キース・ムーンのベスト・パフォーマンス20 :ドラム・セットを破壊し尽くす名パフォーマンスたち

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Keith Moon - Photo: Trinifold Archive

「キース・ムーンのようなタイプのドラマーの最高峰」の称号を得るのはキース・ムーン本人だけだ。そして彼をそう呼んだのもまた、キース・ムーン本人である。キース・ムーンのベスト・パフォーマンスを振り返れば、若くしてこの世を去ったザ・フーの一員が後にも先にも唯一無二のドラマーである理由がわかる。

前述の称号は彼の利己性をよく表しているが、奇人のイメージ以上にキース・ジョン・ムーンは代わりのいない優れたミュージシャンだった。その証拠に、彼は過去ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマーのランキングでジョン・ボーナムに次ぐ2位に選ばれている。同じく惜しまれながら亡くなったジンジャー・ベイカーやニール・パート、ハル・ブレインらの大物を抑えての順位だ。

1978年、ムーンは32歳であまりにも早くこの世を去り、ザ・フーは存続の危機を迎えた。結局、ドラム・セットに座る報われない役目はケニー・ジョーンズに受け継がれ、近年ではザック・スターキーがその役目を担っている。しかしザ・フーのオリジナル・メンバーであるキース・ムーンは、スタジオとステージの双方で偉大な演奏を数々残した。本稿ではキース・ムーンのパフォーマンスのベスト20を選出した。

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20位「Dreaming From The Waist」(1976年、スウォンジーにおけるライヴ・パフォーマンス)

スタジオでのムーンは刺激的だったが、ステージでのムーンは爽快だった。だからこそ、ランキングはこのライヴ演奏から始めたい。『The Who By Numbers』ツアーで訪れたヴェッチ・フィールド・スタジアム (サッカー・チームのスウォンジー・シティの前本拠地) でのステージだ。

タウンゼント、ダルトリー、エントウィッスル、ムーンにしか出せない一体感が顕著に表れた演奏である。そしてそれはいつも、疲れを知らないキースのビートに支えられているのだ。

 

19位「So Sad About Us」

1966年の終わりに発表されたセカンド・アルバム『A Quick One』から、初々しいパワー・ポップ的なサウンドの1曲。力強いムーンのパフォーマンスがこの「So Sad About Us」に勢いを与えている。

ザ・ジャムは、ムーンが亡くなった直後にリリースした「Down In The Tube Station At Midnight」のB面に、この曲のカヴァー・ヴァージョンを収録している。ザ・ジャムのドラマーであるリック・バックラーは『A TRIBUTE TO KEITH MOON : THERE IS NO SUBSTITUTE』と題した本の中で以下のように綴っている。

「ドラマーとしてキース・ムーンを尊敬している。俺とは違うタイプのドラマーだとしてもね。彼のドラミングはその人生と同じで攻めの姿勢だった」

 

18位「Happy Jack」

最後にムーンがケーキまみれになる風変りなプロモーション・フィルムも印象的だった「Happy Jack」は、UKシングル・チャートで3位まで上昇するヒット曲となり、アメリカでは、ザ・フーの初めてのトップ40ヒットになっている。

この初期の楽曲ではテンポや雰囲気を自在に変化させるムーン生来の能力が聴き取れる。それによってタウンゼントの野心的で物語的なソングライティングに深みが生まれているのだ。57秒あたりからの目くるめく10数秒の演奏を聴いてみてほしい。1966年のポップ・シングルとしてはめずらしい、ドラム・ソロといってもいいパートになっている。

 

17位「The Real Me」

『Quadrophenia (四重人格)』には、ムーンが単なる伴奏でなくリード楽器のようにドラムを叩く楽曲がいくつかあるが、この「The Real Me」もそのひとつである。

彼の鮮烈なフィルが光るヴァースは3つの変化をみせるが、エントウィッスルのベースとダルトリーの完璧なロック・ヴォーカルがあまりに刺激的だ。

 

16位「I Can’t Explain」(1975年、テキサスにおけるライヴ・パフォーマンス)

1975年11月20日、テキサス州ヒューストンのザ・サミットにおけるライヴ・パフォーマンスが行われたとき、ザ・フーがデビュー・シングルをリリースして10年以上が経っていた。

このときの模様を記録した映像は、画質そのものは少々粗いが、ムーンの熱量に支えられた彼らのパフォーマンスは申し分ない。

 

15位「The Rock」

タイトルから受ける第一印象とは異なり、この「The Rock」は、『Quadrophenia』で「Love, Reign O’er Me (愛の支配)」に続いていく壮大なインストゥルメンタル・ナンバーだ。エントウィッスルはムーンについてこんな風に語っている。

「彼は唯一無二のドラマーだったが、残りの俺たちもその点は同じだった。俺たちはお互いに合うように音楽を作っていた。全員がほかと違う演奏スタイルなのは特異といえるけど、なぜか俺たちのスタイルはお互いにぴったりの相性だったんだ」

 

14位「Substitute (恋のピンチ・ヒッター)」

ドラム・セットは小さく、素朴さがあり、悪ふざけは控え目だったが、それが19歳ごろのムーンの姿だった。各ヴァースの終わりの彼のフィルは、それ自体がヴォーカルのように歌っている。

 

13位「Behind Blue Eyes」

アルバム『Who’s Next』収録のこのすばらしいトラックでは、曲も半ばを過ぎるまでムーンのドラムは登場しない。しかし2分18秒以降、彼はダルトリーのヴォーカルやタウンゼントの奏でるリード・ギターと悪魔のように踊ってみせる。そうして曲を優しく荘厳な終幕に向けて着地させていくのだ。ダルトリーはザ・フーのベスト・ソングにこの「Behind Blue Eyes」を選んでいる。

 

12位「Pinball Wizard (ピンボールの魔術師)」

「Pinball Wizard」は、『Tommy』に収録されている不朽の名曲だが、1970年8月30日未明に、同年の”Isle Of Wight Festival”のステージで披露されたこの曲のライヴ・ヴァージョンもまたロックの歴史に残るすばらしいものだった。

タウンゼントの物語に登場する同曲の鮮烈なキャラクターそのもののように、ムーンは直感でプレイし、マシンの一部になっている。

 

11位「Sea And Sand (海と砂)」

冒頭の波とカモメの音で、『Quadrophenia』のハイライトのひとつである同曲は始まる。ムーンのドラムには抑制が効いていると同時に個性もうまく表れている。優れたロック・ドラマーらしく、彼のプレイが全体をリードしている。それでいて驚くほど一体感があるのだ。

 

10位「Baba O’Riley」(1978年、シェパートン・スタジオにおけるライヴ・パフォーマンス)

『Who’s Next』の1曲目の同パフォーマンスはキース・ムーンの死の数ヶ月前に、シェパートン・スタジオのBステージで撮影された。会場に迎えられた観客には、幸運なプリテンダーズやセックス・ピストルズのメンバーもいた。ムーンは相変わらず魅力的である。

 

9位「Love, Reign O’er Me (愛の支配)」

見事な盛り上がりが用意されている『Quadrophenia』のクロージング・ナンバーを、雑誌”American Songwriter”のジム・べヴィグリアは「荘厳なカタルシス」と評した。彼はこう続ける。

「音楽で作り出されたドラマは見事だ。雰囲気を高めるタウンゼントのシンセはやがて、キース・ムーンの痛烈なドラムとジョン・エントウィッスルの力強いベースに取って代わられる。“Love, Reign O’er Me”は柔と剛を組み合わせるバンドの力が顕著に表れた1曲だ」

 

8位「My Generation」

ドラムのリード楽器としての働きは、このザ・フー初期の代表曲でも明白だ。特にヴォーカルが効果的に止まってドラムの合図で戻るというムーンとダルトリーの掛け合いは、ロック史に残るコール・アンド・レスポンスのひとつだろう。

ポール・ウェラーとの長年の仕事で知られる名ドラマー、スティーヴ・ホワイトは『A TRIBUTE TO KEITH MOON : THERE IS NO SUBSTITUTE』の中で、「My Generation」でムーンのドラム・プレイを知ったと明かしている。

「シンバルが曲全体を引っ張っていることに衝撃を受けた。裏方仕事に回っている時間はごくわずかだ。キースはヴォーカルに合わせてプレイし、同時に曲に合わせてプレイしていた。それでいて自分自身のやりたいようにやっているところも、すごく気に入ったんだ」

 

7位「Bargain」

「“Bargain”はロックンロールの王道ともいうべきドラム・フィルで幕を開ける」 ―― “Drum!”誌のブラッド・シュロイターは評する。

「そこでムーンはアクセントの間にスネアのゴースト・ノートを入れている。感じるもので音に表れるものではないが、そのおかげでエネルギーがぐっと増している。タイムキーパーとしてムーンは、ここでもバス・ドラムを多用している。強弱をつけながら8分を刻み、力強いスネアや短いタムのフィルを入れるのだ」

 

6位「Young Man Blues」(『Live At Leeds』より)

ザ・フーのライヴ・アルバムの決定盤に留まらず、史上最高のアルバムのひとつからの1曲。キース・ムーンのパフォーマンスのランキングには欠かせない演奏だ。ザ・フーの面々は駆け出しの頃にモーズ・アリソンの楽曲をカヴァーしていたが、同曲は60年代後期の彼らのライヴの定番になった。あるファンの言葉を借りれば、『Live At Leeds』の名演でドラマーは「何度も完全な無秩序状態から完全停止に至るまでを繰り返している」。

 

5位「Bell Boy」

『Quadrophenia』の物語の重要な場面でムーンが歌と語りを担当する、風変わりだが印象的な楽曲だ。同アルバムのエンジニアであるロン・ネヴィソンはこう回想する。

「キースのドラムで一番困ったのはマイクの置き場所だ。彼はたくさんのドラムを使う。ハイハットがふたつにバス・ドラムもふたつ、タムは6つか8つあった。スネアの音を録るのも大変だった」

 

4位「Who Are You」(1978年、バタシーのラムポート・スタジオにおけるライヴ・パフォーマンス)

ロンドン南部バタシーにザ・フーが所有していたランポート・スタジオで撮影されたパフォーマンス。ヘッドホンをテープで頭にくくりつけたムーンのパフォーマンスは、レコードでの演奏と同じように輝いていた。

 

3位「I Can See For Miles (恋のマジック・アイ)」

タウンゼントも認めるように、ムーンが大活躍したサイケデリック・ポップの王道でザ・フー初期の代表曲だ。ムーンのドラムはさまざまな意味でリード楽器として機能し、まさにソロ奏者然としている。ロック批評家のデイヴ・マーシュはこの「I Can See For Miles」を以下のように評している。

「ザ・フーのベスト・ソング。キース・ムーンのドラムは嵐のようだし、タウンゼントのギターは地震のように始まってカミソリのように終わる」

 

2位「A Quick One (While He’s Away)」 (1968年、ローリング・ストーンズの”Rock And Roll Circus”におけるライヴ・パフォーマンス)

ザ・フーのファンからはムーン史上最高の名演のひとつと評されることの多い演奏だ。同ヴァージョンはローリング・ストーンズのテレビ・ショー『Rock And Roll Circus』のために披露されたもので、映像も残されている。

1968年12月にウェンブリーで撮影された同映像はすばらしい資料映像であり、4:27頃にはキースがサイド・タムをステージから投げ捨てている様子が捉えられている。だが、それも当然と思える演奏だ。

 

1位「Won’t Get Fooled Again (無法の世界)」

キース・ムーンのベスト・パフォーマンスの首位には、1971年の同アンセムの才気溢れる演奏を選ぶべきだろう。同曲はオリジナル版も1978年5月のヴァージョン (こちらもシェパートン・スタジオで録音) も息を呑むような演奏であり、後者は彼の最後のパフォーマンスでもあるからだ。

ダルトリーによるロック史に残るシャウトに繋がる終盤の彼のソロは、考えられないようなドラマと緊張感を生んでいる。ダルトリーはダン・ラザーによる2013年のインタビューでこう話している。

「俺の頭の片隅で、キースは長生きしないという声がしていた。彼は長生きしようとも思っていなかっただろう。彼は世界最高のロック・ドラマーになりたいと思っていて、実際そうなり、そして死んでいった」

 

Written By Paul Sexton



ザ・フー『Who’s Next – 50th Anniversary (BluRay/Graphic Novel SDE) (10CD)』

2023年9月15日発売
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