリアムズを僅かに上回った。つまりその筋では最高ランクと見なされているのである。

1957年9月12日、中央ドイツの都市フランクフルト・アム・マインで本名ハンス・フロリアン・ジマーとして誕生したこの博学な音楽家は、これまでに150本以上の映画音楽に携わったが、中でも瞠目すべきと評価されているのが最新作である。

彼の手掛けた心揺さぶる『ブレードランナー2049』のサントラは映画本編同様不朽の名作であり、彼の過去の傑作と同様、登場人物のアクションや物語の展開を見事に引き立てるものだ。本稿執筆中の現時点(2018年)でも、ハンス・ジマーは2019年公開予定の『ライオンキング』の続編の音楽を鋭意制作中で、これは当然1994年のオリジナル版での貢献を踏まえての起用である。

… To Die For (From "The Lion King"/Score)

オリジナル版『ライオンキング』は驚異的な作品だった。ウォルト・ディズニー・レコードからリリースされたサウンドトラック盤は、その年のBillboard誌年間アルバム・チャートのトップ200において第4位にランク・インし、サントラ盤の売り上げでは押しも押されぬ第1位に輝いた。

単なる一過性の珍事などではなく、このアルバムはその後も売れ続け、現時点ではサントラ盤のカテゴリーの中で唯一ダイヤモンド・ディスク(1,000万枚売上)認定を受けている作品なのである。フル・スコアは20周年記念リイシュー盤まで日の目を見ることはなかったが、その時既にハンス・ジマーのキャビネットには、アカデミー賞最優秀オリジナル・フィルム・スコア部門のトロフィーが鎮座していた。

ハンス・ジマーは長編映画音楽の世界においては第一人者である。エレクトロニック・サウンドとオーガニックなサウンド素材を絶妙なバランスで掛け合わせることのできる裁量は彼の圧倒的な強みのひとつで、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでの彼の仕事ぶりは、このジャンルを再定義させるきっかけになった。『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』でエレクトロニック・ビートとパイプ・オルガンを活用して実験的なクラシック・スタイルを作り上げる一方で、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』はたやすく物語のムードを異界へとさらって行ってしまうのだ。

Pirates Of The Caribbean Dead Man's Chest Score – 02 – The Kraken – Hans Zimmer

華々しく展開するサウンドと、エモーショナルなアクションとのマッチングというチャレンジは、ハンス・ジマーの真骨頂が発揮されるところだ。彼がオーストラリア人ミュージシャンのリサ・ジェラルドと共作した『グラディエイター』のスコアは、グスタフ・ホルストやリヒャルト・ワグナーへの敬意を感じさせる、志の高い実験的クラシックとも呼ぶべきものだったが、一方いささか過小評価に終わったジョニー・デップ主演のウェスタン喜劇『ローン・レンジャー』のような、より軽めのムードの作品の仕事の時には、思い切り遊び心溢れるアプローチで、愉快で奇想天外な冒険活劇を大いに盛り上げる手腕も持っている。

あからさまに派手ハデしい仕事上の美意識とは裏腹に、ハンス・ジマー本人は決してスノッブな趣味人などではない。彼はかつてバグルスのオリジナル・プロジェクトに関わり、ジェフ・ダウンズとトレヴァー・ホーンによって1980年の「Video Killed The Radio Star(邦題:ラジオスターの悲劇)」のプロモーション・ヴィデオにキャスティングされ、黒い服を着てキーボードを弾いている上に、同年パンク界の煽動家ザ・ダムドのシングル、「The History Of The World (Part 1)」のプロデュースも手掛けているのだ。

The Buggles – Video Killed The Radio Star

血も涙もないほど厳格で、徹底して苛烈な完璧主義者ではあるものの、彼は同時に商業市場のメリットも熟知している。ハンス・ジマーの2016年のヨーロッパ・ツアーは評論家たちから高い評価を得たが、中でもチェコの首都・プラハでのO2アリーナ公演はソールド・アウトの盛況ぶりだった。彼はここにフル・サイズの合唱団と交響楽団、そして自ら人選した21人編成のバック・バンド(ザ・スミスで有名なギタリストのジョニー・マーをはじめ、アカデミー賞作曲家である彼の一番親しい友人たちやコラボレーターたちを含む)という総勢72人のミュージシャンたちを従えて登場した。その晩、会場を埋め尽くした17,000人の観客が目撃した、ハンス・ジマーの比類なき音楽キャリアを総括した素晴らしいライヴ・ショウの模様は、『Live In Prague』 DVD とライヴ・アルバムで堪能することができる。

HANS ZIMMER – LIVE IN PRAGUE (THEATRICAL TRAILER)

ハンス・ジマーはそのキャリアの中で、リドリー・スコットにマイケル・ベイ、クリストファー・ノーランといった売れっ子たちをはじめ、最近作はクリストファー・ノーランと組んだ長編戦争映画『ダンケルク』といった少なからぬ数の映画界のビッグ・ネームに手を貸してきた。

斬新でめくるめくライト・ショウに息を飲む映像視覚効果、そして数々の賞に輝いてきたもはや芸術の域に達するライヴ・オーディオ・プロダクションをフィーチャーした『Live In Prague』は、映画ファンたちに――そして勿論このコンポーザーの作品のファンにも――最高の席を提供してくれる。クラシカル・モダニズムここに極まれりという作品だ。

彼の幅広いアウトプットと信じ難いほどの多作ぶりを鑑みると、ハンス・ジマーの全キャリアを収めるには1冊どころか3冊ほどの本が必要になりそうだが、願わくば難解なSF作『インセプション』や『インターステラー』の魅力を再発見したり、家族みんなで楽しめる愛らしく元気の出る作品、『マダガスカル』、『マダガスカル2』のスコアをもう一度堪能する機会を得たいものである。

Once Upon A Time In Africa

更に時代を遡れば、バリー・レヴィンソン監督作品『レインマン』とペニー・マーシャル監督作品『勇気あるもの』、1986年にグラミー賞を獲得した『クリムゾン・タイド』と錚々たるスコアが居並ぶが、忘れてはならないハンス・ジマーの代表作が『プリンス・オブ・エジプト』だ。この作品の製作を手掛けたのがドリームワークス・アニメーションだった。

ハンス・ジマーは現在、カリフォルニア州ユニヴァーサル・シティにあるドリームワークスの映画音楽部門のヘッドを務めており、自らの所有するサンタ・モニカ・スタジオで日々のスケジュールに忙殺されていなければ、大抵は午後1時からかなり遅い時間までここで過ごしている。サンタ・モニカ・スタジオは彼経営のリモート・コントロール・プロダクションズの本拠地で、彼はここで才能ある後進を育て導き、映画音楽ビジネスに入れるよう道をつけてやっているのだ。

揺るぎなき賢明さと寛容さを併せ持つハンス・ジマーは、ダンス・ミュージックの世界にも進出している。彼の友人兼秘蔵っ子のひとりが、マルチ・インストゥルメンタリスト でトランス/ビッグ・ビートの第一人者、アントニアス・トム・ホルケンボルグだが、もしかすると音楽サークルの中ではジャンキーXL、あるいはただJXLという名を出した方が通りが良いかも知れない。

トム・ホルケンボルグによれば、彼ら2人はまるで火が点いたように互いにアイディアを出し合うのだと言う――そして常に忌憚なく互いに批評を交わすのだ。2人が組んだ最近作は『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』だが、それに続いてハンス・ジマーはショーン・ペンの『ラスト・フェイス』に、そちらと比べると大幅に抑制の効いたスコアを提供している。

Batman v Superman Official Soundtrack | Beautiful Lie – Hans Zimmer & Junkie XL | WaterTower

何はさて置き、ハンス・ジマーは自らが与えられた天命をよく分かっているのだ。それは映画ファンたちに、彼がスコアを手掛けたどの映画の予告編を目にした時でも、思わず引き込まれて、背筋がぞくぞくするようなスリルを味あわせることである。彼が言うところの、「街じゅうに鳴り響くバカでかい霧笛みたいに、ほんの僅かな間しか続かないのに映画館の座席をガタガタ言わせる」威力のある瞬間を作り出すことだ。

1939年にドイツを逃れてイングランドに辿り着いた移民の子であるハンス・ジマーは、暗闇を知る一方で楽観主義を尊び、音楽と映画という2つの世界の両方で文字通りグローバルな影響力を持つに至っている。彼の比類なきキャリアは現在も着々と実績を積み上げており、つい先頃もデヴィッド・アッテンボローのナレーションで有名な『プラネットアースⅡ』にスコアを提供したばかりだ。

自身でも称している通り、彼はまぎれもなく‘20世紀の申し子’である。けれど、21世紀的な発想も併せ持つ彼なら、この先もきっとその驚くべき才能で、我々の人生のサウンドトラックを提供し続けてくれるに違いない。

Written By Max Bell


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