史上最高のジャズ・ベーシスト・ランキングTOP50

7月 21, 2018


史上最高のジャズ・ベーシスト・ランキングTOP50

大半のジャンルと同様、ジャズにおいてもベースはバンドを支えるボトム・ラインだ。ドラムと一緒に音楽のリズム的基盤を担うだけでなく、全ての音的な要素を結びつける楽器でもある。20世紀前半のニューオリンズ・スタイルのジャズ・アンサンブルでは、ジャズのルーツであるマーチング・バンドを反映し、ベースラインは通常、チューバで演奏されていた。しかし後に、アップライトの四弦ダブルベースがチューバに取ってかわった。粋な4分の2拍子を使った20年代のジャズは、30年代に流麗な4分の4拍子のスウィング・リズムとなり、このサウンドがビッグ・バンド時代を象徴するようになる。一流のジャズ・ベーシストは、アンプなしのベースがきちんと聞こえるように激しくスラップしてウォーキング・ベースラインを奏でることにより、音楽の流れを保ち、極めて重要な役割を担った。

初期のジャズ・ベースのパイオニアであるオスカー・ペティフォードは、40年代にコールマン・ホーキンスと名を連ねて、マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクなどと数え切れないほどのセッションを繰り広げた。写真:William Gottlieb /議会図書館

40年代半ば、ビバップが台頭した時代には(なお、ビバップは少人数のグループで演奏されるのが常だった)、別種のベーシストが誕生した。彼らは、猛々しく演奏するホーン奏者と同等の技術を求められたのだった。ベーシストはいまだ、音楽をハーモニー面で繋げる役割を期待されていたが、ハーモニーはより複雑化しており、弦をスラップするよりも、爪弾くようになっていた。また彼らは、より主体性を持ち、より自由な対位法的な役割を担うようになる――これにより、表現の幅が広がった。この頃は、ミルト・ヒントン、ジミー・ブラントン、オスカー・ペティフォードといった革新的なベーシストの時代だ。見事な技術とハーモニーに対する深い理解を有していた彼らは、現在でもジャズ史上最高峰のベーシストの地位に君臨し続けている。

50年代は、ブルースを基盤としたよりタフでアグレッシヴなハード・バップの時代となり、ジャズ・ベーシストはより大きなサウンドを使い、強いグルーヴで音楽をスウィングさせる漸進的なウォーキング・ベースラインを演奏した。レイ・ブラウン、アート・デイヴィス、パーシー・ヒース、リロイ・ヴィネガーといったベーシストはこのプレイの達人で、最高のジャズ・ベーシストは大きな影響力を持ち、素晴らしいアンサンブルに不可欠な存在であることを示した。

しかし60年代前半、スコット・ラファロという青年は、ベースで音楽を結びつけてまとめるだけでなく、特に民主的な精神のあるバンドの中では、インプロヴァイザーとしての正当な役割をも果たしていた。例えば、ビル・エヴァンスのトリオの中で、ラファロは絶大なインパクトを及ぼした。また重要なことに、これと同時期にラファロはフリー・ジャズの巨匠、オーネット・コールマンとも仕事をしていた。(なお、コールマンのコレクティヴ・インプロヴィゼーションという概念は、拍子を取るという役割からベースを解放した。)残念ながら、ラファロは若くして亡くなったが、ジャズ史に残る名ベーシストとして、絶大な影響を残した。また、ラファロのおかげで、ジャズは60年代を通じて進化を続け、ジャズにおけるベースの役割も進化した。

Scott LaFaro playing his Prescott Bass

Scott LaFaro playing his Prescott Bass

 

70年代、アコースティック・ジャズに対する興味は薄れ、ジャズとロックを融合したフュージョンが権勢をふるった。こうして、対照的なスタイルと個性を持つエレクトリック・ベースの名手2人が支配する新時代が到来した。その2人とは、スタンリー・クラークジャコ・パストリアス。どちらも注目に値するコンポーザーでもあった。

70年代、フュージョンが最も利益の上がるジャズだったが、それと対極をなしたのはフリー・ジャズで、この頃もまだ反商業的なアウトサイダーといった存在だった。それでもフリー・ジャズから、マラカイ・フェイヴァースやウィリアム・パーカーといった革新的ベーシストが登場した。

過去30年間にわたり、ジャズは商業的に軽んじられていたものの、チャーネット・モフェットやクリスチャン・マクブライドといったよりトラディショナルなアコースティックなベーシストから、マーカス・ミラーのようなエレクトリック・ベースの名手など、素晴らしいベーシストを常に輩出してきた。

また近年では、エスペランサ・スポルディングマイルス・モーズリー 、ベン・ウィリアムスデリック・ホッジといった新進スターは、ジャズ・ベースの演奏という芸術にそれぞれ違った個性をもたらした。それぞれのアーティストは、ジャズを未来へと進めながらも、ジャズが歩んできた歴史の重要性を認め、史上最高のベーシストの座に名を連ねる敏腕ベーシストとしての地位を確立している。

あなたがパワフルな低音を偏愛するベース・ファンならば、史上最高のベーシスト50人カウントダウンを喜んでいただけるだろう。

50: David Izenzon / デヴィッド・アイゼンソン(1932年~1979年)
ピッツバーグ生まれのアイゼンソンがダブルベースを手にしたのは、24歳とかなり遅かったが、それでもすぐにニューヨークのアヴァンギャルド・シーンのスターとなった。オーネット・コールマンやアーチー・シェップが60年代半ばにリリースした重要作に参加しているほか、ソニー・ロリンズ、ビル・ディクソン、オノ・ヨーコなどとも共演している。アイゼンソンは心臓発作により47歳でこの世を去った。そのキャリアは比較的短いが、彼は印象的な音楽を残した。特に、オーネット・コールマンと共演した『All The Golden Circle』(ブルーノート)で聞かれる弓弾きのベースラインは特筆に値する。

49: Victor Bailey / ヴィクター・ベイリー(1960年~2016年)
彼の先輩だったアルフォンソ・ジョンソンと同様に、ヴィクター・ベイリーもフィラデルフィア出身で、著名なフュージョン・グループ、ウェザー・リポートでエレクトリック・ベースを弾き、名声を博した。彼は同バンドの最後4枚のアルバムに参加したほか、自身名義でも数枚アルバムをリリースした。さらに、ソニー・ロリンズ、トム・ブラウン、ビリー・コブハム、マイケル・ブレッカー、サンタナ、レディー・ガガのレコーディングにも参加している。彼は、その素早い指使いと、しなやかでメロディアスなベースラインを楽々を演奏する能力で、ジャズ史に残る名ベーシストとなった。

48: Alphonso Johnson / アルフォンソ・ジョンソン(1951年生まれ)
フィラデルフィア生まれのアルフォンソ・ジョンソンは、ウェイン・ショーターとジョー・ザヴィヌルが結成したフージョン・グループ、ウェザー・リポートの主要メンバーだった。70年代半ば、彼の流れるようなフレットレス・エレクトリック・ベースラインは、ジャズに対するよりファンキーかつ大衆受けするアプローチを取った同バンドにとって極めて重要な要素だった。同バンドの名盤『Mysterious Traveller』『Tail Spinnin’』『Black Market』に参加したが、『Black Market』の制作途中で、ジャコ・パストリアスが自分の後釜として加入することを知ると、ウェザー・リポートを脱退した。ジョンソンは後に、ビリー・コブハム、フィル・コリンズ、ウェイン・ショーター、ジェネシスのスティーヴ・ハケットとも共演している。

47: John Clayton / ジョン・クレイトン(1952年生まれ)
巨匠レイ・ブラウンの下で学んだカリフォルニア生まれのジョン・クレイトン(また、2人はクリスチャン・マクブライドと名盤『SuperBass』もレコーディングした)は、ティーンエイジャーでベースを始めると、すぐにプロとして働きはじめた。カウント・ベイシーとの共演でも知られるクレイトンだが、彼のベースはナンシー・ウィルソン、ディー・ディー・ブリッジウォーターカーメン・マクレエダイアナ・クラールといった女性ジャズ・シンガーのレコーディングにも参加している。また、グラミー賞獲得経験のあるクレイトンは、ベースを弾くだけでなく、評判の高いアレンジャーであり、コンポーザーであり、教師でもある。さらに、弟のサックス / フルート奏者、ジェフ・クレイトンとともに結成したクレイトン・ブラザーズ・バンドの共同リーダーとして、歴史に残るジャズ・ベーシストの1人の地位を確立した。

46: John Patitucci / ジョン・パティトゥッチ(1959年生まれ)
ブルックリン生まれのベースの達人。80年代以降、チック・コリアと長らく生産的な関係を築いてきたが、セッション・プレイヤーとしても人気が高く、ウェイン・ショーターやハービー・ハンコック、ウォーレン・ジヴォン、ナタリー・コールの作品に参加してきた。アコースティックとエレクトリック、どちらのベースにも長けたパティトゥッチは、巧みなベース・プレイと確かな知識に基づいたハーモニックな感性を豊かな音色を融合させ、しなやかなベースラインを作り出している。

45: Paul Jackson / ポール・ジャクソン(1947年生まれ)
カリフォルニア州オークランド出身のエレクトリック・ベース奏者。12歳でギグを始めたジャクソンは70年代前半、ハービー・ハンコックの先駆的なジャズ・ファンク・バンド、ザ・ヘッドハンターズの一員として有名になると、彼の力強いベースラインは名盤『Head Hunters』『Thrust』『Man-Child』の基盤を形成した。ジャクソンはまた、1975年から2008年までにレコーディングされた5枚のアルバムで、別バンドとしてのザ・ヘッドハンターズの共同リーダーを務めた。その他にも、サンタナ、ハーヴィー・メイソン、エディ・ヘンダーソン、ソニー・ロリンズなどの作品に参加。また、甘美でメロディアスな高音のベースラインでも知られている。

44: Marcus Miller / マーカス・ミラー(1959年生まれ)
ブルックリン生まれのR&Bベーシスト。マイルス・デイヴィスのピアニストだったウィントン・ケリーの甥で、早熟だったために10代からアルバム・セッションを行っていた。その後、ベースの名手に成長すると、コンポーザー / レコード・プロデューサーとしても成功を収め、80年代後半には高い評価を得たマイルス・デイヴィスの『Tutu』と『Amandla』をプロデュースした。屈指のミュージシャンとしてジャズ・ベースを極めたミラーは、技術的にも天賦の才に恵まれており、あらゆるタイプの演奏ができる。泥臭くガットバケット・ファンクも演奏できれば、極上のスキルとセンスで難しいジャズを演奏することもできるのだ。

43: George Mraz / ジョージ・ムラーツ(1944年生まれ)
豊かなベースの音色としなやかで軽快なベースラインで知られているチェコ共和国出身のムラーツは、70年代にピアニスト、オスカー・ピーターソン率いるトリオのメンバーとしてアメリカで名声を博した。ムラーツは多作なセッション・プレイヤーで、スタン・ゲッツチェット・ベイカーチャールス・ミンガスジョー・ヘンダーソンアート・ペッパーのレコードに参加したほか、リーダー、共同リーダーとしても多くのアルバムをリリースし、70代半ばとなった現在でも活動を続けている。

42: George Duvivier / ジョージ・デュヴィヴィエ(1920年~1985年)
ニューヨーク生まれのダブルベーシスト。自身名義のアルバムはないものの、信望の厚かったデュヴィヴィエは、充実した45年のキャリアでジャズ界の大物たちのアルバム・セッションに多数参加した。サックス奏者のジーン・アモンズ、エディ“ロックジョウ”デイヴィスのアルバムにフィーチャーされたほか、バド・パウエルソニー・スティット、チコ・ハミルトン、コールマン・ホーキンスシャーリー・スコットともレコーディングしている。彼の朗々としたベースは、ジャニス・イアン、トム・ウェイツバリー・マニロウといったポップ・アーティストのアルバムでも聴くことができる。

41: Spanky DeBrest / スパンキー・デブレスト(1937年~1973年)
フィラデルフィア出身のウィリアム“スパンキー”デブレストは、同世代のベーシスト、ポール・チェンバースと同様、40歳の誕生日を迎える前に死去した。チェンバースほど大きな影響力を持つベーシストではないが、それでもジャズ史屈指のベーシストに数えられる。ハード・バップのベース奏法の基礎構築に貢献したデブレストは、50年代後半から60年代前半にかけて高い人気を博し、セロニアス・モンクと共演したほか、クリフォード・ジョーダン、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズ、リー・モーガンジョン・コルトレーンのアルバムに参加した。

40: Ron McClure / ロン・マクルーア(1941年生まれ)
コネチカット州出身のマクル―アは、24歳で60年代半ば、24歳だったマクルーアは、偉大なポール・チェンバースの後任としてピアニスト、ウィントン・ケリーのトリオに加入し、注目を浴びた。多くのジャズ・ファンに認識されたのは60年代後半、サックス/フルート奏者のチャールス・ロイドのカルテットで、ピアニストのキース・ジャレット、ドラマーのジャック・ディジョネットとともにフィーチャーされた時だ。その他、ジョー・ヘンダーソン、カーラ・ブレイ、リー・コニッツ、デイヴ・リーブマンの作品に関与したほか、70年代半ばにはアメリカのジャズ・ロック・バンド、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズにも参加した。マクルーアは完璧なタイミングと際立ったグルーヴのセンスに恵まれた、繊細かつ器用なベーシストだ。

39: Eberhard Weber / エバーハルト・ウェーバー(1940年生まれ)
シュトゥットガルト出身のドイツ人ベーシスト。プロデューサーのマンフレート・アイヒャーが主宰するミュンヘン本拠のECMレーベル と長く充実した関係を築いている。著名なコンポーザーでもあり、サイドマンとしての実績は、ゲイリー・バートンパット・メセニーヤン・ガルバレクといったジャズ・アーティストのほか、ケイト・ブッシュのアルバム4枚などが挙げられる。指弾き、弓弾きを行うウエーバーのベースは、豊かかつ深いサウンドで、スラーで演奏したグリッサンド・ノートを特徴とすることが多く、これによって抒情的な性質が加わる。

38: Malachi Favors / マラカイ・フェイヴァース(1927年~2004年)
フリー・ジャズ界で名を馳せたミシシッピ州レキシントン出身のベーシスト。50年代にフレディ・ハバードディジー・ガレスピーとハード・バップを演奏してキャリアをスタートしたが、60年代後半に結成されてから現在まで続いている実験的音楽グループ、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのメンバーとして頭角を現した。彼はまた、アンドリュー・ヒル、アーチ―・シェップ、デューイ・レッドマン、サニー・マレイともレコーディングを行っている。牧師の息子だったフェイヴァースは、自身の音楽にスピリチュアルな一面を加えた。彼のベースのインプロヴィゼーションには、切々と響くヴォーカルのようなクオリティがあり、歴代ジャズ・ベーシストの中でも唯一無二の音色であり続けている。

37: Marc Johnson / マーク・ジョンソン(1953年生まれ)
ブラジルのジャズ・シンガー/ピアニスト、イリアーヌ・イリアスの夫で、テキサス州育ち(生まれはネブラスカ州)の有名ベーシスト。(現在までに、彼は妻のアルバム17枚に参加し、そのうちの2枚の共同プロデュースでグラミー賞を獲得している。)1979年から1980年にビル・エヴァンスのトリオに参加し、その名を知られるようになった。また、チャールス・ロイド、スタン・ゲッツ、そして近年ではジョー・ロヴァーノのレコードに参加したほか、ベース・デザイアーズ、ライト・ブレイン・パトロールという2つのバンドを率いた。確かなテクニックを持ったジョンソンは、稀有な情緒的知性を交えてベースを演奏する。

36: William Parker / ウィリアム・パーカー(1952年生まれ)
ブロンクス生まれのウィリアム・パーカーは、アメリカのアバンギャルド・ジャズ・シーンにおける正真正銘の巨匠である。ジミー・ギャリソンやリチャード・デイヴィスなどに師事したが、すぐにオーソドックスなジャズとその伝統から離れ、フリー・ジャズの美学を受け入れるようになる。自身のアンサンブルを率いる前には、セシル・テイラーやデヴィッド・S・ウェアと共演していた。パーカーはベースの指弾きと弓弾きを交互に行うことが多く、音色のカラー、ダイナミクス、音質は、奏でる音符と同じく重要だと考えている。ジャズ・ベーシストの中では異色だが、詩人、音楽エッセイストでもあるパーカーは80年代前半以降、強力な作品を多数レコーディングしている。

35: Charnett Moffett / チャーネット・モフェット(1967年生まれ)
ニューヨーク生まれ。神童だったチャーネット・モフェットは、8歳にして父親(サックス奏者チャールズ・モフェット)のバンドでベースを弾き始め、ティーンエイジャーの頃にはサックス奏者と知られるウィントンブランフォードのマルサリス兄弟とレコーディングをしていた。20歳にして、初のソロ・アルバム(キャリアを通じて計14枚)をリリースした後、ドラマーのトニー・ウィリアムス、サックス奏者のケニー・ギャレット、ギタリストのスタンリー・ジョーダン等とも仕事をした。モフェットは父親同様、極めて多才なミュージシャンで、オーネット・コールマンとアヴァンギャルド・ジャズを演奏したり、自身の折衷的な音楽の中に中東やフュージョンの要素も取り入れている。エレクトリック、アコースティック、どちらのスタイルにも精通しているモフェットは、ポスト・バップ・ジャズの名手で、その豊かな才能により、世界屈指のジャズ・ベーシストの名をほしいままにしている。

34: Christian McBride / クリスチャン・マクブライド(1972年生まれ)
6回のグラミー賞受賞経験を持つ、フィラデルフィア生まれの多作なセッション・プレイヤー。彼のあたたかみのあるベース・サウンドは、フレディ・マクブライドやハービー・ハンコックといったジャズの大御所から、スティングザ・ルーツジェームス・ブラウンポール・マッカートニーに至るまで、さまざまなレコードに花を添えた。ティーンエイジャーでベーシストとしてのキャリアをスタートしたマクブライドは、ファンクのダイナミクスに対する理解(彼はR&Bバンドでエレクトリック・ベースとしてキャリアをスタートした)とビバップの知識を併せ持ったマクブライドは、その多才さですぐに人気ミュージシャンとなった。また彼は、自身の名義で多くのアルバムを制作しており、彼のプロジェクトの中にはフュージョンやビッグ・バンドのレコーディングも含まれている。精密なタイミングでダブルベースを見事に演奏するマクブライドは、テクニックに長けているだけでなく、インプロヴィゼーションでは素晴らしいフィーリングと豊かな想像力を有している。

33: Curley Russell / カーリー・ラッセル(1917年~1986年)
トリニダード生まれのディロン“カーリー”ラッセルは、ビバップ初期の重要ベーシストで、1945年から1957年の間に、極めて重要なジャズ・レコードに多数参加している。ビバップが40年代半ばに登場すると、彼はチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーから求められる超高速のテンポに対応できる数少ないベーシストの1人となった。パーカーと歴史を作っただけでなく(パーカーのサヴォイ作品とヴァーヴ作品に参加)、ラッセルは若き日のマイルス・デイヴィスをはじめ、タッド・ダメロン、デクスター・ゴードン、バド・パウエル、セロニアス・モンク、アート・ブレイキー、ホレス・シルヴァーとも共演している。60年代、ジャズの演奏から引退した。

32: Wilbur Ware / ウィルバー・ウェア (1923年~1979年)
弾く音を巧みに選び(彼は決して過剰な演奏はしなかった)、スペースを効率的に使う。これらは、ピアニスト/コンポーザーとして異端の存在だったセロニアス・モンクが、ウィルバー・ウェアの音楽の才で特に気に入っていた点である。シカゴ出身のウェアは50年代後半、モンクのバンドで数年を過ごした。他のジャズ・ベーシストに比べてウェアのプレイ・スタイルは型破りだったが、彼は極めて腕の良いミュージシャンで、モンクやアート・ブレイキーをはじめ、ジョニー・グリフィンやソニー・ロリンズのセッション等、50年代後半にリリースされたジャズの重要作に多数参加している。しかし60年代になると、薬物依存と投獄により、その活動は停滞した。

31: Walter Booker / ウォルター・ブッカー(1933年~2006年)
テキサス州出身。1969年から1975年まで、キャノンボール・アダレイのバンドでの活躍を覚えているジャズ・ファンも多いだろう。(『Country Preacher』、『The Black Messiah』といった名盤で演奏している。)60年代半ば、アダレイのバンドに入る前、ブッカーはアンドリュー・ヒル、ハンク・モブレー、リー・モーガン、ドナルド・バード、ウェイン・ショーター等、ブルーノートのセッションに多数参加していた。華麗な経歴を誇るウォルター・ブッカーだが、20代半ばでベースを弾き始めた大器晩成型である。(それ以前は、クラリネットとサックスを演奏していた。)ブッカーの強みは、他のミュージシャンの演奏を見事に引き立てる、流麗でハーモニーに造詣の深い低音だ。

30: Milt Hinton / ミルト・ヒントン(1910年~2000年)
ミシシッピ州ヴィックスバーグに生まれ、シカゴで育ったミルト・ヒントンは、当初はヴァイオリンとチューバを演奏していたが、23歳でダブルベースに転向した。1933年、シンガー/バンド・リーダーのキャブ・キャロウェイ(「Minnie The Moocher」で有名)との仕事を獲得すると、1950年までキャロウェイとともに演奏を続けた。この頃までにはビバップが大流行していたが、ヒントンはこの新しい音楽について、ハーモニーに関する自身の知識を深め、自身のテクニックを向上させるチャンスだと考えた。卓越した初見演奏のスキルを持つ彼は、50年代から60年代、セッション・ミュージシャンとして人気を博し、映画のサウンドトラック、テレビ番組やコマーシャル、さらにはアイク・ケベックやディジー・ガレスピー等との重要セッション等、無数のレコーディングをこなした。ヒントンはテクニック的に秀でているだけでなく、タイミングと抑揚のセンスに長けており、感受性豊かな演奏ができた。

29: Reggie Workman / レジ―・ワークマン(1937年生まれ)
ハード・バップ、モード・ジャズ、アヴァンギャルド・ミュージックのどれも楽々と演奏できる多才なベーシスト。フィラデルフィア生まれのレジー・ワークマンは、ジャズ界の大物たちと多数共演を果たし、歴史に残るジャズ・ベーシストとしての地位を確立した。ジョン・コルトレーンのアルバム数枚(『Ole Coltrane』や『Impressions』等)に参加することで名声を獲得したが、その他にもアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズ、フレディ・ハバード、ウェイン・ショーター、アンドリュー・ヒル、グラント・グリーン、ボビー・ハッチャーソンともレコーディングした。キャリア後期には、オリヴァー・レイクやロスコー・ミッチェルといったフリー・ジャズのミュージシャンとも共演している。ワークマンのベース演奏は逞しくて力強く、しなやかで弾むその音色は、ドローンなベースラインを必要とするモード・ジャズと相性抜群である。

28: Eddie Gomez / エディ・ゴメス(1944年生まれ)
プエルトリコで生まれ、ニューヨークで育ったエディ・ゴメスは、11歳でダブルベースに惹かれ、15歳だった1959年に、ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルの少年バンドでレコード・デビューを飾った。ゴメスにとってキャリアのハイライトは、1966年から1977年という11年間、ピアニストのビル・エヴァンス率いるトリオの一員として、エヴァンスのアルバム25枚に参加したことだ。その他にも、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ディジー・ガレスピー、チック・コリア、ハービー・ハンコック等と仕事をしている。ゴメスは、指弾きのベースから奏でられる豊かで朗々としたサウンドと、歌うようにメロディアスなラインで知られている。

27: Scott LaFaro / スコット・ラファロ(1936年~1961年)
ニュージャージー州出身。ビル・エヴァンス・トリオの一員として、史上最高のライヴ・ジャズ・アルバムの1枚に数えられる『Sunday At The Village Vanguard』をレコーディングしたラファロは、その10日後、交通事故により25歳の若さでこの世を去った。彼のレコーディング・キャリアはわずか5年と短いが、ラファロは長期的に大きな影響力を及ぼし、ビル・エヴァンス・トリオでの仕事で、ジャズ史に残る名ベーシストとなった。ラファロは、コレクティヴ・インプロヴィゼーションというコンセプトの発展に貢献し、単にリズムを取るだけの基礎的な役割からベースを解放すると、1961年にはサックス奏者のオーネット・コールマンが革新的なアルバム『Free Jazz』で、これをより深く追求した。

26: Richard Davis / リチャード・デイヴィス(1930年生まれ)
シカゴ出身のリチャード・デイヴィスは、ヴァン・モリソン(『Astral Weeks』)、ローラ・ニーロ(『Smile』)、ブルース・スプリングスティーン(『Born To Run』)のアルバムでベースを弾いているため、一部のロック・ファンにも知られている。デイヴィスは高校時代にベースを始め、50年代後半にはシンガーのサラ・ヴォーンとレコーディングをしていた。60年代、デイヴィスは引っ張りだこの存在で、エリック・ドルフィーローランド・カーク、アンドリュー・ヒルから、エルヴィン・ジョーンズやジミー・スミス等、無数のセッションに参加した。また、デイヴィスはその優れたスキルで、指揮者のピエール・ブーレーズレナード・バーンスタインをはじめ、クラシック音楽のレコーディングにも参加し、ダブルベースを演奏している。あたたかみのある深い音色が持ち味で、スウィングするグルーヴィーなベースラインを得意とした。また、弓引きのベースにも優れており、そのベースの技量で後に大学教授となった。

25: Bob Cranshaw / ボブ・クランショウ(1932年~2016年)
シカゴ出身の故ボブ・クランショウは、テナー・サックス奏者のソニー・ロリンズと長年にわたって(1959年からロリンズが引退した2012年まで)仕事をしてきたが、その他にもリー・モーガン(モーガンの「The Sidewinder」でグルーヴの基盤を作っているのはクランショウのベースだ)、デクスター・ゴードン、ホレス・シルヴァー、ハンク・モブレー、スタンリー・タレンタイン、デューク・ピアソン等、ブルーノートの重要セッションに多数参加してきた。多才なクランショウは、映画やテレビ番組、ミュージカルなどの音楽も担当したが、それでも彼が最初に恋した音楽はジャズだ。デイヴィスは確かなベースの腕前に加え、グルーヴをしっかりと固め、インプロヴァイズする能力を持っていたため、仕事に困ることはなかった。

24: Percy Heath / パーシー・ヒース(1923年~2005年)
フィラデルフィア育ちのヒース三兄弟の長男。3人とも有名なジャズ・ミュージシャンとなり、ジミーはサックス奏者、アルバート(別名「トゥーティ」)はドラマー。パーシー・ヒースは、1952年から1974年まで活動していたモダン・ジャズ・カルテット(ビバップとクラシック音楽を融合した画期的なグループ)の大黒柱としてベースを担当。MJQの他にも、マイルス・デイヴィス、セロニアス・モンク、ルース・ブラウン、ウェス・モンゴメリーといったミュージシャンの作品に多数参加してきた。同ランキングに登場する一部のジャズ・ベーシストと同様、ヒースもチェロを演奏することができ、足でリズムを取りたくなるような明るいグルーヴとともにスウィングするウォーキング・ベースラインの名手だった。

23: Larry Grenadier / ラリー・グレナディア(1966年生まれ)
サンフランシスコ生まれのラリー・グレナディアは、音楽一家に育ち、トランペットを吹いていたが、その後ジャズに興味を持ちはじめ、ダブルベースの音色に魅せられた。10代後半にして、ボビー・ハッチャーソンやジョー・ヘンダーソン等のライヴで急遽ベーシストを務めることもあった。90年代、ピアニストのブラッド・メルドー率いる革新的なトリオの一員となったことにより、彼のキャリアは大きく躍進し、同トリオは現在も精力的に活動を続けている。メルドーの他にも、パット・メセニー、チャールス・ロイド等と共演しており、さらにフライというバンドの共同リーダーを務めている。見事なテクニックを有しながら、それと同時に素晴らしいフィーリングも持ちあわせており、自身の音楽の中で、音色、フレーズ、スペースを使って以下に他のミュージシャンを引き立てるかを本能的に知っている。

22: Cecil McBee / セシル・マクビー(1935年生まれ)
オクラホマ州タルサ出身のセシル・マクビーは、1952年にクラリネットからダブルベースに転向すると、その後はダブルベースを弾き続けた。1959年、シンガーのダイナ・ワシントンのバック・ミュージシャンとして経験を積むと、60年代にはジャッキー・マクリーン、チャールス・ロイド、ユセフ・ラティーフ等にも重用された。その後はファラオ・サンダース、ウェイン・ショーター、アリス・コルトレーン、ロニー・リストン・スミス等と共演している。デジタルにも精通していることに加え、鋭い感性と、他のミュージシャンとほとんどテレパシーで演奏できる能力で知られるマクビーは、正真正銘のベースの達人であり、ベースの教師としても尊敬を集めている。

21: Gary Peacock / ゲイリー・ピーコック(1935年生まれ)
アイダホ州に生まれたゲイリー・ピーコックだが、50年代後半にアメリカ西海岸で頭角を現した。ゲイリー・クロスビー、バド・シャンク、ドン・エリス等と共演した後、ニューヨークに拠点を移し、同ランキングに登場する敏腕ジャズ・ベーシストと同様に、ビル・エヴァンスのトリオで演奏した。ピーコックはまた、60年代前半の前衛的な時代精神を信奉し、サックス奏者のアルバート・アイラ―とアルバム数枚で共演している。ソロ・アーティストとしてだけでなく、キース・ジャレットとの仕事でも(1983年から2014年まで、彼はジャレット率いるスタンダーズ・トリオのメンバーだった)ECMレコードと長い関係を築いている。メロディやハーモニーの探求に意欲的で、創意に富んだピーコックは、単に拍子を取るだけの補助的な役割からベースを解放することに一役買った。

20: Niels-Henning Ørsted Pedersen / ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセン(1946年~2005年)
デンマーク出身の大御所、ニールス・ペデルセンは14歳でベースを始め、その1年後にはプロとして演奏していた。60年代にはソニー・ロリンズ、デクスター・ゴードン、チェット・ベイカー、ベン・ウェブスター、バド・パウエル等、ヨーロッパをツアーで訪れた多くの米国人ジャズ・ミュージシャンを(ライヴとスタジオの両方で)バックアップした。70年代にはピアニストのオスカー・ピーターソンと数枚のアルバムをリリースし、ピーターソンはペデルセンを高く評価していた。ソロ・キャリアも並行していたペデルセンは、ハーモニーに対する高い意識と完璧なタイミングを持つ、テクニックに秀でたベーシストだった。

19: Doug Watkins / ダグ・ワトキンス(1934年~1962年)
50年代から60年代のビバップ・アルバムのライナーノーツを熱心に熟読しているジャズ・ファンは、デトロイト出身のベーシスト、ダグ・ワトキンスの名前を知っているだろう。ギグに向かう道中で自動車事故に遭い、28歳の誕生日を迎える前に死去したワトキンスだが、1956年から1962年の間に多くの作品をレコーディングし、ソニー・ロリンズの『Saxophone Colossus』、ホレス・シルヴァーの『6 Pieces Of Silver』、ジャッキー・マクリーンの『Bluesnik』等、ジャズの名盤に多数参加している。完璧な抑揚、優れたテクニック、滑らかながらも深くスウィングするウォーキング・ベースラインを作る才能に恵まれたワトキンスは、ハード・バップ時代に活躍した最高のベーシストの1人だ。

18: Art Davis / アート・デイヴィス(1934年~2007年)
臨床心理学の博士号を持っていると言えるジャズ・ミュージシャンは多くないが、ペンシルヴェニア州ハリスバーグ出身のアート・デイヴィスは実際に臨床心理学の博士号を持ち、大学の教授でもあった。しかし、こうした学術的な業績よりも、彼はコルトレーンの『Africa/Brass』や『Olé Coltrane』、マックス・ローチの『Percussion Bitter Sweet』、マッコイ・タイナーの『Inception』等、ジャズ・アルバムの傑作に参加したことで最も良く知られている。正確にタイミングを刻む技巧派のデイヴィスは、あたたかみのある豊かなベース・サウンドで名高い。

17: Sam Jones / サム・ジョーンズ(1924年~1981年)
フロリダ州ジャクソンヴィル出身のサム・ジョーンズは、1958年から1964年まで、アルト・サックス奏者、キャノンボール・アダレイのバンドで活躍した。彼のベースは、『Somethin’ Else』(マイルス・デイヴィスも参加している)、『The Cannonball Adderley Quintet in San Francisco』でファンクかつソウル・ジャズ的なグルーヴの根幹をなしている。また、彼は自身名義で11枚のアルバムを制作した他、チェット・ベイカーからセロニアス・モンクに至るまで、サイドマンとして無数のセッションに参加した。ジョーンズは、見事なタイミングと並外れたスウィングのセンスを持つベースの名手だったが、チェロも弾くことができた。

16: Al McKibbon / アル・マッキボン(1919年~2005年)
シカゴ生まれのアル・マッキボンは、40年代後半にレイ・ブラウンの後釜としてディジー・ガレスピーのオーケストラに参加し、本格的に活躍しはじめた。そして1949年には(訳者注:リンクを含め、調べてみたところ1948年ではなく1949年のようです)マイルス・デイヴィスの『Birth of The Cool』 のレコーディングに参加。50年代には、英国人ピアニスト、ジョージ・シアリング(マッキボンは彼のバンドに5年在籍)、セロニアス・モンク、カル・ジェイダー等のセッションで演奏した。彼はまた、ハリウッドでも引く手あまたなミュージシャンで、映画やテレビ番組のサウンドトラック(『Batman』等)にも参加した。マッキボンは直感的なスウィングのセンスを持つ安定したベーシストで、その参加作品の多さから、彼を史上最高のジャズ・ベーシストの1人だと考えるミュージシャンがどれほど多いかが分かるだろう。

15: Chuck Israels / チャック・イスラエル(1936年生まれ)
ニューヨーカーのイスラエルは、60年代にビル・エヴァンスのトリオで5年間、充実した活動を行ったことで最もよく知られているが、ビリー・ホリデイ、バド・パウエル、ジョン・コルトレーン、エリック・ドルフィー、ハービー・ハンコック、ニーナ・シモンとも共演している。ジャズ以外のジャンルでも人気が高く、ジュディ・コリンズやフィービ・スノウのレコードにも参加した。イスラエルは現在81歳で、本ランキングに入っている現役ベーシストの中でも最高齢の1人だが、近年はジャズ・オーケストラを率いた。目もくらむようなテクニックと深い情緒的な表現のバランスに秀でたイスラエルのベースは、その朗々とした豊かな音色で、聴けばすぐに誰の演奏かが分かるほどだ。

14: Steve Swallow / スティーヴ・スワロウ(1940年生まれ)
ニュージャージー生まれのスティーヴ・スワロウが最初に触った楽器は、ベースではなく、トランペットとピアノだった。しかし、10代でダブルベースを手にしてからは、ベース一筋 である。60年代にはゲイリー・バートン(バートンとは実り多い関係を築いた)、ジミー・ジュフリー、スタン・ゲッツと共演。70年代に入ると、アコースティック・ベースからエレクトリック・ベースに転向し、カーラ・ブレイのバンドで長らく活躍している。自身名義のアルバムも多数リリースしているスワロウは、作曲の才能だけでなく、独特かつ卓越したベース演奏でも知られている。

13: Leroy Vinnegar / リロイ・ヴィネガー (1928年~1999年)
しなやかなウォーキング・ベースラインを作り出す才能から、「ザ・ウォーカー」という愛称を持つインディアナポリス生まれのリロイ・ヴィネガーは、50年代にスタン・ゲッツ、チェット・ベイカー、ショーティ・ロジャース、シェリー・マンといった西海岸の大御所ジャズ・アーティストと共演し、名声を獲得した。また、6枚のソロ・アルバムをレコーディングした他、映画のサウンドトラック数作品(『お熱いのがお好き(原題:Some Like It Hot)』等)にも参加している。ジャズ以外のジャンルでは、ザ・ドアーズ(1968年のアルバム『Waiting For The Sun』に収録の「Spanish Caravan」)やヴァン・モリソン(『Saint Dominic’s Preview』収録の「Almost Independence Day」)のアルバムで演奏を披露した。

12: Buster Williams / バスター・ウィリアムス(1942年生まれ)
ニュージャージー州出身のバスター・ウィリアムスは、自身名義で15枚のアルバムをレコーディングしたが、サイドマンとしての仕事でジャズ・ファンに広く知られるようになった。60年代後半にはマイルス・デイヴィス、ジーン・アモンズ、ロイ・エアーズ、デクスター・ゴードン、スタンリー・タレンタインと共演した後、70年代初頭にハービー・ハンコックのバンド、エムワンディシ(Mwandishi)に参加。80年代に活動していたセロニアス・モンクのトリビュート・バンド、スフィアのメンバーでもあった。アコースティック・ベースとエレクトリック・ベースの達人だったウィリアムスは、ハーモニーに対する鋭いセンスと、豊かな音色、対位法的な旋律を奏でる確かな能力で、世界屈指のジャズ・ベーシストの仲間入りをした。

11: Dave Holland / デイヴ・ホランド(1946年生まれ)
レイ・ブラウンを聴いた影響でベースを弾き始めたウルヴァーハンプトン生まれのデイヴ・ホランドは、60年代後半、マイルス・デイヴィスがアコースティック・ジャズからエレクトリック・ジャズへ移行しようとしていた時に、ロン・カーターの後任としてデイヴィスのバンドに入った。当初、ホランドはマイルスのバンドでダブルベースを弾いていたが(『In A Silent Way』や『Bitches Brew』等、初期フュージョンの名盤)、その後の作品ではエレクトリック・ベースに転向した。1970年にマイルスのバンドを去ると、チック・コリアとともにアヴァンギャルドなグループ、サークルを結成。その後はジャック・ディジョネットとともにゲイトウェイというトリオを結成した。その後も、ストレート・アヘッドなジャズからより実験的なジャズに至るまでを自在に演奏できるホランドは、サイドマンとしてもリーダーとしても活躍を続けている。彼のトレードマークはあたたかみのある音色と、哀愁を帯びた抒情的なスタイルだ。

10: Jimmy Garrison / ジミー・ギャリソン(1934年~1976年)
ジョージア州アメリカスに生まれ、フィラデルフィアで育ったジミー・ギャリソンは、ジャズの神様、ジョン・コルトレーンと縁が深く、ピアニストのマッコイ・タイナー、ドラマーのエルヴィン・ジョーンズとともに、コルトレーンの名カルテットで演奏していた。1961年にコルトレーンのバンドに加入したが、それ以前はフリー・ジャズの化身、オーネット・コールマンや、ケニー・ドーハム、ジャッキー・マクリーン等と共演していた。1967年にコルトレーンが死去するまで、コルトレーンのバンドで演奏を続けたキャリソンは、不朽の名作『A Love Supreme』(これに参加するだけでも、史上最高のジャズ・ベーシストの地位を得るのに十分な実績だ)を含め、20枚以上のコルトレーン作品に参加した。コルトレーンはギャリソンの弾むようなサウンドと、実用的なアプローチを好んでいたようである。ギャリソンは、音楽の基盤を支えながら、音楽をシームレスに結びつけるしっかりとしたベース・サウンドを提供する方法を心得ていた。

9: Charlie Haden / チャーリー・ヘイデン(1937年~2014年)
アイオワ州出身の自称ヒルビリーで、プロのカントリー・ミュージシャン一家に生まれたチャーリー・ヘイデンは、地元のレコード・ショップでビバップを聴いた後、ジャズ・ベースを始めた。ロサンゼルスに引っ越した後、1959年にオーネット・コールマンのバンドに加入すると、コレクティヴ・インプロヴィゼーションの重要性を学び、自身の個性的なスタイルの基盤を作った。彼のスタイルの中では、メロウな音色とソフトなヴィブラートが、探求的で抒情的ともいえるメロディシズムと結びついている。コールマンと同様、多才なヘイデンはジョン・コルトレーン、キース・ジャレット、ポール・モティアン、アート・ペッパー等のレコーディングに参加し、ソロ・アルバムも多数制作しただけでなく、リベレーション・ミュージック・オーケストラ、オールド・アンド・ニュー・ドリームズ、カルテット・ウエストといったバンドを率いた。

8: Charles Mingus / チャールス・ミンガス(1922年~1979年)
チャールス・ミンガスは唯一無二のスタイルを持つ最高のベーシストで、ビバップ時代の重要バンド・リーダーとなったが、ピアノも弾ける重要コンポーザーだったという点で、史上最高のジャズ・ベーシストの中でも異色の存在である。アリゾナ州で生まれたミンガスが最初に演奏したのはチェロだが、その後ティーンエイジャーになると、ダブルベースの天才となった。キャリア初期にはルイ・アームストロングやライネル・ハンプトンと共演していたが、その後チャーリー・パーカーと出会い、ビバップに転向した。50年代には自身のバンドを率い、デビュー・レコードというレーベルも主宰すると、注目すべきコンポーザー、レコーディング・アーティストとして頭角を現した。また、そのプレイ・スタイルは、単に拍子を取るだけの役割からベースを開放し、ベースがメロディアスな可能性を持つ表情豊かなソロ楽器であることを実証した。

7: Paul Chambers / ポール・チェンバース(1935年~1969年)
ポール・チェンバースが結核により33歳で早世したことで、ハード・バップ時代は最高峰レヴェルにあったベースの名手を1人失った。ピッツバーグ生まれ、デトロイト育ちのチェンバースは、1955年にマイルス・デイヴィスのクインテットに加入し、大きな影響力を及ぼした『Milestones』と『Kind Of Blue』というデイヴィスのアルバムに参加したことで、ジャズ・ファンに広く認知されるようになった。チェンバースは大きなサウンドと完璧なリズム感を持ち、ハーモニーとメロディを深く理解していたため、常に興味深いベースラインを繰り出した。
また、ジャズに弓弾きのベースラインを使ったパイオニアでもある。彼が歴史に残る最高峰のジャズ・ベーシストであることは、ジョン・コルトレーン(「Mr. P.C.」)、レッド・ガーランド(「The PC Blues」、マックス・ローチ(「Five For Paul」)、ソニー・ロリンズ(「Paul’s Pal」)等、著名ジャズ・ミュージシャンが、彼に捧げる楽曲を作ったことからも分かるだろう。

6: Jimmy Blanton / ジミー・ブラントン(1918年~1942年)
チャタヌーガ生まれのジミー・ブラントンが最初に手に取った楽器は、ヴァイオリンだった。しかし大学時代、ダブルベースに転向すると、すぐさま類まれな才能を発揮し、1939年には21歳でデューク・エリントンのバンドに加入した。ブラントンの高度なスキルに感銘を受けたエリントンは、ブラントンとピアノ/ベースのデュエットまで数曲レコーディングしたほどだ。しかし1942年、ブラントンは肺結核により、23歳の若さで死去。名門バンドでの活動は終わりを迎えた。ピチカート・スタイルの演奏と弓弾きに長けたブラントンは、モダン・ジャズ・ベースの基盤を作ると、正しい弾き方をすれば、ベースはメロディアスな表現もできるソロ楽器として活躍できることを証明した。

5: Oscar Pettiford / オスカー・ペティフォード(1922年~1960年)
オクラホマ州出身のオスカー・ペティフォードは、モダン・ジャズ・べ―ス創始者の1人で、1943年にテナー・サックス奏者のコールマン・ホーキンスとレコーディングしたことで評判を獲得し、アール・ハインズやベン・ウェブスターと仕事をするようになった。40年代半ばにニューヨークに移住したペティフォードは、ビバップのトランペット奏者、ディジー・ガレスピーと一緒にバンドを率いた。50年代以降は、高度な技術と趣のある演奏で知られる人気ベーシストとして、デューク・エリントン、マイルス・デイヴィス、アート・ブレイキー、ミルト・ジャクソン、セロニアス・モンク、ソニー・ロリンズ等アルバムに多数参加した。バンド・リーダーとしても知られたペティフォードの豊かな音色と明瞭なメロディを持つそのベース・スタイルは、大きな影響を与えている。

4: Ray Brown / レイ・ブラウン(1926年~2002年)
ペンシルヴェニア州ピッツバーグ出身のレイ・ブラウンは、アップライト・ベースの達人として尊敬されている。ジミー・ブラントンに影響を受けたブラウンは、40年代後半にディジー・ガレスピーのビバップ・バンドで名声を博した。しかし、世界屈指のジャズ・ベーシストとしてその名を確立したのは、ピアニストのオスカー・ピーターソンが率いるトリオで活動した50年代である。60年代には、アメリカ西海岸に移り、実入りの良いセッション・ワークをこなした。サイドマンとして人気が高かったブラウンだが、ソロ作品も数多く発表している。あたたかみのある豊かな音色と、正確でソウルフルなウォーキング・ベースラインの演奏能力が彼のトレードマークだった。

3: Ron Carter / ロン・カーター(1937年生まれ)
セッション参加数が2,200以上というミシガン州生まれのロン・カーターは、間違いなくジャズ史上で最も多くレコーディングをしたベーシストだ。そして言うまでもなく、史上最高のジャズ・ベーシストの1人でもある。最初はクラシックのチェロを演奏していたが、ベースに転向し、ジャズに傾倒するようになった。60年代初頭にチコ・ハミルトン、ジャッキー・バイヤード、ミルト・ジャクソンと共演した後、1963年にマイルス・デイヴィスのクインテットに加入。同クインテットに5年在籍すると、『ESP』や『Miles Smiles』といった名盤で演奏した。60年代から70年代前半にかけては、プロデューサーのクリード・テイラーが主宰するCTIレコードの作品に多数参加。同レーベルから、自身のソロ・アルバムも数枚リリースしている。また、映画のサウンドトラックのレコーディング、ベース演奏に関する書籍の執筆の他、現在もツアーと指導を続けている。クラシック音楽の訓練を受けたカーターは、ダブルベース演奏という芸術に、高いレヴェルの技術的功績をもたらした。

2: Stanley Clarke / スタンリー・クラーク(1951年生まれ)
見事な弦さばきと、達人のテクニックを持つフィラデルフィア出身のスタンリー・クラークは、ベースのパイオニアであり、コンポーザーである。70年代、ジャズにファンクとロックを融合した画期的なアルバムの数々をリリースし、ソロ楽器としてのエレクトリック・ベース・ギターを確立した。彼はその優れたテクニックで、60年代にスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンのベーシスト、ラリー・グレアムが始めたパーカッシヴなスラップ奏法をさらに進展させることができた。エレクトリック、アイコースティック双方のベースを自在に操るクラークは70年代、チック・コリアが率いた草分け的フュージョン・バンド、リターン・トゥ・フォーエヴァーの主要メンバーでもあった。

1: Jaco Pastorius / ジャコ・パストリアス(1951年~1987年)
史上最高のジャズ・ベーシスト50選のトップに輝いたのは、比類なきベースの名手、ジャコ・パストリアスだ。彼は70年代、フュージョンのスーパーグループ、ウェザー・リポートで名声を手にした。ペンシルヴェニア州ノリスタウンに生まれ、フロリダ州フォート・ローダーデールで育ったパストリアスが最初に演奏したのはドラムだが、手を負傷した後、ダブルベースに転向した。その後は、ジャズにおけるエレクトリック・フレットレス・ベースの先駆となると、しなやかなファンク・ラインに、抒情的でメロディアスなフレーズ、コード、ベルのようなハーモニーを融合した独自のスタイルを創出。自信に満ちた演奏を披露した。

おおらかで大胆不敵だったパストリアスだが、双極性障害に苦しんでいた。36歳の時、ナイトクラブの警備員に殴られて意識不明となり、帰らぬ人となった。史上最高の影響力を誇るベーシストであると同時に、素晴らしいコンポーザーでもあった。

Written By Charles Waring

ジャズの巨匠たちのプレイリスト『Jazz Gaiants

which-bass-player-are-you-1-350-wide-JP bass-players-1-530-300x169-jp

Share this story
Share

News
Features
uDiscover Playlists
Competitions
Stories
Artists
Quizzes
Join
日本版uDiscoverSNSをフォローして最新情報をGET!!

uDiscover store

, , , ,

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です