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映画『ウィキッド ふたりの魔女』大成功の理由とサントラ、物語を彩るスコア
2024年11月22日に海外で公開されると特大ヒットを記録、日本でも2025年3月7日に公開されると週末興行収入ランキングにて6週洋画No.1を獲得/34億円を突破した実写映画『ウィキッド ふたりの魔女』(原題:Wicked)。5月14日よりダウンロード先行発売が開始、6月11日よりレンタル配信となるも発表となっている。
この映画の大ヒットと音楽の魅力について、様々なメディアに寄稿されている辰巳JUNKさんに解説いただきました。
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“洋画離れ”のなかでの異例の人気の理由
「娯楽の王様」といえばハリウッド映画──そう断言できる時代は、過ぎつつあるかもしれない。エンタメが多様化した今日、遠出する手間もお金もかかる劇場映画は、危機に瀕している。
じつは、ハリウッド不況の最前線とされるのが日本。2024年度には、アニメ好況もあって邦画の興行収入が過去最高を記録した一方、洋画は前年比69.8%もの激減 を記録して波紋を呼んだ。
「洋画離れ」のなか、異例の人気を博しているのが、2025年3月に公開がはじまった『ウィキッド ふたりの魔女』。実写洋画として1年8ヶ月ぶりに興行収入25億円を突破し、5月12日時点で34億円を超えるサプライズヒットとなっている。 全世界の興行収入も7.5億ドル(約1,102億円)を突破した大ヒット作ではあるものの、日本では世界初のCD版スコアが発売されるほどの社会現象となっている。おなじみのアクションシリーズでも有名どころのアニメーションでもないのに、何故ここまで熱烈な支持を集めたのだろうか?
魔法と学園バトル漫画、分断と憎悪
もちろん、ハリウッドならではの豪華ミュージカルの魅力ははずせない。一方、日本文化との親和性も挙げられるかもしれない。名作『オズの魔法使』をベースにした舞台の映画化である『ウィキッド ふたりの魔女』は「異能力学園」ジャンルと言える。魔法と幻想の国を舞台に、孤独な主人公が大学で才能を認められ、個性豊かな同級生と成長しながら残酷な世界と戦っていく。この構造自体、大人気の『ハリー・ポッター』シリーズ、そして日本の学園バトル漫画と近しい。
女性二人の映画であることも重要だ。大学でルームメイトとなるエルファバとグリンダを主人公にする『ウィキッド』は、撮影監督のアリス・ブルックスより「親友同士の最高のラブストーリー」 と表現されている。ブロックバスター(超大作)の規模で女子の友情をメインにした映画は珍しいし、多くの女性観客から求められ共感されるものでもあった。
時事的な政治・社会問題のテーマも『ウィキッド』の必須要素。一匹狼のエルファバと人気者のグリンダは、正反対の存在として対立しながら友情を築いていく。のちに「悪い魔女」と「善い魔女」と呼ばれることになる二人の物語は「何が悪で正義なのか」という問いを生む。
劇中では、大衆の憎悪を煽るプロパガンダ扇動の問題も描かれる。こうした情報混乱の問題は、分断が加速するSNS時代の今、より身近な脅威に感じられるものだ。だからこそ、異なる価値観を持ちながらも友情を結ぶ主人公二人のドラマが希望を与える。
ハリウッド黄金期の復古
なにより『ウィキッド』は、ハリウッドでも特別な存在として位置づけられている。目標にされた作品は、映画史を革命した1939年版『オズの魔法使』と『ロード・オブ・ザ・リング』。映画文化の存続が危ぶまれる現代において、エレガントでロマンチックなハリウッド黄金期の復古、そして新たな古典の創造を掲げた大作なのだ。その象徴ともいえるのが、900万株のチューリップ畑や58トンのエメラルドシティ急行を創造した壮大な美術、そして160分に及ぶ長尺を一瞬に感じさせるエキサイティングな編集だろう。
緑色の肌のマイノリティである主人公エルファバは、希望を失いそうになっても信念を貫くキャラクターだ。「重力に逆らう」勇気を象徴する彼女のように、映画自体も「大きな夢への挑戦」を体現している。このはかりしれぬ情熱こそ『ウィキッド』を特別な映画にしているのだ。
原作への徹底した敬意
情熱の実写映画化として、原作への敬意も徹底されている。同名小説をもとにした舞台版『ウィキッド』は、伝説的なミュージカルだ。2003年のブロードウェイ初演以来『レ・ミゼラブル』をもこえる史上第4位の公演数 を誇り、歴代最高の週間売上記録も保持している。日本においても、2024年に大阪劇団四季で再演リクエスト最多となった公演が即完売したばかりの人気作だ。
熱心なファンを多く抱えるからこそ映画化のハードルは大きかったが、結果として、魅力を口コミで広めていったのも舞台ファンだった。舞台版に忠実な点が評価されたばかりか、オリジナル描写も絶賛されていったのだ。
20年もの歳月がかけられた映画版『ウィキッド』プロジェクトでは、舞台作家と連帯した制作体制が構築された。面白いことに、楽曲のヒップホップアレンジや歌詞削除といった舞台作曲家スティーブン・シュワルツの案を原作ファンの監督とキャストが止める場面も多かったという。
映画版で厳守されたのは「価値のある変更」 。具体的なエピソードでいえば、オズ国の歴史説明、緑色の肌で生まれたエルファバの幼少期といった深堀りが加えられている。
主演の二人
もちろん、主演二人は最高評価。名優たちと協力してきたシュワルツをして「期待を大きく上回った」と言わしめた世界最高峰の歌い手だ。
エルファバ役は、ブロードウェイのスターとしてトニー賞、エミー賞、グラミー賞に輝くシンシア・エリヴォ。相方のグリンダ役は、ポップスターとして難役のハードルをのりこえてみせたアリアナ・グランデ 。どちらもアカデミー賞にノミネートされるほどの評価を得た。
主演陣は、制作面でも多大な功績を果たした。二人で舞台版と同じ生歌での撮影を頼み込んだのだ。さまざまな技術が絡む映画制作において、本作ほどのライブボーカル処理は至難の業とされる。そこで、製作陣はエルファバの帽子にマイクを仕込んだりすることで、セット全体を音楽スタジオに仕上げる大技を実施。こうして、エリヴォがワイヤーで空を飛びながら熱唱したり、グランデがシャンデリアに飛び乗りながら歌ったりする驚異のスタントが行われていった。
生歌主義こそ『ウィキッド』のパワーの源だ。ミキサーのアンディ・ネルソン が語るように、アドリブをまじえたライブボーカルは、完璧で綺麗すぎる録音では出せない感情的なつながりを観客と形成する。名場面として絶賛された舞踏会でのエルファバの涙 や「Popular」終盤でのグリンダのハイキック も脚本になかったというのだから驚きだ。
音楽面でも、オリジナル要素が魅力になっている。エルファバの名曲「Defying Gravity」の場合、とくにチャレンジングだ。約6分のオリジナルが16分に拡張され、アクションやドラマがいっぱいのシークエンスで展開されていくため、曲が途切れる瞬間すらある。
物語を彩るスコアの「記憶」
この大技を成功に導いたのは、サウンドトラックにあたるスコア。舞台版の約4倍となる総勢100人編成のオーケストラをそろえ、 ギターやバックコーラスをまじえながら、熱唱へ向けて緊張と高揚を高めつづける綱渡りの音楽演出が構築されている。
じつは、スコアこそ、初見の観客とコアファンをつなげる架け橋として機能している。テーマとなったのは「記憶」 。観客の記憶に旋律が刷り込まれるような繰り返しが散らばっているのだ。たとえば、エルファバとグリンダの初対面でかかる音には「Defying Gravity」のリズムが組み込まれている。 舞台ファンにとっては「悪い魔女」の旅のはじまりを告げる演出だが、初見の映画ファンに対しては、後半にお披露目される名曲への耳慣らしとして機能する。
ダイナミックな歌と歌のあいだにシームレスな耳慣らしスコアがはりめぐされるからこそ、映画版『ウィキッド』はミュージカルが苦手な人でも入り込みやすいのだ。もちろん、一度観たあとは、たっぷり考察できるサウンドトラックになっている。
ちなみに、続編の伏線も登場している。『ウィキッド』の冒頭「善い魔女」となった大人のグリンダが過去を回想する「Dear Old Shiz」において、次作『Wicked: For Good』(原題)の表題曲「For Good」の旋律がかすかに流れこむ。
こうした音楽演出は『Wicked: For Good』でさらに活性化するという。『ウィキッド』の感動冷めやらぬうちに、サウンドトラックを聴き込んでみよう。
Written By 辰巳JUNK
『ウィキッド ふたりの魔女 – オリジナル・サウンドトラック【2CDデラックス・エディション】』
2025年4月18日発売
CD
『ウィキッド ふたりの魔女 – オリジナル・サウンドトラック』
2024年11月22日配信
日本盤CD:2025年3月5日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify