今聴くべき、忘れられた80年代バンド8選:どれだけ覚えている? 知ってる?
アダム・アント、プリンス、マドンナ、ワム!を生み出した1980年代の魅力は、かつてラヴァーボーイの「Working For The Weekend!」に合わせて街を意気揚々と歩いていた頃に穿いていたJordacheのジーンズと同様に、今も色あせないという人は多いだろう。
しかし、当時のウォークマンを彩っていたアンセムは、誰もが知るヒット曲だけではなかった。80年代は、まさに“過剰さ”によって特徴づけられた時代だった。最も甘く華やかなポップスから、ヘア・メタルのむき出しの男性性、さらにはポストパンクが踏み込んだダークな世界まで、その音楽性は実に幅広い。
当時のカセット・ラックを掘り起こしてみると、そこには、現在も愛され続ける80年代のアイコンたちに引けを取らない、あるいはそれ以上の才能を持ちながら、いつの間にか忘れ去られてしまったバンドたちが数多く眠っている。そんな8つのグループを順不同で紹介しよう。
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1. ジョニー・ヘイツ・ジャズ / Johnny Hates Jazz
「Shattered Dreams」のドラムとキーボードのイントロ、そして失われた愛を嘆く歌声を聴いた瞬間に、思わず首を揺らしてしまわないなら、脈を確かめたほうがいい。それほどこの曲は、80年代という時代そのものを象徴する一曲だ。
ジョニー・ヘイツ・ジャズはバンドとして長続きしたわけではなかったが、それでも80年代後半に確かな足跡を残した。実際、彼らは「My Foolish Heart」「I Don’t Want To Be A Hero」「Turn Back the Clock」といった名曲を生み出しただけでなく、後に『セブン』や『ゾディアック』を手がけることになる映画監督デヴィッド・フィンチャーのキャリアを後押しした存在でもある。
「Shattered Dreams」を、当時絶大な影響力を誇っていたMTVで大きくヒットさせるには、ミュージック・ビデオが欠かせなかった。そこでまだ駆け出しだったフィンチャーが監督を務めることになった。そのビデオは一日に何度もMTVでオンエアされ、視聴者はフロントマン兼ソングライターのクラーク・ダッチラーとギタリストのマイク・ノシートが込めた情熱と哀愁に、すっかり魅了されていった。
2. ファン・ボーイ・スリー / Fun Boy Three
大成功を収めた2トーン・スカ・バンド、スペシャルズを脱退したテリー・ホール、リンヴァル・ゴールディング、ネヴィル・ステイプルの3人は、新たに結成したファン・ボーイ・スリーでよりポップな方向へと舵を切った。
デビュー・シングル「The Lunatics (Have Taken Over The Asylum)」は確かにスペシャルズから受け継いだサウンドが感じられる。しかし続く「The Telephone Always Rings」や、バナナラマをバック・ボーカルに迎えた最大の全英ヒット「It Ain’t What You Do (It’s the Way That You Do It)」では、少し風変わりでひねりの効いた、ジャングリーなポップ・サウンドを展開した。
ファン・ボーイ・スリーは長く活動を続けることはできなかったものの、その影響力はメンバーたちのその後の活動を通して現在も残っている。テリー・ホールは後にゴリラズとの仕事などで活動の幅を広げ、ネヴィル・ステイプルはザ・ビートのランキング・ロジャーとともにスペシャル・ビートでコラボレーションを行うなど、それぞれがスペシャルズとは異なる形で音楽的な足跡を残していった。
3. グラス・タイガー / Glass Tiger
セリーヌ・ディオンが登場するより前、カナダにはグラス・タイガーがいた。以前はトーキョー(Tokyo)名義で活動していた彼らだが、デビュー・アルバム『The Thin Red Line』をレコーディングする頃には、グラス・タイガーへと改名していた。
デュラン・デュランのように現在まで高い人気を保ち続けているわけではないものの、1986年に発表したデビュー作『The Thin Red Line』は、カナダで4×プラチナ、アメリカでゴールドに認定される大ヒットとなった。さらに、「Someday」と「Don’t Forget Me (When I’m Gone)」という、この時代を代表する2曲のヒットも生み出している。後者には、ブライアン・アダムスがバック・ヴォーカルで参加していた。
グラス・タイガーはMTVで頻繁にビデオが放送されるような存在にはならなかった。そのため、80年代の優れたバンドがひしめく中で、いつしか忘れられた存在になってしまったが、本国カナダではまぎれもなく一大ポップ・ロック勢力だった。カナダの音楽を世界のポップ・カルチャーの地図に刻み、その後に続くアーティストたちへの道を切り開いたバンドだったのである。
4. ディーゼル・パーク・ウェスト / Diesel Park West
ディーゼル・パーク・ウェストがなぜブレイクできなかったのかについては、今もさまざまな憶測が飛び交っている。このリストに登場する80年代のバンドの多くよりも批評家から高く評価されていたにもかかわらず、彼ら独自の、初期ブリットポップとアメリカのサザン・ロックを融合したサウンドは、なぜか大衆には届かなかった。
1989年のデビュー・アルバム『Shakespeare Alabama』のリード曲「Like Princes Do」ではギター・ソロを大胆に前面へ押し出し、「All The Myths On Sunday」のような楽曲では、ザ・ビートルズを彷彿をさせる軽やかで流麗なメロディを取り入れるなど、彼らは自分たちが受けた影響を決して隠そうとはしなかった。しかし、作品のセールスが伸び悩むと、バンドはしばらく表舞台から姿を消すことになる。その間にレーベルは、彼らが残していたB面曲や未発表音源をまとめ、アルバム『Flipped』として発表した。
幸いなことに、音楽には時間という味方がいる。ディーゼル・パーク・ウェストの素晴らしい作品は現在も失われることなく残され、後世のリスナーがその魅力を知ることができるのである。
5. トランスヴィジョン・ヴァンプ / Transvision Vamp
80年代らしいギミックを次々と取り入れ、ときには音楽的なパロディと思えるほどだったにもかかわらず、トランスヴィジョン・ヴァンプがなぜ今なお色あせない魅力を放っているのかを説明するのは難しい。
その理由のひとつは、同時代の数多くのパンク・ポップ・バンドとは一線を画す存在だったヴォーカリスト、ウェンディ・ジェームズにある。ウェンディは、イギリスの華やかなパーティー・シーンを象徴する新たなアイコンとして一躍注目を集め、バンドもまた、自分たちの人工的でポップなサウンドを隠すことなく前面に押し出していた。彼らのシングル「Trash City」では、“ルールなんてない。それが唯一のルール”と歌っている。
その言葉どおり、トランスヴィジョン・ヴァンプはシンセサイザーを軸にしたポップ・サウンドに、挑発的なセクシュアリティと反抗的なスピリットを大胆に融合させ、自分たちだけのスタイルを貫いた。
6. ファイン・ヤング・カニバルズ / Fine Young Cannibals
1989年当時、MTVをどの時間帯につけても、ファイン・ヤング・カニバルズの「She Drives Me Crazy」のミュージック・ビデオが繰り返し流れている光景を目にすることができた。フロントマンのローランド・ギフトの個性的な歌声は、シンプルなフレーズを何度も反復することで80年代の空気を見事に体現し、この曲を史上屈指の“耳から離れない”ヒット曲へと押し上げた。
「She Drives Me Crazy」はラジオでも圧倒的なオンエア回数を記録し、ローランド・ギフトと、元ザ・ビートのメンバーであるデヴィッド・スティール(ベース)とアンディ・コックス(ギター)から成るバーミンガム出身のトリオを、一躍世界的なスターへと押し上げた。
さらに同曲を収録した1989年のアルバム『The Raw And The Cooked』は、全米アルバム・チャート(Billboard 200)で1位を獲得。「She Drives Me Crazy」に続いて「Good Thing」も大ヒットし、ファイン・ヤング・カニバルズはまさにスターダムを手中に収めたかに見えた。しかし、その後は、この2曲ほどの大ヒットを再び生み出すことはできず、当時のようなチャートでの成功を取り戻すことはなかった。
7. エイジ・オブ・チャンス / Age Of Chance
音楽の先駆者であることと、時代を先取りしすぎることは紙一重だ。そして、リーズ出身の4人組、エイジ・オブ・チャンスは残念ながら後者だった。彼らは、ハウス・ミュージックとロックの境界を打ち破る先駆的な存在として活動し、その後のポップ・ウィル・イート・イットセルフやカーターUSMといった80年代後半のバンドへと続く道を切り開いた。
サンプリングをいち早く取り入れたバンドのひとつでもあり、彼らが最初に注目を集めたのは、ジョン・ピールのラジオ番組“Peel Sessions”で披露したプリンスの「Kiss」の大胆なカヴァーだった。さらに、その音源をコラージュのように再構築したリミックス「Kisspower」によって、独自の音楽性を強く印象づけた。
その後、エイジ・オブ・チャンスはVirgin Recordsと契約し、1987年に発表したデビュー・アルバム『One Thousand Years Of Trouble』は音楽メディアから高い評価を獲得した。パンク、ヒップホップ、インダストリアル、そしてノーザン・ソウルまでを取り込んだ多彩な音楽性に加え、彼らはDJを正式メンバーに迎えた最初期の“ロック・バンド”のひとつでもあった。
イギリスでもアメリカでもチャートの頂点に立つことはなかったものの、その影響力は長く受け継がれている。彼らが今なお評価される理由は決して難しくない。頭で理解できなくても、そのグルーヴを聴けば、きっと身体が先に反応してしまうはずだ。
8. ジェーン・ウィードリン / Jane Wiedlin
ギタリストのジェーン・ウィードリンは、ゴーゴーズ(The Go-Go’s)のメンバーとして、女性だけで構成されたロック・バンドとして初めて全米アルバム・チャート(Billboard 200)で1位を獲得し、ポップ・ミュージックの歴史にその名を刻んだ。しかし、彼女のソロ・キャリアは意外なほど語られる機会が少ない。それは決して正当な評価とは言えない。
1985年に発表されたセルフタイトルのデビュー・アルバム『Jane Wiedlin』は、弾けるようなポップ・サウンドの中に、大人びたテーマを織り交ぜた意欲作だ。表面的には軽やかで親しみやすい作品でありながら、既成概念への反発も感じさせる内容となっており、ジャケットでジェーン自身が鮮やかな色のゆったりとしたスーツをまとっている姿にも、その姿勢が表れている。
彼女は同じゴーゴーズのメンバーだったベリンダ・カーライルほど数多くのヒットには恵まれなかったものの、ソロ活動では「Modern Romance」と「Blue Kiss」という、もっと大きな成功を収めても不思議ではなかった名曲を世に送り出している。
Written By Jason Zumwalt
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