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コロンビア生まれの注目アーティスト、カリ・ウチスの軌跡:バイリンガル歌手としてのラテン革命
2025年5月9日に5作目のスタジオ・アルバム『Sincerely,』を発売するカリ・ウチス(Kali Uchis)。グラミー賞受賞経歴を持つコロンビア生まれ、米ヴァージニア州育ちのシンガーソングライターについて、様々なメディアに寄稿されている辰巳JUNKさんに解説いただきました
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英語とスペイン語のバイリンガル
ポップミュージックのグローバル化が加速するなか、増えているのが、多言語アーティスト。K-POPスターのあいだでは、英語のほか、日本語や中国語版の楽曲をリリースすることも珍しくない。
多言語ポップの波は、これまで英語中心だったアメリカにも押し寄せている。そんななか、バイリンガル・アーティストとして尊敬されている存在が、英語とスペイン語を操るカリ・ウチス。2025年のコーチェラ・フェスティバルでは、BLACKPINKのジェニーとステージで共演。チャイルディッシュ・ガンビーノをまじえたムーディなコラボ曲「Damn Right」で観衆をわかせた。
NO BECAUSE JENNIE AND KALI UCHIS ON ONE STAGE?? THAT WAS HISTORY pic.twitter.com/1ftsTz4ITq
— jennie (@jenniepics) April 15, 2025
洋楽好きなら、カリの甘美な歌声を聴いたことがあるかもしれない。この10年、ひっぱりだこなコラボ名手だ。なかでも、長年の盟友がラッパーのタイラー・ザ・クリエイター。彼の名盤『Flower Boy』に収録された「See You Again」は、Spotifyで10億再生を達成したほどの人気を築いている。
幅広いコラボレーション
2018年『Isolation』でメジャーデビューしたカリ・ウチスは、ネオクラシックなR&Bソウルで名をあげたシンガーソングライター。ダニエル・シーザー「Get You」や、グラミー賞に届いたケイトラダナ「10%」など、2010年代を通してR&B好きをうならせてきた。
同じく蠱惑的な魅力を持つラナ・デル・レイのツアー前座をつとめ、メジャー・レイザーと「Wave」を制作するなど、キャリア初期からジャンルの壁をこえた大物とも関係を築いていた。UKロックの重鎮ゴリラズに「She’s My Color」を提供したお返しにフロントマンのデイモン・アルバーンから「In My Dreams」をもらい受けた逸話も彼女ならではだ。
二つの言語で曲をつくる
デビューアルバムにレイコンを招いたスペイン語曲「Nuestro Planeta」があるように、カリ・ウチスはラテンアーティストの顔も持つ。ナイトクラブを運営する両親のもと1994年に生まれ、アメリカとコロンビアの文化を吸収して育ったバイリンガルなのだ。
バイリンガルとしての表現は、活動初期には制限されてしまっていた。当初、ラテン音楽にうといUKのレーベルと契約していたため、売り込みやすい英語R&B一本のキャリアを要請されていたのだ。ライブ中スペイン語を混ぜたような英語で歌った際、困惑した観客が立ち去ってしまったこともあったという。
「私は生まれながらのバイリンガルです。英語の曲だけでは、自分のすべてを表現しきれない。だから、二つの言語で曲をつくることが自然な選択だったんです 」(カリ・ウチス)
型にはめられたくなかったカリは、売上よりも個性を貫くことにした。米インタースコープ・レコードに移籍した2020年、カロルGやSZAを招いた全曲スペイン語の2ndアルバム『Sin Miedo (del Amor y Otros Demonios)』を発表。同じ作品を二言語で展開するのではなく、英語とスペイン語で別の世界を表現する新境地を切り拓いたのだ。
チャート度外視の曲「Telepatía」でのブレイク
意外なことに、ブレイクを授けたのはチャート度外視でつくられた一曲、遠距離恋愛を英語とスペイン語で表現したドリーミィなラブソング「Telepatía」だった。当時のアメリカにおいて、一人の歌手が二言語で歌うヒット曲はほとんどなかったと言われている。
ラジオから門前払いを受けた「Telepatía」に夢中になったのが、TikTok界隈。新型コロナウイルス危機によって在宅が増えていた頃だから、遠距離ロマンスのテーマがぴったりはまった。リップシンクチャレンジでバズると、Spotifyグローバルチャート2位にのぼりつめ、女性ラテンアーティストとして初めて10億回再生を達成したソロ曲となった。
タイミングもちょうど良かった。コロナ禍の在宅趣味ブームを通して、アメリカでもK-POPや日本アニメなど、非英語コンテンツの人気が急上昇していたのだ。なかでも勢いがあったのが、国内二番目のメジャー言語であるスペイン語。2020年NFLスーパーボウルのハーフタイムショーにバッド・バニーやJバルヴィンが登場するなど、ラテン音楽が大ブームになっていた。
ラテン音楽界への影響と変化
「Telepatía」の成功によって自信をつけたカリ・ウチスは、バイリンガル歌手として独自のキャリアを固めた。まず2023年、ソウルフルな英語アルバム『Red Moon in Venus』をリリース。暗く攻撃的なラブソングが流行っていたなか、めいいっぱい愛の至福を祝福するカウンターのネオソウルとして高く評価されTIMEマガジンから年間ベストアルバムに認定された。
同時制作していたのが、一転アップテンポなスペイン語アルバム『Orquídeas』シリーズ。世界的に有名なレゲトン系に限らないコロンビア音楽にフォーカスした連作となっている。
バイリンガルアーティストとしての活躍は、ラテン音楽界にも変化をもたらした。これまで英語曲をやってみたいアーティストは多かったものの、レーベルから拒否されていたりしたのだという。今では、10代のころからカリに憧れていたアンバー・ルシッドなど、複数の言語で歌うフォロワーが台頭している。
カリの幅広い分野での活動経験もラテン音楽の進化に貢献している。『Orquídeas』に参加したメキシコ歌手ペソ・プルマは、提案された曲の中から、あえてR&B寄りでポップな「Igual Que un Ángel」を選んだ。この異色コラボこそ、カリに初めてのラテングラミー賞最優秀楽曲賞ノミネートを授けた。
バイリンガルの誇りを貫いて現代を代表するアーティストとなったカリ・ウチスは、近年、ラッパーのドン・トリヴァーとのあいだに第一子にも恵まれた。母としてのモットーは、自分を犠牲にせず、幸せでいること。音楽活動も精力的につづけていて、ジェニーとの「Damn Right」のほか、新鋭オルタナ歌手d4vdが彼女のために書いたデュエット「Crashing」も発表されている。
きたる5thアルバム『Sincerely』では、まったく新しいカリ・ウチスが見られるかもしれない。なんと、これまでの華だったコラボは一切なし。英語だからこその「サッドガール」な内省作風になるという。シタールが響きわたるサイケなリードシングル「Sunshine & Rain…」を聴いて、未知なる新時代に浸ってみよう。
Written By 辰巳JUNK
カリ・ウチス『Sincerely,』
2025年5月9日発売
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